第4話 ロリ女児少女を妊娠させたら

 この河童の国へ住み始めて早くも半年ほどが経過しただろうか。俺はだんだん河童の使う日常の言葉を覚えてきた。したがって河童の風俗や習慣も飲み込めるようになってきた。

 朝届く新聞を見れば、政権与党が入れ替わりQuorax党内閣が誕生したこと記事が書いてある。(クオラックスという言葉は唯、意味のない間投詞なので、「おや」とでも訳す外はない。)

 一ヶ月前の俺ではこのレベルの政治記事も読むことができなかっただろうが、一人で辞書を引けるレベルにまで河童の言葉を覚えるとそこからは雪だるま式に言葉を覚えることができた。人間の言葉の難解さをコンクリートブロックの固さに例えるなら、河童の言葉は絹ごし豆腐のごとき簡単さであったのだ。

 

 俺は朝の日課のコーヒーを片手に食パンをかじる。「クラバック音楽コンサート 開催決定」という新聞記事を見ていると、不意に玄関のドアが開いて一匹の女児河童が入ってきた。

「おはよ~ございます旦那。今日ももうお目覚めですか?」

 女児で漁師のバッグだ。

 彼女は俺のお見舞いに3日に1度のペースで初めのうちは来ていたのだが、次第にその回数を5日に3度、7日に5度と増やしていった。

「おう。バッグお前も早いないつも。子供は休みのうちは昼頃まで寝てるのが普通だと思ってたけど河童は違うのか」

「河童も子供はよく寝ますよ~。私が子供じゃないんです。ご飯食べてないんでご一緒してもいいですか?」

「やだな~旦那なに言ってるんですか」という手振りをしながら居間に入ってきたバッグは俺の返事も聞かずにテーブルを挟んでむかいの席につく。

 彼女の今日の服装は河童にしては珍しい厚手のパーカーとミニスカートという組み合わせだった。

 彼女はテーブルにつくと鞄の中から食パンとバターを取り出した。一斤の食パンが入った袋を持ち歩いている光景は河童の国でも普通ではない。バッグの無頓着な性格を表していた。

「河童の世界は大変みたいだな。クオラックス党が与党になったみたいじゃないか」

「あ~、あんまり難しい話は私は分かんないっす。ただの労働者なんで明日の飯も大変なのに政治の事なんて、とてもじゃないですがなんじゃそれで」

「そうなのか。まぁその年で働いてるだけでも大変だからな。政治の事までは気が回らんか」

「もぉ~また子供扱いして旦那は。私から言わせれば旦那の方が政治やら芸術やら難しいこと考えすぎですよ」

 そういうと彼女は片側の頬を膨らませて不満を表現して見せた。俺はその仕草が逆に子供っぽいのであると指摘しようと思ったがやめることとした。

「旦那ぁ。口の端にパンのハチミツがついてます。それじゃあどっちが子供っぽいか分かったもんじゃないですよ」

「そう言うお前も毎回毎回、パンクズをこぼしすぎだ。せめて少しは掃除して帰っても罰の一つも当たるまい」

「うわぁー。旦那、チャック先生と同じ事を言ってる。さすが大人の大人だ」

 彼女はまたパンを大きな塊からちぎって頬張る。小さな塊が離される前後にパンクズがまたポロポロと落ちていく。

 俺はチャックがバッグを無表情に叱りつけている様子を頭の中に描く。しっくり来すぎて、やはり目の前の女児の幼さは気のせいではないと確信を得た。


「それはそうと今日は実は大事なお話がありまして。旦那の人生にも関わる大切なお話がひとつ」

「?。いったいなんだよそよそしい」

「いや。ちょっと非常に言いづらいんですけども・・・。」

 いきなり真剣な口調に切り替わったバッグは食パンを片手に、顔を赤らめながら目を泳がせている。

 俺はこの時点で彼女が何を言いたいのかを3割方、察することができて心臓の鼓動を加速させたのを覚えている。さすがに恋愛経験が皆無に等しい俺であっても、ほぼ毎日のように尋ねてくる女の子が言いにくい事があると切り出してもじもじし出したら気づくというもの。これで気づかないならそいつは脳の知覚野に蛙でも住まわせているのだろう。(脳に蛙を住まわせるとは河童の国では阿呆を意味する)

 いまだに緊張と気恥ずかしさからこちらの様子を伺っているバッグ。そんな状態が1分程度続いた後に彼女は覚悟を決めたのか突然、テーブルを乗り出して俺のコーヒーを一気飲みした。彼女は飲み干したカップをテーブルに勢いよく叩きつけるやいなや、


