mission 5-19

「………………」

「………………」

……あれ?デジャヴか?

面子も心境も、僅かだが経験という面でも一昨日とは違った状況なはずなのに、なぜか俺は行宮との時と同じようなことになっているのだった。

何度も言うけれど、俺は一昨日ほど緊張はしていない。全く緊張していないわけでは当然ないのだが。

では何故こんなことになっているかというと……、

「………………」

……隣にいる彩瀬川がガッチガチになっているからである。

これが、俺が一昨日ほど緊張していない理由の一つでもある。アレだ、怖い映画を見てる時でも周りが怖がってたら怖く感じないみたいなノリだ。

それはいいのだが……こうまで強ばってしまっていると、正直声をかけづらい。

……とはいえ、いつまでもこのままではいられないよな。

「……あのさ」

「!!な、ななななによ!」

ちょっと声をかけただけなのに必要以上に驚かれてしまった。予想より遥かに余裕がないように見える。

「いや、今のそういうのも含めてだけど……どうしたんだ?緊張しすぎじゃないか?」

「いくら慣れてないからって」と言おうとしたが、余計なことは言わない方がいいといい加減学習したので、黙っておいた。

「……話すことくらいなら、さすがにできるんだけれど……どうしても、支野が言ってたことはハードルが高くて」

「ハードル?」

「ほら、言ってたじゃない……私は何かと城木くんに突っかかっていかなくちゃいけないのよ……」

「今その話するのって大丈夫なのかな……まあ、確かに気持ちは分かるよ」

いかにも真面目という感じな彩瀬川のことだし、言われた以上はこなそうとしているのだろうが、何しろ内容が内容だし難しいということだろう。

「まあ、少なくとも俺は気にしないよ。一応理由付けっていうのも出来てはいるわけだし」

「……本当に、あんな理由でいいのかしら?」

「その辺はあんまり気にしなくていいんじゃないかな……それに、どうやら俺のことをああいう風に感じてるのはどうやら君だけじゃないみたいだし……」

「……やっぱり気にしてるんじゃないの?大丈夫?」

……ぶっちゃけ、全く気にしていないかと言えば嘘になるのだが、そこまで深刻な悩みでもない。必要なことなら、むしろ都合がいいと割り切ってしまう方が楽だろう。

「本当に大丈夫だから、気にせずにやってくれ。いつも支野にやってる感じで接してくれればいい。取っかかりがそのことじゃなきゃいけない決まりもないだろうし」

「いつも支野にやってるみたいに……」

俺が言った言葉に対して、何か思うことがあったのか少し考えるような仕草をとる彩瀬川。

………………。

「……少なくとも、それはちょっと無理、かも」

「ええ……」

思いがけず早々にリタイアを宣言された。一体何がいけなかったのだろう?

「ちょっと……私の中では城木くんと支野とは人物像が乖離しすぎていて……」

「君って本当に真面目だよな……今から言って支野にキャラでも変えてもらうか?」

ピリリリリリ!

「うおっ!何だ突然!?」

普段あんまり鳴らない電話が鳴ったものだから驚いてしまった。

驚かせた相手は誰だ、と確認しようとディスプレイを見ると……、

「えっ……支野?」

何でこのタイミング……あ、

『もしもし、城木の番号で合っているか?』

「合ってるよ……ひょっとして、今の話のことか?」

『いつものとおり察しがいいな、そのとおりだ。彩瀬川のキャラは変えないぞ』

「………………」

予想していた答えが返ってきた。

「まあ、お前がそう言うなら仕方ない……どうせ言っても聞かなそうだしな。でも、どうしてそこまでこだわるんだ?」

何も言わずに引き下がるのは癪だったので、一応理由を聞いてみることにした。

確か以前、「先輩を生徒会長枠として引き込むのが難しそうだ」という話をしていた時には、代わりを探すことになってしまうのもやむを得ない、というような感じだったはずだ。

どうしても必要なのは絶対的なメインヒロインの幼馴染枠―――今回で言うならば行宮だが―――だけのはずで、彩瀬川のキャラにもこだわる理由はないだろう。

何より、これまで話をしていて散々思ったことだが、彩瀬川のツンデレには無理があるような気がしてならない。

……しかし、そんな俺の予想を裏切り、

『こだわっている、というのもあるが……彩瀬川自身も、恐らく君も否定をするだろうが、彼女はそういうキャラクターになるのに向いている性質だと、私は思っているよ』

そんなことを言ってきた。

「……本気でそう思うのか?」

『ああ。私はこういう面にかけては自信を持っている。恐らく彩瀬川は、本質的に何か負けたくないもの―――というよりかは、負けてはいけないと、自分自身が思っているものと、戦っているように感じられるよ』

『だから、それを踏まえての余裕のなさが少しだけ表に出てきてしまう。それを含めた自分のことについて、本人は引け目を感じている。だから、テンプレートなツンデレのように我を貫き通したままであったりはしない』

