mission 4-3
フードコートに着いてから、適当にそれぞれ昼飯を購入して席に着いた。
しかし……、
「……何よ」
「いや、別に何も……」
俺は無難にラーメンを頼んできたのだが、彩瀬川は意外にもハンバーガーだった。
「ふん……どうせ"意外"とでも思ってるんでしょう……」
「まあそうなんだけどさ……そうなんだけど、妙に様になってるのがまたな……」
"上品にハンバーガーに口をつける"という文章が成り立つとは夢にも思わなかった。
「まあ食べ物はどうでもいいんだ……それで、何から話すんだ?」
言い出しにくいだろうと思い、こちらから話を元の話題に戻すことにした。
彩瀬川は少しインターバルが欲しかったのか、一瞬虚をつかれた様な顔をしたものの、すぐに元の表情に戻り、
「……まあ、決めたのはこっちだし、仕方ないのよね……」
腹をくくったのか、話を始めたのだった。
「前に、私の負けず嫌いの話はしたわよね?」
「ああ、合理的なやつな」
印象的だったので、忘れるわけがない。
「私がやったゲームのヒロインの子も、負けず嫌いだったの」
「だけど私と同じじゃないわ。あの子は、性格。本当にただただ他の人に負けたくないっていう一心の現れ」
「でも一緒なところもあったわ……意地を張ってるだけなの。結局」
彩瀬川はアイスティーのカップに刺さったストローを弄ぶ。
この前コーヒーを口にしていた時とは打って変わって、その姿からは落ち着きのなさが伺い知れた。
「そういう風に自分を見れるならいいんじゃないか?冷静さを失っているわけじゃないだろうし」
そんな様子が見ていられなくて、俺は自然とそんな言葉を口にしていた。
しかし彩瀬川は、
「意地を張って、だから自分の思っていることより、そんなつまらないものを優先してしまう、って、分かっていても直せないの」
「私には、その"つまらない意地"しか、頼れるものがないから……」
「………………」
憂いを帯びた顔で言い切った。
憂いだけじゃない、なんだろう……諦め、のようなものを感じる顔だった。
「……支野に突っかかるのも、その"つまらない意地"なのか?」
俺は空気を変えたくて、話題を支野の話に移した。
本来ならば一番聞きたかった話のはずだが、俺の興味は既に彩瀬川自身に移っている。
だけど、今の俺にはそこに踏み込んでいく勇気も気概もないのだった。
「性格的にどうも反りが合わないっていうのもあるし……そういう意味では意地を張ってるのかもしれないけれど、支野と話をするのは不快じゃないのよ」
彩瀬川は俺の質問に一瞬だけ驚いたような顔をしてから、答えた。
しかし意外だな……まさか支野に対してあんなに突っかかっておきながら、実は嫌っているわけではなかったわけか。
まあそれもそうか。嫌っているならいくら恋愛に興味があろうとこの企画に参加したりしないだろう。
「それと……支野を見てると、ちょっと嫉妬しちゃうのよ」
「"嫉妬"?」
一体何についてなのだろうか。学業や運動については、俺たちのレベルでは見えない差があるのだろうし良く分からないが、他はそうでもない気がする。
「支野が、自分のやりたいことを自由にやって、それで楽しんでるのを見てると……羨ましく思えちゃうのよ。悔しいけど」
「自由って……ものは言い様だな。みんながみんなあいつみたいになったら困りものだぞ?」
俺の言葉に彩瀬川は自然に笑って、
「別に支野みたいになりたいわけじゃないわ。だけど……あの自由さは、きっと私が手に入れることができないものなのよ」
だけど、すぐに寂しそうな表情に戻ってしまう。
「……君は君で、色々と抱えているんだな……」
俺は踏み込めない。
勇気がないから?気概がないから?……それだけじゃない。
"まだ踏み込むには早い"と、誰かが告げている気がするから。
「……そうだわ」
そこで彩瀬川は、思い出したように話を切り出した。
「私がこれだけ―――と言っても、大した量じゃないけど―――話したんだから、あなたも教えなさいよね」
「俺も?何か隠してたことがあったか?」
「とぼけないでよね」と続ける彩瀬川。後ろめたいことをした覚えもないので、俺の頭上には疑問符が浮かんでいる。
―――しかしその疑問は、一瞬で驚きの感情へと変換されることになる。
「"あなたが急にこの企画に参加を決めた理由"よ。信頼できるって分かったら話すって、言ってたわよね」
「――――――」
忘れていた―――わけではない。
だけど、意図的に頭の外に追いやろうとしていたことを、否定はできなかった。
でも、俺は"あの事実"を直接言うわけにはいかない。
当たり前だ。そんなのは俺でも分かる"ルール違反"だ。
だから、俺はまた逃げる道を選ぶ。
「例え話、なんだけどな」
「?」
「数学のテストの勉強をしているんだ、俺は」
「……よく意図が掴めないのだけれど……」
「いいから。で、俺は特に苦手な問題に行き当たる」
