mission 5-6

「……私、そんなに子供っぽく見えるのかな……」

あれから居心地が悪くなった俺たちは、早々にカラオケ屋から退出していた。

行宮は怒ってこそいなかったものの、いまだに俺の後輩に見られたことを気にしているようだった。

(……どちらかというと、見た目だけの問題ではなく、ああして抱きついていたことによって年齢の上下を感じさせていたんじゃないかと思う)

と言いたかったのだが、どのみち見た目が関係していることは否めなかったので、フォローになっていない。

しかし、おかげでと言ってはなんだが、俺たちの間の緊張は少し解れてきたようにも感じられていた。

「気を取り直して、次はどこに行こうか?」

あくまでも放課後に遊んでいるだけなので、時間にそんなに余裕があるわけではない。行けて2軒と言ったところだろう。

「うーん……」

俺の問いかけに、行宮はとりあえず気にすることを一旦やめることにしたようで、少し考えるような仕草をとる。

「……でも、さっきのカラオケって、私の希望だったし……今度は大地くんの行きたいところでいいよ?」

と、こんなことを言われてしまった。

……しかし、俺は知っての通り無趣味なのだった。さっき言った候補地だって、響や天、たまに雅幸に連れ回されてるだけの話だしな。

どうしようかと悩んでいたが、そこで俺は唐突にこの活動の本旨を思い出した。

(そうだ、この活動はギャルゲーのシミュレーションじゃないか)

そして、俺は支野にその参考資料を渡されて、実際にプレイしたわけだ。じゃあ、その主人公は放課後にどんなことをやっていた?

少し、思い出してみる。無論、ルート突入後じゃない。これから少しずつ仲良くなっていこうという段階での話だ。

(そういえば……)

あれは正確には示し合わせた場面ではなかったけれど、"主人公が放課後にたまたまゲームセンターでヒロインと遭遇する"というシーンがあったな。

……ちょうどいい具合に、近くには俺がたまに行くゲームセンターがあるのだった。

子供とかもそれなりに出入りしているような、いわゆる「不良の溜まり場」みたいな場所ではないタイプのゲームセンターだ。

「じゃあ、せっかく近くにゲームセンターがあるし、こことかは?」

行宮に尋ねてみると、特に問題なさそうな様子だったので、入ることになった。


「わぁ……思ってたより、色々なゲームがあるんだね?」

その口ぶりからすると、行宮はゲームセンターにあまり慣れていないようだった。

「俺もそんなに頻繁に来るわけじゃないからそれほど詳しくは説明できないけど……来るたびに変わってるんだよなあ」

ゲームセンターは案外人の本性が出て面白いところだと思う。

最初に雅幸と来た時、終始笑顔でガンシューティングゲームで敵を撃ちまくっているのを見た時はさすがに驚いたものだ。

……しかし、俺は単純に楽しむよりも、まず考えを巡らせなければならないのだ。

今日はここまで、行宮だけが頑張っているという状況だ。

慣れない、恥ずかしくてしょうがないはずの名前呼びをし、距離を縮めるための無茶な注文をしたりもしていた。

一方俺は、今のところただ流されて行動するだけに終わっている。

恋愛関係に発展するかもしれない幼馴染のあり方が分からないが、少なくとも頑張りが足りていないと言われても仕方がないと言えるだろう。

というわけで、とりあえずは支野のギャルゲーを思い出そう。(エロゲーと意地でも呼ばないのはせめてもの抵抗だ)

(確か、協力するタイプのゲームとかやってたよな)

と言っても、ガンシューティングとかやるのもどうかと思うし、無難にクイズとかパズルの方がいいかな。

特に行宮は、アクションとかよりはそういうタイプのゲームの方が楽しめそうだし、性格的にも合っているだろう。

などと考えていると、そういう頭を使う系のゲームが集まっているコーナーにやってきた。

「クイズゲーム……こんなのもあるんだね」

都合のよいことに、行宮の方から興味を示してくれた。

「俺も、面白そうだと思ってたし、やってみる?」

「うん。あ、見て?協力モードもあるみたいだよ?」

うん、俺もそれが言いたかったんだよ。本当にありがたいことだ。

(確か、支野のゲームだと……)

………………。


『わぁ……君って、頭良いんだね?』

『勉強はできないけど、雑学ならできるんだぜ?』

『そうなんだ……私って、勉強は頑張ってるけど、こういうことは全くダメなんだ』

『なんか……つまんない人間になっちゃいそう……』

『………………』

『あ……せ、せっかく遊びに来てたのに、暗くなっちゃってごめんね!?』

『気にすんなって。それに、お前はつまんない人間なんかじゃないって』

『えっ……?』

『俺が良く分かってるから』


………………。

(……今考えると、こいつは何をサラッと恥ずかしいことを言ってるんだ)

