mission 5-16
「というわけで、今日は文化祭執行役員の初回の顔合わせだ」
「特に何か大きなことをするわけでもないようだけど、大まかな説明をするらしいから、城木と行宮はよろしくな。昼休みだけど、昼食持参でいいらしいから」
登校中に考えていた構想が、何もしないうちに実現してしまった。
これはちょうどいい。俺と行宮との一連の流れを把握している人間が一人もいない状況なら色々やりやすい。
……まあ、弁当の件が杞憂に終わってくれれば一番いいのだが。
ちなみに行宮は、俺が教室に到着するのより少し遅れて入ってきた。ひょっとしたら本当に少しだけ寝坊したりしたのかもしれない。
………………。
「行宮、ちょっといいかな」
ホームルーム直前はバタバタしていて話しかけられなかったので、終わったあとにすぐに声をかけることにした。
ホームルーム内であった話のことも含めて、今してしまった方がいいだろう。昼食のことも直接ではなくサラッと触れるくらいできればいい。
「さっきも聞いてたと思うんだけど、執行役員の顔合わせの件でさ……」
……そう、思っていたのだが、
「あ、わ、私も!ちょうどお話しようと思ってて!」
……ん?雲行きが怪しいぞ?
「さっき先生も言ってたけど、お昼も持っていくって……そ、それで……今日はお、お弁当作ってきたから!」
………………。
「………………」
「………………」
想定していた中でもかなり悪い方向に状況が向かってしまった!
「……そ、そうか……朝『ひょっとしたらそうかもなー』って思ったけど……うん、ありがたく頂くよ」
そして、この俺の返しもどうやらまずかったようで……、
「おいおいおいおい、行宮さんが城木に弁当だってよ!」
「今日は朝一緒じゃないと思ったら……そういうことだったんだ~」
「城木くん、今『ひょっとしたらそうかも』って言ってたよね……以心伝心ってやつ?」
「いや、ありゃあきっと城木が行宮さんのことを深く理解している証拠だな」
「俺も行宮さんを理解したい」
「俺は行宮さんに理解されたい」
「昨日から君たちはなんなの」
……もうやだこの状況。
「……!……!……!」
そして、やたらテンションの高い支野の姿が、視界から外そうとしても嫌でも目に入ってくる。めちゃくちゃいい笑顔だけれど正直一発くらい頭をはたきたい。
……結局、この騒動は一限目の授業が始まるまで続いたのだった。
………………。
「いやあ、本当に君たちは最高だな」
「まさか昼までずっとお前の機嫌がいいままだとは思わなかったよ……」
俺の皮肉に対して、支野は「私は基本的にポジティブだからな」とか抜かしている。そろそろこいつに皮肉が効かないことを覚えるべきかもしれない。
「ううう……」
何だかんだでいつもは立ち直りが早い行宮も、さすがに今回は堪えたのか、未だに恥ずかしそうにしている。
単純に照れもあるのだろうとは思うが……何となくだが、思いっきりクラスのど真ん中で暴露をしてしまった自分の行動に対する恥ずかしさも含まれている気がする。
「さて、君たちは確か役員の会合だったな」
「ああそうだった……何もないって話だけど、なったからには真面目にやってくるよ」
俺の言葉に行宮も小さく頷く。このことは既に昨日確認してあることだ。
しかし、支野は、
「真面目にやってきてもらうのは大いに結構なことだが……『何もない』というのは大きな間違いだな」
「?どういうことだ?」
「なに……行けば分かることだ」
なんだ……不気味な話だな。ひょっとして、昨日チラッと話していた内容と関係があるのだろうか?
