第9話 ガラス会社の社長は巨乳

 「こちらにあるのは我が社でも一番の自慢となっています、カッパの国唯一のロケットの製造ラインでございます。どおれ、立派なものでしょう。この地下の王国では飛ばす空がないために日の目を見ることもありませんが、年に何回かは注文をしてくる河童がいるのですよ」

 

 そういう胸の大きな、いかにも金持ちといった身なりをした河童の手の先には、白く塗装をされたできたてほやほやのロケットたちが並んでいた。その船体の側面にはゲール宇宙開発株式会社と大きな赤色の文字でかかれた社名が入っている。周囲を見渡してみれば、大小複雑な機械で構成されたプレスマシンやら溶接機、はたまた組み立てを担うアームロボットまでが忙しなく稼働しており目が回りそうだった。

 胸の大きな河童は俺がこの大きな工場に圧倒されているのを、端から楽しそうに見ているようで、べろりと舌を出して口のまわりを舐めて見せた。俺はそのこちらの様子を上から伺う女の様相に少しばかり腹立たしい気持ちが沸かない分けでもなかったが、その女がこれでもかと言わんばかりの短いタイトスカートを履いているのをみるとなぜかだ怒りが収まってしまった。


 俺はこの日、医者のチャックの患者仲間の一人であるガラス会社の社長のゲールの工場に見学に来ていた。

 ガラス会社社長などという肩書きがついているものの、初めに立ち上げた会社がガラス会社であったというだけで、実際にはゲールが持つ会社は多岐に渡った。自動車、電化製品、石油石炭に金属材料。この国の中枢を指一本で動かす資本家中の資本家の一人がこの胸の大きなゲールだった。おそらくはこの国のカッパの中でもゲールほど大きい胸と資本を持った河童は一匹もいないに違いない。

 

 「どうです。人間の物と変わらぬ設備でしょう。このゲールにかかればこのようなこと造作もないこと。列車の製造利権だけは確保できませんでしたが、それ以外は大抵なんでも手に入りますよ」


 そう言いながらゲールは机の上に座ったその足を組み替えて見せる。俺の目はそのきわどい足の隙間につられて眼球のみによる追跡運動をしてしまうが、それはチャックの思惑どおりだった。こちらをニヤニヤしながら見ているこの河童は、挑発的な行動で、わざとこちらの反応を調べているのだ。怪我をしてチャックの診療所で治療を受けていたころから、このゲールとは幾度と顔を合わせているが余ほどに人間という存在が気になってしょうがないようだった。もしかしたら資本家ならではの金の匂いを嗅ぎ取る嗅覚が人間である俺に何かを見出したのかもしれない、または男役の雌河童ではない純粋な男である俺に何かを感じているのかもしれない。

 俺はあくまでもクールを装いながら話を戻す。


 「ほほう、立派なものだ。人間の国でもここまで立派な物はなかなかお目にかかれまい」

 「そうでしょうとも。この工場にあるのは我が国でも最高峰の特殊技術ばかりだ。正直な話をすれば人間の国では再現できない高度な物もあると自負している」

 「まさか・・・そんなはずがないだろう。さすがにそれはもりすぎだろう」

 「ふふん、じきに分かるというものですよ」

 

 そういうとゲールは立ち上がり、その細い腰を揺らめかせながら次の工場区画へ向かって安全帯を歩いていく。

 彼女のその一際目立つ、大きな双房だけではなく全身という全身から放たれるフェロモンと言うのかオーラというのかが俺をまどわすのにはある種の心地よさがあった。

 さらにいうと俺はなぜかこのゲールに性欲的な意味あいではなくとも不思議にも好意をもっていた。実の所、今回の工場見学がゲールを訪ねる初の機会ではない。俺は時々、医者のチャックや超人クラブのメンバーと共に、ゲール家の晩餐へ出かけたり、ゲールが関わりを持つ工場にも色々と顔を出していたのだ。