途中、少し彩瀬川が俺に対して思っていることが分かってしまったりもしたが、敢えて気にしないでおく。

……ともかく、こういう感じになればいいのか。

いや、完璧に同じ状況は無理だろう。少なくとも、行宮はこんなに自分にコンプレックスがありそうではないし。

ただ、少なくとも意外な知識の豊富さを見せることは悪いことではないはずだ。

……というか、活動とか関係なしに単純にいいところを見せたい気持ちもなくはない。

というわけで、俺たちは硬貨を投入し、クイズゲームへの挑戦をスタートさせた。

………………。

[ゲームクリアだよ!あなたは相当な知識の持ち主だよ!自信を持って!]

しばらくして、俺たちの前にはクイズの結果がかなり良好だったことを示す画面が映し出されていた。

……これが俺の目論見通りいった結果の出来事なら、もっと喜べたんだけど……。

「行宮……君ってひょっとして万能なのか?」

「そ、そこまでじゃないと思うんだけど……本を結構読むから、たまたま知ってることが多かったんだよ」

初めから終わりまで、終始行宮大活躍といった様相だった。

いや、もちろん俺だって解ける問題は少なくなかったのだが、そういう問題はほぼ行宮も正解していたのだった。

その一方で、行宮が解けて俺が手も足も出ないという問題がかなりあり……結果として、ゲーム全体ではかなり足を引っ張った形になってしまっていたのだった。

……いや、むしろ問題なのは、そんな状況であっても、"俺が足を引っ張った挙句ギリギリクリア"という様子ではなかったということだろう。

「運動苦手って言ってたけど、スポーツ関連の問題は問題なくできるんだな」

「あ、うん。意外って思われるかもしれないけど、スポーツ系の漫画とかも読んでるんだよ?」

「それは確かに意外かも……ひょっとして乱読家ってやつか?」

「うーん、漫画をそれに含めちゃっていいのかどうか分からないけど……でも、そうかも」

思えば、行宮は普段授業態度も真面目だし、響もよく勉強を教えてもらっているという話をしていた気がする。

それで容姿性格文句なしであんまり関係ないけど歌が上手い……、

(支野の見る目はさすが、ってことなのかな……)

