mission 5-21

作戦会議という名の息抜き、というか彩瀬川のための休憩時間が終わったが、当然のように時間はまだそれほど経過していない。

行宮と過ごした一昨日の放課後は、密度だけでなく実時間もそれなりに長かったとは思うが、それを考えても今日はまだ何もしてなさ過ぎると言える。

「さて……気を取り直して、どうしましょうか?」

そして、それはどうやら彩瀬川の方も同じ考えだったようだ。

さっきまでの動揺と不安はどうやら彼女なりに払拭できたようで、支野絡みで冷静さを失っていない時の彼女の様子に戻っている。

「こうしてお茶はしてしまったことだし、後は色々と巡っていくことになるのかな」

「そうね……ちなみにだけど、行宮さんとはどういったことをしたの?」

「ああ、そうか。そういえば詳しく話したりはしてないんだったな」

部室を出る前に音声記録を公開云々の話があったから失念していたが、当たり前だがあの記録を確認するまでは支野以外は詳細を知ることはできないのだ。

「えーっと……」

どうせ公開してしまったことなので、俺は一昨日の行動ルートを説明した。

……もちろん、最後のメモでのやり取りは抜きにして、だが。

俺から一部始終を聞いた彩瀬川は、

「……こう言ってはなんだけど、やっぱり行宮さんはすごいわね……」

「うん……俺も説明してて改めてそう思ったよ」

俺も出来る限り主体性を持って動こうとしたし、ある程度はそれを達成できたかなとは思っている。

けれど、一昨日の活動をリードしていたのは、紛れもなく行宮なのだった。

本人がどれくらいそのことを意識していたのかは分からないが、少なくとも俺が意識をしていても追いつけなかったくらいだということだけは言えるのだった。

「会長もだけれど……みんな、私が思っていた以上に今回の活動にやる気なのよね」

彩瀬川の言うとおり、企画元の支野は言うに及ばず、登場人物として選ばれた面々は全員やる気を見せているのが現状なのだった。

……もちろん、俺だってそのつもりだし、彩瀬川も何だかんだで真面目に取り組もうとしているのは伝わってくるのだが。

「城木くんには以前に少しだけ話を聞いたし、会長は前に理由を言っていた気がするけれど、行宮さんには詳しいことは聞いていないのよね……」

「……そう、だな」

ここで彩瀬川が言うところの"俺の話"と"行宮の理由"は、当たり前だが切り離せないものだが、それを今ここで顔に出すわけにはいかないのだった。

彩瀬川には、あのショッピングモールの時点で既に"俺が身近な相手への答えを出すためにこの活動に参加していること"が、なんとなくではあるが伝わってしまっているはずなのだ。

