mission 5-14
「………………」
「………………」
校門を出てから、しばらく無言の時間が続いていた。
しかし、同じような状況だった昨日の行宮との時間と比べると、明らかにその空気は違っている。
(何というか……やり辛さ、っていうのは感じないんだよな)
言葉がない状態に対して別段息苦しさを覚えないというのは、本当に不思議な感覚だと思う。
身内の天ですら、一緒にいてずっと黙っていると気まずいというのに……。
(……だけど、そういうつもりで今日一緒に帰ろうとしたんじゃない)
ただ居心地の良さを体感することに意味はない。
意味はないのだけれど……具体的に何を切り出そうかということになると、どうにも言葉にならないのだった。
……そんなことを考えていると、
「……それで、さ。急にどうしたの?」
響の方から切り込んできた。
何というか……全て見透かされている気がしてしまう。
「いや、実はな……どうって言われても、うまく言えないんだけど……まあ活動絡みで話がしてみたかったんだよ」
どうせ隠すつもりもなかったし、隠そうとしても無駄なことくらいは分かっていたので、こちらも正直に切り出すことにした。
「私も聞きたいことだらけだから、そこはちょうど良かったかな……というか、そっちのことって基本何も知らないから、気になるんだよね」
「"そっちのこと"って……ざっくりとしてるな」
「だって、本当に何も知らないから。そもそも、活動って何をしていくの?」
そう言われて、とりあえず響には活動の中で行われる予定のことを一から説明する必要があることに気づかされた。
散々支野と話をしていたせいで感覚が麻痺していたが、そもそも普通ならあんな活動をする考えに至らないし、接する機会もないのだから。
……一瞬、ベラベラと口外してもいいものかと思ったものの、そもそも活動自体があの日の喫茶店での会話で割れているのだから、今更というものだろう。
「支野が言うには、とにかく最初は日常を積み重ねるところを重視してるみたいでな、順繰りに放課後に二人きりで過ごすことになった」
「……サラッと言ったけど、結構すごいことだよね……え、それってもう始まってるの?」
「……昨日から」
「昨日は誰と帰ったの?」
「……行宮」
「………………」
……若干、響の視線が険しくなったような気がする。
「敢えて内容は聞かないけど、蓮華を……いや、これも今更かな」
しかし、その視線はすぐにまた穏やかなものへと戻る。
「?」
「私、大地のことは何だかんだで信用してるから、さ」
「………………」
響は、今間違いなく何かを聞こうとしたか、あるいは釘を刺そうとしたのだろうと思う。
でも、響は踏み込んで来なかった。
きっと、言葉どおり俺を信用してくれている面もあるだろう。そういうところでは嘘は吐かないやつだから。
だけど、そこにはきっと支野の活動に対する考え方のようなものも含まれているんじゃないかと思った。
すなわち―――、
(―――『自分が踏み込んでいい内容じゃないかもしれない』という意識、か……)
しかし、この場合は支野のそれとは状況が違うと思う。
支野が明確に活動に関与している状態なのに対して、響の場合は、確かに立場的には活動の外にいる状態なのだ。
だから、俺は支野に対しての時ほど、この問題に関して響に歩み寄ろうとは思えなかった。
……いや、違うな。
(本当は、響には活動の外にいたままであって欲しいんだろうな)
俺が、答えを出さなければいけない相手のうちの、もう一人。
同じ立ち位置の行宮が活動を共にしている状況で、どの口が言うのかと思ってしまうけれど、そこには違いがある。
響は、俺が響に対して答えを出そうともがいている事実を知らない。
行宮に対しての誠意は、活動の中での行宮と真剣に向き合うことで、答えを探し求めること。
ならば、響に対しての誠意は?
(……活動の中で見つけた答えを、出力してみせること、なんじゃないかな)
そしてその答えは、行宮も含めた"ヒロイン達"と真正面から対峙した結果生み出されたものでなくてはいけない。
その答えを、響と向き合う時にぶつけてみて、初めて生まれてくるものに何かを感じ取れればいいと思うのだ。
だからきっと、俺は活動の中に響の姿があって欲しくはないのだ。
行宮の場合は、活動の軸が本心から来ているから、そこで生まれた答えがそのままホンモノになってもいいのだと思える。
けれど、響がいたとしたら?
響への気持ちの答えも、行宮の行動も、どちらにもブレが生じてしまうのではないか?
(俺は、むしろ響と向き合うことの方に慎重になっているのかもしれないな……)
まあ、もっともなことだとは思う。
十数年をかけても、未だに掴みきれていないのだから、慎重にもなるというものだった。
「それで、最初に蓮華と帰ってみて……それ以外には何かあるの?」
停滞しかけた空気を紛らすように、響が話を元に戻してくれた。
「あー……」
……しかし、これを言っていいのか?
