mission 5-3

放課後に至るまで、俺は支野から提示された案について考えていた。

……いや、いくら考えたところで、別に賛成に傾くわけではないけどな。

支野の言う、会話を記録するという方法については、まだ分からないことの方が多いくらいなので、一概には言えないのかもしれない。

だが、「第三者に会話を記録される」という字面からして、その後にどんなことが来るとしてもまず拒否反応が先立ってしまうのは仕方ないことだと思う。

しかしまあ、支野に放課後まで保留するように言われてしまったのだから、こちらとしてはそれまで色々と考えておくしかない。

そんなこんなで、朝からとんでもない発表があったこの日の放課後はあっという間にやってきた。

「さて、今日から活動を本格的に始動させるわけだが、その前に君たちも気になっているであろう、今朝伝えた案について話しておこうじゃないか」

「気になってるもなにも、そこからじゃないと話が始まらないんだけどな……」

周りの様子を確認すると、相変わらず行宮は真剣な面持ちをしていて、彩瀬川は言いたいことはあるけれど我慢している、というような顔をしていた。

そして朝唯一確認できなかった先輩なのだが……こちらはいつもどおりの様子で、支野から言い渡されたことに対して何を思ったかは読み取れない。

……あの衝撃的な案に対して動じていないのか、あるいは乗り気なのか……どちらにせよ、その度量には恐れ入る。

「……今朝伝えた案って、いったい何のこと……?」

「ああ、そういえば会長にはまだ話していなかったな。ちょうどいいし、一から説明するか」

「言ってなかっただけかよ!」

感心して損した……とまでは言わないが、身構えていたところだったので少し拍子抜けしてしまう。

そうして支野は、まず改めて活動中のマイクによる会話の記録について説明をした。

その後、

「そして、ここからは全員が初めて聞くことになると思うのだが……このマイクの運用方針についてだ」

一番重要なことだ。ここがはっきりしないことには判断のしようがない。

ひょっとしたら、内容次第では彩瀬川すら翻意する可能性もあるかもしれない……まあ、限りなく0に近い確率だが。

「まず、当然だがマイクは活動中しかONにしない。これは主人公である城木と、ヒロイン役の人物の意思でのみ切り替えできるものだから、こちらからの干渉はできない」

「この場合の活動中という表現だが、放課後やイベントの時に行動を共にしている場合は当然として、加えてそれ以外でも重要局面の場合は極力ONにして欲しいと思っている」

「『重要局面』ってのは?」

えらく抽象的な表現だな。

「放課後やイベントの時は、今後君たちは行動を共にすることになるだろう。"何が起きるか"は分からないが、"何かが起きること"は予測できるというわけだ」

「しかし、それ以外のタイミング……例えば、この後城木とヒロインの誰かが親交を深め、こちらが設定したイベント等の予定とは関係なしに行動する機会があるならば、それは重要局面に該当する」