 「私!旦那との子供ができちゃったみたいなのです!」


 顔を真っ赤に死ながら凝ゅっと目をつむってバッグはそう告白した。

 この後俺は時間を止められたかのように静止を続けていたのを覚えている。彼女の言葉に理解ができないほどに驚愕したわけではない。本当に理解ができなかったのだ。

 俺は自身にロリコン気質があるということを自覚してはいるが、誓ってバッグとはそういった行為をしていないのだ。彼女のスラッと細長くも筋肉質な肢体が目に入る度に彼女をどうにかしてやりたいと思ってはいたが、この国にも刑法がある。まだ法律を確認しきってはいないが指一本振れるだけでも捕まらないとは言えないため一切の手出しをすることはなかった。

 次に考えたのはこれはもしや、子供ができちゃったみたいという比喩表現か慣用句なのではないかという事だ。給料3ヶ月分の指輪などという言い回しが俺の頭をスキップして見せた。

「それは・・・。い、一体どういう意味なのか」

「え、えっと。・・・。そうですね旦那は人間ですからね。まずはこちらの河童についてお話しせねばならないですね」

「大丈夫です。準備してきました」と述べると彼女は自身の鞄から一冊の本を取り出す。そこには『やさしい性教育』と書かれていた。

「河童はですね。その・・・。性行為をなしに子供を作ることができるのです。もっと正確には人間の性行為の代わりに愛を送ることによって子供を作ります」

「あい?」

「性愛、隣人愛、真の愛、家族愛なんて言うのは代表的なものですね。私は特に詳しくはないのですが、要するに好きと思いあったら妊娠するんです」

「それは・・・。その・・・。不便だな。避妊もできないのではないか」

「うーん。避妊もできるですが。私はやっぱり詳しくないので旦那がチャック先生に直接聞くのがいいですね。と、言うわけでですね実は今日は一緒にチャック先生のところに行ってくれないかと思ってお誘いにきたわけなのですよ」

 余りに突然の父親宣告に頭の中が完全にブランクページと化す。まさか女の子と付き合ったことのないにも関わらず妊娠させるとは思ってもいなかった。魔王城を気がつかないうちに押した核ミサイル発射装置でオーバーキルした気分だった。




 「おめでたですよ。3ヶ月ですかね」


 俺はその後、食べかけのパンを皿に置いたまま、急いでバッグとチャックの診療所を訪れた。もしかしたらこの女児は勘違いをしているのかもしれないという思いを捨てきれずにいたからだ。だが目の前に座ってエコー写真を眺める美少女女医はその可能性すらも粉砕する。

 表情の変化の乏しい女医ではあるが、どこか軽蔑したような眼差しをその鼻眼鏡の奥にしているのが見て取れる。

「やたらと仲がいいと思っていましたが、やはりやることをやっておられましたか。」

「おい、待て。俺は彼女には押し倒されたりもしたが、自分からは手を出したことは一度もない。その上に性行為は一度もしてないからな。軽蔑を向けられても困るというものだ」

 こちらの反論にも表情を動かさないチャックは責めているようにも呆れているようにも見えたが、やはり心の底が見えてこない。

「河童というのは性交渉をなしに子供を作られるのですよ。河童には生物的に女しか生まれないのは知っての通り。その中でいかにして子供を受胎するかという手段の一つには愛を介した遺伝子の交換があります」

「愛を介した遺伝子の交換だと?いったいそれは」

「人や河童というのは愛を育む中でお互いに情報を多くの交換しあってるわけですね。人間でもハートのついた手紙を受けとればラブレターだと察して、口に食事を「あーん」と運んでもらえば相手を愛している事の間接的サインでしょう。それらは情報を何らかの身振りなど視覚的情報に載せて受け渡ししているわけです。河童は逆に愛的情報に載せて送られた相手の遺伝子情報を読み取り、それに自分の遺伝子を混ぜることで妊娠をすることができるのですよ」

「それは・・・。バッグが俺の遺伝子を受け取って妊娠を自分でしたということか?」

 俺の横で小さくなって座っていたバッグは「妊娠を自分でした」という発言を聞いて耳まで真っ赤にしてうつむいた。普段ならこういった状況も羞恥プレイとして楽しめる俺ではあったが、今日はさすがにその余裕はなかった。

「そうですね。まぁバッグも年齢的には十分妊娠してもおかしくないですから。河童は早熟なので」

 俺がバッグの方を見つめると、彼女もこちらの様子を伺ってか、そのトマトのようなかわいらしい小さな顔をこちらに向ける。子犬のように震える肩が彼女の不安を物語っていた。

「旦那ぁ。も、もしかして子供作っちゃダメだったのか・・・。私はてっきり旦那が家にあげてくれるからいいもんだとばっかり」

 上目使いで、そう話すバッグの目から涙がこぼれる。まだ学生の身分であり、女の子を妊娠させたことに対してどうすればいいのかまったく分からない俺でも、この娘が抱えている不安をそのままにしてはいけないことは分かった。彼女を不安にさせないためにも俺は決意を固めて見せる。俺は彼女の手を取り、ギュッと握ってみせた。

