第4話命長く、恋され乙女

自分がどこにいるのかも分からなくて。


どれが正義で、どれが悪だか分からなくて。


かすかな記憶を頼りにそこから逃げた。


はしって、はしって遠くの星に行きたかった。


一人じゃなにもできないと知っていたけど、やってみたくて。


私はずっと、竹の中に隠れていた。


木を隠すなら、森の中に。


自分を隠すなら、人の中で。


自由を願って月を憎んだ。


「ずっと月にいて、天で姫として暮らし何百年、何千年と生きてきた。天には娯楽があるものの、いつの日かとてもつまらないものに思えた。私が地球という青い星を意識しだしたのはそのあたりだ。周りの天女達に地球のことを聞くと、下賤な者どもの住処であるとか汚らしいところだとか、地球の存在自体を否定する者しかいなかった」

かぐやは自分の服の裾をキュッと握った。

「でも私にはあの綺麗な星がそんな風なところだと思えなくて、姫という立場でいるよりはるかに面白そうに見えた。そして気付いたら私は、天から必死で逃げて走って、此処についた」


奏はかぐやが、痛い人でも自分を偽るような嘘をつく人でもないと思えた。

「そっか、大変だったんだな。自分の居場所が分からなくなって、周りが怖くなったんじゃないか


「とても怖かった。月がわたしの全てだった。どうやって産まれたのかも分からないわたしの」


「すべてだった」

望月は未だ月は見ずに、ぼんやりと水面に映った虚偽のそれを見ていた。

奏は芝生へ座り

「それまでの記憶はなかったの」

と質問した。


「記憶はない。自分が竹取物語にでていることも地球に再び来た時に知った」

奏が座った隣に物音もなく静かにかぐやは座った。


そこから二時間くらいだろうか、かぐやの今までの話を奏は聞いた。どうやら七十年ほど前に地球に来たかぐやは、初代校長の家で暮らしているという。その一家はかぐやを匿ってくれていて、外部に情報を漏らさないようにしているらしい。また、時代の移り変わりや色恋の移り変わりなど現代社会にしか生きていない奏にとって考えようもえないことを話した。

話の途中で、かぐや自身の色恋沙汰が気になった奏は一旦路線変更して聞いてみることにした。

「数えきれないくらい告白されたけれど、一回も受け入れたことはない。みんな、わたしが隣にいるっていうステータスが欲しいだけ」とかぐやは言っていた。奏は美人だからじゃ…と思ったのだがそれはまた別のお話。


話にひと段落ついたかぐやは「久しぶりによく喋った」と背伸びをしながら立ち上がった。奏はそれを追うように背伸びをしながら立ち上がり月光によって細長い影が二つ出来ていた。


「結局のところ、僕は何をすればいいんだい」奏は目のはじに欠伸でてた涙を拭きながらそういった。


「自分で言うのもなんだけど、わたしは何故か知らないけどすごくモテる」

まぁ否定はしないと、奏は肯定した。実際に入学してからまだ月日は経っていないのだが、もう数々の男が彼女の前に撃沈しているのだ。それはもう以上としか言えなく、不自然すぎた。後を絶たない。告白の嵐が過ぎさすことはなくかぐやにとって中庭が少しニュアンスが違うがプライベートスペースのようなものとなっている。いや、行かなければ自分の印象が悪くなるというのも事実だ。


かぐやは「でも竹取物語を読んでから、好かれることが怖くなって。物語が始まって月の従者に見つかることが」と続けた。

「物語を始まらせないで、月に帰りたくない」かぐやは奏の手を握った。奏はうんと頷くと、両手でかぐやの細い手を握り返した。


「家まで送っていくよ」

左手の時計はもう十七時を回っていた。


「家はどこにあるの」と歩き出した奏は背中越しにかぐやに問いた。


「あっ、初代校長の家だから不二見山ふじみやまにある大きなお屋敷か。こっから五分くらいの」


「そう、あっちの方」

かぐやは学校とは真反対の方向を指差した。不二見山はちょうど富池高校とこの池を結んだ直線上に位置している。初代校長が考えて建てたのか、今となっては知る由もない。ただ、この話は学校の七不思議の一つとも言われている。偶然かもしれないが、勝手に有る事無い事を語られる校長は気の毒だと思った奏であった。