 今回はそんな数多くの工場を所有するゲールが、一番自慢だと鼻を高くして述べていた第一工場区画に来ていた。


 ゲールの後ろをついていくと、今度は『ゲール出版印紙ブース』と書かれたプレートが目に入る。

 「こちらは書籍製造会社の工場区域です。この第一工業区画の中でも数少ない非重工業系のものですね」

 そう説明しながら、ゲールは壁についているパスワードの入力装置へと解除キーを入力をする。

 すべての番号がうち終わると内錠が動く音が聞こえてきた。ゲールがその分厚い扉を押して進んでいくと、中では大量の製本機械が稼働してベルトコンベアーの上を紙の束が流れていた。


 「これは・・・。ずいぶんと大規模な印刷設備だな」


 俺が驚嘆するのはカッパの国へ来てから度々のことだったが、目の前で繰り広げられる本の製造作業にはまたもや驚嘆せざるを得ない。白い用紙に印刷を行っていると思われる紙を飲み込んでは吐き出す5m四方の四角い箱型の機械だけでなく、A4用紙からB6用紙まで切り分けることのできる裁断機、印刷の終わった紙をまとめて製本する製本機、その奥にはなにをしているかも分からない大型の機械がズラリと並び大型のピストンが素早く前後運動を繰り返しているのが見えた。


 「大きなものでしょう。一日に700万部の本を製造できる設備です。国内でも随一の設備ですよ」


 確かにその大きさは驚嘆に値する。だが俺が驚いたのはこの印刷工場が

 俺は手前で白い紙を飲み込んでは印刷された用紙を吐き出している箱型の機械を指差して質問をする。

 その機械は酷く雑な見た目をしていた。上側にはただ漏斗型の口が開いており、そこにまとめて紙とインクと灰色をした粉末をぶち込んでいた。それらの原料は機械の中へ入ると、殆んど5分と立たないうちに、菊判、四十六番、菊判戴番などの無数の本になって出てくるのだ。


 「あの手前の箱型機械は印刷機か?一体どういう仕組みで印刷をしてるのだ。輪転機か?はたまたレーザージェットか?」

 「ああ、あれですか。あれはですね印刷機ではありますがそうではないですね。あれは作家そのものですよ」

 「なに?一体どういうことだそれは」


 ゲールはぐっと自慢げに胸を張ると、そそくさと歩き出して奥の棚から四角い箱を持ってきた。その箱には四角い機械へ紙と一緒に投入されている灰色の粉が入っていた。俺はその灰色の粉末は何というものかと訪ねてみる。ゲールが得意気に口を開くと、その厚い唇がプルプルと音を立てそうだった。


 「これはですね。ロバの脳髄ですよ。ええ、一度乾燥させてから、ざっと粉末にしただけの物です。時価は1トン2、3銭ですがね」


 俺はこの説明を聞いただけでは理解ができなかったが、どうやらあのロバの脳髄が勝手に書籍を書き上げてくれるという装置らしかった。もちろんそんな馬鹿なと思いはしたが、実際に稼働しているものだから信じざるを得なかった。

 実際、後から分かったことだがこういう工業上の奇跡は河童の国では書籍製造会社にばかり起こっているわけではないらしかった。絵画製造会社にも、音楽製造会社にも、同じようにこのロバの脳髄は提供されて芸術の類を創出しているとか。


 「まぁ簡単なものですよ。芸術やら創造の類なんて物はそんなに難しいものではないのです」

 「しかしそれではあまりにも無味乾燥すぎるのではなかろうか」

 「まぁ、とは言われましても実際にこうできてしまうというのだから芸術などたいしたものではありません。元来、それらの物というのはそれほどに大きなものではないのですよ。・・・おっと、あなたは超人倶楽部の会員なのでしたね。これは失礼致しました。」


 ゲールはそう言うともう二言ほど何か謝りの言葉を入れると、そそくさと次のブースを案内し始めた。

 しかし俺は大量のロバの脳髄が文字を必死に書き起こしている姿のことを考えるばかりであったためにその後の説明という物はまったく頭にはいってこなかった。




 総合して工場見学を終えて分かったことだが、このカッパの世界の工業は実際に人間のそれを上回る自動化が多くなされていたのだ。実際、ゲールの話によれば、この国では平均1ヶ月に7、800種の機械が新案され、何でもずんずん人手を待たずに大量生産が行われるそうだ。従って、職工の解雇されるのも4、5万匹を下らないそうだとか。

