mission 5-18

放課後、いつものように部室に行くと、真っ先にやたら上機嫌な支野が座っているのが目に入ってきたのだった。

……正確には、こいつは俺が昼休みに教室に戻ってきてからはずっと上機嫌だったのだが。

「やあ城木。昼の会合は楽しかったかな?」

やはりというべきか、どうやら支野はあの場にメインの登場人物が全員揃うことが分かっていたようだった。

「……お前のそういう力は尊敬するよ……」

「本当よね……」

既に同じやり取りをしたのか、彩瀬川がため息を吐きながらそうこぼした。隣では行宮が苦笑いをしている。

「とは言うが、私の中で確実だと見ていたのは会長と彩瀬川だけだぞ?君たちがどう動いてくれるかは不確定要素だったからな」

「先輩は分かるけど、彩瀬川までそうだったのか?」

「彩瀬川の性格を少し考えれば分かることだ」

その言葉を聞いて彩瀬川が「何よそれ……私が単純なやつみたいじゃない……」と小声で言っているが、正直部分的に否定できないところがある。

「もちろん、君たちが動かなかった場合にもリカバリーとして色々と策は考えていたが……まあ、今回は君たちが積極的に動いてくれて良かったということだ」

「……そういえば、さっき『これが最善の結果』って言ってたけど、もしそうなら、なんでお前が俺たちを誘導したりしなかったんだ?」

何となく引っかかっていたことを今聞いてしまうことにした。

「いくらただの舞台であるとはいえ、活動に関わってくる部分であることには変わりがないからな。私がそこに直接関わることはよろしくないということだ」

「ああ……そういう話か……」

未だに支野の言う線引きが感覚的に掴みきれていないが、その辺りはそのうち理解できていく……はず。

「さて、今日は当然活動日で、順番的には彩瀬川が城木と放課後に帰ることになるはずだが……それはそうとして、その前に少し話をしたい」

「話?」

「まあそう身構えるな。まず1つだが……」

そう言いながら支野は、レコーダーのようなものを取り出した。

「これは城木と行宮の一昨日の音声記録が残っている。本人たちの意向によって公開することが決定されたから報告までに、とな」

「ええっ!?」

「……おおー……」

「マジでか……」

俺と行宮、そして支野以外の3人はそれぞれまさしく三者三様の驚き方をしていた。

「こ、公開しちゃっていいの……?」

その中でも、一際驚いている……というよりも、もはや動揺しているとも言えるかもしれないくらいの様子になった彩瀬川が、改めてそんなことを聞いてきた。

「……ああ」

「ゆ、行宮さんも……?」

「……うん」

「……実はあんまり大きな出来事が起きなかったとか……」

「……うーん……」

そう言われてしまうと判断が難しいところではある。

しかし、俺が悩む様子をよそに行宮は、

「……大きな出来事は、無かったかもしれないけど……私にとっては、大きな一日、だったよ?」

そう、言い切ってみせたのだった。

「……そう、なのね」

そして、彩瀬川はその行宮の口調から何かを感じ取ったのか、それ以上は何も言わなかった。

「……質問……」

「なんだね会長?」

「……これって、いつでも聴いていいの……?」

先輩はというと、早速その中身に興味を持ったようで、レコーダーを手にしながらそんなことを聞いているのだった。

「もちろん構わないが、一応中身が中身だし、この部室からは持ち出さないでくれたまえ。今日の活動が始まってからでも聞いてくれればいいだろう」

「……うん、そうしたい……」

そう言って先輩はレコーダーを元に戻したのだが、視線はずっとそっちを向いたままなのだった。

……改めて、あの時の様子が他人に聞かれると考えると恥ずかしくなってくるな……。

「さて、そっちの話はあくまで報告であって本題ではない。もう一つの方の話題が重要なのだ」

「重要?今日の活動とかにすぐ関係があるのか?」

わざわざこういうタイミングで話をするくらいだから、そこそこ緊急の内容には違いないだろう。

「すぐに関係があるわけではないが、今日でなくてはダメな理由があるのだ。時に城木、明日はどういう日だったかな?」

「どういうって……ああ、そういえば明日も祝日か」

9月中旬特有の祝日ラッシュの真っ只中にあって、今週は祝日が2日もある。つまり……、

「祝日込みで3連休になっちまうから、その間のことを話すってことでいいのか?」

「そのとおり。本当ならばせっかく活動が始まったというのに、メインストリームの放課後イベントを途切れ途切れにはしたくないのだが……そこは仕方ない」

良かった……ここで支野が「連休だけど普通に登校した体で放課後イベントをこなす」とか言いだしたらどうしようかと思った……。

「おっ、じゃあなんだ?プールか?水着か!?」

露骨に越智のテンションが上がりだした。そういえばそんな話をしていた気がするな。

しかし、越智の言葉に支野は頭を振って、

「さすがに早すぎる。幼馴染という設定の行宮はともかくとして、他の2人は城木とプールに行くほど親しくはないだろう」

「いや、設定上じゃなくてもみんなとはそこまで親しくなってないんだけどな……」

「というか、それなりに親しかったとしてもそう簡単に一緒にプールとかって行くかしら……」

しかし悲しいかな、そんな俺と彩瀬川の素朴な疑問は残念ながら支野にはまるで届いていないようだ。

「しかし、何もやらないというのはいくらなんでもどうかと思うわけだ。そこで、だ」

支野が一度全員の顔を見回してから、こう続けた。

「この中の誰かの家に集まって、何となく一日を過ごしてみるのはどうだろう?休日に会うということで、普段とは違う会話も楽しめそうじゃないか?」

「……わあ……楽しそう……」

真っ先に先輩が反応した。言葉とは裏腹にまるで楽しそうに聞こえないが、恐らく内心ではテンションが上がっているのだろう。最近何となく分かるようになってきた。

「何というか……珍しく普通な意見だな」

「?どういう意味だ?」

俺の率直な言葉に何故か疑問符を浮かべている支野なのだった。本気で自覚がないのかこいつは?

しかし……休日に会う、というだけなら、少なくとも彩瀬川と先輩に関しては達成してしまっているんだよなあ……。

まあ、そこは一堂に会するとまた違った何かがあるだろうということで、前向きに考えておこう。

「さて……どうやら反対意見もなさそうだし、流れで場所を決めてしまおうじゃないか」

「あ、そういえばそうだよね」

言われるまでまるで考えていなかったが、確かに支野の提案する計画を実行に移す上で、"会場を誰の家にするか"という問題は切り離せない。

そしてやはりと言うべきか、いの一番に口火を切ったのは支野なのだった。

「まあ当然と言えば当然なのだが、私は登場人物ではないわけで―――」

「私の家は、」

……しかし、それは彩瀬川の強ばった声によって遮られる。

「……私の家だけは、止めてもらえないかしら」

その断りは、例えば俺や越智のような同年代の異性を家に呼ぶのに抵抗感があるだとか、

あるいは、家が散らかっていて人を呼ぶのに適さないだとか、

もしくは、単純に家に来客があったりして人が呼べない状態だとか……

そういった、すぐに想定出来うる内容に結びつけられないような―――そんな、重苦しくもきっぱりとした拒絶だった。

「……うむ、別に無理に誰かの家に、とするつもりはない。途中になってしまったが、私の家も好ましくない」

支野も何かを察したのか、あるいは立ち入らないようにしただけなのか―――どちらなのかは分からないが―――深くは触れずに話を進めた。

「そもそも連休中のいつなんだよ。まさかとは思うけど泊りがけとかじゃないだろうな?」

別に何日なら暇、というわけではなかったが、話を戻すために適当に言葉を挟むことにした。

「それこそプールに行くとかいう比ではないからな。当然日帰りだ。日は、そうだな……前後が休みの方が日程的にゆとりがありそうだし、明後日はどうだろう?」

支野の問いかけに、再び全員が無言の賛同を示す。

「さて、それでは誰の家に集まるかの話に戻るのだが……正直に言っていいか?」

「お前が断り入れるなんて珍しいな真夏。どうしたんだ?」

越智の言うとおりで、支野がこれまでこんな断りをいれてくることなど一度もなかった気がする。

そんな越智の言葉に対して、

「いや、なんだ……城木や越智に対しての配慮のつもりだったんだが……まあいい、言ってしまうとな、『男の家を姦しいイベントの発生場所にしたくない』」

「思いっきり願望だな……気持ちは分からなくもないけれど」

越智の家は知らないが、俺の家に同じ年代の、それもかなり容姿のレベルの高い異性が揃い踏みという格好は、どうにも違和感がありすぎる。

そして恐らく支野はこっちの方が大きいとは思うのだが……有り体に言ってしまえば、せっかく華やかな絵面になるタイミングなのに男の家は嫌だということなのだろう。

「ってなると、候補はもう既に行宮さんの家か会長の家ってことになるのか?」

6人もいる場なのに、なんやかんやあって既に候補先が2人分しか残っていない。しかもほとんど発案者のせいで候補が消えている。

……ところでさっきから越智が元気だな。久しぶりにこういう場面に参加できているからか……いや、単にイベントで盛り上がっているだけだな。

「実を言うと、択を絞っていく前から、その2人の家が有力なのではないかと考えていたのだよ」

そんな支野の言葉に、片や「ええっ!?」と驚く行宮、片や「……そうなの……?」と普段どおりの先輩。

「きっとすごいぞ。行宮の家は行宮に相応しく可愛らしい家だぞ恐らく。私の勘が告げている」

「ああ……でもそれは分かるわね」

ここでようやく元に戻ったようで、彩瀬川が支野の言葉に同意してきた。

「先入観とか決めつけで話してしまうのもなんだけれど……行宮さんの部屋なんかは、まさしく"行宮さんの部屋"!って感じがしそうよね」

