mission 3-4
「まさか大地がこの店を知ってたなんてねー。開店してからそんなに経ってないんだよ?」
どうやら響は、昨日天と訪れた時にこの店を気に入ってしまったようで、2日連続でやってきたとのことだった。
……こう言ってはなんだが、非常にタイミングが悪い。
「いや、俺も知ってたわけじゃない。今日はちょっと事情があってな……」
必死に平静を保ちながら、俺は会話を続ける。
「事情?……って、蓮華じゃん!大地と一緒に?」
「う、うん……」
そこまで言ってから、響はテーブルにいるのが俺と行宮だけでないことに気がついたようだ。
「彩瀬川さんまで……それに、生徒会長さんも……一体どうしたの?みんな揃って」
普段なら絶対に揃わない異色の組み合わせに、さすがに響も理解が追いつかないようだ。
「……大地くん、やっぱり節操なしじゃん」
……ちなみに2人組の片割れは天だった。よりによって知られたくない人間序列1位2位と同時に遭遇してしまったことになる。
どう言い訳と説明をしようものか迷っていると、
「それについては私が説明しようじゃないか」
意外にも助けの手を差し伸べてくれたのは、それまで1人カウンター席に座っていたはずの支野だった。
「あなたは……支野さんでいいんだよね?そう言えば大地、昨日支野さんに頼まれごとをしたって言ってたけど、それ絡み?」
「間違ってなくもないが……すまん支野、ややこしいから説明は任せる」
口でそうは言ったものの、目ではしっかりと「くれぐれも誤解を与えるような言い回しはするな」と言っておいた。
支野は若干気圧されたような顔をして、
「わ、わかった……元からそのつもりだったしな」
そう言うと、支野は説明を始めた。
………………。
カウンター席に、俺と響に天、行宮が揃って腰掛け、支野が説明する様子を聞いていた。
一通り説明が終わると、まず口を開いたのは響だった。
「……一応、納得はしたよ。ここにいるみんなは、ちゃんと自分の意思で参加してて、それぞれなりに、真似事だけど、大地と恋愛を体験してみるつもりなんだって」
言葉にされると非常に恥ずかしいし、同時に重苦しい気分になる。
「言いたいことは山ほどあるし、何なら今すