mission 5-5
「………………」
「………………」
部室での熱意そのままに勢いよく学校を飛び出した俺と、本日のパートナーである行宮だったが、その間に会話はまだ生まれていなかった。
……さすがに、すぐに何かをしろという方が無理な話だった。
だけど、このまま無言なわけにもいかないし……、
「……と、とりあえず、駅前の商店街にでも行ってみるか?」
「あ……そ、そうだね!」
「………………」
「………………」
……活動開始から初の会話、終了!
(いやいやいや、これじゃあ幼馴染どころの騒ぎじゃない、普通のクラスメートよりも遠い距離じゃないか……)
しかし、その考え方はそう間違ってはいないとも言える。
今の俺と行宮は、ただのクラスメートよりも進んだ立ち位置のはずなのに、遠い距離の関係。
それがどんな形に行き着くとしても、ただの急がば回れであることを祈るばかり、というわけだ。
「ちなみに、行宮はどこか行きたいところとかないの?」
意を決して、俺は普通に話をしてみることにした。そうしなければ、立ち行かないだろう。
「う、うーん……実は、放課後に友達と遊びに行くことって、あんまりしたことなかったんだ」
「えっ、そうなの?」
「もちろん無かったわけじゃないけど、それこそ、たまに響ちゃんとかと喫茶店でお茶したり、お買い物したりするくらいで……」
そこまで言うと、行宮はこちらの様子をうかがうようにして口ごもってしまった。どうしたのだろう?何かを迷っているように見える。
やがて、何か腹を決めたようで、行宮が口を再び開いた。
「それで、私は勝手が分からないんだけど……だ、だ、大地くんは、どこか、行きたいところ、ありますか?」
「っ……!」
さっき、言われたばっかりのはずのこと。
名前で呼ばれるという、言葉にすればただそれだけのこと。
いつも、響や天にされているはずの、ただそれだけのことを、行宮にされたというだけで、顔に熱が上っていくのを感じてしまう。
……想像以上に恥ずかしい……。
しかし当たり前だが、どうやら言った当人はもっと恥ずかしかったようで、行宮は顔をこれまでにないくらい真っ赤にしてしまっている。
(どうなんだ……?こういう様子を観察できるっていうのは、ある意味支野の望んだ状況かもしれないけど、幼馴染をやれてるって言うのかなあ?)
未だに続く照れ臭さをごまかすかのように、俺はそんなことを考えてみる。
ひょっとしたら、そんなことはあんまり重要だと思っていない可能性すらあるけれど。
「そ、そうだな……俺も、あんまりこれって場所はないんだよな……」
「そ、そうだよね……」
やっと熱が引いてきたのを感じて会話を再開したが、言いようのない空気は引きずってしまっているのだった。
だから、
「……でもまあ、別に場所なんか、決めなくたっていいよな」
「えっ?」
「……そんなもんだと思うよ、遊びに行くのって」
まずは、難しいことを考えずに動いてみることに決めた。
普段行ったことのない場所に行こうとしたって、うまくいかない未来が見えてしまうし、それに……、
「そういう方が、気安い仲って感じがするかなって……ほら、今、俺と行宮は幼馴染なわけだし……」
「……!」
必要なのは、努力だ。
学習をするための舞台から作っていかなければならないのなら、まずはそのために全力を尽くそうじゃないか。
俺の言葉に、行宮も納得してくれた様子だった。
「じゃ、じゃあ、とりあえず駅前の方に行ってみる、ってことで……」
「……うん、そうだな」
まだぎこちなさは残るものの、新米幼馴染であるところの俺たちはようやく出発に至ったのだった。
この街の駅前は、他の都市の同じような場所の例に漏れず、しっかりとした発展を遂げている。
休日の賑わいこそ、ショッピングモールには負けてしまうものの、子供からお年寄りまで、幅広い層の人間が常に一定数はいるという大変活気のある場所である。
なので、当然学生が学校帰りにフラッと寄ったりするのにちょうどいい施設くらいはいくらでも揃っているのだった。