まあ、今はゆっくりと考えている程の余裕はない。「行けば分かる」というのだから、とりあえずはそれに従おうじゃないか。
俺は行宮と連れ立って、執行役員会の教室へと向かうために教室を出た。
「うわ……想像はしてたけど、人が多いな……」
「そ、そうだね……結構席もギリギリみたいだね」
全学年各クラスから2人ずつ選出されるのだから当然なのだが、小さめの教室のせいもあってか、やたらと人が多く感じられた。
教室全体の雰囲気は、まあ最初なだけあってか和やかな感じだった。準備の期限に追われるようなタイミングでもないし、楽しみな気持ちの方が大きいからだろう。
それに、ここに来ているような人たちは責任感や使命感のようなものが強い人が多いだろうし、何があっても最初はテンションが高いであろうことは想像に難くなかった。
(でもまあ、それは俺にとってはありがたいことなんだけどな)
行宮のお手製弁当に集中したいという気持ちと、その様子を見られたくないという気持ちのどちらもある現状としては、他の全員の注意が向かないに越したことはない。
まあ、行宮はどうかは分からないけれど、少なくとも俺はこれまではこういう場に来ることなどなかったし、注目されることなんてないだろう。
それにこういう場に来るような知り合いも俺にはいない……、
「……城木くん?それに、行宮さん?」
「……いた」
「……ちょっと、何でそんなに残念そうなのよ!」
俺たちに割り当てられていた席のすぐ隣に、彩瀬川が座っていたのだった。
「……えっ?彩瀬川って、執行役員になったの?」
「そりゃあここにいるんだからそうでしょう……私はこういう時によく役員とかやってるわよ?」
そんなことはまるで知らなかった。まあ、俺自身がなっていないのだから、知っているわけがないのだが。
「むしろ、城木くんも行宮さんも、あんまりこういう機会には見かけたことなかったけれど……どうしたの?まさかこんなところでも支野の差し金?」
「いや……支野はまるで関係ないんだが……まあ、支野が言うにはこの結果が最善だとか、行ってみれば理由が分かるとかどうとか……って、あっ」
「?」
ここまで来てようやく支野の言っていた意味を理解した。
なるほど、支野は事前に十分なリサーチをした結果から、こういう場面に高い確率で彩瀬川が出席するであろうことに気がついていたわけだ。
……となると、必然的に……、
「……あ、会長さんもいるんだね」
行宮の言うとおり、気がつけば教室の前方の議長席には先輩の姿があるのだった。よく見ると隣に雅幸もいるな……。
「2人ともこういうところにあんまり来たことがないから馴染みがないかもしれないけれど、大体こういう運営関係の会には生徒会が絡んでるわよ」
考えてみればすぐに行き着きそうな話ではあったが、目の前で色々なことが起きすぎていたせいか、全く頭に浮かんでこなかったのだった。
そしてその先輩はというと、
「………………!」
……こちらに気がついたようで、ゆっくりと手を振っている。あんなことしてていいのか?隣の(恐らく生徒会役員の)生徒が困っているぞ?
生徒会長である先輩が現れたことに徐々に教室全体が気づき始めたのか、教室全体が少しずつ静かになっていき、いかにもこれから会が始まる、という雰囲気になりつつあった。
……のだが、先輩は何とかこちらに気がついてもらいたいのか、今度は両手を振り始めた。何がしたいんだあの人は。
「えーっと、じゃあ皆さん揃ったようなので、初回の執行役員会を始めたいと思います」
先輩の様子に何かを悟ったのか、雅幸が代わりに会を初めてしまった。本当に大丈夫なのかあの生徒会は?
「と言っても、今日は別に大したことはしないです。1年生はもちろんだけど、執行役員が初めての人の方が多いだろうし、説明をしたいのと、執行部の役職決めをしたいと思ってます」
そして、おおよそ会の内容は今朝担任から説明があったとおりだった。まあ当然だろう。
「……ちなみに、行宮は役職になるつもりとかは……?」
念のため、俺が小声で行宮に聞いてみると、
「……うん、さすがに荷が重いと思う……」
という答えが返ってきたので安心した。参加することに意義があるのであって、深入りしすぎて手が回らなくなってしまっては本末転倒というものだ。
「じゃあまずは役職決めから―――ああ、そういえば聞いているとは思いますが、昼休みを使っての会なので、昼食を自由に取りながら参加してください」
その言葉を聞いて、先輩がいの一番にいそいそと弁当箱を取り出しているのが見えた。あの人は本当に何をしにここに来たんだろうか?
