mission 5-11
「うんうん、君たちは素晴らしいな。主人公とメインヒロインとして最高のスタートじゃないか!」
朝の穏やかな時間は一瞬でどっかに吹っ飛んでいった。
「朝一番にどうした騒がしい……朝は『おはよう』じゃないのか」
「そんなことはどうでもいい。まあ想定の範囲内に起きたことに関してはまた後で話すとして……まず、イレギュラーな内容から伝えておこうじゃないか」
「『イレギュラーな内容』?」
何やら不穏な言葉が飛び出したぞ。
「さて行宮、君は一つだけあることを忘れていたな?」
「え?わ、私、何かやらなきゃいけないことがあったっけ?」
「やらなきゃいけないことというか、やらなくてもいいことというか……」
途端に慌て出す行宮。俺も一緒に考えてみる。
呼び名も恥ずかしいことに一貫して下の名前呼びだったし、行動はずっと積極的だった。
そして、今日朝一緒に来たことから、支野も行宮が朝起こしに来たことくらいは理解しているのだろう。
重要なマイクのことだってしっかりと理解していたし……、
「うん……?」
……非常に、嫌な予感がした。
一応俺のマイクを確認すると……うん、こっちは大丈夫だ。
「なるほど、城木は何となくあたりがついたようだな。それで合っている」
「え……も、もしかして……」
行宮は慌ててマイクを確認するや否や、顔を赤くしたり青くしたり忙しそうだった。
「というわけで、行宮のマイクはここに至るまでずっとONだったわけだ」
「まあ、さすがに私も君たちが活動を終えてから―――正確には、城木がマイクをOFFにした段階から、昨日は聴くのを止めたがな」
「だが」と、支野は続ける。
「朝起きてしばらくしたら、非常に愉快なことになっているじゃないか!君たちは期待を裏切らないどころか、それを上回ってくれるな!」
「あーもう鬱陶しいな!お前がテンション上がるといつもこうだ!」
しかしなんだ、つまり朝の一連の流れの中での行宮側の声は全部残っているということか。
……逆を返せば、行宮以外の声は聞こえていないというわけで……行宮には悪いが、その辺りは救われたかな。
「ああ、周りが静かだったからかもしれないが、一部城木の声とか天くんの声も入っているぞ」
「何もかもが裏目!」
「城木お得意の天然ジゴロ発言も入っていて非常に都合が良かったな」
「俺にとっては都合が悪いんだけどなあ!」
彩瀬川がこの場にいなかったことだけは本当に幸いだったとしか言いようがない。
「まあ、当然ながら活動外の部分は公開するつもりはないが、記録には残っていたということだけは伝えておこうと思ってな」
「公開されなくてもバッチリお前が聞いてたら意味ない気がするんだけどな……」
とは言え、一度の大怪我と引き換えに二度とミスをしないという気概を手に入れたとも言える。
「さて、ついでにそのまま聞いてしまおう。君たちは、昨日の活動の内容を公開するかな?」
支野は一切の遠慮も躊躇もなく踏み込んできた。
だけど、今の俺たちにはそれに応えるだけの意志がある。
「「公開するよ」」
俺と行宮は、同時にハッキリと決意を口に出した。
「……やはり、私が見込んだ人物だけのことはある、ということだな」
そして支野は、多少は驚いたような表情をしながらも、半ば答えを予期していたようなことを口にした。