『でも、その本質に対してかち合ってしまう相手には対抗するのだよ……それがちょうど私のような存在なのではないかな。まあ、ここまで含めてただの推論だがね』

「………………」

俺は言葉を失ってしまう。

他人のことをこうも自信満々に言い切れる支野に呆れている……のではない。


『……意地を張ってるだけなの。結局』

『意地を張って、だから自分の思っていることより、そんなつまらないものを優先してしまう、って、分かっていても直せないの』


あの時、彩瀬川が俺に対してだけ見せたはずの僅かな本音を、こいつはいとも簡単に見抜いてみせたのだ。

末恐ろしいやつだと、心からそう思った。

「……それで、そのことがツンデレにどう影響するんだ?」

『簡単な話だ。ツンデレというからには、ツンなだけでは当然ダメで、その後にデレがなければいけない。』

『そういう点では、"弱さからくる強がり"というのは、まさしくツンデレにピッタリというわけだよ』

「………………」

筋道を立てて論理を並べられると、確かに納得できてしまうことではある。

しかし、そのことが実行に移せるかどうかは別なわけで……、

『分かっているよ。君たちが、というより彩瀬川が一番不安なところは』

「じゃあ……どうすればいいんだ?」

『そのままでいい』

俺の問いかけに支野は、静かに、しかし迷わずにそんな言葉を叩きつけてきた。

『ツンデレキャラだって常時主人公に対して当たり散らしているわけではない。いくら可愛くたってそんな相手は願い下げというものだ』

「……なるほどな」

その言葉に、少しだけ気が楽になった。

彩瀬川自身も気が楽になるかどうかは本人のみぞ知る、と言ったところだが、そこは何とか乗り越えてもらうしかない。

『ちょうど君が天然ジゴロ発言をして白い目で見られる頻度を若干増やすくらいの感覚でいればいい』

「おい待て!?そんな簡単に言ってくれるなよな!?」

『じゃあそろそろ切るぞ。ああ後、今回は初回だから見逃すけど、マイクが入ってるのだから会話内容は多少気を使ってくれるように言っておいてくれたまえ』

プツッ、

「………………」

あの野郎、最後の話題が面倒だから切りやがったな……。

「それで……支野は何だったのよ?」

彩瀬川が俺に聞いてきた。当たり前だけど、さっきの会話は彼女には聞こえていないんだったな。

「えーっと、マイク越しに俺たちの会話を聞いてたわけだから、先回りして釘をうちに来たんだよ」

「………………」

俺の言葉に、彩瀬川の顔がサーッ、っと青くなる。

「……もう一回言って?」

「え?『先回りして釘をうちに来た』?」

「そこじゃないわ」

……もしかして、

「君、まさかマイクのこと、忘れてた?」

俺の言葉に対して何も言わない彩瀬川。無言の肯定ととらえてもいいだろう。

「そうだったわ……城木くんがナチュラルにマイクのスイッチを入れて部室を出たから、それの真似をしただけでまるで意識してなかったわ………」

「何というか……本当に一歩足りないというか……」

俺の言葉に対しても何も返ってこないあたり、相当慌てているようだ。

「えーっと、一応支野は『キャラは変えるつもりはない。取る態度が難しいと感じているようだけど、今までどおりで問題ない』って言ってたけど……」

「マイクが入ってるとその『今までどおり』も難しいのよ……」

「だよなあ……」

どうやら俺は、一昨日の行宮との時間で、一般的な価値観から少しズレてしまっているようだ。

行宮が、あの時マイクのことを気づいていながら、まるで臆することなく、彼女なりに恐らく精一杯の勇気を振り絞って様々な行動に及んだようには、普通はいかないというわけだ。

人に様子を観察されていながら、いつもどおりに行動できるということの難しさを、俺は改めて痛感する。

……と、ここまで考えて、

(あれ……?)

俺自身が、そんな一昨日の行宮と同様に、ここまでいつもどおりに行動できている事実に気がつく。これは一体どういうことだろう?

(……まあ、今はそれどころじゃないか)

目下の問題は、今目の前で動揺している彩瀬川のことだ。

「とりあえず、落ち着こうじゃないか」

「そ、そんなこと言われても……」

「今から作戦会議と行こう。ついでに話をして、これからどう動いていくかも話せばいい」

「………………」

「活動に関係することだけど、直接の活動中とは違ってくるから、マイクは一度会議が終わるまで切らせてもらうぞ、いいな、支野?」

………………。

しばらく着信がないということは、支野は俺の言葉に同意したとみなしていいだろう。

「じゃあ、とりあえずお茶でも飲みながら話そうじゃないか」

「え、ええ……」

戸惑いながらも、彩瀬川は俺に着いてきた。

俺だって余裕が有り余っているわけではないのだが……、

(こういう所で、積極的に動かないと、ここにいる意味がないからな……)

そう思いながら、俺は街の中心部への道を急いだ。

途中、マイクのスイッチを切った時に、少しだけ緩んだ彩瀬川の顔がやけに印象的だった。

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