mission 4-5

「と言っても、2日連続でショッピングモール、っていうのは気が引けるんだよな……」

やれることだけなら一杯ある施設なのだが、単純に同じ場所に連日行くことに抵抗があるのだった。

ということで俺は、目的もなくブラブラと近所を歩くことに決めた。

「一人でカラオケって感じでもないし、無難にゲームセンターでも行くのかな」

あるいは本屋でも行くのもいいかもしれない。なんなら電車でちょっと離れたところに行くくらいはできるだろう。

そんなことを考えていると、

「……あ……城木くん……こんにちは……」

「えっ?……ああ、先輩。こんにちは」

中心部に行く途中の公園で先輩に遭遇した。昨日といい、何か作為的なものを疑ってしまうくらいだ。

「先輩ってこの辺に住んでるんですか?そっちの方から来たみたいですけど……」

先輩は反対側から来たので、中心部から離れるようにしてやってきたことになる。

この早い時間にそんなルートを歩くくらいだし、この周辺に住んでいると考えるのが普通だろう。

「……ちょっとだけ、離れたところに住んでる……今日は、お散歩してただけ、だよ?」

そういう先輩だが、服装は紺色のゆったりしたワンピースと、動き回るのには向いていない格好なのだった。

もっとも先輩の容姿にはぴったりだし、気軽な散歩ということであまり気にしていないのかもしれないが。

「……城木くんは、どうしたの……?」

「あー、そのですね……」

昨日彩瀬川に会った時に比べると緊張の度合いが大きい。彼女には失礼な話だが。

それに、単純に"何をしているか"と尋ねられても答えようがないというところが大きかった。

「実は、ついさっき支野から渡されたゲームを終えまして……せっかく休みなのにそのまま家にいるのも勿体ないと思ったんで、とりあえず出てきたんですよ」

迷った俺は、事実をありのままに述べることにした。まあ取り繕っても仕方がない話だし。

しかし幸か不幸か、先輩は俺の発言のある部分に食いついてしまったようで、

「……支野さんのゲーム、クリアしたの?……面白かった?」

こう聞いてきた。支野の渡したゲームの感想についての話題を、俺はこれでヒロイン役の女の子全員としたことになる。

「……面白かったですよ、すごく」

俺は、感じたことを素直に話した。

何度も言うが、支野を褒めるみたいで本意ではないのだが、認めざるを得ない部分でもあるので仕方がない。

「……そう、なんだ……私も、すごく面白かった……」

「先輩が攻略するように言われたヒロインの子って、やっぱり先輩みたいな子だったんですか?」

これは割と重要なことだった。支野がどこまでヒロインとして"檜ノ本悠"という人物を再現させようとしているのかに直結してくるからだ。

見た目と立ち位置だけ似ていて、性格はまるで違うのか、それとも性格も含めて瓜二つなのか……とにかくそこが知りたい。

「……私と似ている……けど、似ていない……そんな感じ……」

俺の問いに対して、先輩はこんな答えを返してきた。

「似ているようで、似ていない?」

イマイチ要領を得ない感じだ。見た目だけ似ていて、中身はそうでもないという感じだろうか?