「あるいはそうだな……活動開始後に、キャラ付けを意図してヒロイン役には少しやってもらいたいことがあるのだが……それ絡みで何かが起きた時などもそれに該当するな」

「……さすがは企画者……考え込んであるもんだ」

「ははは、皮肉を言っても通用しないさ」

確かに半分くらいは皮肉ではあったが、事実として残り半分は本心から感心していた。

休日中の先輩の発言から、これから起きることが予定通りには十分に理解したつもりだったが、そんな状態でも想定し得るものを考えなければいけなかったのだ。

さすがにそのあたりは支野といったところか、隅々までしっかりと考えていたようだった。

……もっとも、それらはギャルゲーからの知識の可能性も大いにあり得るのだが、そのことには触れないでおく。

「話が逸れてしまったな。それで、今までマイクをONにして欲しいところを説明したわけだが、当然ONになっている間はその発言は記録される」

その言葉を聞いた時、彩瀬川がピクリと反応した気がした。やはり、一番気になる点はこのことなのだろう。

俺だって、まず最初に質問するならこの「発言を記録する」ということの詳細に関して、になるだろう。

しかし、この後支野が口にした内容は、些か想定を外れたものであった。

「この会話を直接、リアルタイムで耳にするのは私だけだ。そして、その場面の活動が終了した後に、そこに関わった人物の了解を得て、それから初めて全員に公開をする」

「……へぇ……」

つまりは、最低限自分は内容は把握しておくが、それを全体で共有することの可否については、あくまでも会話をしていた当人の判断に委ねるということだ。

「質問なんだが、仮にマイクがうっかり壊れてしまったとか、何らかの事情で機能しないという状況になった場合はどうなるんだ?」

「まあ、そういうことも往々にしてあるだろう。値が張るものだからあんまり壊して欲しくはないのだが……まあそういう場合は、何があったかを報告してくれればいい。嘘は吐くなよ?」

なるほど、支野はどうあっても、完全にマイクでの通信を強制しようという気はないようだ。

改めて、俺は支野の支野自身に対する評価が妥当であることを再認識した。

(本当に良識だけはある、ってことなんだな……)

加えて、純粋にそんな高価なマイクを用意するだけの金はどこから湧いてくるのだろうかと疑問に思った。

……あれだけギャルゲーをやっているくらいだし、家が金持ちだったりするのかもしれないな。

「マイクに関してはこんな感じだ。付け加えるなら、そちらのマイクの切り忘れとかは残念ながら立ち入ることは出来ないぞ。当然、活動外のことなら公開はしないし、記録がされていたことの報告もするがな」

……マイクをONにしたまま、関係ない日常が支野に対して赤裸々になっている様を想像するとゾッとしてしまった。

そのことだけは肝に銘じることとしよう。

(……いつの間にか、抵抗感はなくなってきてるんだよな)

支野の話術なのか、それともあらかた不安要素を先回りしてつぶさに説明されたことからなのか、どちらが原因かは分からないが、朝方感じていた不安感はどこかに行ってしまっていた。

