mission 4 まずは相手を知るところから

mission 4-1

「……眠い」

目を覚ますと、既に太陽は高く昇っているところであった。

時計に目をやると、もう昼の12時を回っている。

だらだらと生産性のない休日を過ごすのも悪くはないのだが、せっかくの連休をこういう形で消費したくない気持ちの方が強い。

ちなみに連休初日の昨日は、結局1日の大半を支野から渡されたゲームの攻略に費やしてしまっていたのだった。

とはいえ、それが苦痛だとか面倒だとか言うつもりはない。

あのゲームはどのキャラクターの物語をとっても丁寧に作りこまれていて、比喩ではなく手が止まらなくなってしまった。

その甲斐あってか、連休を全て費やすことなく攻略を完了させる目処が立ったのだった。

残すは幼馴染キャラのみとなっている。

「……幼馴染、ね……」

俺は2人の人物の顔を思い浮かべた。

1人は言わずもがな、俺の本物の幼馴染である響。

もう1人は―――こちらももはや言わずもがなかもしれない―――これから"幼馴染"となる行宮。

攻略を進めていく中で、幼馴染キャラが登場するシーンになる度に、俺はそのシーンと今の自分の立ち位置とを照らし合わせて考え込んでしまっていた。

「幼馴染って、どういう関係性なんだろうな……」

言葉にして、先日の響の様子を思い出す。


『全校男子の羨望の的だね、大地。羨ましいぞっ』

『………………』


あの寂しげな顔は、未だに俺の頭の中にこびりついていて、だけどその感情の理由を捉えきれないままなのだった。

俺が響に抱いている気持ちを説明できないように、あの時響から感じ取ったものを言葉にできないのだ。

……気づかない方が、良かったのかもしれないな。

「鈍感・難聴で結構……ってことか……」

感じ取った僅かなものの正体に思い悩むくらいなら、気づかずにいられた方がマシだ。

ただでさえ不確かな自分の気持ちが揺らいでしまう……それが、怖いのだった。

そして同時に、響の気持ちに踏み込んで、響を傷つけてしまうことも恐れているのだ。

……違うな、本当に恐れているのは、傷ついている響によって、自分が傷つくことだ。

もし響が、俺に対して特別な感情を抱いているのに、俺のこの気持ちがそれとは異なるものだとしたら?

あるいは逆に、もし俺が特別な感情を抱いているのに、響はそうでもないのだとしたら?

……不思議なことだが、どちらにせよ俺は傷ついてしまうことになるだろう。

俺は自分が傷つく覚悟も、"自分の覚悟で響を傷つける"覚悟もないということだ。

恋に対して幼稚なだけではなく、臆病でもあるということか……。

……でも、俺と響の気持ちが一致している可能性というのはないのだろうか?

「……少なくとも、どちらにとっても特別―――そういうことはないんじゃないか」

都合良く行くわけがないのだ。

自分が好きな相手が、同じように自分のことを好きでいてくれる確率なんて、どれだけ低いのだろうか。

かと言って、どちらも「何とも思っていない」という関係性は、考えたくなかった。

積み重ねてきたものを否定されたくないという感情と、"片方が心変わりした場合"起きることを考えたくないという気持ちとが混ざっている。

「俺は……響に何を求めているんだろうな……」

その答えが出る時こそが、俺の望んでいる時なのかもしれない。

響への気持ちの答えが出せれば、俺はきっと、行宮への気持ちの答えについても、そう遠くないうちに出すことができるだろう。

そこまで考えて、俺はROMに描かれている幼馴染キャラを見つめる。

このゲームの中で、主人公にとってこの幼馴染キャラは少し特別な存在のようだ。

何というか……言葉で表すとすれば、"距離が近い"というのがしっくりくるかもしれない。

近くにいるのが当たり前―――そんな関係なのだろうと思う。

だけど、そこに恋愛感情が介在しないかというと、それは違うのだった。

各種のイベントを見ていて分かったことだが、気安い関係ながらも、主人公は幼馴染に女性を意識している。

恋愛に直結するわけではないのだろうが、対象となりうることは間違いないのだった。

そして、幼馴染の方だが……こちらはもっと分かりやすい。

鈍感気味な主人公の何気ない行動や言動に、慌てふためき、顔を赤らめる。

それだけでも分かりやすいのに、ゲーム中では本来登場人物間の意思疎通には現れない、各人の心の中の声もカッコ書きで表示されるわけで……、

「あそこまで好意を示されるもんだから、ちょっと他のヒロインと仲良くなるのが心苦しくなるよな……」

幼馴染キャラは、物語の早い段階で既に主人公に好意を抱いてる―――そこに関しては疑いようがない。分かりやすすぎるのだった。

だけどその"分かりやすさ"は、あくまで俺が画面を通して物語を見ているからに過ぎないのだ。

現実においては、会話をしている途中に周囲の様子を完璧に見ることは限りなく不可能に近いし、当然相手の心の中も読めるわけがない。

そして、好意に対して好意が返ってくる可能性は低い。

現実は―――都合良く行くわけがないのだ。

「俺なんて……まずそこの段階に辿り着けてないってのにな……」

"好き"の気持ちが分からない。

このゲームの主人公は、別に軽薄そうな奴ではなかったけれど、初対面からそんなに経っていない相手に対しても割とあっさりと好意を認めてしまっている。

これが普通なのだろうか?それともゲームという舞台において動機づけられているだけ?

