mission 5-9

「……あれ?」

なんだか妙な感覚がして目が覚めてしまった。

時計を見ると、目覚まし時計が鳴るまでにはもう少し時間がある。こんな時間だと、ちょうど天が起き出すくらいじゃないだろうか。

「……こんなに早く目が覚めるなんてな」

昨日は行宮との擬似放課後デートが尾を引いたのか、風呂に入ってから倒れこむように寝てしまったのだった。

恐らく、そんなこんなで寝る時間が長かったからこんな早くに起きたのだろう。

……と、思っていた。

「……?」

階下から声が聞こえた。

ちょうど天が起き出して、母さんとしゃべっている声だろうか?

いや、それにしては何だか様子がおかしいような、というかそもそも人数が多いような……父さんも起きてる?

そんなことを考えていると、階段を駆け上がってくる音がしてきた。

「ちょっと大地くん!すぐに起きて!」

ノックもせずに天が飛び込んできた。

「起きてるけど……一体どうしたんだ朝から?」

「そんなに呑気な顔している場合じゃないよ、今すぐ下に降りてきて!」

「だからどうしたんだって……」

「その反応……大地くんと約束してたわけじゃないのかな……」

天はようやく落ち着いてきたようだった。よくよく見てみると天もパジャマのままだし、俺以上に慌てていたのかもしれない。

「あのね、ついさっき行宮先輩が来たの」

「へえ……え?」

「それで、大地くんを起こしに来たって言うから、お母さんがテンション上がっちゃって……」

「………………」

「だから、今リビングで待ってもらってるよ?」


訳が分からなすぎて目眩が起こりそうになるのを何とかこらえ、着替えを済ませてリビングに入ると、

「お、おはよう、"大地くん"……」

……なるほど、どうやら夢でも何でもないらしい。制服姿の行宮が、リビングに座っているのだった。

そして、行宮が俺を下の名前で呼んでいることに気がつき、そこからようやくこの現状の意味を思い出した。

(ああ……支野がそんなこと言ってたな……)

"その時になってみなければ分からない"なんて言ってはいたが、このことばかりは説明くらいしておけば良かったと今更ながらに後悔する。

というか、昨日の今日でこういう場面が来ることくらい想定できたろうに……俺はバカだな……。

「……大地くん、いつの間に行宮先輩とこんなことになってたの……?」

天は当然というべきか、ジト目で俺の方を睨んでいた。

ちなみに母さんはというと、行宮に構いたおしで非常に鬱陶しかったので一旦隔離しておくことにした。

……後で何て説明するかは、ちゃんと考えておこう。

「め、迷惑だったかな……えっと、天ちゃん、だよね?この前の喫茶店以来だね?」

「あ、お久しぶりです、行宮先輩。迷惑だなんてそんな!むしろ、大地くんを起こしにくるなんて、行宮先輩の方が迷惑なんじゃ……」

それは俺も思う。

ちなみに天は運動部らしく、先輩に対しては一貫してキチッとした態度で接している。この場合の行宮もその例には漏れないようだった。例外は響くらいか。

天のもっともな指摘に対して、行宮は、

「えーっと、私はそんなこと思ってないよ?」

と言いながら、何故か俺の方を見てくる。

……何故?

「………………」

「………………」

どうにか行宮の思考を読み取ろうと見つめていると、行宮が次第に顔を赤くして俯いてしまった。

「……やっぱり何かあったんだ……というか、大地くんが何かしたんでしょ……」

天の視線がいよいよ痛いを通り越して本当に何かをしてしまった気にさせるような威圧感まで持つようになってきた。

……さすがに説明くらいはしてもいいよな?

「あのな、突然行宮が訳もなく来るわけないだろ?」

そう切り出し、俺は天へと今回の事情を説明した。

………………。

「ああ、この前言ってたやつ……本当にやるんだね……」

「俺もまあ、支野の言う幼馴染像には疑問があるんだけど、その辺はあいつの方が詳しそうだし従っとくかと思ってな」

「それで朝起こしに……行宮先輩、本当にいいんですか……?」

「い、いいんだよ!私から望んでやったことだから!」

天が本気で同情するような声色で言うものだから、行宮が慌て出してしまった。

「そ、それに……一度やってみたかったんだ」

「やってみたかった?」

朝起こしに行くことをだろうか?随分と珍しい願望だな……。

「一度、こうやって……起こしに行って……並んで登校、っていうのを……ね?」

ところどころ途切れ途切れになっていたのは、じんわりとシチュエーションを考えながら喋っていたからだろう。

行宮も普通の女の子らしく、ロマンチックなことを夢見るところを持っているということだ。

「だから、こうして大地くんを起こしに行くっていうのは、願ってもないことなんだよ」

「そ、そうかな……だとすると、こっちもあんまり気兼ねしないで済むし嬉しいかな」

それに、女の子がわざわざ朝来てくれるのだから、嬉しくないわけがなかった。

一方、

「……ん?今、行宮先輩、大地くんのこと、名前で呼びませんでした?」

……天が気がつかなくてもいいところに気がついてしまった。

天の指摘に対して、行宮は、

「あ……こ、これは、その……」

またしても顔を赤くしてしまう。

あれだけ昨日自然に呼べていたのに、どうやら誰かに注目されていることを意識してしまうとダメなようだった。

……これはチャンスだな!

「こ、これもルールの一つなんだよ!な、行宮!?」

「えっ!?あ、そ、そうなの!そうなんだよ!?」

行宮が墓穴を掘るか、天がより深く追及してくる前に先手を取ることには成功した。

……焦って言ってしまったせいで、逆に怪しくなってしまった気がするが、気にしてはいけない。

「そ、そうなんだ……なら、いいんだけど……」

しかし、案外あっさりと天は引いてくれた。少々不気味だったが、ここはありがたくこのまま進めさせてもらおう。

「………………」

行宮も、余計なことは言わないつもりなようだった……少々不満顔に見えるのは気のせいだろうか?

「ちなみに、行宮は、朝飯は食べてきたのか?」

気になったが、あえて突っ込むことはせずに、それらしい話題で強引にこれまでの話題を打ち切ることにした。

「ふぇっ!?た、食べてきたけど……」

……聞いておいてなんだが、「そりゃそうだ」としか言いようのない質問だった。

「そ、そうか……俺とかはまだだから、少し待ってもらうことになっちゃうけど、大丈夫か?何なら少しくらい食べていっても……」

「だ、大丈夫だよ?気にしないで?待ってるから……」

それだとひたすら食事が終わるまで待たせることになってしまって若干気まずい気もするが……。

しかし、さっきの行宮の言葉を考えるなら、先に行かせる選択肢はないので、とにかく早く朝食を済ませるしか道はないようだった。

……ちなみに扉の向こうの方から「遠慮しないで食べていきなー」とかいう声が聞こえた気がするが、これ以上事態をややこしくしないためにも無視することにした。

……本当に後でどうやって説明しようかな……。

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