「……見た目は、そっくり。髪が長くて、身長もちょっと高い……私より大分綺麗だったけど……」

ヒロイン候補はなんでこうもみんな自分の容姿を低く見ているのだろうか。"先輩より綺麗"というハードルの高さが相当なものであることを分かってほしいものだ。

「……他も、大体は似てたの……生徒会長だし、あんまりしゃべらないし……」

どうやら当初の予想は外れたようで、見た目・立ち位置・性格のどれも先輩に似ているようだった。

「じゃあ、どういうところが似てなかったんですか?」

聞いているだけでは似ていないところが出てこない。むしろ先輩がそのままゲームに出演しているのではないか、というくらいの勢いなのだった。

「……その子は、私より、人と付き合うのが上手……」

「………………」

俺は先輩の抱くコンプレックスを思い出す。


『……本当は、もっとみんなと話したい……だけど、それがうまくできない……』


「……その子は、口数は少ないけど……ちゃんと、みんなと仲良くやってた……」

「……主人公の男の子以外の人……あんまり接点がないはずの、他のヒロインの子達とも……仲良くなってたの……」

「……だけど、私は……みんなからちょっと怖がられてる……話しかけづらいって思われちゃってる……」

「……でも、その印象を変えるような行動が……私には……できない……」

先輩は物静かなタイプだ。それは間違いない。ここ数日交流しただけの俺でも分かる。

だから、きっと自分の気持ちを伝えることがそれほど得意ではないのだろう。

だけど……それでも、俺には先輩が"人と上手くやっていけない"ような人だとは思えないのだった。

「……先輩は、先輩自身が思ってるよりもずっと、親しみやすい人だと思いますけどね……」

俺は、感じたままをそのまま口にする。

「多分、今回企画に参加した他の奴だってそう思ってると思いますし……少なくとも、俺は先輩のこと、思ってたより話しやすい人だなって感じましたよ?」

「……ありがとう……」

先輩は、僅かに、しかし確かに小さく微笑んだ。

「……そういう風に、自分の気持ちを出していけば、みんなすぐに先輩のことは好きになりますよ……それだけ綺麗なんですし……」

先輩が若干孤立気味になってしまっているのは、大体はその雰囲気と美貌のせいだろう。

もちろん先輩の寡黙すぎる部分が影響していることは否定はしないが、おおよその原因は、単に周りが"先輩がどういう人だか分からない"という気持ちを抱いているだけなのだと思う。

「……それ、ずっと気になってた」

「……?先輩、"それ"ってなんのことです?」

先輩から不意に発言を取り上げられてしまう。一体どうしたのだろう。

「……この前も……城木くん、言ってた。『私は美人だ』って……」

「あー……」

この前は気にしていない様子だったが、しっかり覚えられていたようだ。

……というか、また俺は自然とこういうことを口にしてしまっていったのか……こんなことだから彩瀬川に「天然ジゴロ!」と言われてしまうんだろう。

しかし、先輩相手ならはっきり言ってしまっても問題はなさそうなので、この際だから事実をすぱっと伝えてしまおう。

「あの時も言いましたけど、先輩は間違いなく美人です、先輩が何と言おうと」

「支野や彩瀬川も美人の部類だとは思いますけど……なんか、先輩はちょっと特別な感じがします」

「……そう、なんだね……」

敢えて"特別"という言葉を使った。しかし正直なところなのだ。

先輩は"特別"だという感覚は、生徒の大多数が抱いているものだ。そしてそれがいい方向にだけ働いているかというと、そうではない。

「だけど、みんな美人すぎる人って近寄りづらくなっちゃうんですよ。それにプラス、先輩の物静かな感じが裏目に出てしまってる、って感じですかね」

優れているだけのものならもてはやされるのだろうが、抜け出しているものは遠巻きに見られてしまう。

だから、先輩はきっかけが掴めていないだけとも言える。

「ここ数日で今まで全く接する機会がなかった先輩と色々と話してみて思ったんですけど、先輩に対してみんなが抱いている印象さえ払拭できれば、それで解決しちゃうと思うんですよね」

先輩に対する「何だか得体が知れない」という漠然とした印象は、少し会話をするだけでどこかに飛んでいってしまっていた。

だから、先輩が望むように人付き合いをしていくことくらい、わけないことだと思う。

……というより、俺は別段先輩が「人付き合いが苦手」という印象はなかった。

「会話をすること」こそ苦手なのかもしれないが、それはイコール人間関係の得手不得手には直結しないと思う。

「……ありがとう、城木くん……」

先輩はゆっくりと、しかしはっきりとお礼を言ってくれた。

その僅かに微笑んだ顔が綺麗で、俺は少しドキッとしてしまう。

「……でも、ちょっと恥ずかしい……」

「……そ、そんなに照れないでくださいよ……」

しかしその後、先輩が思いがけず照れてしまったせいで、そっちの方に心を動かされてしまう。

……先輩なら、あんまりこういうことを言っても何ともないだろうと思って言ったのに……当てが外れてしまった。

「……だけど……それでも、私は頑張らないと、だね……?」

すぐに先輩は平静を取り戻したようだった。何だか結局俺だけドキドキしたみたいで若干悔しさを覚える。

「……城木くんのおかげで、自信は持てたけど……やっぱり、私が動かないと……ね」

「……どう、なんですかね……何かのきっかけがあって、色々な人と話すことになれば、それで十分だと思いますけど」

俺の言葉に先輩は「……ううん」と首を振る。

「……待つだけじゃ、ダメなんだよ……私が動かないと……みんなも、きっと応えてくれないから……」

「――――――」

その言葉に、俺は息を詰まらせる。

先輩は、きっと自分自身に対してその言葉を発したのだろうが、俺はまるで自分が剣先を突きつけられたような感覚を味わっているのだった。

("待つだけじゃ、ダメ"、か……)

俺にだってそんなつもりはなかった。現に俺は、もはや企画に対しては積極的に参加しようとすら思っている。

だけど、俺の覚悟はたかが知れている。

その証拠に、行宮は企画が始まる前から動いていた。

支野だって、自分が求める何かを探しているのだろう。

それに、俺が積極的になったのは"現状維持を嫌った"からにすぎない。

恋が分からない、ずっと近くにいた幼馴染への気持ちも分からない自分が嫌だったからにすぎないのだ。

行宮も、彩瀬川も、先輩も、確固たる信念、あるいは目的ががあるのに……俺にだけは、ない。

そんな当たり前だけど目を背けていた事実を、今まさに突きつけられた気がした。

(……もう、表面だけの決意じゃダメなんだろうな)

どこか、冷めた目でこの企画を俯瞰していた自覚があった。

「もっと気楽にやればいい」と、そんな風に考えていたような気がした。

でも、そんな甘さはもう捨てるべきだ。

とことん主人公になってやる。

支野が望むような、気の利いたセリフなんて言うつもりはないけれど、それでもなれるはずだ。

「……先輩、ありがとうございました」

「……?なんで、城木くんがお礼を言うの……?」

先輩は心底不思議そうな顔をしている。まあ無理もないか。

「ちょっと言いたくなっただけです」

「……ふふ……変なの……」

軽くごまかすと、先輩も特には追及してこないでくれた。ありがたいことだ。

「……頑張ろうね……?」

「……え?」

「……私も、頑張るから……城木くんも、主人公の男の子みたいに、頑張ってね……?」

激励をされてしまった。

嬉しいことは間違いないが、それよりも、先輩が企画に対してどう頑張るのかは割と気になるところだ。

「先輩って、割と最初から企画に乗り気でしたよね」

「……うん、さっきも言ったけど……私は自分を変えたかったし……それに、楽しそうだったから」

「『楽しそう』……ですか?」

「……うん」

その辺りに完全に同調することは今はまだできないが、支野の話を聞いて興味を引かれる気持ちは理解できないこともない。

「でも先輩、実際にいざ色々やろうとなった時に何をしようと思ってたんですか?」

この場合は"思ってるんですか?"って言った方がいいのかもしれないが、どちらにせよ聞きたいことに変わりはない。

先輩に限らず、自分の意思で参加を決断したヒロイン役の子たちはどう考えているのか。

心構えの面ではなく、実際に動くとなった時のことは気になるに決まっているのだった。

俺の問いに対して、先輩はしばらく考えると、

「……別に、決めてたりしないよ……?」

そうあっさりと返されてしまう。

「……ノープランってことですか?」

「……そうなるね……」

力が抜けてしまうような気がした。

まあ、確かに大体の指示は支野から飛んでくるとはいえ、行動のスタンスみたいなものは決めてあるものだと思っていたけど……どうやら違うらしい。

「まあ、支野次第でもありますし、仕方ないですかね」

俺がその事実を口にすると、先輩は意外な反応を返してきた。

「……?違うよ……?」

「……えっ?違うって、何がですか?」

思わず聞き返してしまう。

「……決めるのは、あくまでも私たち……」

「……うーん、でも、何かを決めているわけでもないんですよね?」

釈然としない感覚を覚えながら、俺は先輩に対して尋ねる。

「……決めるのは私たちだけど……それは"予定を立てる"って意味じゃない……」

「……自分の気持ちに……素直になって、それで行く道を決める……そういうこと……」

「……恋愛、したことないけど……予定調和なんてないってことは、分かる、よ……?」

「――――――」

……何だか、今日は先輩に気づかされてばかりな気がする。

恋愛に臨むのに必要な覚悟。

「未来は決めて動くものじゃない」という、当たり前の事実。

そして―――改めて実感する、自分の恋愛に対する無知さ。

「……本当に、ありがとうございます、先輩」

「……ふふ……お礼、二度目……」

改めて感謝を口にする。

目の前で静かに微笑む先輩が、ひょっとすると仮初めだとしても俺の恋愛の相手になるのかもしれない。

そんな事実が頭にあっても、今は不思議と落ち着いた心境だった。

「……先輩、俺も、頑張ります」

「……うん」

気づかせてくれた先輩に報いなければならない。

俺がこの先に見つける恋愛の答えが、この企画の外にあったとしても、それでいい。

答えを見つけるためにも、そして恩を返すためにも、俺は企画に真摯になろう。

それだけなら、もう何度繰り返したか分からない決意。

だけど、もう迷ったりしない。

そうしなければたどり着けないと、知ることができたから。

「……じゃあ……私も城木くんに選ばれるように、頑張る……」

「……いや、それこそ先輩にとっても俺にとっても、自分ではどうしようもないことですよ……」

しかも支野には"そのことは考えなくてもいい"って言われてたろうに……。

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