mission 5-4

結局のところ、越智は来ないということだったが、既にこの後話す内容は伝わっているとのことだったので、説明が続行されることになった。

「さて、まずこの活動をしていくにあたっての基本となる規定が3つある」

いよいよそれらしくなってきた話の内容に、自然と背筋が伸びていくのを感じる。

「まず一つ目、これは私が守るべきこと、になるのだが……私はあくまでも今回の活動における、君たちの恋愛のシミュレーションの様子が見たいわけだ」

「登場人物である"君たち"と、登場人物でない"君たち自身"とは、さっきも言った通り明確に区別していくつもりだ」

「とは言え、わざわざ活動中にあったことを普通に会った時に忘れて過ごせ、なんて言うつもりはない。そんなのは無理に決まっているしな」

そりゃあそうだろう。単純に演劇の練習などをするのとはわけが違う。

まして、今回はテーマが恋愛なのだ。活動中に起きたことを簡単になかったことになんて、できるはずがない。

それに、だ。

(俺の場合は、忘れて過ごすことは許されないから)

経験したことは、即座にフィードバックしていかなければならない。

それこそが、行宮への誠意になるだろうから。

「私が何を言いたいかというとだ、私は登場人物でない"君たち自身"のプライベートには、立ち入るつもりは一切ないということだ」

「だから、活動中でない君たちにわざわざ連絡を取って、活動のことやそれ以外のことについて聞いたりするつもりがない、ということになる」

正直、この支野の提案は予想の範囲内にあることだった。

支野のスタンスと、それを徹底的に貫こうとする凄まじいまでの活動への執念を考えると、こういう線引きをしっかりとしようとしたところで、何もおかしなところはない。

「もちろん、今こうして話をしているように、君たちとは活動関係なしに仲良くなることはやぶさかではないと考えている」

「しかし、ただでさえ私は『観察する側』なのであり、活動中ですら君たちと直接関わる機会はあまり持とうと思っていないわけだ」

……しかし、プライベートに立ち入るつもりがない、とは言うが、それだと突発的な何かが起きた時は蚊帳の外、ってことにならないだろうか?

(……ああ、そのためのさっきのマイクの説明か)

あくまでも支野は、スタンスを崩すつもりも、観察のしどころも逃すつもりも、どちらもないということだ。

「二つ目はそれに関連してのことになる。こちらは君たちに守ってほしいことになるな」

「……関連して、って言うと、活動中とそうでない時の区別の話かしら?」

ようやく立ち直り加減になった彩瀬川が口を出す。

「その通り。公私……と言っては仰々しすぎるきらいがあるかもしれないが、その区別は、少なくとも私はつけるつもりだ」

「しかしさっきも言った通り、観察する側である私がそれをできても、実演する側の君たちがそれをできるかどうかと言われると、恐らくNOとなるだろう」

その言葉に、行宮が頷く。

そのたった一つの動作が、俺にとっては大きな意味を持って立ちはだかってくるように感じられてしまう。

「それを踏まえての規定だが……君たちにはいわゆるプライベートな方での関係を意識してもらいたい」

「ここで言う『意識』というのは、何も懇ろになれ、と言っているのではない。『険悪になるな』と、そう言いたいのだ」

一理あると、そう素直に感じた。

プライベートでの関係性が一触即発みたいな状態で、果たして活動がまともにできるだろうか?

俺たちはプロとして演じようとしているわけではない。むしろ演じるどころか、テーマ自体に対しても素人だらけなのだ。

そんな俺たちが、仲が良くない相手と真っ当なやり取りをできるわけがない。

「……そもそも、仲悪くなんて、なりたくないよね……」

先輩が言うことももっともな話だ。誰が好き好んで身近な人間との仲を悪くしたがるのか。

ここにいるみんなは、それぞれがそれぞれの想いを持ってここにいるのだとは思うけれど、ここで出会ったことを単なる偶然にせずに、普通に仲良くなりたいものである。

「……この様子だと、この事柄に関しては言うまでもないことのようだな」

「では最後の規定だが……これこそ言うまでもないことだ」

そう言うと支野は、改めて全員の顔を見回してから、力強くこう言った。

「『恋愛に積極的であれ』と、これが三つ目の規定だ。そして、君たちに最も強く心に残しておいて欲しい規定だ」

「………………」

その言葉に、全員が黙り込む。

しかし、その雰囲気は、これまでの時のように、支野の突飛な発言に面食らったわけでもない。

かと言って、突然本質を突きつけられたような、咄嗟に言葉が出ない状態になったわけでもない。

(ただ純粋な、再確認)

