mission 3-5
「相変わらず支野はカウンター席なのね……」
響と天がテーブル席に合流し、テーブルの女性率はより高まってしまっていた。
「支野さん、最初っからカウンター席なの?」
響がカフェオレに口をつけながら尋ねてくる。
「なんでも、『自分はあくまでも傍観者だから』ってことらしい。徹底しすぎてるよな……」
「そ、そうなんだ……えーっと、"ギャルゲー"?だっけ?それを遊んでるみたいな気分になりたいってことだよね?」
「ま、まあそういうことになるんだけどな……」
解釈は間違っていないが、改めて言葉にしてみると本当にどうかしているな……。
「先輩たちは……本当にいいんですか?大地くんが主人公なんですよね?」
天が必死な顔で他の3名に翻意を促している。ちなみに天はメロンクリームソーダを飲んでいる。
「行宮先輩はさっきの話からすると、何かよんどころ無い事情がありそうだからいいですけど……他のお2人は、本当に大地くんが主人公でいいんですか?」
「おいおい、随分失礼だな、天」
「だ、だって……さっき大地くん、自分でも『恋愛が分からない』って言ってたじゃん」
「それに関しては先輩もそうだし、多分彩瀬川も……」
そこまで口に出して、彩瀬川の方から猛烈に鋭い視線が飛んできていることに気がついたので黙ることにする。
「……大丈夫、だよ?」
天の言葉に、何故か先輩は天を宥めるようなことを言い出した。
「……兄妹は、特別だから……誰も、そこを取っちゃったりは、しないよ……?」
「うう……」
その言葉を聞いて、天はバツが悪そうに下を向いてしまう。
ひょっとしたら、冗談でもなんでもなく、単に寂しいだけだったのかもしれないな。
「……家族と仲が良いのは、とてもいいことだと思うわ」
彩瀬川もフォローをしてくれる。なんとか荒れた場は収まってくれたようだ。
「それにしても……別に反対するつもりはないんだけど……やっぱり、彩瀬川さんと会長さんが参加しているのは意外かな」
やはりそこは誰しも疑問に思うのだろう。彩瀬川に至っては未だに真意が掴めていないくらいだ。
「そう言えば、結局どういうことをするの?私、ギャルゲーってやつは詳しくないから分からないんだよね」
そこまで聞いて、天がハッとする。
「ひょっとして、大地くんが昨日やってたゲームって、このために支野さんから渡されたの?」
「……そういうことになるな」
一瞬ヒヤッとしてしまうが、最悪の可能性は回避できるだろうと踏んでいた。
妹の目の前でエロゲーをやっていたという事実が知れてしまったことは痛手だが、天自身に"あれがエロゲーだった"と知られるよりはマシだろう。
「へ、へえ、城木くん、天さんの前でエ……ギャルゲーをやったのね……度胸あるわね……」
「もちろん近くにいるのに堂々と始めたわけじゃないけどな……」
現に彩瀬川は空気を読んでくれたし、行宮に至っては知らんぷりを決め込んでいる。何とかこのまま押し切れそうだ。
「……それで、えっちなところも一緒に見たの?」
「先輩!!!!!!」
空気読めない人がいたー!!!
