mission 5-2

待ち合わせ場所に行くと、いつも通り響が待っていた。

が、こちらもいつもとは違う様子で……、

「あ……だ、大地、それに、天ちゃん……おはよ」

どことなく視線が定まらないというか、落ち着かないというか……少なくとも、いつも明朗快活な響らしくないことは確かだった。

「お、おはよう響ちゃん」

「おはよう響。どうしたんだ?なんか様子が変だぞ?」

「あー、うん……ちょっと寝不足かも」

「うーん……?」

数日前の響の言葉ではないが、俺にだって響と長く過ごしてきた上に培われた「勘」がある。

響は寝不足とかそういうありきたりな理由じゃなくて、何かもっと別な理由があって今の様子になっているのだろうと、何となく思えた。

だけど、本人が言いたがっていないのだから、今は何も言わないでおこう。響は本当に困ってどうしようもない時にこそ助ければいい。

ひょっとしたら、この前の逆の立ち位置の時も、響はそう察して敢えて追及しないでくれたのかもしれないし。

だから、目下の問題は、

(……空気が重いなあ……)

響も様子がおかしいのだが、合流してからというもの、天の様子も元に戻ってしまった。

(喧嘩でもしたのか?いや、そんな感じでもないよな……)

理由がどうあれ、この状況のままでいいはずがないのは確かだった。

間に挟まれている俺が何とかするべきなのだろうが、いかんせん突破口が見いだせない。

………………。

そんなことを考えながら歩いて、通学路も終盤に差し掛かろうかというところで、

「~~~~あーーーーーーーーーーっ!!!」

突然響が大きな声を出したかと思ったら、

パンッ!!!!!!!

「っ~~~~~~!!!」

思いっきり自分の両頬に張り手をしていた。自分でやっておいて痛がっている。

いきなりの行為に俺と天が面食らっていると、

「……ふう、『目が覚めた』よ!元気のない私終わり!」

なんて、呑気に言い出しやがった。

……なるほど、もやっとした感情に区切りをつけるために喝を入れたわけだ。つくづく気持ちのいいやつだと思う。

「お前なあ……仮にも年頃の女子だろ?人目とか色々気を使った方がいいぞ?」

「そうだよ響ちゃん……そんな思いっきり顔を叩いたら、大地くんみたいに馬鹿になっちゃうよ?」

「な……お前、お前にだけは言われたくはないぞ」

「うん……心配はありがたいけど、天ちゃんは大地のこと言えないかなあ……」

「二人ともひどくない!?」

そうして、自然と俺たちはいつものような会話をしているのだった。これも響の人柄なんだろうなあ。

……しかし、最後まで響の様子がおかしかった理由と、天が再び元気がなくなった理由は分からないままなのだった。

(これも、分からないなりに考えなくちゃいけないことの一つなのかもしれないな……)

………………。




教室に着いた俺をまず出迎えたのは、いつにも増して機嫌の良さそうな支野の顔だった。

「やあおはよう城木。いよいよ今日から君のバラ色の主人公ライフが始まるわけだが、どんな気持ちかな?」

「とりあえず今感じていることは、そんなお前の様子が相当鬱陶しいってことだな……」

確かにあんなゲームみたいな生活が送れれば、そりゃあ「バラ色」なんだろうけれども、今の俺にはそこまでの余裕があるわけではないのだった。

「さて、さっきも言ったとおり今日から本格的に活動を開始するわけだが……まあ詳しい話は放課後にするとして、ひとまず先に行宮の到着を待って話しておきたいことがあるのだが……」

