mission 6 休日と、イベントと
mission 6-1
朝目が覚めると、いつもよりほんの少しだけ強めの日差しが窓から入り込んでいるのが見て取れた。
頭が妙にすっきりしていることもあって、ここしばらくの間では一番気持ちよく朝を迎えられたような気がしてしまう。
最近はギャルゲーの攻略に追われていたりしたこともあってか、平日だけではなく休日も朝は寝不足気味だったし、きっとその部分が大きな違いだろう。
さて、そんなわけで今日は久しぶりに本当に何もない休日である。
「無難に考えれば、先週みたいに街に出ることになるだろうな……前回はちょっと予想外だったし」
前回の連休後半は、本来なら一人で特に理由もなく街をぶらつくつもりが、何故か彩瀬川や先輩と行動を共にすることになったのだった。
とはいえ、そんなレアケースは何度も起こるわけがなく、このまま街に出てみてもさすがに今回は全く同じにはならないと思う……しかし、だ。
「これといって出かけなきゃならない理由があるわけでもないんだよな」
先週だって、考えなしにショッピングモールに出た結果、「何もすることがない」という事態に陥りかけたのだった。
まああの時は、響ともう一度来る時のための視察という目的が見つかったし、それ以前に彩瀬川と合流したことで時間潰しには困らずに済んだわけだが。
……そう考えると、あの時の彩瀬川にはもっと感謝するべきだったのかもしれない。まあ、そういうことをしているとまた俺の意図しないうちに変なことを言って怒らせそうなものだが。
なんにせよ、今回はそんなラッキーに期待する方が無理があるし、何も考えずに行ったところで今度こそ手持ちぶさたになりかねない。
「……そういえば、天に攻略の調子を聞こうと思ってたんだっけ」
前にやっていた時の様子からすれば、コンプリートしたか、あるいはそれが見えるような地点にまでは来ているだろうといったところか。
天の性格的に恐らくもう終わっているとは思うし、そうでなくとも全体的な感想が聞きたいだけなので構わない。
とりあえず、いつまでもパジャマのままなのもアレなのでとっとと着替えてしまうとしよう。
………………。
せっかく朝と呼べる時間のうちにしっかり起きれたので、軽く朝食を腹に入れるためにリビングに行くと、天はいなかったのだった。
父さんも母さんもいなかったので居所を聞くことはできなかったが、出かけている様子がなかったので、多分部屋にいるのだろう。
というわけで、今は天の部屋の前。
コンコン
「天?起きてる?」
普段の天からすれば、まさか寝ていることはないだろうとは思うが念のため。妹とはいえ、他人の、まして異性の部屋なのだしマナーは大事だ。
ガチャ
「起きてるよ?おはよう大地くん。どうしたの?」
やはりと言うべきか、天はちゃんと起きていた。いつまでも寝ているようなやつじゃないし、元々早起きだし、まあ当然だな。
「おはよう。いや、大した用事じゃないんだけど、天に貸したゲームって、もうクリアした?」
特に回りくどく言うような内容でもなかったので、単刀直入に聞く。
「クリア……っていうと、女の子全員のお話が終わればそうなのかな?だとしたら、クリアしたよ」
「ああやっぱり……まあ、あれだけ熱心にやってたからな」
「そ、その言い方だと私が夢中になってたみたいなんだけど……あ!い、言っとくけど!あれからえっちなシーンは飛ばしてるからね!」
ふと思い出したようにそんなことを言い出す天。言わなきゃ忘れてたのに……。
「お、おう……そこは気になってなかったんだけどな……それで、ちょっと改めて感想を聞きたくてさ」
「あ、そ、そうなんだ……感想?って、前みたいな感じでいいのかな?」
前……っていうと、幼馴染の話の時か。
「否定的でもいいんじゃないか?少なくとも俺は否定されて怒るほど思い入れがあるわけでもないし」
むしろ、どちらかといえば率直な意見が聞きたい方が大きい。
俺の言葉に、天はしばらく考え込み、その後、
「……うん、ちゃんと思い返してみても、やっぱり面白かったって事実は変わりないかな」
一切の迷いのない顔で、そう言い切ったのだった。支野の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「それとさ、あのゲームに出てくる人たちって、何ていうか……みんなすごいよね」
「『すごい』?」
えらく抽象的な表現だが、あんまりキャラクター全般に対して抱くような感想でもない気がする。
「どういうところに対してそう思ったんだ?」
少なくとも自分がやった限りではそんなことは思わなかったので、純粋に興味が湧いてくる。
「うん、あのゲームのお話ってさ、結構まっすぐな恋の話が多かったと思うんだけど……」
「言われてみればまあ、王道中の王道って感じだったな」
どうやらこの手のゲームには一癖も二癖もあるような話もあるらしいが、俺に渡されたゲームはそういったものではなかった。
支野の弁では「入門用」とか言っていた気がする。別に入門する気はないのだが、その表現については納得がいく。
「女の子も主人公の男の子も、みんなかなり直球で自分の気持ちを表現してたのが、すごいなって思ったんだ」
「うーん……?」
言っている内容はなんとなく理解できるのだが、イマイチ要領を得ない。
確かに自分の思っていることをそのまま出力することはなかなかできないことかもしれないけれど、わざわざ「すごい」と評するほどのことなのだろうか?