「チャック。この赤ちゃんを産むってなったときに俺は何をすればいい」

 俺の決意が凝固をした目を見るなり、チャックはその変化の乏しい表情に動きを見せた。彼女の唇の端がわずかに持ち上がる。

「そうですね。あなたはあくまで特別保護住民です。子供が生まれても家庭を作ろうが一切、経済的に困ることはないでしょう。そうですね・・・。出産の予定はいまから順調なら3ヶ月後。早ければ1ヶ月。なあに、心配はいらないです。このチャックが何事もなく取り上げて差し上げます。産婆も二人は用意しましょう」

 俺はその言葉に安堵する。チャックは医者としては間違いなく真面目で優秀だということを知っていたからだ。またその感情を表さない事が多い性格の裏、彼女は何かと俺の面倒を見てくれていた。出産後の手助けもしてくれるだろうという思いがあったのだ。バッグもまた俺とチャックの会話を聞いて笑顔を見せてくれた。


 チャックは俺とバッグが心に平穏を少しばかり取り戻したのを見てから立ち上がった。そして、部屋の奥の棚から一つの器具を取り出してきた。鍵の掛かった棚から取り出されたそれはマイクのコードの先がトイレスッポンのような何かに繋がって伸びている。それはまさしく胎教に使うためのお腹の中の子供に話しかける器具であったが、本来の胎教用具とは異なる特徴があった。子供に声を当てるトイレスッポンの形の部位からもう一本のケーブルが伸びていてそれはスピーカーにつながっていたのだ。

「チャック。それは一体なんだ?」

「ええ、人間はこれを使わないんだったかな。これはお腹の中の子供と会話をするための器具ですよ」

「お腹の中の子供と会話を?」

「河童の子供はお腹の中で十分成長してしまいます。もうバッグのお腹の子も喋れる頃合いでしょう。河童の子供には生まれるとすぐに歩いたり喋ったりする子も多いのですよ。中には生まれてから26日目で神の有無について講演をした子供もいたとか。まぁその子供は2月目には死んでしまったということですが」

「ではそれを使って子供と喋って教育しろということか?」

 尋ねる俺にチャックは一端、頭の中で言葉を保留した。それから考え抜いた後に彼女は再び口を開き、

「いえ、あなたはそこで見ているのがいいでしょう。私がやってさしあげますので」

 そういうや否や彼女は座っていたバッグにお腹を見せるように言った。バッグがお腹を見せるとその小学生の容姿にはふさわしくないわずかに膨らんだお腹が見えてくる。俺の子供が確かにそこにいるのが分かった。

 チャックはバッグのお腹にその胎教用具のようなものの先端を当てると、マイクに向かって声をかける。


 「


 そう大きな声で尋ねるチャック。驚く俺を横に、バッグはお腹をジッと見つめて離さない。そしてチャックは何度も繰り替えして「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、よく考えた上で返事しろ」、「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、よく考えた上で返事しろ」とこう言った。

 チャックは頃合いを見てマイクへ声をかけるのをやめると、そのまま膝をついてバッグと何かを待っている用だった。

 そしてバッグのお腹の中の子は多少気兼ねでもしていると見え、沈黙を破るとこう小声に返事をした。

「僕は生まれたくはありません。第一僕のお母さんの遺伝は精神病だけでも大変です。その上僕は河童的存在は悪いと信じていますから」

 バッグはこの返事を聞いたとき、照れたように頭を掻いていた。が、チャックはそれを聞くなり太い注射針をバッグの腕に差し、何か液体を注入した。するとバッグの胎教用具を当てられた今まで大きかった腹は、水素ガスを抜いた風船のようにへたへたと縮んでしまった。

 俺が説明もなしに起きた余りの突然の出来事に絶句をしていると、チャックは俺の肩に手を載せてきた。

「残念でしたね。まぁこういうときもありますから。気を落とさずに」



 その後、診療所を出てどうやって家に帰ったかは覚えていない。

 ただ彼ら河童は我々と違うということを身をもって再び体感した。河童は我々人間の真面目に思うことを可笑しがり、同時に我々人間の可笑しがることを真面目に思う。――こういうとんちんかんな習慣なのだ。例えば我々人間は正義とか人道とか言うことを真面目に思う、しかし河童はそんなことを聞くと、腹を抱えて笑い出すのだ。つまり彼らの滑稽という観念は我々の滑稽という観念と全然標準を異にしているのである。

 今思い返せば、俺がバッグとの子供を育てると決意したときにチャックが唇の端を持ち上げたのも、彼女には可笑しくてたまらないのを我慢した結果なのだと思う。

 子供を殺してしまったことを責めるように詰め寄る俺に対して、チャックは大口を開けて、鼻眼鏡の落ちるほど笑い出した。俺はもちろん腹が立ったので、何が可笑しいかと詰問した。なんでもチャックの返答は大体こうだったように覚えている。

 「しかし両親の都合ばかり考えているのは可笑しいですからね。どうも余り手前勝手ですからね」

 


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