聡い彼女に対しては、行宮と俺との活動外での関連性がなるべく伝わらないように努力するべきだとも言える。

「……ま、そのことは今は本題じゃないわね」

しかし幸運にも、彩瀬川は元の話題に話の流れを戻してくれたのだった。

……いや、ひょっとしたら、俺がこの話題にあまり触れて欲しくないことが分かっていた可能性もあるな。

彼女は彼女で、触れて欲しくない領域があるようだし、そこは互いに測りながら、ということなのかもしれない。

「さっきの話だと、行宮さんとは、割と王道の場所に行ったのね」

「まあ、言ってみればそうだな」

彼女に対して抱いていたイメージとは異なったが、カラオケもゲームセンターも王道と言えば王道に感じる。

しかし……、

「君って、普段どういうところに出かけるんだ?」

「えっ?前にも言ったかもしれないけれど、ショッピングモールとかは行くけれど……」

「ああいや、普段友達とちょこっと寄るとしたら、ってこと」

正直、彩瀬川にどういった場所が似合うかどうか、というイメージが掴みづらいのだった。

いや、単に「似合う」というだけなら簡単だろう。ちょっと洒落たブティックとか、オープンカフェなんかはお誂え向きと言えるだろうし、イメージもしやすい。

もちろん、行宮の一件でイメージだけで推し量ることはよくないことだと分かったので信じ込むことはしないが、参考にはなるだろう。

……だが、それはあくまで「"彩瀬川に"似合う」、という話だ。

「正直、君と俺とでどういうところに行くとしっくりくるのかが分からないんだよな……」

「な、何だか不思議な言い方ね……普通に、城木くんや私の行きたいところに行けばいいと思うのだけれど」

「じゃあ君、例えばゲーセンとか行くのか?」

「………………」

行宮以上にイメージが湧かなかったのだが、どうやら今回はイメージどおりだったらしい。

「まあ、でも君の言うとおりかもな。最低限のすり合わせはして、基本は行きたいところに行きあえばいいか」

「そ、そうよ!それでいいじゃない!」

彩瀬川がコロッと元通りになった。なんというか……あえて言うまい。

「それで、君はどういうところに行ってる?」

「そうね……無難だけど、本屋とか雑貨屋さんとかかしら」

「なるほどなあ」

違和感はなさそうな場所だ。というか、今回のヒロイン役3人の誰がいても違和感はない。

「それじゃあ、取り敢えず本屋にでも行くか」

別に俺自身は本を読むことは嫌いではないし、もちろん漫画しか読まないというわけでもないので、不都合はないだろう。

しかし、俺の何気ない言葉に対して彩瀬川は、

「ええっと、私は構わないのだけれど……いいのかしら?」

「?何がだ?」

「これって一応、デ、デ、デート、ってことになるのよね?」

「まあ、一応そうなるんじゃないかな……って、ああ、そういうことか」

本屋に行くということは、もちろん本を選びに行くことになるわけだ。

もしかしたら雑誌などの立ち読みとかをするかもしれないし、自分の興味のある専門書を探すことになるかもしれない。

いずれにせよそうなると、例え2人で行ったとしても、その間に交流が生まれるかどうかが怪しいため、相応しくないのではないか、ということだろう。

……ちなみに、「デート」という一単語を彩瀬川が盛大に吃ったことについては敢えて深く突っ込まないことにした。というか慣れた。

「しかし、本屋っていう場所自体は案としてはいいはずだっただけに惜しいな……」

「そう言うってことは、城木くんも本とか読むのね?」

「まあ、人並みには」

「漫画とかライトノベルを含めなくても?」

「君は俺をどういう風に見てるんだ……支野じゃあるまいし」

言ってから、この発言がリアルタイムで支野に聞かれていることに気がついたが、まあいいだろう。

「本屋っていう案を一度聞いてしまうと、もう頭の中が本屋の気分になってしまっているんだよな……」

「何よそれ……」

「彩瀬川だってこういうことないか?例えば夕食のメニューとか」

「……まあ、無いと言えば、嘘になるわね……」

伝わってくれたようで何よりだった。

「まあ冗談は抜きにして、せっかく共通の場所が浮上したんだから、何とかならないかなって思うんだよな……」

「そうね……何かあれば……」

要は、ちゃんと2人で行って意味のあるような展開になればいいわけだ。

……と、そこまで考えて、名案が思い浮かんだ。

「駅の反対口から行ける大きな本屋って、読書スペースがあったよな?」

「ええ、確かにあるわね。飲み物とかも持ち込めるはずよ」

その辺にある本屋より若干格式高めになっている分、雰囲気が良いことで知られている店で、買った本を落ち着いてすぐに読めるスペースがあることだけは知っていた。

「面白そうな本を互いに選んで、交換して読むっていうのはどうだ?途中で内容について話をしてもいいし、じっくり読んで後で感想を言い合ってもいい」

一緒に本を読んでいる時間が生まれるし、何より本を選ぶのが相手のためということになる分、しっかりと2人で来ている意味もあるだろう。

「……それ、結構面白そうね、それでいきましょう!」

俺の提案に、彩瀬川は乗ってくれた。

「あ、でも、ここからだとあの本屋って、結構歩くことになっちゃわないかしら?」

「?俺は大丈夫だけど、もしかして結構疲れてたりするか?」

「いえ、そういう意味では大丈夫だけれど、その……実質本屋しか行っていないことになってしまわないかしら?」

ああ、活動内容が乏しいんじゃないかと心配しているわけだ。こういうことを考えているあたり、やっぱり真面目なのだろうと思う。

「まあ、最初だしいいんじゃないかな。何なら、帰りに公園で少し話をしてから帰る、くらいするのもいいかもしれないな」

「そうね……うん。じゃあ、時間ももったいないし、早速向かいましょうか」

「そうだな」

紆余曲折はあったものの、ようやくやることが決まった俺たちは、若干ではあるが足取り軽く目的地である本屋へと歩を進めるのだった。

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