「私と俺」
elles
「おやすみなさい」と「おはよう」
夢の中で目を覚ます、そんな夢を毎日見る。
「おやすみ」
「お休みなさい、あなた」
と、床についた瞬間。
「起きなさい、遅刻するわよ!」
と、たたき起こされる。
おかげで、全然寝た感じがしない。
片方の私は、平凡なサラリーマン。
片方の俺は、生意気盛りな高校生。
とにかく、どっちの夢が現実なのか自分自身でも区別がついていないのが困り
ものだ。
なにせ、一度会社へ学生服を着て行ってしまったのだから、洒落になっていない。
別の夢では、つい学校の屋上でタバコを吹かして大目玉を食らったことすらある。
虚構と現実が入り混じった様な奇妙な、感覚。
そしてたとえようのないあわただしい、夢。
そんなわけで、私は自分に何が起きているのかを知るべく、一度精神科で見てもらうことを決心した。
***
「ほうほう,それはまた大変ですなぁ~」
「そうなんですよ。最近では夢と現実との区別がつかなくって」
「ええ、ええ。そうでしょうとも~」
「私は、たまに自分が狂ったかと思うときがあるくらいですよ」
「そうでしょうなぁ。夢は見ているうちはリアルなものですから」
「私はどうしてこのような夢を見るのでしょう?」
「そうですなぁ……少々荒っぽい方法ですが、理由を探る方法が、一つあります」
「え?!一体どんな方法ですか?」
「催眠療法です」
「……催眠療法ぉ?」
私は、思わず聞き返した。
人生で一番と言っていいほどの胡散臭さを感じる。
相手は専門の医者だが、それにしても、方法が催眠術とは……。
しかし、今の私にはその手段はおろか、手がかりも、ない。
そんなわけで、私は思い切って催眠を掛けてもらうことにした。
「では、ゆっくりと目を閉じて…」
催眠療法に使うブースに通され、早速催眠療法が始まった。
医者は、巧みな話術と一定のリズムで誘導し、それに伴い私の意識は深く深く静まって行く。
私の…意識が…段々と………遠くなり…そして、俺は保健室で目を覚ました。
***
「大丈夫か、オイ」
「……ん?」
どうやら、俺は気を失っていたらしい。クラスメイトが心配そうに俺の顔を覗いていた。
「良かったなあ、こっちの心臓が止まる思いだったよ」
「俺、何かやったっけ?」
「階段から足をすべられてズドドドドドドド!ってお前覚えてないのか?」
「いやぁ…変な夢見てたからさぁ」
「夢ぇ?」
「いつも見る夢なんだけど…ま、大した内容じゃねーよ」
クラスメイトたちは、ほっとしたやらあきれたやらの様々な表情で、俺の無事を
喜んでくれた。
その後、一応検査のために病院に行った俺は、そのまま検査入院させられた。
そして、消灯と同時に俺はさっさと眠りにつき……私は催眠療法ブースで目を
覚ました。
***
「…………目がさめましたか?」
「ハイ…………。それで、何かわかりましたか、先生?」
「ええ、十分解りましたとも」
「是非、教えてください。私に何が起こってるのかを」
「どうやら、重度のストレスのよ~ですな」
「ストレス……それだけ、ですか?」
「ええ。おそらく、眠りが浅いのが原因でしょう」
「はぁ」
「いい薬がありますから、それを出しておきましょう」
私は釈然としないまま帰途に付き、その夜は薬を飲んで……俺は、病院で気持ちよく目を覚ました。
経過は良好で、明日には退院でき、すぐにでも学校に行けるという。
***
さてさて。
このやり取りを遥か空の上から見ている者がいた。
誰あろう、神様と天使だったりする。
「神さまぁ」
「何じゃ?」
「これがあの人の罰なんでかぁ?」
「そうじゃ。あいつは、ものぐさゆえになーんもせんと前の生涯を閉じてもうた。
いわば、人生の再入学じゃな」
「それで、一つの魂で二つの人生、ですか」
「パラレルワールドと呼ばれておる世界での」
「はあ、それであの人は文字通り、眠らないで二つの人生を掛け持ちしてる訳ですか。寝た気がしないのもうなずけますね」
「体は別物なのだから、疲れはちゃんと取れておる。ちゃんと慈悲として。道を外れん限り、不条理な死は奴には訪れぬ特権を与えたのじゃよ」
「それって慈悲っていいます?」
「……何ぞ言ったか?」
「いえ、なにも」
「…まじめに暮らしておれば、二つの人生で幸せになることもできようて。何ならおぬしも経験してみるか?」
「………遠慮しておきます」
今だってあなたにこき使われていますから……という言葉を飲み込み、天使は二つの世界を行き来する男を、同情と哀れみの念をこめて見つめ続けていた………。
おしまい。
「私と俺」 elles @elles
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