えらくザックリとした想像だったが、何となく同意できてしまうのだった。行宮という人物の雰囲気がそのような想像をさせるのかもしれない。

ちなみに言われた当の行宮本人は恐縮しきりだった。恐らくこういうところだと思う。

「そしてきっと会長もすごいぞ。会長に相応しくミステリアスな家だぞ恐らく。私の願望が告げている」

「ごめん、それは分からんわ」

願望が告げているって何だ。

「ミステリアスな家ってどんな家なのかな……?」

行宮がキョトンとした顔をしている。

「そりゃあ……アレだ、壺とか一杯置いてあるぞきっと」

「さっきにも増してふわっとした回答だな……」

「……置いてあるよ……?」

「ええ……」

壺が一杯置いてあるからといってミステリアスかどうかは定かではないが、興味は湧いてきた。

「……ちなみに今更なんだけど、行宮と先輩って、明後日は仮に家を使うことになっても大丈夫なのか?」

俺の問いかけに対して、

「大丈夫、だと思うよ?」

「……うん、多分大丈夫……」

ほぼ同じ答えが返ってきた。確証は持てないようではあったが、問題ないらしい。

しかしそれに続けて、

「えっと……でも、ちょっと狭いかも……それに、プレッシャーが……」

行宮がそんなことを言い出した。スペースの問題はともかく、後半は明らかに支野が変なことを言ったせいだよな?

「ええと、そうなると会長の家になりそうなのだが……会長はそれで大丈夫かな?」

そんなあっさりとした支野の問いかけに対して、

「……うん、いいよ……」

同じくあっさりと承諾してしまう先輩なのだった。こういうところは相変わらずすごいな。

「さて、というわけで明後日は会長の家で遊ぶということだ」

「それはいいんだけど……会長さんの家って、どこなんですか?」

「……えっと、駅からバスで―――」

先輩の説明によると、どうやら学校からはかなり離れた位置にあるようだった。通学が大変そうだ。

「まあ行くことに関しては問題はないな。10時くらいでいいかな?」

それなりにちょうどいい時間だろう。他のみんなも異存がないようだった。

……というか、こういう時の集合時間って本当は場所を提供する先輩がするはずなんじゃ……。

「じゃあ明後日の件は決まりだな。いや~、楽しみだなあ!会長の実家の豪邸に行くのは!」

「お前も越智と同じで楽しみなんだな―――ってちょっと待ってくれ。え?豪邸?」

漫画の世界でしか聞きなれない単語が耳に飛び込んできた。

「何だ知らないのか。会長の家はとんでもない豪邸だぞ」

マジか……お嬢様だとは聞いていたが、そこまでのものだったとは……というか何で支野はそのことを知ってるんだ。さっきの口ぶりだと行ったことはなさそうだったが。

「……なんか、ちょっと緊張してきたんだけど」

「……大丈夫、だよ……?」

「先輩……」

「……壺、一杯あるよ……?」

「いや、そういう心配はしてないんで……」

何とか当日までには気にしないようになれればいいのだが……。

「さて、話が終わったところで、今日の活動に移ろうじゃないか」

言われて、彩瀬川の背筋がピン!と伸びた。

「城木は一応2度目だしそれなりに感覚は掴めているかもしれないが、彩瀬川は正真正銘の初めてだからな。気を使うことだ」

「今何で『正真正銘』を少し強調したのよ!」

きっと支野の発言はこのようにして彩瀬川を怒らせることで緊張を解すための策だと信じたい……100%違うだろうけど。

「じゃあ、行くか」

「え、ええ……」

そして俺たちは、マイクのスイッチを入れて、部室を飛び出した。

一昨日とはまた違った放課後の時間が、幕を開けようとしていた。

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