mission 5-20
舞台は変わって、駅前の喫茶店の一卓。
前にキックオフミーティングをした時の店はもう少し若者向けというか、俺たちのような年代でも入りやすい雰囲気があった。
それに対してこの店は、全体的に落ち着いた雰囲気であり、客層も大人が大半のようだった。
何故この店を敢えて選んだかというと、まず一つは単純にいつも同じ店では短調すぎるということが挙げられる。
あの時の店は一度だけしか行っていないのだが、短期間に二度も訪れるという響の気に入り様を見ると、これからも行く可能性が高いのだった。
そしてもう一つの方だが……、
「………………」
いつもの様子はどこへやら、完全に落ち着きをなくしている彩瀬川を落ち着かせるためには最適な雰囲気だと感じたからである。
これが行宮とか響とかだったら、むしろこういう雰囲気だと飲まれてしまって余計に落ち着かなくなってしまうかもしれなかったが、彩瀬川なら問題ないように思えた。
「しかし……君がこういうことがここまで苦手だとは思わなかったな……」
彩瀬川はおおよそ大体のことは平均的にこなすイメージがあるし、現に今までもそうしてきたと思う。だからこそ支野に対してああいった感情を抱いているわけだ。
俺の疑問に対して、彩瀬川は、
「……言い訳がましくなってしまうけれど、普通のことだったらこうはなってないと思うわ……」
「まあ、確かにこんな経験は誰もしてないだろうしな……」
簡単な話で、彩瀬川の守備範囲には、今回の活動のような内容は含まれていないということだった。いや、当たり前と言えばそうなのだが。
「でもさ、別にそこまで上手くやろうとか考えなくていいんじゃないか?」
「"やるからには本気で"っていうのは間違ってないし、俺もそのつもりだけど、それは"失敗を許さない"って意味じゃないだろ?」
誰しもこんなことをするのが初めてなのだから、いくら真剣に取り組んだって上手くいかないことだってある。
というか、正しく言うならば「上手くいかないに決まっている」とまで言えるだろう。それくらいぶっ飛んだ内容の活動を、俺たちは今しているのだ。
そして、それが最も顕著なのが彩瀬川と言えるだろう。行宮と比較しても、同じ"キャラクターを演じる"という意味でも、下地を与えられていない分だけ難しいと言えるはずだ。
だからこそ、そんな無茶な内容を十全にこなそうと考える必要はないと言える。もちろん、出来るに越したことはないのだろうが。
「……頭のどこかでは、そのことは理解してると思うの」
俺の言葉を聞いて、彩瀬川がポツポツと語りだした。
「最初聞いたときだって、『なんて無茶苦茶なことを言い出すんだろう』くらいには思ってたわ」
「段々と活動に関わっていく中で、支野なりにしっかりと考えてあって、しかも本気なんだってことが分かっても、やっぱり内容の本質に対する感情は変わらないままだったの」
驚いたことに、彩瀬川は俺が思っていたよりも支野の行動には理解を示しているようだった。
だけれども、活動自体が無茶な内容であるという認識は変わらないという。
「じゃあ、何が君を邪魔してるんだ?」
「……正直、言葉では説明できないわ」
「だけど、いくら無茶な内容であったとしても、その理解を超えて、『上手くやらなくちゃいけない』って、思ってしまう私がいる……そのことだけは、分かるわ……」
「………………」
彩瀬川がもし、支野の言うとおり「何かと戦っている」のだとしたら、それはひょっとしたらそういう自分の中の何かなのかもしれない。
それこそが、支野が考える、彩瀬川が「負けてはいけないと思っているもの」なのだとしたら―――、
(この問題は、根元から解決しようとすると、一朝一夕にはいかないってことになるな……)
それに、もし本当に彩瀬川の問題を解決しようということになるのならば、俺はもっと彩瀬川の内面に立ち入らなければならない。
俺がその段階に立つためには、まだ色々なものが足りていないし、色々なことが出来ていなさすぎる。
だから今は、とりあえず目の前にある問題を解決することにしよう。
「改めて言うけどさ、別に今までどおりでいいんだよ。もういっそ活動じゃないとまで考えてもいいんじゃないかな」
「そ、それはさすがに行き過ぎじゃないかしら……」
「いや、これは俺の考えだけども、むしろ支野としてはそういう状態の方がいいと考えているんじゃないかと思うよ」