「話しておきたいこと?」

「活動をする上で必要になることだ……と、話をすれば、だな」

支野が視線を向ける先に俺も目をやると、まさに行宮が教室に入ってきたところだった。

「あ……城木くん、支野さん、おはよう」

前にも似たような状況があったが、その時は支野のくだらないこだわりのせいでエライ目に遭った日の翌朝のことだったので、それとの対比で格段に平和に感じてしまう。

「おはよう行宮。なんか支野が話したいことがあるらしいよ」

「話したいこと……?もしかして、今日からのことに関係あるのかな?」

さすがに"中心人物"の一人だけあって、しっかりと覚えているようだった。

それでも慣れないのか、あるいは色々と考えるところがあるのかは分からないが、行宮は少しだけ恥ずかしそうな様子を見せている。

……そんな姿を見てると、こっちも少しだけ照れくさいな……。

「おはよう行宮。まさにその通り、今日からの活動に大きく関わってくることだ」

揃ったところで支野が本格的に話を始めたので、気を取り直して耳を傾ける。

「この前も言ったことだが、これから城木を主人公として活動を進めていくことになるのだが、一番重要なのは特別なイベントではなく、日常の中での出来事だ」

「だから、活動を行う日には基本的に城木にはヒロイン役の誰かしらと行動を共にしてもらうことになる」

まあ言いたいことは分かる。というか、それくらいは予想の範疇だ。行宮もそうだったようで、支野の言葉に小さく頷く。

「しかしまあ、今回の活動はゲームの中のような恋愛をシミュレートすることが大目標だ。だとするならば、各ヒロイン役との交流の様子は観察できるようでなければならない」

……なるほど、さすがに支野は俺が考えていたような懸念材料のことくらいは想定内であったようだ。

この言葉振りからすると、それに対して何らかの対策を講じてきていることになる。

「そこで、だ」

そう言うと支野は、ポケットから何かを取り出した。

かなり小さいが、フックのようなものがついた機械のように見える。形状的には……、

「……ヘッドセットか?それにしては小さいな」

「まあ概ね当たりだ。イヤホン機能はついてない代わりにギリギリまで小さくした骨伝導型のマイクだ」

「ということはマイク機能だけが欲しかったってわけか……って、おいおいまさか……」

ここまでくるとさすがに支野の言いたいことが分かってしまう。

「君たちには活動中にこれを付けてもらい、その際中の会話を記録するという形で観察ができるようにしたいと思っている」

「いやいやいや!いくらなんでもそれはさすがにやり過ぎだろ!」

そりゃあリアルタイムで会話を聞けるという点ではこれ以上ないだろう。ないだろうが……、

「プライバシーもへったくれもあったもんじゃない……」

「しかし、活動中に交流を深めるのは"君たちであって"、だけれども"君たちじゃない"人物だ。そこまで問題ないんじゃないか?」

「そういう問題でもないだろ……」

今の口振りからすると、さすがにリアルな人間関係の様子を記録することには抵抗があるということだろう。本当に「常識はないけど良識はある」という言葉が合っている気がする。

しかし、そんなことを言ってもさすがにこればかりは感情が受け付けない。いや、理性でもあんまり受け付けていないのだが……。

「そういえば、行宮も何か言ってやってくれよ。いくらなんでもこれはやりすぎだよな……?」

助けを求めるように、俺はさっきから喋っていない行宮の方を振り向いた。

「………………」

そんな行宮の顔は、今までにないくらい難しい表情で固まってしまっていた。

呆れて物も言えない?

いや、そんな表情じゃない。もっと、色々な葛藤を抱えているような顔だった。

思わず俺も何も言えなくなってしまい、様子をうかがう支野との間で静まりかえってしまう。

……と、思ったその時、

「ちょっと!支野!あんた本当に頭吹っ飛んでるんじゃないの!?考えてることがおかしいってもんじゃないわよ!?」

聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。さすがに行宮もびっくりして同時に我に返ったようだった。