もう、ここまで来たのだから、ここにいるみんなは"恋愛に積極的になる"という覚悟くらい、とうにできているのだった。

それこそ、そんなことくらい、支野に言われるまでもないと、そういうことだ。

「……そうじゃないと、始まらないからな、何も」

俺は、決意を形にするように声を出した。

敢えて、行宮の方は見ない。俺が行宮の方を見つめることができるようになるのは、この活動で成果を得てからだ。

俺の言葉に、支野は満足そうに頷き、

「まあ、これら3つの規定は当たり前と言えば当たり前のことばかりだったから、確認程度のつもりだったよ」

そんなことを言った。なんだかどこまでも見透かされているようで若干腹立たしいが、まあよしとする。

「さて、規定について話したところで、後は具体的な今日以降の活動のことだ」

そうだった。早速今日から始まるのだとすれば、何をやるのかは当然知っておかなければならない。

「とは言っても、基本は変わらない。日常の積み重ねが重要なのだからな」

「それじゃあ、イベント的なのは当分やらないってことか?」

少し拍子抜けしてしまう。

「そうじゃない。この前ざっくりと話したような大きなイベントは、確かにもう少し後になってからになるだろう」

「だけど、そうじゃないちょっとしたイベントくらいは起こり得る」

「けど……そうは言っても、偶然を待つには限度があるんじゃないかしら?」

彩瀬川がもっともらしい懸念を示す。

確かに行宮とは同じクラスではあるが、彩瀬川とは同級生でこそあれ、クラスは違うわけだし、先輩にいたってはまず日常においては接点がない。

「そこに関してなんだが、まず、当然小規模イベントについては考えておくことにする。それに、そうじゃない部分についてだが、ここが一番重要だ」

支野は、彩瀬川の意見を想定していたらしく、怯むことなく話し始めた。

「さっきチラッと、放課後云々の話をしたが、それをまずはこなしてもらおうと思う」

「……つまり、城木くんと、私たちの誰かが、放課後一緒に過ごす……ってこと……?」

「そうなる。まあ最初は平等に順繰りとかでいいとは思うが、過ごしていくうちに、イベントを挟んで、気持ちが傾いてきたら相手が偏ってくることもあるだろう」

俺は、支野がこの前言っていた言葉を思い出した。


『君には責任が生じる。"設定の上で"とは言え、君は3人に好意を寄せられる立場だ』

『その選択は"責任"だ……別にプレッシャーをかけたいわけじゃない。感情に基づいた、しっかりとした理由付けをして"選んで"くれたまえ……そう言いたいだけだ』


早速、俺は選択をしなければならない状況の事前告知をされたことになる。

しかし、あの時から既に俺の心境は変化していた。

もちろん、何も分からないという状態は変わらないままだ。

だけど、わずか数日の間にあった色々な出来事で、心から焦りは消え、代わりに揺らがせてはいけない思想のようなものが芽生えていた。

("目の前のことを、しっかり考えるんだ")

あの時は、どことなく何かに強制されるような形で、"考えなければならない"という気持ちだけがあった気がする。

そこからは、少なくとも一歩は踏み出せたんだろうと思う。

……これで、ようやくスタートラインかな。

「というわけで、今日から城木は誰かと放課後デート的なものをしてもらうことになる」

「もちろん、言葉だけ見るとあれだが、実際のところは『ちょっと仲が良い女の子と放課後一緒に過ごす』くらいの感覚でいてくれ」

「簡単に言ってくれるなあ……」

ただでさえそんな状況にある男子は限られるというのに、ここにいる女の子はみんな平均を大きく上回る容姿の持ち主だ。

それを俺が選ぶ……?

「……なんか、緊張とか抜きにして単純に恐れ多くなってきたんだけど……」

「なんだ、どうしてそんなことを思う?」

「どうしてって、そりゃあ……やっぱり何でもない」

思ったことをそのまま口にしようとしたが、彩瀬川にまた八方美人のレッテルを貼られたくなかったので、黙っておくことにする。

「というわけで今日からの活動方針はそんな感じだ。あとは補足事項なんだが……」

そう言うと支野は、ここにきて何故か資料を読みながら話し始めた。あれはなんだ?