「……まあ、大地くんに言っても分からないか」
俺の様子を察したのか、天が呆れたような視線を向けてくる。
「まあまあ、そう言わずにもうちょっと詳しく教えてくれよ」
「……そ、そこまで頼まれちゃうとなあ……仕方ないから教えてあげるよ」
天が急に得意気な顔になる。なんだかんだでこいつも彩瀬川くらいチョロイと思う。
「でも、大地くんなら分からないかもしれないっていうのはあながち間違ってないよ?」
「だって自分でも言ってたじゃん。『恋愛が分からない』って」
「………………」
「自分が思ったことをそのまま言葉にするのは、もちろん難しいんだけど、それが恋愛絡みだと余計に難しくなっちゃうものだよ」
「街で見かけた知らない人に声かけるくらいなら、人によっては簡単かもだけどさ……あのお話って、ちゃんとみんな仲良くなった先の結果だったでしょ?」
「……まあ、そうだったな」
「多分、結構みんな思ってることだと思うけど、近い相手だからこそ、そこから踏み込むことがなかなかできなかったりするんだよ」
「………………」
だからこそ、自分に正直になって踏み込む勇気を、天は「すごい」と評したわけか。
天自身が前に言っていた言葉を借りるなら、「相手が好きになりすぎて我慢できなくなった」のだろうが、それを抱えたままにせずに相手に伝えられるかどうかは別ということだ。
……理解したと同時に、こんな風にこんこんと妹に教えてもらっている状況を恥ずかしく思ってしまう。なんて情けないんだろう……。
とはいえ、そんな体裁を気にするよりも、重要なことを知れる方がよっぽど大切なので、深く考えないことにする。
「そりゃあ大地くんは、いつも周りに可愛い女の子いっぱいいるし、自然にカッコイイこと言ったりできるから感覚が麻痺してるかもしれないけど」
「おい、そりゃどういうことだ」
「いやだって、大地くんっていっつも歯の浮くようなこと言ってる気がするんだけど……」
俺がそういう性質だということについて、今更否定して回るつもりもないし諦め気味なのだが……「いっつも」言っていると言われると少しへこむな……。
「しかもみんなが見てるところでさ……そういうところは、ひょっとしたらあのお話のキャラと同じくらいすごいかもね」
「嬉しくない褒められ方だな……」
「主人公の男の子みたいだもんね……って、一応大地くんが主人公なんだもんね……」
と、そこまで言ってから天がふと何かを思い出したような顔をした。
「そうそう!私が『すごい』って言った理由がもう一つあるの」
今の流れで思い出すことか……なんとなく俺にとってはロクなことじゃない気がする。
……しかし、そんな俺の予想は裏切られる。
「主人公の男の子もヒロインの女の子もそうだけど、恥ずかしいセリフとかって、割と平気で人前で言えてるんだよね」
「――――――」
「普通他に人がいるって分かってたら、もっと周りを気にしちゃうって。そういうのがあんまりないのがすごいなあって」
「……普通は、か」
「……大地くん?」
普通なら、そうなのだ。
だから、俺や行宮、彩瀬川はああなってしまった。
何故なら、人に見られていたり聞かれていたりすることが分かっていると、そのことを意識し、萎縮してしまうから。
そうなった時、変化するのは心の持ちようだけ?そんなわけがない。
心が萎縮してしまえば行動が制限され、そして行動が制限されれば話の流れが制限されていく。
活動が始まる前、雅幸が言っていたことを思い出す。
『それは最早"傍観者"じゃない、だから根本から間違ってるのさ』
本当に傍観者がいるのなら、あのゲームの登場人物のようには振る舞えない。
にも関わらず、支野は裏方を自称しつつも、舞台への干渉は決して辞めようとはしない。
"自分が登場人物として出てこない"なら、それでいいと考えているのだろう。
あの時雅幸が指摘した矛盾が、ここにきて思い起こされてしまう。
いや、きっと本質的には関係のないことなのだろう。結局は、俺たちがどう考えるかの問題なのだから。
事実として、俺は過剰に意識をしすぎることはなかったし、行宮はそれを踏まえた上での行動を取ってみせた。
彩瀬川にしたって、最初こそ平静を保てていない様子だったが、結局最後は(忘れていただけではあったが)普段どおりに行動できていたわけだ。
しかし、それは俺たちの行動に与える影響についての話に過ぎない。
俺たちがどれだけ平静を保とうと努めても、"傍観者のいるシミュレーション"という現実に変わりはなく、そのことを意識しないということはできない。
その場を通り過ぎても、後から見られていた事実を認識した時点から流れは傾いてしまう。
そもそも今回の活動では、俺たちは放課後を終える度に録音内容の公開の有無という決断をしなければならないため、必然的に"観察されている"という事実を思い出すことになるわけだ。
一つの時間が終わる度に、その時間が観察されていた事実を認識することになる今の状態は、支野の望む「ギャルゲーのような恋愛模様の観察」をすることには向いていると言えるだろうか?
俺は支野に渡された小型マイクを手に取る。
……そろそろ、一連の違和感について話をしてもいいかもしれないな。
今まで支野の提示した企画や活動方針について、メリットとデメリットの釣り合いを考えることしかしてこなかった。
例えばデメリットが大きくても、メリットが大きいのならばそれでいいと思っていた。
だけど、ここで初めて、デメリットの方だけに目を向けて話をしてみる必要がある気がする。
こういう考えに至ったこの日にちょうど予定がないというのは、運がいいのかもしれないな。
「……ちょっと、この後出かけるかもしれない」
「……急にどうしたの?誰かと予定でもあったっけ?」
「そういうわけじゃなかったんだけど……ちょっと、思うところがあってな」
「ふーん……変な大地くん」
何のことだか分からないといった様子で、天は首を傾げていた。
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