mission 4-4

「……お、終わった……」

彩瀬川とショッピングモールで偶然出会ってから帰宅した後、翌日の今日に至るまでしっかりと予定通りに攻略を進めた結果、なんとか午前のうちにコンプリートをすることができた。

「しかし……こうなってみると感慨深いものがあるな」

さすがにヒロインこそ企画参加者に合わせてあるものの、主人公の性格や環境は俺に似ているとは言い難かった。

なのに、全ての物語を読み終えた今、感情移入の度合いが深まりすぎて、このゲームから離れたくない感情が芽生え始めているのだった。

「何度も言うのは癪だけど、この面に関しては本当にすごいよな、あいつは……」

チョイスという面だけでなく、こういった時間と集中力の必要なゲームを数多くこなしているという点にも凄みを感じる。

「それにしても、ちょっとイメージしてたものとは違うんだな」

俺の恋愛経験のなさからして完全に推測での話になるが、恋愛っていうのはもっとこう、明確に"告白"っていう感じなのかと思っていた。

ところがそうでもない。今回支野から渡されたゲームでは、自然な流れで好意が言葉にされている場面の方が多いのだった。

「え、そういうのを俺がやれってか?」

無理無理無理。

まずその"好意"すらあやふやだっていうのに、それをはっきりと伝えるとなると……、

「相当ハードルが高く感じるな……」

「……大地くん、さっきから何ブツブツ独り言言ってるの?」

いつの間にか天が部屋に来ていたらしい。

「いやな、支野から渡されたゲームを終わらせたんだけど……ちょっと世間とのギャップを感じてな」

「『世間』って……そのゲームが世間かどうかっていうと怪しいところだけど……何があったの?」

俺は天に、自分が何となく想像していた恋愛観について話してみた。

………………。

「……うーん、極端な話だと思うけどなあ……今でも呼び出して告白したりされたり、っていう人もいるし……」

「そうか、そこはまあ安心か……」

と言っても、実際にあの企画で告白をするようなところまで行くのかどうかは怪しいところではあるが。

それを分かっているのかは知らないが、天も前みたいに突っかかってくることはない。

「あ、ついでに聞きたいんだけど、そういう好意を最初に伝える時って、どっちからが多いんだ?」

言うまでもないが俺の望む答えは一つだった……が、

「別に『どっちから』っていうのはないんじゃないかな……"相手が好きになりすぎて我慢できなくなった"方からじゃない?」

返ってきたのはこんな回答なのだった。

言われて俺は、今までクリアしてきた各ヒロインの物語を思い出す。

最初から好意を抱いていた子も、そうではなかった子も、日に日に主人公への想いが増していく様子が描写されていたことを覚えている。

そしてそれに対応するかのように主人公もどんどん相手のことを好きになっていく……基本的にはそんな感じだった。

だけど、その想いの募り方が同じとは言わないだろう。

あるいは同じでも、そのままでいられるかどうかの違いなのかもしれない。

明確に自分の意思で区切りをつけていなくとも、"好意を伝える"というイベントがエネルギーを使う出来事であることは間違いない。

そりゃそうだ。だって受けてもらえるかどうかすら分からないのだから。

なら、今までの関係でもいいと、"停滞"を望むことだってあるはずなのだ。

今後の関係を壊してしまう"リスク"とそのエネルギー、それを勘定に入れた上でなおそれを行おうとする―――それは、やっぱりそれくらい相手が好きで好きでどうしようもないということなのだろう。

