mission 5-7

過程がどうあれ、最後の最後でなんとかそれらしいことはできたかな、という一日が終わろうとしていた。

そんな俺たちは、現在駅前の学生ご用達のファミレスにいるのだった。

もっとも、別に一人暮らしをしているわけでもない(行宮もそうだという)俺たちが、こんな中途半端な時間にあんまりしっかりとしたものは食べれないわけで、

よくある学校帰りの学生よろしく、俺たちはドリンクバーと僅かなサイドメニューで時間を潰す客となっているのだった。

「………………」

「………………」

……なぜか無言で。

俺は、ゲームセンターを出る間際の出来事が未だに頭から離れず、その影響で何を話していいのか分からないという状態になっているのだった。

一方の行宮は……、

「………………」

俺があげたぬいぐるみを片手でいじりながら、ずっと機嫌良さそうにしている。

さっきと少し違うところは、顔が少し赤くなっている点くらいだろうか。行宮もどうやら今になって恥ずかしくなってきたのかもしれない。

……なんて、俺も他人のことを分析できるほどの立場ではないのだが。

(しかし、この様子を支野がどう思うかだなあ……)

落ち着いて今日を振り返り始めたところで、明日支野に報告する時のことに考えが及んでくる。

なんやかんやあったが、これはあくまでもシミュレーションであって、その様子は支野に言わなければならない。その時に何を言われるか、だ。

行宮の様子は100点満点なんて言い出す可能性もあるが、俺の方には強烈なダメ出しが来てもおかしくない。

……あれ?何か重要なことを忘れていたような気がしてきたな……。

(……って、マイクがあるんだった!!)

あれだけのひと悶着を、しかも今日の活動開始直前に起こされておきながら、今の今までマイクのことを気にも留めていなかったことに気づかされた。

それだけ目の前のことに集中できていたということだし、そういう意味ではいいことなのだろうけれど……、

(おいおいおい……じゃあ報告するまでもなく、少なくとも支野には色々筒抜けってことかよ……)

俺は頭を抱えた。

せめてもう少し早く思い出せていれば……というか、このタイミングで思い出すくらいなら、むしろ明日まで忘れたままの方が良かったくらいだ。

「ど、どうしたの大地くん……いきなりくたびれた感じになっちゃったけど……」

「いや……思い出さなくていいことを思い出しちゃったからな……」

「それなら、いいんだけど……」

行宮はそう言っているが、何やら不安そうな顔は隠しきれていない。

「……でも、今日は楽しかった」

「……え?」

「もちろん慣れないことだらけだったし、疲れたことは否定できないけど……でも、楽しかったよ」

だから、俺は隠さずに今思っていることを伝えることにした。

なんとなく、行宮が懸念していることが、そんな感じのことなんじゃないかと思ったから言ったのだけど……。

「……私も、すごく、楽しかったよ」

だから、行宮がそう言って再び笑ってくれたことは、俺にとっては幸いだった。

「……ちょっと、飲み物取ってくるね?」

そう言って、行宮は席を立った。

……しかし、だ。

(行宮の方は、マイクのこと、気づいてるのか?)

最初の方こそ、名前を呼んだり距離を詰めたりと、色々する度に赤くなっていたくらいだが、途中から名前で呼ぶのは当たり前になっていた。

今日の今日なので、さすがに違和感は拭いきれなかったが、行宮側の"抵抗感"のようなものは、途中から感じられなくなりつつあった。

それを考えると……、

(ひょっとしたら、行宮も忘れてるかもな……)

だとすると、今日か明日かは分からないが、行宮にはどのみちそのことを思い出させなくてはいけないことになる。

……支野の前で思い出すことになって、また赤くなる行宮を見てあいつが調子に乗るのも癪だしな……、

などと考えていると、行宮が戻ってきた。

ちょうどいい、せっかくだし簡潔に思い出させてしまおう。

「………………」

しかし、俺が声を出そうとすると、行宮は自分の口に人差し指をあてる仕草をしてきた。

……しゃべるな?

そのまま何事もなかったように席に座ると、行宮は手近にあった紙に何かを書き始めた。

そこには、

["城木くん"、今日はありがとう。まだ最初の一日だけど、すごく楽しかったです]

と書かれていた。

俺がそれを読んだことを確認すると、行宮は続けて文章を書いていった。

[名前で呼ぶこと、すごい新鮮な気持ちと、やっぱりすごく恥ずかしい気持ちが混ざって、だけど、すごくあたたかい不思議な気持ちでした]

[カラオケでも、ゲームセンターでも、普段経験しないようなことをいっぱいできて、とても楽しかった]

[ゲームセンターで、城木くんがずっと私のことを気にかけてくれてたことは、ずっと気がついていました]

[城木くんは、今日、楽しんでくれましたか?]