即答するとまでは思ってはいなかったが、公開に同意するところまでは掌の上だったということだろう……相変わらず得体の知れないやつだ。
「……それで、俺たちの動きを聞いてて、何か感想とかはないのかよ」
こちらばかり損しているような気がして癪だったので、支野から意見の一つでももらってやらないと気が済まなかった。
しかし、支野は俺の質問に対して、
「観察していた事実に対してはとても満足しているし、きっと君たちのような距離感ならあのようなやり取りが平均的か、ややそれよりも上かくらいだろうか……くらいのことは言えるだろう」
「だけど、"私個人として"の感想を聞かれても、それはお門違いというものだ」
こう切って捨てた。
「何度も言う通り、私は言わばプレイヤーなのだよ。活動に関わるという点で言うなら、そうだな……"スタッフロールに名前が載らない裏方"みたいな立場になる」
「だから、君たちの状況を選択することはしても、そこでの君たちの様子を見て、そこから感じたことに基づいて君たちに口出しをすることなどは基本的にはしない」
「それに、私は……いや、何でもない」
「お前……」
支野のブレなさは、ここまで来ても変わることがないようだった。
いや、別に変わって欲しかったわけではない。だけど"ここまで来ておいてそのスタンス"ということに対しては、やはり若干の違和感を覚えてしまう。
(俺は、支野真夏という人間にどこまで踏み込んでいいのかをまだ測りかねているんだよな……)
これだけ生活に大きく関わっているにも関わらず、そもそもまだ表面すら全てを掴みきれていないのだ。
そういうのはちょっと……寂しい。
「……わ、私は、支野さんとも、もっと仲良くなりたいよ」
行宮も、支野の発言に不安を感じたのか、そんなことを言い出した。
今までの支野の似たような言葉には反応してこなかったけれども、きっと感じていたものはあって、それが積もりに積もってきたのだろう。
「この活動のおかげで、彩瀬川さんとか会長さんみたいな、今まで良く知らなかった人と仲良くなれそうになれて」
「響ちゃんに……それに、大地くんみたいに、知ってた人とのことも見つめ直せたりしそうになったのに……支野さんとだけそれが出来ないなんて、嫌だよ」
「行宮……」
「む……」
行宮の、シンプルだけれど真っ直ぐな言葉に、さすがの支野も一瞬たじろいでしまっている。
俺もあえて何かを続けることはせず、黙って次の支野の言葉を待つ。
……つもりだったのだが、
「え……今行宮さん、城木のこと名前で呼ばなかった?」
「城木くんの下の名前って大地なの?じゃあ間違いなく呼んでたね!?」
「キャー!!蓮華ちゃんと城木くんが!!」
「昨日までは何もなさそうだったから、昨日何かあったな?」
「そういえば今朝はいつもに比べてやけに嬉しそうな感じがしたな行宮さん」
「そういえば昨日放課後二人でいるのを見たよ」
「お前らは行宮のストーカーかよ」
何やら周りのクラスメートが騒ぎ出した。え?名前がどうした?
「……って!行宮!今は名前で呼ばなくてもいい時じゃないか!」
「えっ!?……ああっ!」
慌てて口に手をあてるも、時既に遅し、もう俺のことを下の名前で呼んだ事実は知れ渡ってしまっているのだった。
(俺は間抜けか!弁当がどうとかの心配をしてた時にこの可能性にたどり着けただろ!)