「とりあえず来てみたけど……行く場所の候補は多すぎるくらいだな……」
「そ、そうだね……いつもは連れられてるだけだったから気がつかなかったよ……」
とは言っても、行宮みたいな女の子と行く場所、というと自ずと選択肢は絞られてくるような気がする。
例えばカラオケとか。あんまり盛り上がることが好きそうには見えないし、大きな声で歌っているイメージもない。
運動が苦手そうだし、バッティングセンターのようなアミューズメント系の施設も微妙かもしれないな。
多分本屋とか、落ち着いた喫茶店とか公園あたりがいいのかもしれない。
……などと俺が考えていると、
「そういえば、し……だ、大地くんって、普段はどんなところで遊んでるの?」
まだ慣れないようで、さっきほどではないが顔を赤くしているのが分かる……そして今一瞬間違えそうになったな……。
「普段か……ゲームセンターとかは良くいくかな……あとは本屋とか、ファミレスとか、たまにカラオケとか?」
口に出してみると、行宮が好きそうな場所とは正反対のところばかり行っているな……。
「じゃ、じゃあ……カラオケに行こう?」
「えええっ!?」
予想外の宣言に思わず大きな声を上げてしまった。
「ひゃあっ!ど、どうしたの大地くん?」
「ああ、ごめん……いや、なんかカラオケ行きそうなイメージがなかったから……でもそうだよな、あくまでイメージだもんな……」
よくよく考えてみれば分かる話だ。当たり前だが、さっきまで考えていたことはただのイメージに過ぎない。
俺は行宮のことを知らなさ過ぎるくらい知らないのだから、そのイメージと実態がかけ離れていて当然なのだ。
「えっと……ちなみに大地くんは、カラオケはそんなに好きじゃない?」
「まさか、大好きってわけじゃないけど、好きじゃなければわざわざ行ったりしないさ」
というわけで、初っ端から俺たちはカラオケデートと相成ったのであった。
「……行宮、君すごいな……」
「えっ……そ、そうだったかな……?」
すごくない人は精密採点で100点なんて出せないし、去年一番流行った歌の点数ランキングにのったりもしない。
しかもバラード系とかポップ系だけじゃなくて、ロックみたいなのも歌いこなしてたもんな……。
「これからはカラオケマスター行宮と呼ばせてくれ……」
「そ、それはちょっと恥ずかしいよ……それに、大地くんも結構上手だったよ?」
それはむしろアレだよ。中途半端に「自分は他人より多少上手な部類だ」って分かっちゃってる分、本当に上手い人との差が分かっちゃうっていうの?
だけどこんなことを言っても惨めすぎるし言い訳がましいので言わないでおいた。俺でも体裁というものは気にする。
「あっ……」
「ん?どうしたんだ?」
「えっと、これ頼んでもいいかな……」
そう言うと行宮は、メニュー表の中でも一際目立つものを指さした。
「えっとなになに……"期間限定スペシャルゴージャスデザートプレート"ね、美味しそうだしいいんじゃ……あー、でも結構するんだな……」
なかなかそそられるメニューの写真だったが、金額は学生がなんてことのない放課後にポンと出すにはかなり高い金額になっているのだった。
ちなみにここも含めた放課後の活動時のお金だが、極力俺がおごろうとしたのだが、店に入る直前に行宮に、
『ダメだよ。私たちは、お、幼馴染なんだから、こういうところは割り勘じゃなきゃ、ね?』
と釘を刺されてしまっていたのだった。というか、活動なんだし支野になんとか捻出させられないか?
というわけでここのお金も当然割り勘になるのだが、自分もそうだし、何より行宮の出費も結構痛いように感じられる。
すると行宮が、
「えーっとね……ここ見て」
少しだけ恥ずかしそうにしながら、メニューの少し端の方を指さす。
「なになに……『年が同じくらいの男女のペアのお客様が注文された場合、腕を組んでの写真撮影をすることで金額50%オフ』……ってなんだこりゃ!」
書いてあることがめちゃくちゃだった。これってやられた場合、店側は損しかしないよな?それとも、そういう写真を使うことで集客を狙ってるのか?