「これからの活動で、行宮は城木の幼馴染役、彩瀬川はツンデレヒロイン役、会長はそのままの役として立ち回ってもらうことになる」

「……そう聞くと……私だけ、損……?」

先輩は何故かちょっと残念そうな顔をしているが、慣れない役をしなくていい分むしろ得だと思う。

「だが、君たちはそういう役をこなすには現状が不足している。当然本当の行宮は城木の幼馴染じゃないし、彩瀬川もツンデレヒロイン要素が金髪でチョロイだけだしな」

「金髪関係ないしチョロくもないわよ!」

前半は同意だが後半は全く同意できなかった。

「でも……そんなこと言われても、幼馴染にはなれないよね……?」

行宮が当然の事実を突きつけた。そりゃあそうだ。

「もちろんそんなことは重々承知の上だ。だから、せめてそこに近づける努力をしてもらおうということだ」

「『近づけるための努力』……?」

……なんだか盛大に嫌な予感がしてきた。そして、この場合の予感はここまで大体的中している。

「時に城木、君には池垣という幼馴染がいるな?」

「……いるけど、それがどうした?」

……一瞬、響の名前に反応しかけたが、何とか踏みとどまった。

「君は池垣に何と呼ばれていたかな?」

「そりゃあ"大地"だよ。俺も響のこと名前で呼んでるし。この前お前も聞いてただろ?」

「そうだな。名前で呼び合っていたな。そして行宮、君はどう呼んでいる?」

「え……"響ちゃん"って」

「違う……城木のことだ……」

「あっ!ごめんなさい……」

顔を赤くして照れる行宮。今のは相当な天然だったな……。

「"城木くん"って……そう呼んでるよ」

「そう、苗字だな。まずはこの違いから改めようじゃないか」

……言いたいことは分かった。

「百歩譲って、城木、君が名前で呼ぶ必要はない。そういう場合もあるだろう。だけど行宮、君は城木のことを、少なくとも活動中は名前で呼ぶべきだ」

「この違いは、城木が行宮たちヒロイン側を選ぶという立ち位置の違いによるものだ。行宮側が、歩み寄ることが重要なのだよ」

正直、こっちからの呼び方を変えなくていいのは助かった……助かったが……、

「……それって……相当恥ずかしいような……」

行宮がさっき間違った時以上に顔を赤くしてしまっている。

「しかし、互いが苗字で呼び合う幼馴染というのも、どうにも現実的すぎるきらいがあるしなあ……」

「……ううううう……」

行宮が相当に葛藤しているのが痛いほど伝わってくる。

これまでの行宮のスタンスを考えるなら、活動にはかなり積極的に行こうと考えているはずだ。

だけれど、それと拮抗するくらい、今は恥ずかしさが押し寄せているということなのだろう。

………………。

しばらく悩んだ末、

「……うん、分かった。活動中は名前で呼ぶことにする」

ここで決断するあたりが、行宮の芯の強さを示しているなあと感じた。

……なんて、呑気なことも言っていられない。

(俺も、呼ばれる覚悟は決めておかなければならないわけだな)

慣れてしまえば、なんてことないのかもしれない。

だけど、慣れるまでどれくらいかかるが、全く想像がつかないのだ。

俺が慣れるかどうかで、行宮との活動の仕方も変わってくるだろうから。

「そして……そうだな、せっかく幼馴染なんだし、朝起こしに行ってやるか、昼の弁当を作ってやるか、どっちかをやることにしようか」

「おいおい……それは活動以前に相当な負担になるんじゃないのか?」

行宮が朝こちらの家に来なければならないにしても、弁当を作らなければならないにしても、どっちみち行宮に対して負担をかけてしまうことになるし、それを俺が享受することになってしまう。

……それに今更だが、幼馴染が朝起こしに来るかどうかはともかく、弁当を作るのは普通なのか?少なくとも俺は聞いたことがないんだが……。

しかし、俺のそんな考えとは裏腹に、案外にあっさりと、

「うーん……それくらいなら……」

行宮が、まさかの即OKをしてしまった。

「え……本当に大丈夫なのか?」

驚きすぎて、思わず聞いてしまう。

「元々朝は早起きだし……お弁当も毎日自分の分作ってて、1人分増やすくらいなら変わらないから……」

「そ、そうか……」

どこぞやの料理ができないやつのことを思い出して、その違いに少し感心してしまう。

そして、行宮がすぐにOKしてしまったため、俺は今更になって後に起きる展開を考えていた。

行宮が朝家に来る→両親や天と遭遇→説明のしように困る

……相当にまずいな。

あるいは弁当だとしても、

弁当を受け取る→クラスメートに目撃される→説明のしように困る

(結局回避不可能じゃんか!)