["私の幼馴染"の"大地くん"ではなく、"私のクラスメート"の"城木くん"は、今日一日を、楽しいと思って過ごしてくれましたか?]

俺は、行宮の言葉をじっくりと噛み締める。

行宮は、俺よりもずっと、今日という一日が―――もっと言ってしまえば、この活動というものが―――シミュレーションでしかないことに、考えを巡らせていたのだ。

だから、行宮は俺に問いかけてくる。

さっき「楽しかった」と答えたのは、シミュレーション内の「俺」なのか、それとも、シミュレーションをしていた「俺」なのか―――。

……まあ、答えは決まっているんだけれど。

「もう一度言うけど、今日は楽しかったよ」

「何が、って言うと難しいけど……行宮のことについて、知らない部分が一杯あったんだって、今まではそう感じてたから」

「だからこそ、そういう相手に対して知らない部分を知れるっていうのは、やっぱり新鮮で嬉しいことだと、そう思えたよ」

俺は敢えて、メモではなく口で、そう伝えた。

さっきゲームセンターでは何となく誤魔化して伝えられなかった言葉を、今度こそはっきりと伝えることができた。

それに対して、行宮は、

「それなら、私も嬉しいよ」

そう言って、笑顔になった。

……しかし、その後で、

[えっと、すごく嬉しいのは本当なんだけど、メモを使った方がいいよ?だってほら、マイクに残っちゃうから……]

と、困った顔で書いてきた。

……ああ、そうだったんだ。

(行宮は、最初っからマイクのことは知ってたんだ)

それでいて、あれだけのことをやろうと思っていたんだ。

改めて俺は、行宮蓮華という女の子の芯の強さを再認識する。

だから、俺もそれに向き合っていけるようにならなければいけないのだ。

まずは、今日の締めくくりがその第一歩だ。

[さっきのを声に出したのは、わざとだよ]

[どういうこと?]

[だってさ、]

俺は、支野の規定を思い出しながら、こう続ける。

[俺たちの会話って、一応録音されて残るわけだろ?]

[せっかく、この活動を通して行宮に対して素直に思ったことを伝える機会が生まれたんだから、それはしっかりと残しておいた方がいいかなって]

行宮が、今日という始まりの一日を、とても大事なものととらえて勇気を振り絞ってくれたのだ。

ならば、俺も今日にできることはなんでもやっていかなければならない。

そうでなかったとしても、俺はまだ行宮が出した一度目の全力に応えられていないのだから。

そして、行宮が今日を大事に思っているのなら、それがより大事なものとして残るようにすることが、俺にとってのできることだと思うのだ。

だから、

[だからさ、もし行宮がよければだけど、今日の会話の記録は、公開してもいいことにしないか?]

「……!」

メモでの会話に意識を向けていたはずの行宮が、思わず驚く様子が目に見えて分かった。

もちろん、行宮の意思次第だけれども、少なくとも俺にはそれをしても構わないだけの覚悟があることを示したかった。

それに、今日という一日で起きた色々なことが、別に"今日だから"という理由で起きた出来事ということにはしたくないのだった。

活動の出だしだから頑張ったのではない。これから俺たちの間では当たり前のことになるはずのことなのだと、そう自分に言い聞かせる意味でも、公開をしてみる価値はあると考えた。

「………………」

そんな俺の考えが伝わったのかは分からないが、

[うん、私も、公開したい、です]

そう、少しだけそれまでより小さな文字で伝えてきてくれた。

行宮は、自分が残したいと思うことを、

そして俺は、自分が正しいと思うことを探していく上で手がかりになることを、

それぞれがそれぞれの、求めている何かを見つけるために動いていく上で、まずは今日の様子を発信してみようじゃないか。

俺は当然、それを聞いてみた彩瀬川や先輩の反応を参考にすることもできる。

行宮は、そんな俺に対して決意を改めて表明できる。

気恥ずかしさは、もう二の次だ―――そう、考えることができた。

だから俺は、

「今日はありがとう、行宮」

再び、わざと声に出して、行宮に礼を言った。

「ふふ……こちらこそ、ありがとう、"大地くん"」

行宮も、それを汲んでくれたようで、声に出して返してくれたのだった。

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