しかし、そんなことよりも一番気になるのは……、
「えっと……行宮は、これやってもいいと思ってる?」
そんな俺の問いかけに対して、行宮は小さく頷き、
「ま……まだ"幼馴染"なんだし、これくらいは気にしないのかな、って……!」
「そ、そうか……そうかな?」
仮に響に同じことをやられると考えると相当恥ずかしい。
でも、
「だ、大地くんは、やっぱり抵抗ある、かな?」
始まったばかりとは言え、行宮がこんなにも活動に積極的なのに対して、俺はまだ自分から何一つ行動らしい行動を起こせていない。
そういえば、もう俺を名前で呼ぶことにも少しずつ慣れてきているようにも感じられる。
……だったら、俺も足並みを合わせるべきだ。
それは、ここを出てからだってそうだろう。
「いや、せっかくだし、やってやろうじゃないか」
決意がついたら、逆にほぼ無条件で半額にしてくれるキャンペーンをやらない方がおかしいと思えてきた。ものは考えようだなあ。
ということで早速注文をすることにする。
………………。
「お待たせしましたー。こちら、期間限定スペシャルゴージャスデザートプレートですー」
しばらくすると、店員さんが個室に件の品物を運んできた。こりゃあ写真で見るのと大差ないボリュームと豪華さだな……。
「結構あるけど……2人で食べられるかなぁっ!?」
「……っ!!」
俺が感心していると、不意打ち気味に左腕に柔らかな感触が伝わってきた。
見ると、目を思いっきり閉じながら行宮が俺の左腕に抱きついてきていた。
……いやいやいや、そこまでしろって書いてないし、そもそもタイミングが早くないですか行宮さん!?
と、口にできればどれだけ楽だったかは分からないが、喉が渇ききってしまって言葉が出てこない。
こうなりゃ頼みの綱は店員さんだけだ!
「うわ、カメラ持ってきてなかった……すみません、今持ってきますんで、少々お待ち下さいー」
(使えねえなあおい!)
よりによってこんな時に忘れないでもいいじゃん!
少しだけ冷静になれたものの、店員さんの言葉は聞こえていなかったようで、行宮は一向に離れてくれる気配がない。
なので、ただ沈黙が支配する緊迫した時間が過ぎていく。
………………。
しかし……。
(小柄だなーとは思ってたけど……それでもやっぱり女の子なんだな……)
なんというか、全体的に柔らかいし、それに良く分からないけれどいい匂いがする気がする。
……この文面だけ見ると、自分が変態になったような気がしてしまうが、俺は正直な感想を述べただけだし悪くない。
やがて、
「お待たせしました!それじゃあ写真撮っちゃいますね!」
店員さんが戻ってきた。やたらノリノリなのは、きっとこの人がこういうのを見るのが好きだからだろう。まるで支野みたいだな。
しかし、
「……あれ?えーっとすいません、ご兄妹とかでは、ないですよね?」
「……は?」
なぜかそんなことを聞かれてしまった。
「えーっと、違いますけど……どうしてですか?」
ここで理由を尋ねたのは、俺の最大のミスだったと言える。
「そうでしたか、すみません!いやあ、お連れ様が少し小柄な方だったので……学校の先輩と後輩とかですかね!?」
「………………」
「いやあ、いいですねえ、先輩と後輩で放課後デートですか!見た感じ2年違いですかね?だとしたら彼氏さんはもう卒業近いですもんねー!」
「………………」
テンションが上がっていく店員さんに対して、ようやく腕組みが解除された俺の隣からは不穏な気配が漂い始めていた。
チラッと見ると、エラくニコニコした顔の行宮が座っている。
……あー、この顔前も見たことあるわー……。
そしてこの後、行宮が学生証を取り出して(流れで俺のも引っ張り出された)同級生であることを必死にアピールし、店員さんが平謝りすることになるのだった。
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