「この時間で二人乗りしてると補導されちゃうし、歩いて帰ろうか」

「それがいいと思う。しかも私の家の前、急な坂だし疲れちゃうよ」

奏は自転車を押し、かぐやは歩道の内側を歩く。奏は何か話を切り出せない自分を呪った。


かぐやが思い出したように、

「そういえば自己紹介がまだだったね」

と言った。


「私の名前は、望月かぐや。貴方の前の席に座っています。今日から宜しく」

綺麗に笑う人だなと奏は思った。


「僕は、斎宮奏と言います。貴方の後ろの席にいます。今日から頼まれました」

優しい笑顔を浮かべる人だなとかぐやは思った。自分を守ってくれると言った人は今まで数多くいたがいずれも内心馬鹿にしていたり、ステータスの欲しさに交換条件として付き合ってくれと嘆願されるのがオチだった。実はかぐやは他人の考えていることがぼんやりと読み取れることをまだ奏に話していなかったのだ。

何も言わずに話を聞いてくれて、少し疑っている部分もあるかも知れないが、こんな馬鹿げた頼みを受け入れてくれる人がいるとは思わなかったのだ。今回も空に文字を書くように、あてもなくただ自分のことが伝わるように祈るしかなかったのである。


「不思議な人…」

かぐやは自分にしか聞こえないような声で呟いたのであった。


これが彼らの物語の始まりであり、苦くも時を超えた竹取物語の始まりでもあったのである。月が恐ろしく近く、恐ろしいほどにすんでいた夜だった。


***

今日は時計が鳴る前に起きたな。

奏は久しぶりにゆったりとした朝をおくれることを喜んだ。雨戸を開け、朝日が差し込んでくる…とおもいきや曇り空。あいにくの天気だった。奏は雨戸を再び閉め、二度寝を決行することにした。晴天だったら起きたのだろうか、いやそんなことはない。


「昨日はいろんなことがあったしな、まだ少し信じられない部分もあるけどな…」

奏はまだ、温もりが残っている布団に入り、まどろむ意識の中でぼやいた。のび太君にも引けを取らない速度で眠りについた。


ふと目をさますと、時刻は八時。朝のHRの開始時刻まで二十分をきっていた。家から学校までは十分程度。着替えて歯磨きをして、朝食を抜いて十分ほどだろう。


「背に腹は変えられない、パンに遅刻は変えられない」

意味不明であった。遅刻を今までしたことがなかっただけに、不安が募りに募る一方だった。最悪学校でパンを食べればいいのだ。

マッハの速度で身支度を整えた奏は、昨日の夕飯がラップに包まれているのを尻目に、罪悪感にかられつつも扉を開けて家を出るのだった。こんな時にドラえもんがいたら、扉の先には自分の席があるのになと奏は思った。のび太君になりたいようだった。奏は慌てて、自転車を走らせ通学路へとつく。いつもなら通る筈だったのだが、池に行っている時間はなく終始立ち漕ぎをして汗をかいていた。


学校へは、遅刻という判子を押されることなく席に着くことができた。いかにも自分は冷静ですよとアピールしたかったのか、奏は呼吸が乱れているのを隠しながら教室を横切った。男子は下ネタを言い合い、女子は相手のことを褒めて会話をする。

そんないつも通りの環境に、一つだけ違うことがあった。


「はぁ、あいつ来てないのか」

奏は荒い息を止めるのも忘れていた。

前にいるべき黒髪の姫の姿がなかったのである。

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