要素を見ると本当に学園のアイドルなんじゃないかと思えてきた。運動が苦手っていうのも何となくそれっぽい。

……思えば、行宮が学園はおろか、クラス内でどういった立ち位置なのかすらも俺は知らないわけで……、

「……やっぱり、知らない部分を知れる、っていうのは、大事だな」

「えっ?」

「ああいや……俺ももっと勉強しないとまずいかもって」

「そんなことないと思うよ?クイズができることと勉強ができることって、やっぱりちょっと違う気がすると思うし……」

俺は何となく気恥ずかしくなって、誤魔化さなくてもいいところを誤魔化してしまった。

……さて、作戦第一は失敗したわけだが、次はどうしようか。

「そういえば、運動ってどういう風に苦手なんだ?例えば単純に力がないとか、持久力に自信がないとか、色々あると思うんだけど」

多少体を動かすことに自信がないくらいなら、そういうタイプのゲームをやってみるのもいいかもしれない。

俺の問いかけに対して、行宮は気まずそうに、

「うん……どれかって言われると……"全部"ってなっちゃうかな……」

「ああ……なんかごめん……ちなみに、運動自体は好きなの?」

「うーん……見てるのは嫌いじゃないから、やってみたら意外と面白いかもとは思うんだけど……」

なるほど、運動が出来ている様子が想像できないから、やること自体をためらっているというわけか。

「もしよければだけど、そういう系のゲームやってみる?」

俺は自然と、そんな言葉を口にしていた。

バスケみたいなやつとか、ボールを的に当てるやつとか、なんならモグラ叩きみたいなやつでもいい。

せっかくやれる機会なのだから、試しにやってみて、それでできれば楽しんでくれたらいいと思う。

もちろん最初こそ、慣れない行宮のサポートをしてみようという狙いがあったことは否定しない。

でも今は、純粋に行宮に楽しんで欲しいと、素直にそう思っていた。

「……うん、そうだね……せっかくだし、やってみようかな……」

そんな俺の考えが伝わったのか、行宮も乗り気になってくれたようだった。

早速俺たちは、その手の体を動かす系のゲームが揃っているコーナーへと移動する。

………………。

「えーっと……大丈夫……じゃあ、ないよな……」

「………………」

行宮は苦手な運動をした結果機嫌が悪くなって無言になっている……のではもちろんない。

とりあえず最初は、ということで二人同時に楽しめるホッケーを始めたところ、開始一分で息が上がってしまっていただけである。

「こういう言い方はどうかと思ったけど……本当に"運動"が苦手なんだな」

というよりも"動くこと"自体が得意ではないのではないかと思えてくる。

「……でっ、でも、私と比較するのはどうかと思うけど、大地くんって、普通より運動できる方だよね?」

ようやく息が元に戻った行宮が、そんなことを言ってきた。

「……いや、スポーツは得意じゃないんだ」

「……そう、なの?」

それは事実なのだった。

運動は得意かもしれないけれど、それをスポーツに活かすだけの器用さは俺にはなかった。

だから昔やっていたスポーツも、それに気がついた時にスパッと止めた。

……本当に、それだけのことだ。

結果として、俺にはわずかながら水準以上の力と体力が身についてはいる。

「本当に、多少人より重いものが持てる程度の違いだよ」

「うーん……あんまり信じられないけど……」

実際、あんまり信じてもらえないケースの方が多かった。

力があってスタミナがあると、大抵の人は"こいつはスポーツができる"と思ってくれるのだが、その実はそんなことはない、ということだ。

………………。

(……でも、まあ)

役に立たなかったと、そう思ったことは一度もない。


そうこうしているうちに、いい時間になってしまった。

結局、ゲームセンターで俺が果たすべき目標は何一つ達成できなかったわけだ。

(まだまだ先は長い……とはいえ、こんなんじゃ先が思いやられるよな……)

唯一良かったところは、行宮がなんだかんだで楽しそうにしていたというところだろう。

あれだけ疲弊していたスポーツゲームも、行宮なりに楽しんでいた様子だったし。

そんな行宮がお手洗いに行ってしまったので、俺は入口付近で待っているのだった。

治安が良いとはいえ、一人にするのは不安だったが、さすがに着いていくわけにもいかないだろう。

……と、そんなことを考えていると、視線の端にあるものが目に入った。

「クレーンゲームか」

ここはクレーンゲームの品揃えもいいようで、定番のぬいぐるみやフィギュアから、お菓子類など、大きいものからかなり小さいサイズのものまで幅広く揃っているのだった。

そんな中で、俺の目を引いたのは……、

「なんか、この潰れた猫みたいなやつ、どこかで見たような気がする……」

というか、潰れた猫なのだろうけれど、そういうゆるキャラのぬいぐるみだった。それにしてもどこで見たんだっけな……。

「まあいいや……」

ちょうど、まだ行宮は戻って来ないようだ。

ゲームセンターのゲームはさほど得意ではない俺だったが、これに関してはそこそこ自信がある。

大体こういうのは一発で取ろうとすると失敗するから、最初から何回で取るかを決め打ちしてしまえば……、

ボトッ、

「よっしゃ!」

なんだかんだで行くたびにやっているだけあって、狙った通りのものが取れた。

「お待たせしました……って、あれ?クレーンゲームやってたんだ?」

そして、図ったようなタイミングで行宮が戻ってきた。

「ああ、いつもやってるから、今日もやろうかなって……ん?」

そう言いながら行宮の方を振り返ると、俺の目にはついさっきケース内で見たものと同じ風貌のものが飛び込んできた。

「その猫……でいいのか?って……」

「この子?最近気に入ってるんだ……猫でいいんだよね?」

気に入っている当人ですら正体が怪しいゆるキャラってどうなんだろう……。

しかし、これではっきりとした。さっきの「どこかで見た」は、意外と近いうちの話だったというわけだ。

「じゃあちょうどいいかな」

そう言うと、俺は取り出し口から例のゆるキャラのぬいぐるみを取り、行宮に手渡した。

「えっ、これって……」

「いや、見たときに『なんか見覚えあるよなあ』って思ったんだけど、行宮が身につけてたからそう思ったんだな」

「く、くれるの?」

「ちょうど行宮が好きみたいだし……それに、まあ……」

図らずも今日一日、今の今まで「らしい」ことができていなかったし、こういうところで格好付けさせてほしいものだった。

だけど、気恥ずかしいので言わないでおくことにする。

「……ありがとう」

「すごく……すごく、嬉しいな」

行宮は、俺のあげたぬいぐるみがお気に召したようで、とびきり嬉しそうに微笑んでくれた。

その笑顔に、思わずドキッとしてしまう。

(よくよく考えたら、また俺は知らず知らずのうちにキザったらしいことをしてたんじゃないのか……?)

自分のしたことと、行宮の笑顔を反芻して、俺は一人でわけのわからない気持ちになってしまうのだった。

そんな俺の様子を、行宮が若干不思議そうな様子で、だけど穏やかな笑顔はそのままに見つめていたことに、俺は気づかないままだった。

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