 その癖まだこの国では毎朝、新聞を読んでいても、一度もリストラという字には出会わない。俺はこれを妙に思ったから、工場の見学が終わった後に、女医のチャックとゲール家の晩餐に招かれた機会にこのことをなぜかと尋ねてみることにした。

 豪華なシャンデリアが天井から下がるゲールの家の食卓はまさしく彼女の資産の量に遜色のない洋風貴族の様相を呈していた。部屋に入ると既に先に家に到着していたチャックが先に席についていた。この絢爛な場にふさわしいドレスを来てきているが、彼女の幼い容姿からはドレスに着られているという表現がふさわしいように思えた。

 

 「それはみんな食ってしまうのですよ」


 食後の葉巻を加えたゲールは俺の質問にいかにも無造作にこう言った。しかし「食ってしまう」というのは何のことだか分からない。

 いや、厳密に言えば分かりたくないと、どこか俺の心が拒否をしていたのだ。すると鼻眼鏡をかけたチャックは俺の不審を察したと見え、親切にも横合いから説明を加えてくれた。


 「その職工をみんな殺してしまって、肉を食料に使うのです。ここにある新聞をご覧なさい。今日は丁度、64769匹の職工が解雇されましたから、それだけ肉の値段も下がったわけですよ」


 想像の域を越えなかったことがさも当たり前かのようにチャップの口から飛び出してくる。

 手が汗ばむのを感じた。

 

 「職工は黙って殺されるのか?」

 「それは騒いでも仕方はありません。職工屠殺法があるのですから」


 山桃の木を背後にしてゲールが喋る。俺はもちろん不快を感じた。しかし当のゲールはもちろん、チャックもそんなことは当然と思っているらしいのだ。現にチャックは笑いながら、嘲るように俺に話しかけてきた。

 

 「つまり餓死したり自殺したりする手数を国家的に省略してやるのですね。ちょっと有毒ガスを嗅がせるだけですから、対した苦痛はありませんよ」


 かの女医はそういいながらステーキをその手に収まったナイフで切り分けると、口の中に放り込む。ゲールは給仕を呼ぶと空になったワインボトルを下げさせて新しいものを用意した。「ちなみにこれは何の肉かな?」とチャックがゲールに尋ねる姿は不気味な何か、人外と出会ったような心地がした。

 そこに加えてこのテーブルの上にある肉料理がどれも油の乗った、ギラギラとした輝きを見せているものだからたまったものではない。

 それが実際にカッパの肉かはどうかは分からなかったが、一度ことを聞いた後ではどこか通常の肉とは違うような錯覚を覚えてしまう。


 「けれどもその肉を食うというのは・・・」

 

 俺がいまだに言葉を濁しながら、いかにも腹の座らない態度を取っていると、さらにチャックがその笑みを大きくする。

 この顔には俺は覚えがある。あれはたしか女児漁師のバッグとの子供が死んでしまったときにも彼女はこんな顔をしていた。

  

 「常談を言ってはいけません。あのマッグに聞かせたら、さぞ大笑いに笑うでしょう。あなたの国でも第四階級の娘たちは売笑婦になっているではありませんか? 職工の肉を食うことなどに憤慨したりするのは感傷主義ですよ」


 その言葉を聞いて、栗色の髪をなびかせて小動物のように縮こまっているマッグの姿が目に浮かんだ。かのおとなしい哲学者も河童の肉を食べているのだろうか。

 こういう問答を聞いていたゲールは手近なテーブルの上にあったサンドウィッチの皿を勧めながら、恬然と追撃をする。


 「どうです?一つ取りませんか?これも職工の肉ですがね」


 俺は耐えられなかった。ゲールやチャックの笑い声を後に勢いよく豪華な客間を飛び出すと、静かな虫の鳴く音しかしない街道を走り出した。

 それは丁度、家々の空に星明りも見えない荒れ模様の夜だった。俺はその闇の中を住処へ帰りながら、のべつまなしに嘔吐した。夜目にも白々と流れる嘔吐を。

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