その様子は、伝わってくる。理解もできるのだ。

だからその感情にも入り込める……だけど、自己投影だけがどうしてもできない。

「……大地くん、やっぱり変わったよね」

考え込んでいると、天からそんなことを言われてしまう。

「まあ、半ば強制とはいえこういうゲームについて真剣に考えてるんだからな」

「うん……半分くらいはそういうことなんだけど、そうじゃなくってね」

天は心底不思議そうな顔で言う。

「前からずっと、そういうことには全然興味なくって、恋愛の"れ"の字も分からない、理解する気もない……みたいな感じだったのに」

「それが、ここ数日はすっごい真面目なんだもん……本当に、心から真剣なんだな、って分かっちゃうくらい……」

最後の方になるにつれて声が小さくなっていき、顔も赤くなっていった。きっとこういうことを面と向かって言うのが恥ずかしかったのだろう。

「……俺のためじゃないんだ」

「……?」

「……恋を理解して、答えを出すことが、俺の義務だってだけだよ」

あくまでも、これは俺のための行動ではない。


『城木くんのことが好きです』


あの時点で俺と行宮は、もうただのクラスメートという立ち位置ではなかった。

下手をすれば壊れてしまうような"関係性"が、俺たちの間には存在していた。

きっとあの時行宮は、それこそゲームの中のヒロインと同じくらい、俺に対して真剣だったはずなのだ。

それに対して、俺は答えを出せなかった。

出せなかっただけじゃない。俺はあの時行宮に"待つ"ことまで求めた。

もう今更、あの時の行動を悔やむような余裕などない。

言ってしまった。そして今はこういう状況なのだ。

だから俺は、答えに向けて最善の努力をするしかないのだ。

それを考えれば、俺の今の恋愛に対する姿勢は当然と言えるだろう。

「……ま、大地くんがどれだけ真面目になっても、私は協力なんてしないからね!」

天は俺の決意表明に少し臆したようにも見えたが、すぐにいつもの調子に戻った。

……そういえば、さっきの流れで気になったけど……、

「ところで天って、恋愛経験あるの?」

軽い気持ちで聞いてみた。

「……え、えええ!!??な、何いきなり!?」

想像以上に慌てる天。おかしな質問でもないだろうに……。

「いや、さっき色々聞いたとき、まるで自分が経験してきたみたいに話してたからさ」

もしこれで経験がないのだとしたら、天も彩瀬川タイプということになるのだが……いや、それは言い過ぎか。彼女みたいに見栄を張ってるわけじゃないし。

「そ、そそそれは雑誌に載ってたやつとか、友達同士で話してる時のこととかを言っただけ!経験なんてないよ!」

天は顔を真っ赤にして否定する。

あるならあるで参考にしたかったのだが、仕方ない。何より俺自身がないので、この分野に関しては偉そうなことが言えないのだった。

……否定するにしても、そんなにきっぱりと言うほどのことではないんじゃないか……悲しくならないのだろうか?

「……そのゲーム、やっぱり面白かったんだね」

天が話題を変えようと、俺のパソコンを覗き込んでくる。

「ああ。正直、もう少しこの物語の世界にいたいくらいだよ」

主人公にしろ、ヒロインにしろ、友人にしろ、一度ある程度以上まで親しんでしまうとこうなるのだろう。

「……大地くん、これ、私もやっていいかな?」

唐突に天がそんなことを言い出す。

何だ?俺の話を聞いていて興味が湧いたのか?それとも"まずは敵を知る所から"みたいな感じなのだろうか?

「まあ別にいいけど……こういうのって、女の子がやって面白いものなのかな?」

主人公が男固定なので単純に疑問に思う。

しかし天は呆れたような口調で、

「……じゃあこのゲーム渡してくれたのって誰だっけ?」

と言い出した。

……あー、

「でも支野って"女の子"って感じはしないんだけどなあ」

ここに至るまでの一連の会話やあいつの行動を見ていると、あいつを"女"として扱うことを精神の奥底が拒否する感覚に襲われるのだった。

しかし、そんな支野のことをよく知らない天は、

「……大地くん本気で言ってる?あんなに美人でスタイルも良い支野さんだよ?」

こんな評価なのだった。そりゃあ顔も(胸以外の)スタイルもいいだろうけどさあ……。

「というか支野さん抜きにしたって、支野さんが大地くん以外にゲーム渡した3人だって女の子じゃん!しかもどっちも美人!」

「それこそ半強制的な感じだけどな……」

しかしこう話をしていると、確かに女性がこういうゲームをやることに違和感を覚えなくなってきた。

「そういうことだから、借りてもいいよね?」

どうやら天はなかなかに興味をお持ちの様子らしい。

「別に元から反対するつもりもなかったよ。インストールの仕方くらいは分かるか?」

天が頷いたので、俺は天にROMを渡すと、出かける用意を始めた。

「?どこか行くの?」

「別にどことも決めてないけどな。このために攻略を早く終わらせたわけだし……さすがに連休最終日を家で一日中、っていうのは嫌だったからな」

そう、今日は既に連休の最終日なのであった。

明日から本格的に活動が始まるとなると、ここでの息抜きは重要だろう。

「夕御飯までには帰ってくるんだよね?」

「まあよっぽどのことがなければな。そういうことが万が一起きたら連絡するから大丈夫だ」

それを聞いた天は安心した様子で、ROMを持って自分の部屋に戻っていった。

別に料理を作るのは自分じゃないはずなのにああいう予定を聞いてくるあたりは、母親気質を持っているんだろうなあと感じてしまう。

「さてと……」

俺は、残った貴重な時間を無駄にしないように、手早く出かける準備を進めていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る