振り返ると、やはりというべきか、彩瀬川が今にも掴みかからんばかりの勢いでこちらに近づいてくるのが見えた。

「なんだ彩瀬川。朝はおはようだぞ。それに出会い頭に随分な挨拶じゃないか。朝からそんなでは一日が暗いぞ?」

「あ、おはよう……ってそうじゃなくて!随分な挨拶をさせるに至ったのはあんたの行動だし、もう既に今日一日どころかこれからが暗くなりかけてるわよ!」

律儀に挨拶をするところは本当に彩瀬川らしいし、その後いちいち反応を返すところもそうだと思うが、つくづく損な性格だなあと感じてしまう。

「おはよう彩瀬川……その様子だと、君もあのいかれた発案を聞いたわけか……」

俺の言葉に、ようやくこちらを気にする余裕ができたようで、彩瀬川は一息ついて話し出した。

「おはよう城木くん……あなたも聞いたのね……それに、行宮さんも……」

それから、彩瀬川は、今朝ここに来るまでに教室であったことを語り出した。

………………。


「彩瀬川、ちょっといいかな」

「?あら、越智くん、おはよう。珍しいわね、あなたがこんな朝早くから」

「まったくだ……真夏に頼みごとをされてな……本来ならあと1時間くらいは寝てたのによ」

「そんなに寝てたら遅刻よ……って、支野?」

「ああ、そうそう。これ、真夏から君にお届け物」

「……?これって、マイク、かしら?」

「結構いいやつだぜそれ。雑音あんまり拾わないくせに声はかなりよく拾ってくれるし」

「そ、そうなの……それで、これがどうかしたの?」

「そんで、真夏から伝言」

「……あんまり聞きたくないけど聞くわ」

「『活動中はそれ付けて。会話は全部記録するから』ってさ」

「………………」

「そんじゃ俺は寝るわー。文句なら真夏に直接言ってくれよー」

「………………」

「……ふぅ」

「……支野ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

………………。


「……なんというか……やられてることは同じなはずなのに余計に不憫に感じるな……」

立ち位置の問題なのだろうか、それとも彩瀬川自身のキャラクターの問題なのだろうか?

でもまあ、一番問題なのはそこではない。

「というわけだ。さすがにこれはやり過ぎだろ?もうちょっとうまい方法があるんじゃないのか?」

最悪のところ、俺の発言が聞かれてもまあいいのかもしれない。百歩譲って、だが。

しかし、ことヒロイン役の子たちに関してはそうではない。現に彩瀬川は明確に拒否反応を示しているし、行宮もそうだろうとは思う。先輩は……この場にいないから何とも言えない。

この手の問題は、全員同意が大前提だろう。集団での活動なら、足並みが揃わないという時点で破綻してしまうのだから。

「まあ落ち着け。さすがの私だって、すぐに全員が全員この案に賛成してくれるとは思っていなかった」

「賛同者が出ると思ってたのか……」

その自信はどこから来るのだろう。

「今日から活動を始めるにあたって、まず最初に決まりごとみたいなのを決めようと思ってる。その時に全体で決を取ろうじゃないか」

意外にも、支野はあっさりと引いた。確かに先輩もいないし、詳細を聞いていないからなんとも言えないところもあるだろう。

「まあそれでいいけど……私の意思は多分変わらないわよ!」

支野からすると、目下の課題はまず彩瀬川を翻意させるところだろう。

この様子だと相当に苦労することが見込まれる……って、別に俺は支野サイドの人間ではないけれど。

それにしても……、

「今日はいつも以上にキッチリ反対するんだな。まあ言われてることが言われてることだから、ってのもあるんだろうけど」

そう俺が口にすると、彩瀬川は、

「……一昨日言ったこと、それを実践してるだけよ」

「一昨日って……」


『あくまで、"自分の意思で"やるの。それが私の決めたルールよ』


ひょっとしたら彼女は、支野への反発もあるけれど、それ以上に"自分で"というところに重きを置いて行動したいのかもしれない。

(あるいは、この活動に参加を続ける理由の本音のところには、その目標を達成したいという意思が働いているのかもしれないな)

「……君は、やっぱり強いな。君が思っている以上に、ずっと」

「……ありがと」

俺の言葉に、らしくもなく素直に礼を返す彩瀬川。

「……ふむ、良い傾向だ」

そんな俺たちを、支野が満足気に見ているのが、なんとも言えない気分だった。

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