しかし、そのことと、実際にこの案に賛成するかどうかは別の話だ。

この問題の肝は、朝も考えていた通り、俺自身がどうか、という話よりは、ヒロイン役の女の子たちがどう感じるかどうか、が重要なのである。

そりゃあそうだ。プライベートなところの重要性はあちらの方が圧倒的に高い。特に、行宮がどう感じるかどうかというところが最も気になっている。

だから、俺はスタンスを決めることにした。

「……俺自身は、マイクの使用に関しては言うことはない」

「!?ちょっと、正気なの!?」

俺の発言に、真っ先に彩瀬川が噛み付く。

「まさか、支野の思いの外しっかりとした説明に流されて、賛成寄りに傾いちゃったんじゃないでしょうね?」

「ということは、君も説明についてはそう受け取ったわけか」

「うぐっ……ま、まあ確かに?支野らしからぬちゃんとした説明でちょっと驚いちゃったけれど……」

支野がにこやかに「そう褒められると照れてしまうな」とか言ってるのは無視しておく。

「まあともかく、君が言ったことについてなんだけど……そうだな、半分だけ合ってるよ」

「半分?」

「マイクに関する規約には特段問題点はないように感じた。だけど、それを採用していいかどうかは別問題ってことだ」

「"ヒロイン役3人全員が賛成"したら、いいのかなと思ってる。俺は別にいいとは思ったけど、ヒロインの誰かしらが反対するようならダメだ」

消極的賛成、という言い方が正しいのかもしれない。

それでも、俺自身としてはマイクを使うことに抵抗がないことを示せた。これまでの様に、選んだフリをして逃げるような行動ではないはずだ。

……しかし、今の状態を見ると、「消極的賛成」というのは名ばかりで、事実上反対に票を投じたことになってしまう可能性が高いと言える。

何故なら、今食ってかかってきた彩瀬川が恐らく(というか一見して分かるくらいあからさまに)反対の立場だからである。

一応そこに質問をするのは最後にして、他の2人に順に聞いていくことにした。

「それで、先輩はどう思いました?さっきの支野の規定を聞いて」

話を聞いたばっかりであって、性格的にも感じたままを素直に言えそうな先輩に聞いてみる。すると……、

「……最初から、私はいいなって、思ってたよ……?」

「えーっと……それって、支野がマイクで会話を記録するって言った段階で、ですか?」

「……うん」

やはり先輩は度量がある人物で間違いないようだった。あの時点であっさり受け入れられるかあ……。

そもそも、ここに至るまで活動に一番乗り気で、かつ積極的に動こうという意思も見えるのは、意外にも先輩な気がするのである。

「それで……行宮は?」

次に話を向けるのは、当然順番的にも行宮になるわけなのだが……正直、今の行宮が何を考えているかがまるで分からない。

でも、朝からついさっきまでの考え込むような表情とは違って、今は何かを決意したような表情に見える。

「……私は、」

そして、行宮がゆっくりと口を開く。

「……正直、朝聞いた時は少し驚いちゃって、それからこの後起きるだろう色々なことと、それが全部聴かれちゃうってことを考えたら、やっぱり躊躇しちゃうところもあったの」

「……だけど、考えたら、『今まで経験したことのない色々なことが、しっかりとした形で残るんだ』って、そうとらえることもできるって、気がついたんだ」

「そんな風にね、色々なことを前向きに考えていきたいから……だから、私も、賛成です」

行宮の言葉に、支野は得意気な顔をし、彩瀬川はいかにも絶望的な表情をし、先輩はごくごく僅かに表情を緩ませて小さく拍手をしていた。

……一方で、俺は話を聞きながら、行宮のスタンスを思い出していた。


『城木くんも……自分が『正しい』って思える気持ちを見つけて欲しいの』

『私も、城木くんに、自分の気持ちに応えてもらえるように―――答えを出してもらえるように、頑張るつもりだから……』


行宮は、自分の気持ちが揺るがないものであることを自覚していて、その後のことを課題にしている状態なのだ。

つまり、シミュレーションであるという建前さえあれば、行宮は自分の行動を発信していくことに対してそこまで抵抗がない可能性がある。

だからこそ、"自分の会話が聴かれてしまう"というマイナスよりも、"これからの出来事が記録に残る"というプラスを取ることが出来たのかもしれない。

……そして、そんな予測ができてしまうからこそ、俺は更に覚悟を固める必要が出てくるというわけだ。

一つは、行宮がそれほどこの活動について積極的であるということ。

もう一つは、行宮がその状態を自覚した上で動いてくる可能性が高いこと。

この二つは、意識していなければならないだろう。

俺も、答えを出すために、動かなければならないのだから。

「さて……あとは彩瀬川だけだな」

支野が満を持して彩瀬川に声をかける。

俺のスタンス、先輩のあっさりとした賛同、そして行宮の考えを聞いた上で、彩瀬川の結論は―――、

「……まあ、思うところはあったけど、それでもやっぱり、私は賛成できないわね」

まあ、やはりというか、反対のままなのだった。

俺の考えに則ると、支野の案は受け入れられない―――と、そんなに簡単に話が終わるはずがない。

「消極的賛成」が「事実上の反対」と扱われてしまうくらい、彩瀬川の反対意思は根強い……と、感じられてしまうが、本音を言うと、その状況自体は容易くひっくり返る可能性があると踏んでいた。

……実を言うと、先輩に意見を尋ねる前から、俺はそんなことを考えていたりした。

「しかしそうは言ってもなあ彩瀬川、プライバシーに関することには万全を期するということはさっきも説明した通りだし、それに君も思うところがないわけではなかったのだろう?」

「それに、これは城木にも言ったことだが、この会話の記録というのは君たち自身のものを記録しようとしているようでいて、実態は『君たちが演じる人物』の会話を記録しようというだけなのだ。それでも抵抗があるかな?」

何故かというと、まず当然このように支野が説得に来るだろうということ。

企画者であること、かつさっきからもっともらしい説明を、今までの支野からは想像もできないくらいちゃんと話してくれたことから考えるに、恐らく反対者が出ればこのように説得に回ることは想像に難くない。

そして、恐らくこちらの方が大きな理由になるのだが……、

「……た、確かに支野にしては珍しく話には穴がなかったし、行宮さんの言っていた言葉にもちょっと心は動いたわよ?……ちょ、ちょっとよ?」

「うん。まあ、彩瀬川の言うことももっともな話であることは重々理解してはいるが、どうだろう?それと、さっき言ったことに関して、君自身がこの活動についてどのようにとらえているかどうかも重要だ」