「俺の勉強法は、どうしても分からない問題は先に答えと解説を読むんだ。それで、内容を理解しようとする」
「……まあ、効率はいいかもしれないわね。それで?」
「だけど俺は、その問題だけは解説を読んでもどうしてもその解答になる理由が分からない。式の立て方すら理解できない」
「そして、何度も読み返す内に答えだけ覚えてしまって、そのままテストの時間だ」
「………………」
「しかし、テストではテスト勉強の時に解いていたのと全く同じ問題が出たんだ」
「……それは、運が良かったんじゃないの?」
「答えは確かに知っている。だけど、解法も式の立て方すらも分からないんだ。俺は問題を"解く"ということができない」
「………………」
「その問題は、ずっと前に初めて習った時にも解くことができなくて、理解もできなかった」
「俺にとって根本的に向いていない問題だったんだ」
「だから俺は、他のみんなは答えを簡単に出すか、あるいは諦めてしまっているにも関わらず、その問題と格闘し続けている……解かなければ、先に進めない気がするから」
「だけど俺にとって、一番重要なのは理解することだ」
「理解した上で、その問題に正解するのか、それとも"あえて不正解で提出する"のか……そこの選択を、俺はしなければならない」
「普通に考えれば、正解した方がいいに決まっているんだろうけどな……」
「………………」
……言うまでもない、ここでいう「問題」は恋愛のこと。
テストは勉強してきた内容を当てはめていくものだと考えれば、今回の企画に似ていると言えるはずだ。
そして、以前に習った時の問題は、響とのこと。今回の問題は、行宮とのこと……。
この例えを理解してくれたのかは分からないが、彩瀬川はこの話を馬鹿にしたりすることはなかった。
彩瀬川はしばらく思案した後に、やはり寂しげな表情でこう言い出した。
「……きっと、出題者が意地悪なのよ、その問題は」
「……そう、なのかな」
その出題者とは、例え話として出した以上、支野のことなのだろうか?
「本当に……その問題って、答えは一義的に決まるものなのかしら?」
「……えっ?」
「私は、その問題が数学と見せかけて現代文だった、っていうようにしか感じないわね」
「………………」
「作者の気持ちなんて、人が同じでもその時次第なのよ。ましてや登場人物の気持ちだなんて……」
そこまで言って、口を噤んでしまう彩瀬川。
……ああ、彼女はきっと分かっている。
少なくとも、俺が"行宮に何かしらの答えを出す"ことが目的だということは、伝わってしまっていると考えていいだろう。
「……私も偉そうなこと言ってるけれど、気持ちなんて分からないのだけれどね……」
「……分かるさ、俺よりは」
「いいえ……」
彩瀬川は変に落ち着いた口調で続ける。
「"他人に動かされる"存在だから、きっと、他の人の気持ちなんて分からないわ……」
「………………」
彩瀬川は、俺が想像していた以上に深く、暗い何かを抱えているようだった。
それはきっと、俺、あるいは支野が抱えているそれと、ひょっとしたら同等のものなのかもしれない。
だけど俺は何も知らないのだ。支野のことも、彩瀬川のことも。
俺がまず知らなければならないことは、もっともっと大元のところなのだから。
………………。
場を沈黙が支配する。
自分が作ってしまった重苦しい雰囲気を嫌ったのか、彩瀬川はいつものような調子で話し出した。
「……だから、私は企画を真面目にやるけれど、支野の言いなりになるつもりはないわよ!」
「あくまで、"自分の意思で"やるの。それが私の決めたルールよ」
「本当に君は清々しいな……」
そう言いつつも、俺はさっきの彩瀬川の発言を聞いているので、素直に言葉を聞くことができない。
この支野への反発は、本当に自己を出しての発意なのだろうか?それとも……、
「……そんなに無理に支野と張り合おうとしなくても、意地を張らなくても……いいと思うけどな、それだけ魅力的なんだし」
「―――っ!!!」
彩瀬川が急に顔を真っ赤にして睨んでくる。
……俺、またやっちまったのか?
「すまん!そういうつもりじゃなかったんだ、ただ思ったことをポロっと言っちまっただけで」
しかし、その弁解が余計に火に油を注いでしまったらしい。
「そういうところが天然ジゴロって言ってるのよ!このバカ!」
顔はますます赤くなり、語気もさっきより数段強くなった彩瀬川に言い切られてしまう。
こうなったら何も言わない方がいいだろう。俺は黙っておくことにしよう。
「でも……一応、感謝はしておくわ……ありがとう……」
彩瀬川はそう言うと、かなり不服そうながらも礼を述べた。まあこれは気恥ずかしいだけで本心だろう。
「……ほんと、支野の同類って感じよね……気に食わないわ……」
……それだけは勘弁してくれませんかね……。
………………。
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