……熟慮した結果、
「……行宮が、朝家まで来て一緒に登校するか、弁当持ってきてくれるかのどっちかをしてくれることになった」
言うことにした。後からバレるリスクを考えたらこっちの方が良さそうだしな!
「へえ!じゃあ朝蓮華と一緒に学校行けるかもしれないんだ!……でもなんで?」
意外にも、響は引っかかることなく好意的な返しをしてきた。もちろん誰しも思う疑問は付属していたけれど。
「なんでも、支野が考える幼馴染像的にはそういうのが理想らしいぞ。俺も一度も聞いたことないけど」
「へ、へえ……私も聞いたことないな……」
何やら少しバツの悪そうな顔をする響。もしかして……、
「……そういえば、行宮が響に料理を教えてあげたいとか言ってたな」
ピク、と響が反応した。
「今更料理かあ……無理だと思うんだけどなあ……でも、せっかく蓮華が教えてくれるっていうなら、やろうかなあ」
「あれ、意外に前向きなんだな?前だったら『絶対にやらない方がいい』くらいのことは言ってたろうに」
「うん……まあ、そうなんだけど、ね」
こと料理についてはそのセンスのなさを散々周囲に言われ続けてきた響だが、親友の恵みともあれば意思は変わるということか。
……そして、もう一つ残っている規定だけど……これも隠していてもいずれ確実に露見するし、言っておくか……。
「あとは……活動中だけ、俺のことを、行宮が名前で呼ぶことになった」
「え……」
ここに来て、響はこれまでの内容の中で一番驚いたような表情をした。
「そ、それって……それも含めて、全部蓮華はやってたの?」
そんなことを聞いてくる響。
「……信じられないかもしれないけど、かなりきっちり守ってたな」
「それも積極的に」とまでは言わなかったものの、あの大人しそうな行宮が、ということを考えれば驚くには十分な内容だったと言える。
「……蓮華、芯が強い子だとは思ってたけど、考えてた以上だったみたい……」
そして、どうやらそれは親友である響の予想の上を行くものでもあるようだった。
「でもそっかあ……それだけ色々あるんだね……そりゃあ、大地も話をしてみたくなるか!」
「俺としては、できればもうちょっと落ち着いた感じでいって欲しいくらいなんだけどな……」
それは本心だった。規定とはいえ、毎日これだけ神経をゴリゴリすり減らすのは御免だった。
「何言ってんのさ!」
しかし、響は俺の弱気な発言に対して「ビシッ!」っと効果音の鳴りそうなかっこうで指を突き出して言った。
「むしろ、せっかくの機会なんだし、普段ないようなことが色々起こった方がいいんじゃないの?」
「……まあ、そう言われてしまうと返す言葉がないんだけどな」
「……だって、その方が、大地の心になかったものが色々と入ってくるでしょ?」
「……それは」
「楽しいことでも、悲しいことでも、何かが起こった方が、起こらないよりも心には残るよ。当たり前だけど」
「ちっちゃいそういうことが積み重なるのも、大きなそういうことですぐに心がいっぱいになっても、その価値は変わらないよ」
「――――――」
ひょっとしたら、俺はどこかで支野の設定する「日常の積み重ね」というものを、軽視していたのかもしれない。
きっとそれは、無意識なものだったかもしれないけれど、"意図的に引き起こされる大イベント"が、本物の思い出の蓄積に比肩するはずがないと、そう思っていたのかもしれない。
だけど、そんなことの判断ができるほど、今の俺には恋愛を語る力がないことを、忘れてしまっていた。
本当に正しいことなのかは分からないけれど、もし両者が等しい価値を持つならば、支野の示す道もまた一つの正解ということになる。
だから、今はそれに従おう。今度は、心からそれを理解した上で、だ。
そして、支野の道が正解なら、今俺がすべきことはもう一つある。
「なあ響、日曜空いてるか?」
「え……突然どうしたの?」
「いや、思い出したんだよ……ショッピングモール、また荷物持ちくらいするって約束を、な」
「――――――」
俺の突然の提案に、響は一瞬言葉を失ってしまったようだったが、すぐに我に帰って、
「―――うん、空いてるよ」
「じゃあ、昼過ぎに、な」
「うん!……ありがとう、ね」
「なんだよ、お礼を言われるようなことなんてしてないって」
そんな俺の言葉に、響はただ微笑むだけだった。
………………。
そうしてまた、言葉のない帰り道が続いていく。
今度こそ、これでいいと思えた。
言葉がないことで、俺も―――そして、きっと響も、安心出来るだろうから。
………………。
しばらく、ゆったりと歩いていると、
「ところで大地」
唐突に、響が口を開いた。
「恋愛のこと、少しは理解できそう?」
そんな質問をされてしまう。
だから俺は、
「今は、日々勉強中だよ」
そう、軽く返しておいた。
響は、その答えに対して、再び何も言わないで微笑むだけだった。
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