mission 5-10

「あれ?響ちゃんは?」

登校風景には、行宮という新顔がいるわけだが、人数はいつもと同じ3人なのだった。

「なんでも、今日は日直だから早く行くって話だったぞ」

おばさんがそう言っていたのだから、まあ間違いないだろう。

……正直、今日に限っては都合が良いと言えた。

いや、別に行宮と響が同時に登校することに抵抗があるわけではないのだが……、

(正直、天にしたみたいな説明をもう一回繰り返すのはキツイ……)

直接現状を説明するより、後で会って状況だけを言ってしまう方が数段楽と言える。

「大地くんって、響ちゃんと天ちゃんとは毎朝登校してるの?」

俺と天の会話を受けて、行宮が質問してくる。

「まあ今日みたいな日はレアで、大体はそうなるかな」

本来ならバリバリの運動部である天は朝練なるものがあっても不思議ではないのだが、天の所属する陸上部は何故か朝練が滅多にないらしく、基本的に俺と一緒である。

(これからは行宮も加えて4人になるのかな)

しかし、響と天とでの3人と、そこに行宮を加えての4人とだと、また周囲の受け取り方も変わってくるように思える。

……というか、加えなかったとしてもまあまあおかしな状況なんだろうけれど。

と、ここまで考えて、少しだけ、何となく嫌な予感が頭をよぎった。

(……何か重要なことを忘れている気がするな?)

何だ……何を忘れているんだ……、

朝のようなややこしい事態にならないよう、俺は必死に一つずつ思い出そうとしていく。

「あ……!」

「わっ!急にどうしたの!?」

幸いにも、それらしいものを思い出すことができたので、可能性を潰す意味で聞いてみることにする。

「行宮、今日は起こしに来てくれたわけだけど……支野が言ってた、"もう片方"の方も、もしかして今日やってきてくれてたりするの……?」

「え……"もう片方"?……あ……」

支野は行宮に対して、確かこう言ったはずだった。


『そうだな、せっかく幼馴染なんだし、朝起こしに行ってやるか、昼の弁当を作ってやるか、どっちかをやることにしようか』


つまり、あの発言の捉え方としては、朝起こしに来てくれるか、弁当を作ってくれるかのどちらかをやってくれることになる。

ということは、朝起こしに来てくれた今日に関しては、弁当は用意されていないというのが普通なのだろうが……律儀な行宮だし、どっちもやっている可能性もある。

それを忘れて、安心しきって昼に今朝みたいな事態になってしまうと、今度はクラス規模でめんどくさいことになりかねないので、聞いておく必要があるのだった。

俺の質問に対して、行宮は、

「ご、ごめんね……作ってきてないよ?」

ひどく申し訳なさそうにそう言ってきた。

「いや、いいんだ……むしろそれで正しいんだ……」

というか、そうあって欲しかったと言っても過言ではない。いや、別に行宮に弁当を作ってきてもらうのが嫌だというわけではないのだが……。

「なに……大地くん、行宮先輩に起こしてもらうだけじゃ飽き足らず、他にも何かしてもらうことになってるの?」

「えーと……大したことじゃないんだけど……その、お弁当を……ね?」

行宮はそう言うが、やっぱり大したことじゃない気がする。というか、何度も言うがそもそも幼馴染の役割かどうかすら怪しい。

天も同じように感じたのか、

「……それって、幼馴染がやることなの?」

俺が思ったこととまるで同じことを言い出した。

と、ここで行宮がふと何かに気がついたような顔をした。

「そういえば、響ちゃんって、城木くんにお弁当作ったりはしないの?」

「ええ……」

……これはアレなのか?俺や天の解釈がおかしいだけで、普通の幼馴染はご飯を作ったりするのが当たり前なのか?

(いや、さすがにないだろ)