「あ……じゃ、じゃあ、これ……」
意識を自分の席の方に戻すと同時に、行宮が声をかけてきた。振り向くと、手元には可愛らしい包みの弁当箱がある。
「わ、私のと、中身は同じなんだけど……量は、少しだけ多くしてみたから……」
「う、うん……ありがとう」
……改めて、弁当を作ってきてもらうというシチュエーションが想像以上に恥ずかしいことを実感する。
しかしまあ、こういう場所で良かった、教室でだったらもっとひどいことになっていた。こういう誰にも注目されていない状況だったのが唯一の救い……、
「……そういえば、支野がそんなことを言ってたわね」
……そうだったよ、思いっきり注目されてるじゃないか!しかも隣からの視線だよ!
「とりあえず、頂くよ」
「う、うん……」
蓋を開けてみると、よくあるお弁当のおかずが色彩豊かに詰められていた。パッと見た感じでは栄養バランスもすごく良さそうに見える。
……何よりも、見た目がすごく綺麗なのに、一切出来合いのものを使っている感じがしないのだった。ひょっとして全部手作りか?
とりあえず、目についたハンバーグから口にしてみる。
「……めっちゃ美味しい……」
「ほ、本当に?」
「うん。いや、嘘ついたってしょうがないって。素直にすごく美味しいよ」
「そ、そう……良かったぁ……」
行宮はホッとしたような表情をしているが、この出来でそれだけ不安になる理由が全く分からない。それくらい美味しいのだった。
「というか、これってどうやって作ったの?ちょっと普通のものとは違いすぎるくらい美味しいんだけれど……」
「ええ!?そ、そんなにすごいことはしてないよ?」
「そうか……それでこれだけ美味しいんだな……すごいな。こっちの煮物も美味しいし……」
「………………」
「これなら毎日食べても飽きないくらいだな……」
「!!」
クオリティの高さに、箸が止まらなくなってしまう。毎日作り続けているとこうも上手になるのだろうか。
と、そんなことを考えていると、
「うう……」
いつの間にか、行宮が真っ赤になって黙りこんでしまっていることに気がついた。
「……ひょっとしなくても、またやらかした?」
「……もう私は何も言わないわよ」
振り向くと、反対側に座っていた彩瀬川はいつものような呆れた目をしていた。そして何故か顔が赤い。
「本当に……あなたって、よくもまあいつもスラスラと恥ずかしい言葉を言えるわよね……」
「いや……本当に……マジでそんなつもりはないんだ……信じてくれ……」
「うん……その『そんなつもりはない』のが問題なんだけど……」
………………。
……そんな風に、俺たちがやいのやいのしている内に、どうやら役職決めは滞りなく決まりつつあるようだった。
あれだけ話し込んでいたにも関わらず、注意の一つもされなかったのは、教室全体が昼食を機にそれなりに騒がしくなったことが要因だろう。
彩瀬川に一瞬悪いことをしたかとも思ったが、どうやら彼女も役職には興味がなかったらしく、問題ないようだった。
とにかく、なんやかんやあったが、行宮手作り弁当の件は彩瀬川のみにしかバレなかった……、
「………………」
「………………」
……というわけにはいかず、遠くの方からずっとこちらを凝視していた先輩にもバレてしまっているようだった。
「……!」
そして何故か先輩は親指を立ててグッジョブサインを送ってきた。まるで意味が分からない。
「じゃあ、無事に役職決めが終わったところで、役員の概要を説明しますね」
流れが一段落したところで、司会進行(代理)になっている雅幸が話を次に進めた。
これこそ、俺たちが聞かなければならない内容だった。
なったからにはしっかりと役目を果たすという意味でも、活動に関わる可能性があるという意味でも、どちらの場合においても執行役員がやるべきことについては把握しておく必要がある。
幸いにも弁当はもう大半が食べ終わってしまっているため、説明をじっくり聞くには最適な状況と言える。
弁当は相当味わって食べたはずだったが、やはり自然と手が動くペースが早くなってしまったことが大きな理由だと思われる。
……ちなみに、そんなことを行宮に言ったら、また顔を赤くされ、彩瀬川には呆れられてしまったのだった。もういっそ開き直った方がいいのかな?
………………。
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