しかし、これもそのタイミングになってみなければ分からないし、案外なんともない可能性だってあるわけだ。

"目の前のことを、しっかり考える"と、せっかくそう決めたんだし、今は余計なことは考えないでおこう。

「行宮についてのことがすんなり決まったところで、あとは彩瀬川、君についてなんだが……」

「な……なによ、私には一体どんなことをさせようっていうわけ?」

言葉こそ強気に聞こえるが、今の一連の流れを見ていたからだろうか、その様子はどちらかというと不気味そうにしている、という言い方が正しそうだった。

「いやなに、こちらはもっと単純なことだ。君のことはツンデレキャラとして見ていきたいわけだから、要はその根幹になる要素が欲しいということだ」

「根幹って……」

要領を得ないような感覚に俺が困惑していると、支野は若干悩ましそうな顔をしながら続けた。

「なあ彩瀬川、何か君は、城木に対してムシャクシャする部分はないか?」

「……は?」

「ああいや、別に喧嘩腰になれと言っているのではない。それこそさっきの規定に矛盾する。ツンデレキャラらしく、『こいつのここは気に食わない』という部分はないかと、そう聞きたいのだ」

要は、支野が渡してきたエロゲーのツンデレヒロインみたいに、普段から主人公に対して突っかかってくるような、そんな理由付けをさせたいということだろう。

しかし、そうは言っても、何度も言うとおり本来の彩瀬川はツンデレでもなんでもない。どちらかというと冷静で、あっさりと自分の非を認めることができるタイプだと思う。

そんな彼女が、急に「こいつの気に食わないところを見つけろ」と言われたところで見つけられるのか?

「そんなこと言われても……城木くんの気に食わないところ……」

案の定彩瀬川は戸惑ってしまっているようだ。

「……あったわ」

「悩むのも無理ないよな……ってあったのかよ!」

……と思ったら、すぐに見つかったらしい。なんだ?俺はいつの間にか彼女を怒らせることをしたのか?

「い、いや……そこまで気に食わないってわけでもないのよ?ただちょっと……ちょっとよ?本当にちょっとだけ、たまにサラッとキザな発言をするのが気に食わないっていうか……」

「君は本当にツンデレには向いてない性格だよな……」

それにしても、俺の思ったことをつい口に出してしまう性格が彩瀬川に気に入られていないことくらいは知っていたけれど、まさかこういう場面ですぐに挙げられてしまうほどだとは……。

「そこまで君の気に障るようなことになってたとは知らなかった……ちょっと改めなくちゃだな」

「い、いや、別にそこまでしなくても……むしろ私の方が気にしすぎなのかもしれな」

「いやいやいや、いいんだ城木、君はそのままで!君は今のままだと人としてはいい感じだが学園コメディ主人公としては少しだけユニークさが欲しい部分もあったからな!」

俺の反省の弁に対して彩瀬川が恐縮してしまっていた所に、横から猛烈な勢いで支野が割って入ってきやがった。

「それにだ、城木。君がガンガン天然ジゴロっぽい発言をしてくれればそれだけ面白い場面が増えるからな、是非その愉快な特性は治さないでもらいたいところだ!」

「人のただの癖を重大な病気みたいに言うな!」

「……?でも……素直に人のいいところを言えるのって、いいこと……だよね……?」

先輩がキョトンとした顔でそんなことを言ってくれるが、それを聞かれた側の行宮は苦笑いをしているだけなのだった。せめて擁護までいかなくても同調くらいして欲しかった……!

にしても、この前彩瀬川に散々言われてしまったこともそうだが、俺がそういう性質の人間だというのはこの場にいる全員の共通認識なんだろうか?

思えばこの前、先輩のことを流れで「美人」と言ってしまったとき、あの行宮にすら白い目で見られていた気がする。

……とは言え、これから恋愛をシミュレーションしていくのだとすれば、そんな風に相手のことを褒める場面なんていくらでも出てくるんじゃないのか?

(……えっ?ってことは、俺ってその度にみんなに「まーた城木の天然ジゴロか……」みたいに思われるの?)