というか、そんな事例は聞いたことがないので、やっぱり行宮が何か思い違いをしているだけな気がする。

……それに、仮に世間一般がどうであろうと、先ほどの行宮の質問の答えは変わらないと思う。

「……ひょっとして行宮先輩って、知らないのかな……」

「意外だけど、そうだとしか思えないな」

「……?」

キョトンとした顔をする行宮。

「……響はまあまあ何でも器用にこなすけど、料理はてんでダメだよ」

「えっ……そ、そうだったんだ……」

本当に意外そうな顔をしていた。

しかしまあ考えてみれば、いくら親友同士とはいえ、料理の腕を見せ合う場面なんてそうそうない。

それこそ、料理が上手かどうかは分かっても、料理が下手かどうかは日常では判断しかねるのだろう。

「まあ、本人も隠す気はないし、アイツがいないところで話すのもなんだから、今度聞いてみるといいよ」

……「これからは、朝一緒になることも増えるだろうし」と続けようとして、何故かためらってしまった。

無意識下での出来事だったけれど、俺は確かにシミュレーションと現実を明確に区別しようとしていたのだった。

それはきっと―――いや、間違いなくいい傾向なのだろうけれど、どこか違和感を覚えている自分がいるのも確かだった。

それが、今の状況を"非現実"と捉えることへの抵抗からか、あるいはそのシミュレーションに足りないパーツがあることへの拒否感からのものなのかは、区別がつかなかった。

……でも、シミュレーションがシミュレーションであることは事実として存在するのだから、それでいいのだろう。

俺は無理やり意識を今の会話へと引き戻した。

「……でも、響ちゃんが料理にやる気出しちゃったら、それはそれでちょっと困るかも……」

「『アイツがいないところで話すのもなんだから』って言った直後にそんな言葉を口にするなよ!」

俺の気遣いが台無しじゃないか!

「……そんなにすごいの?」

「………………」

「………………」

行宮の、曖昧だけど聞きたいことの本質はしっかりと伝わるシンプルな問いかけに対し、俺たちは無言で返した。

「そ、そうなんだね……」

行宮は幸い?にも、それで全てを察したようだった。

「……それなら、今度教えてあげようかな。うん、お休みの日とかいいかも」

しかし、その後で行宮はこんなことを言い出した。やっぱり彼女は本質的に面倒見がいいと思う。

そして、自ら教授する立場を買って出ようとするくらいだから、きっと料理の腕にはそれなりの自信があるということになる。

まあそりゃそうか。でなければわざわざ弁当を作ってくることを了承したりはしないだろうし。

(……単純に、行宮の弁当が食べたくなってきたな)

他人の手作り弁当などというものはもう数年来食べていないので、そういう意味でも興味をそそられてしまう。

というか、そもそもこの年代で毎朝弁当を作って持ってきていること自体が相当にレアケースではないだろうか?そう思うと余計に貴重に思えてきた。

……などと考えていたのが天にはバレてしまったようで、

「……大地くん、そんなに行宮先輩のお弁当が食べたいんだ」

「ええっ!?」

「……そんなに顔に出てたか……まあ、否定はしないよ」

しかし、このままでは催促したみたいになってしまうので、ちゃんとその辺りは訂正しておこう。

「ああでも、誤解しないで欲しいんだけど、別に俺が食い意地が張ってるとか、『普段代わり映えのしない昼飯だから作ってきてくれるとありがたい』みたいなことじゃないんだ」

「えーっと……別にそんなことは思ってなかったよ?」

あれ!?これって墓穴掘っただけじゃない!?

「いや、今のは例え話だからな?俺は本当に単純に、行宮の作った弁当ってなんだか特別感があるからいっぺん食べてみたいって思っただけであって……」

「………………」

「………………」

……あれ?なんか余計空気が変な感じだな?

「……えっと……そ、そこまで言ってくれると……嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい、かも……」

「大地くんさあ……よく平気でそういうこと言えるよね……」

「しまった!あれだけ気にしてたのにまたこのパターンかよ!」

見ると行宮は当然として、天まで顔を少し赤くしている始末だった。そりゃあそうだ、思い返してみた今となっては俺ですら恥ずかしい。なんだ、特別感って。

こんなことばっかりやってるから支野には生暖かい目で見られるし彩瀬川には冷めた目で見られる羽目になるんだ……。

「と、ともかく!支野が言ってたとおり、朝起こしに来るのと弁当作ってくるの、どっちかだけでいいから。本当なら片方だけでも頭が上がらない思いなんだから」

今日はたまたま片方だけだったから良かったものの、両方やられた日には申し訳なさで倒れそうだ。

「う、うーん……うん、じゃあそうするね?」

俺の言葉に、行宮は案外あっさりと頷いてくれた。まあ粘るような場面でもないか。

「……じゃあ、これからは私が起こさなくても大丈夫だね?」

天が若干寂しそうな顔で言う。言葉は俺を心配しているようでも、その実はバレバレだ。

「……いや、結局は天に起こしてもらうことになりそうなんだよな」

「……え?」

「いやだって、行宮が起こしに来てくれる度にこんなに待たせるのはさすがにどうかと思うし……というか、朝起こしに来るってやっぱり無理があるって」

「うーん……私はお話できて楽しかったけど……確かに、あんまり朝ごはんを急かしちゃうのも悪いね」

「だから、もう少し来る時間を遅らせて、"朝家に来る"くらいの認識でいればいいと思うよ……一応支野にも言ってみるか」

「………………」

「だから、まだまだ天には世話になりそうだな」

「……もう、仕方ないなあ」

なんて言いながら、明らかに声が元気になっている。現金なやつだ。

「……ふふっ」

そんな俺たちを見て、行宮が穏やかに笑っていたのが印象的だった、いつもより長い朝の登校風景だった。

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