というか、弁当の心配をした時に感じていた微かな嫌な予感はこれのことだったんだな……せっかく天が与えたチャンスをポイ捨てしてしまっていたようだ。
しかし、今は過ぎたことをくよくよと考えている場合ではない。これ以上騒ぎが大きくなると、行宮にも迷惑だし、今後の活動にすら支障が出る可能性がある。
「みんな違うんだ!これは支野が!」
「ああなんだ支野さんか」
「支野なら仕方ない」
「支野が関わっているにしてはまともな方だったな」
「支野さん俺のこと踏んでくれねえかな」
「………………」
……支野をダシにして収束を図ろうと思ったら、名前を出しただけで勝手に鎮火してしまった。
「お前って……普段どんなことをしてたらああいう評価になるんだ?」
「私は普段から自分が思うがままにしか生きていないぞ?」
その思うがままを聞いているんだが。
「……コホン。話が有耶無耶になりかけてしまっていたが、安心しろ、別に君たちとビジネスライクな関係でいようなどと思っているわけではない」
「君たちのシミュレーションにだけは徹底して入らないと、そう決めているだけだ」
何だかんだで支野も気にしていたのか、自ら話を戻していた。
それを聞いて安心したのか、ようやく行宮がホッとしたような顔をする。
場全体の空気が弛緩した気がして、なんだか俺の方も気が抜けてしまった。
……と、活動絡みで聞かなければいけないことがあったのを思い出した。
「そういえば支野、何かあった時に不便だから連絡先くらい教えてくれよ」
「あ……それは私も思った。これから聞かなくちゃいけないこととか増えてきそうだし……」
そして思っていた通り、やはり行宮も支野の連絡先を知らなかったようだった。
さっきあんな話をした直後にこの話をして、果たして支野が受け入れてくれるかどうかは些か怪しいところではあったが、思い出してしまったものは仕方がない。
「ああ、普段気にも留めないからまるで気にしていなかったな。電話は恐らくほぼ確実に出ないだろうから、用件はメールで伝えてくれ」
そして意外にあっさりと、支野は連絡先を教えてくれたのだった。しかしまあ、この様子だと向こうから連絡してくることはなさそうだな。
とはいえ、いざという時に何か質問ができるという状況は喜ばしいので、素直に喜んでおくことにする。
「さて……まだ時間が少しあるな。ちょうどいい。行宮だけ、私に着いてきてくれるかな?」
「え?急にどうしたの?」
「いや、マイクの件でな」
「ああ……なるほどな」
一応、マイクにどのようなことが記録されているのか―――イレギュラーな部分に関してだけ、確認を取るということだろう。
連れ立って教室を出て行く2人の後ろ姿を見て、改めて俺はスイッチをOFFにしていた昨日の自分に感謝するのだった。
………………。
「……支野さん?あんまり遠くに来なくてもいいんじゃ……」
「いや……万が一があるからな。念のためだ……さて、行宮。先ほど『マイクの件』と言って出てきたのだが、それは半分本当で半分が建前だ」
「え……?」
「マイクのことなのは間違いない。しかし本質ではない。私が確認したかったのは、今朝君が呟いた内容についてだ」
「………………」
「どうやら―――いや、やはりと言うべきか、君はシミュレーションだけでなく、現実でも城木のことが好きなのだな?」
「……やっぱり、あの時のことも、聞かれちゃってたんだね」
「まあ、あの様子だと、城木にも天くんにも聞かれていないのだろう。しかし、事実として記録には残っているよ」
「なに、別に今更隠しだてをすることではない。何となく君と城木の間には何か普通ではない空気を感じ取っていた―――だから君を選抜したという経緯もある」
「……でも、私は」
「ああ、分かっている。君がこの場を利用して、城木を振り向かせる気なのだろう?それくらいは読み取れるさ」
「そして安心して欲しいのだが、私は私で目的のために動くのだから、君を邪魔したりもしないし、君のことについて口外したりもしない」
「……城木くんには、もう伝えたんだけどね」
「それでも、それが活動の中で表に出るよりはいいだろう?」
「………………」
「ただもう一点―――勘違いだけはしないで欲しいことがある」
「……勘違い?」
「私は恋愛模様が見たいと言ったのは確かだが、それが現実にあったところでシミュレーションを放り出して応援するようなことはしない」
「だから、君の現実の方の恋愛については、状況のお膳立てなどは期待しないで欲しいということだ」
「……ふふ。そんなことは、分かってるよ?」
「む……そうか?一体何故?」
「だって―――本当の恋愛って、きっとそういうものじゃないと思うから」
「――――――」
「あ……でも、私も恋愛初心者だから……偉そうなこと言ってごめんね?」
「いや……気にしていないさ。話はこれだけだから、戻ろうじゃないか」
「うん、そうだね」
………………。
『一度、こうやって、好きな人のことを起こしに行って、恋人同士で並んで登校、っていうのを……ね?』
「……いつか、あのことが現実になるといいな」
………………。
『だって―――本当の恋愛って、きっとそういうものじゃないと思うから』
「……やっぱり、私には恋愛"すること"は向いていないようだな……」
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