始まってすらいないのに早速関係ないところで先行きが不安になってきた……。

「さて、運良く彩瀬川が城木に理不尽に突っかかる理由もできたことだし、本題に入ろうじゃないか」

「……なんだか、キャラだって分かってはいるけれど、私がすごい性格に難のある人みたいに感じるわね……」

「まあ細かいところは気にするな。さて、さっきも言ったとおり、今日から活動を開始することになる」

いつものように彩瀬川がさらっと流されたのが気の毒だったが、これからの話の方が重要なので、あまり気にかけてやる余裕がない。

「早速、城木には今日の放課後に行動を共にする相手を選んでもらおうじゃないか」

「……やっぱりそうなるよなあ」

さて、さっきはうやむやのままで話題が切り替わってしまったが、俺がこの3人のヒロイン役から誰かを選ばなければならないという事実は変わらないのだ。

それは、確かにこの活動における最終的な選択ではないし、そこに影響してくるかも定かではない。

……とは言っても、俺が選ばなければいけない事実は変わらないわけで……、

「……そうは言われてもなあ」

しかし、答えを出さないでいる時間が長引くと、今度はそのヒロイン役の彼女たちに不安を抱かせてしまうことになってしまいかねない。

……いや、だからと言ってそんな簡単に決めるのも……、

(ああ……こういう時にこうなってしまうのがなあ……)

人は簡単に成長できない、そんな事実を突きつけられているようで、胸が痛くなってくる。

俺が悩んでいると、そんな様子を見かねたのか、

「なんだ城木、最初っからそんなに悩む必要はないじゃないか。君は恋愛や活動に真面目なのは非常に好ましいが、真面目すぎるところはマイナスだな」

支野がそんなことを言ってきた。

「どうせ最低でも全員と数回は行動することになると言っただろう?だから、私の言った通り、最初のうちは適当に順番にやっていけばいいのだよ」

「………………」

観察する側だから気楽なことを言ってくれるなあ……と、少し思った。けれど、それもまあもっともな話だった。

最初のこんな段階で、思い悩んでいるようでは仕方がない。本当に重要なのは、その結果生まれてくるものだから。

「それじゃあ今日は……行宮」

「は、はいっ!?」

俺が意を決して名前を呼ぶと、予想していたよりも数倍大きな反応が返ってきた。

そんな行宮の様子を見て、少しだけ冷静になることができた。

「やっぱり幼馴染ならもっとよく知っておかないとだし、それに……」

「支野がメインヒロインとして見ているみたいだし」と口に出そうとして、すんでのところで思いとどまった。

それは、俺が思っていることじゃない。

まだ活動は始まっていない。なら、俺は今"俺自身"が思っていることを口にするべきだ。

「俺自身も―――行宮のことは、知りたいと思っているから」

クラスメートで、幼馴染の親友で、これから"幼馴染"になる相手で、そして―――告白をされた相手。

だというのに、俺はまだまだ、行宮蓮華という女の子のことを知らなすぎる。

これからどうなるにせよ、俺は行宮のことを知りたいと、そう思った。

「……え、えっと……あ、ありがとう……」

そんな行宮は、俺の言葉に何故かお礼を言ってくれた。

……顔を真っ赤にしながら。

「……こういうところよ、こういうところ」

「……うん、やっぱり、城木くんはすごいね……」

「ああすごいな。ああいうセリフを言えることもすごいが、何よりそれがまるで意識しないで口から出てきていることがすごい」

脇で見ていた3人が、口々に今の俺の発言について好き勝手にコメントしている。

……もしかして、またやらかした?

「ち、違うんだ!『俺は行宮のことを意外に良く知らないんだなー』って思ったから言ったのであって……!」

「あーはいはい、分かったわよ。だからああいうカッコイイ言葉が出ちゃったのよね?」

「チクショウ!弁解を受け入れる気がまるでねえ!」

もはや彩瀬川の誤解を解くことは諦めた方がいいかもしれないな……でもそうすると支野の思うツボみたいで若干腹立たしい。

………………。

「さて……」

ちょっとした騒ぎが収まり、行宮もなんとか普段通りに戻ったところで、支野が改めて話し始めた。

「何はともあれ、決まったようで何よりだ」

「早速、城木と行宮の2人には放課後の時間を共に過ごしてもらうことにする。もちろんマイクはONにしてくれよ?」

言われて、俺と行宮はマイクとそのスイッチの位置を確認する。

―――このスイッチを入れたら、もうそこからは普通の日常ではないんだ。

隣の行宮も同じことを思ったのか、真剣な顔でマイクに目を向けていた。

「何をするかはもちろん君たち次第だ。遊びに行ってもいいし、まっすぐ話しながら帰ってもいい。真面目な学生設定で勉強会をするのもありだろう」

「土台としてあるのは設定だけだ。結末すら未確定なのだから、君たちにはできるだけ自由に動いてもらいたいところだ……もちろん、"恋愛については積極的に"、な?」

そう言うと、支野は不敵に笑った。

そんなこと―――言われるまでもない。

その問題にケリをつけるために、俺はここにいるんだから。

俺は、そう思いながら支野に対して笑い返してみせた。

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