「……その方が、素に近いからってこと?」
「……まあ、恐らくだけどな」
支野はギャルゲーのシミュレーションを観察したいとは言っていたが、つまるところわざわざ人を集めてやりたいのはリアルの恋愛模様の観察なわけだ。
本当にギャルゲーを模倣させたいだけなら脚本を書いて演劇でもやらせればいいわけで、それをしないということは、生の様子を観察したいということにほかならない。
「"活動と思うな"……って、急に言っても無理な話かもしれないけど、"これは別に普段と変わらない"って思えるようになれば問題ないんじゃないかな……まあ、慣れるしかないとも言えるけど」
「結局はそこに行き着くのよね……でも、少しは気が楽になったかも……」
俺の気休めになるかどうかも怪しいような言葉で多少は安心してくれたようだった。
「ああ、そういえば支野が『彩瀬川は本質的にツンデレに向いているはずだ』とかって言ってたな」
「……なんですって?」
彩瀬川は唖然としているように見えた。今聞いた言葉が信じられなかったのかもしれない。
「まあ、そういう反応をする気持ちは分かる。支野が言うには……ツンツンしているだけではツンデレにはならなくて、その落差を体現できるかどうかが重要、みたいな話だったかな」
支野が言い当てた彩瀬川の内面の問題は避けたが、概ね言っていることは間違っていないだろう。
「えーっと……それを聞いても納得はできないのだけれど……城木くんはどう思うのよ」
思いがけず俺に振られてしまった。どう思うと言われても……。
「うーん……支野の考えていることはよく分からないことの方が多いけれど、今回はそれなりには納得できたかな」
「……どういうところがよ?」
気が付くと彩瀬川が険しい表情をし始めていた。ひょっとすると……。
「もしかして、ツンデレって呼ばれるのは嫌なのか?」
「……まあ、感情の転換が激しいように感じられてしまって、正直いい気分ではないわね……」
結構根本的な問題な気がした。役を演じなければいけないだけでなく、その役自体が自分の意思から乖離していることになるわけだ。
「とは言ってもな……所謂"ツン"の部分はもう十分すぎるくらいだろうし、元が良いからそれが取り払われて親密になっただけでも相当なギャップになるんじゃないかなって」
「~~~~~っ、だからっ!またそういうことをっ!」
「……あっ」
……もういっそ、俺のこういう部分については開き直るべきなのかもしれない。事実として支野にも何度も勧められているわけだし。
「……今みたいに、城木くんが隙を作ってくれるなら、私はそれに対応していけばいいってことなのかしら?」
そして、彩瀬川が気付かなくてもいいことに気付いてしまった。いや、ある意味ではこの方がいいのかもしれないけど。
「それは支野も言ってたな……さっきみたいな発言は積極的にしていくべきだって……俺は御免なんだが……」
「……そんなことを思っていても、自然と口から出てくるくせに……」
ぐうの音も出ない。
「コホンッ!とにかく……まあ、その……私がそういうのに相応しいって、あなたや支野が思っているのなら……不本意だけど、頑張ってみるわ」
「……そうか」
彩瀬川は、最終的にはそう口にしてくれた。
でも、これは言葉で表すよりもずっと大きな進歩だと思う。今後色々なことをしていく上で、彩瀬川の心の中の活動に対する無意識の障壁が取り除かれないことには立ち行かなくなってしまうだろうから。
「マイクの件に関しては……さっきも言ったけど、まだまだ先は長いし、そのうち慣れていくんじゃないかな」
「……そうね、まだ、始まって1周目なんだものね」
あまりにも密度が濃いので忘れてしまいそうになるが、活動が始まったのはつい一昨日の話なのだ。
小さなイベントや大きなイベントが、この先どんな風にあるのかは分からないが、今のような放課後の時間も含めて、俺たちにはまだまだ時間があるはずだ。
「時間があると思って、悠長に構えていてもいい」ということを言いたいのではない。「今の問題が、時間が解決してくれる類のものだと思う」ということを言いたいだけだ。
俺と行宮と―――あるいは、響との問題のように、時間がいくらあっても足りないようなものではないのだから。
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