「え……えええ!?も、もしかして、それって、えっちなやつなの!?」
響が顔を赤くして問い詰めてくる。しかし俺が怖いのは今回はこっちではない。
「大地くん……昨日『違う』って言ってたよね……」
地の底から聞こえてくるかのような低い声で、天が問いただしてくる。さすがに今回は迫力が凄い。
「俺だってあの時は分からなかったんだよ!そのシーンに突入するまでは完全に全年齢向けゲームだと思ってたし!」
俺は必死に言い訳をする。幸いなことに周りの空気は一応味方をしてくれそうな感じだった。
……天の鬼の形相を前に、みんな口を出しては来ないが。
「……あれ、そう言えば……あああ、あのゲームって、そ、そう言えば、妹キャラも……」
天が余計なことを思い出してしまったようで、今度はさっきまでの響以上に顔を赤くしてしまった。
「誤解だ誤解!そんな考えは微塵もないから安心しろ!」
こんなことが原因で今後家庭内が重苦しい空気になってしまっても困るので、そこだけははっきり言っておいた。
「な……!もう!大地くんの馬鹿!」
俺の弁解に、それ以上追及してくることこそなかったが、何故か余計に機嫌を損ねてしまったようだった。
「……女心が分からないのね……」
彩瀬川がそう呟くが、俺は聞こえないふりをした。
事実、俺は分かっていないし、これからそれを学んでいかなければならないのだった。
「……え、えーっと、つまり大地は、そのゲームの中で起きたことをやっていくのかな?」
「正確には、ゲームはあくまでお手本に過ぎないけどな」
何をやるかは現実の学園生活に即すことになる。こればっかりは融通が利かないのだから仕方ない。
まして、その結果がどうなるか―――これは、ゲームを完全になぞることなど不可能だ。
「……っていうことは、これから先は、大地はできるだけここのみんなと過ごすことになるんだね」
恐らくそうなるだろう。学年の違う先輩をどうするかは支野の判断を仰ぎたいが、他の2人や友人キャラ役の越智に関してはそうなる可能性が極めて高い。
「全校男子の羨望の的だね、大地。羨ましいぞっ」
響きが砕けた様子でからかってくる。
「そんなことも言ってられ―――」
そう言いながら、響の顔を見たとき、
「………………」
一瞬だけ―――ほんの一瞬だけだが―――寂しげな顔をしたのが見えた。
……響は、本当はどう思っているのだろうか。
やっぱり、擬似的とは言え八方美人なこの状態を良く思っていない?
あるいは、言葉通り、俺の意図を汲んでくれていて、応援をしてくれる?
それとも―――、
(何か、もっと別な感情があるのだろうか……)
それこそ、今回の件だけでなく、もっと根元の部分から、俺に抱く感情について……、
……いや、止めておこう。
ただでさえ、俺は行宮に告白された時も、この企画に参加することを決めた時も、自分の行動の理由を他人の気持ち任せにして逃げているのだ。
せめて、分からない今の俺の気持ちの理由くらい、自分だけで決着をつけなければならない。
だとすれば、余計な推測はしてはならない。
響の気持ちを確かめるのは、俺の気持ちを確かめてからでもいい。
「そうだな……頑張らなくちゃいけないな」
俺は、今の心の中の葛藤を覆い隠すように、そう短く答えた。
「それで、結局2人の参加理由は何なんだっけ?」
それからすぐに、話題は元の流れに戻った。
先輩は、俺たちにした説明と同じ説明をする。行宮と彩瀬川も、直接聞くのは初めてなので、しっかりと聞いていた。
「そういう理由で……だから、積極的だったんですね」
行宮は若干感心したように呟く。
「……そうでもない。本当は……もっと最初からしっかりしてなくちゃ……」
そう言いながら先輩は、空いたスティックシュガーの袋で遊んでいた。言葉と行動が一致していなかった。
……段々気がついてきたけど、この人ミステリアスキャラじゃなくて天然なだけじゃないか?
「私は……支野に唆されて、うっかり受けると言ってしまって……」
彩瀬川は支野がいないからなのか、正直に理由を話した。本当に支野の前とそれ以外とではエラい違いだな……。
「そ、そうだったんだ……でもそれなら断ればいいんじゃ……」
「それだけは……支野に頭を下げるのだけは絶対に嫌……」
「お前の支野に対する対抗心は本当に病的だよな……」
何か深い闇のようなものを疑ってしまうくらいだ……。
「でも……支野に見抜かれてたのは気に食わないけれど、私だって"恋愛模様の体験"には興味があるのよ?」
もはやプレイガールを装うことは諦めたのか、素直にそんなことを言う彩瀬川。
「彩瀬川さんって、結構クールなイメージだったから、こういうことに前向きに参加しようとしてるのはやっぱり意外かな」
響の言う通り、彩瀬川は見た目からだともっとサバサバとした性格をしている印象を受ける。それに同じクラスなら、外見以外からもそれを感じ取っていただろう。
……もっとも、ここ数日でその印象は完全に霧散してしまっているのだが。
「……恋愛なら、誰とも比べられないだろうし」
彩瀬川は、そうポツリと呟く。
他の4人は気に止めなかったようだが、俺はやはり、今までの彩瀬川の言動からそれを気にしてしまう。
……今度、それとなく踏み込んでみるか。
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