「どうとらえているか……うーん、言われてみれば、さっきあなたが言っていた通り、そんなに意識しなくてもいいことなのかしら……?」

「そう、そうなんだ。記録するのは"君たちであって、君たちじゃない"という存在になるんだ」

「"私であって、私じゃない"……」

……そう、彩瀬川がものすごくチョロイ性格をしているということだ。

彩瀬川のような人物が、そもそもこのような活動に入った経緯、そして、それを見つめ直してなお抜けようとしない特性を鑑みると、その性格は今回も支野にとってプラスにはたらくだろう。

現に、支野が少し1対1で話すだけで早速考えに迷いが生じているようだった。まあ、それまでの過程も当然必要ではあったんだろうが。

「……うーん、しかしまあ、案外繊細な人が多いんだな」

彩瀬川が考え込んでしまったのを見て、支野が呟く。

「少なくともお前よりは繊細だろうな……短い付き合いだが、それくらいは分かる」

「何だ失礼な。私は君たちが思うよりずっと繊細だぞ?」

仮にそうだとしても、ここにいる他の誰よりも図太い気がする。

「とは言え……まあ私なら、こんなものを付けて過ごすくらいはわけないんだけどな」

そう、支野が何気なく―――いや、ひょっとしたらこれも計算だったのかもしれないが―――口にした瞬間、彩瀬川がピクリと反応した。

……いわば、追い討ちをかけた格好になるのだろうか……それくらい物騒な例えをしても構わないだろう。

「……いいわ、私も賛成する」

そう口にした彩瀬川の表情は、どことなく正気を失っているようにも感じられた。

その様子は、あの日彼女が支野の勧誘を受けた時とまるで同じだった。

……ああ、朝あれだけ支野の言いなりにならないと言っていた彩瀬川はどこに行ってしまったんだろう。

神様は今日も元気に無慈悲な様子だった。

「……うん……全員が賛同してくれたみたいだな。これ以上のことはない」

「それでは、マイクを使うことが決まったところで、それ以外の規約について話していくことにしよう」

明らかに普通じゃない彩瀬川について一切触れないでいるこいつはやっぱり鬼なんじゃないかと思う。

「……規約について話すのはいいんだけどさ、今更なんだけど越智はどこにいるんだ?」

あらかたマイクの話をし終えてしまってから気がついたが、越智が未だに来ていない。

彩瀬川にマイクを手渡して言伝をしたのがあいつだということを考えると、この案自体については把握しているのだろうから問題ないのだろうけれど。

「ああ、越智のやつには詳しいことは何も言っていない。でもまあ、問題はないだろうと考えている」

「何も話してないのか……ってことは、越智に対してはマイクは使わないってことか?」

「いや、問答無用でイベントが起きている時と学校にいる間、そして放課後城木と一緒にいる間は常にスイッチをONにさせようとしていただけだ」

「えええ……」

思ったよりハードな条件になっているようだった。俺が仮に越智の立場ならそんなのは死んでも御免被りたいところだ。

「そ……それで越智くんは良いって言ったんだ……」

さすがに思うところがあったのか、行宮が同情の声を上げる。

本来こういう場面で話し出すのは彩瀬川あたりのはずだったのだが……彼女は呆然としてしまっているので仕方ないとも言える。

そんな当然とも言える行宮の発言に対して支野は、

「いや、積極的に同意はしなかったが、私が『その程度の志しでヒロインの傍に居ようとするなど片腹痛いわ』って言ったら、なんか勝手に燃えてくれたな」

「あまりにもチョロすぎるし、そもそもそのお前の一昔前みたいな喋り方はなんだよ……」

いずれにせよ、結局は支野に言いくるめられたということになるわけだ。

「……あああああああああああ……」

一方で、もう1人の言いくるめられた人物である彩瀬川は、今回は早めに我に帰ることができたようで、自分の安請け合いしてしまったことの重大さに早くも絶望しているようだった。

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