ひょっとしたらそれは良い知らせなのかもしれない。これから企画を進めていく上で、彩瀬川や先輩といった立ち位置の相手に対しても事が進められるということなのだから。

だけど、企画が進んでも、肝心の俺の気持ちにはもやがかかったままになるだろう。

企画が終わってもなお、俺は"恋"が分からないままなのだろうか?

―――違う、そんなことは、許されないのだ。

企画の中で、あるいは企画を終えて、俺は響と、そして行宮に答えを出す。

これは目標ではなく、義務なのだと、俺はもう一度言い聞かせる。

(だから、俺は企画に真剣でなければいけない)

……この問答は、もうここ数日で何度も繰り返したことだった。

気分転換が必要なのかもしれない。

幸いにして攻略の目処が立ったことだし、外の天気も良い。

「せっかくの休日だしな」

俺はようやくベッドから抜け出て、身支度を始めるのだった。

………………。

「とりあえず家を出てきたものの……こういう時にどうすりゃいいかは分からないんだよな」

こういう時に、無趣味な自分を呪いたくなる。

まあいい。"無趣味"と"やりたいことがない"は違う。

幸いにしてこの街には、「何かすることに迷ったらここに行けばいい」とまで言われる場所がある。

………………。


「まあ、ここになるよな」

着いたのはショッピングモール。

自分の住んでいる街を褒めるのもなんだが、中々人口の多い街だけあって、それに対応するようにこのモールも大きいのだった。

"ショッピングモール"と呼んではいるが、普通に遊べるところも用意されているので、時間潰しくらいにはなるだろう。

さて……、

………………。

「どうしよう……」

……"無趣味"と"やりたいことがない"は違う……違うのだが、今はまさに"やりたいことがない"状態なのだった。

「これからのことを考えると、普通に過ごせる休日は減るだろうし……無駄にはしたくないよなあ、やっぱり……」

「することは決まってないけどとりあえず行けばなんとかなるだろ」みたいな気持ちできたのがまずかったか……。

「誰でもいいから連れて来るべきだったかな……雅幸あたりに声をかければ……」

そこまで口にして、俺はあの時のことを思い出してしまう。

……あの時は、響と、行宮と一緒だったんだよな。

互いを良く知らないまま一緒に行くことになって、

響がいない間、雑談で恋愛の話をしてたらめんどくさい奴らに絡まれて、

助けてあげられたけど、行宮は様子が変になるし、響は体調を崩しちまうしで……、

「……ロクでもない日だったな」

しかしあの日は、間違いなく俺たちを変えた日でもあるわけだ。

少なくとも俺と行宮の関係は、あの日を契機としてガラリとその様子を変えているのだから。

だとしたら、きっと"ロクでもない日"なんて言い方はしてはいけないのだろうと思う。

……そういえば、俺は響に約束をしていたのだ。


『今日の代わりに別な日にまた荷物持ちくらいやるからさ。な?』


体調が悪そうだから、様子こそおかしかったけれど思っていたよりは平気そうだった行宮以上に心配になって帰らせたのだが、あのままでは響がちょっとかわいそうだ。

……また、行宮も一緒なのだろうか。

どちらにしても、今度は意味合いが変わってくるのだ。

というより、込められた意味を考えなければならない。

俺が、響をどういう対象と捉えて、隣を歩くことになるのか―――

……まあ、こればっかりは、難しいことを考えてもしょうがないかもしれない。

「ひとまずは、響が満足してくれるかどうかだけ考えればいいかな」

それを考えたら、気が楽になると同時に今日の目標も何となく見えてきた。

この施設は広すぎて、まだ全容を把握しきれていないところがある。

「リサーチがてら、適当に周るのも悪くなさそうだな」

もしかしたら、企画の方でも行くことになる可能性だってあるわけだしな……。

そんなことを考えながら歩き出そうとすると、

ドンッ

「キャッ!」

「あっ!す、すいません!」

人にぶつかってしまう。勢いは大したことはなかったが、相手は女性だったらしく、尻餅をついてしまっている。

「いたた……こ、こちらこそすみません。前を見てなかったこちら、も……」

女性は律儀な方のようで、逆に謝られそうになったが、その言葉は段々と尻すぼみになっていった。

ここで初めて、俺は女性の方に顔をやった。

長めの金髪に、比較的高めの身長、そして異国の血を感じる、整った容姿。

「……城木、くん……あなた、どうしてここにいるの?」

「……どうしてって……たまたまだけど……」

その女性とは、彩瀬川エイリスその人なのだった。

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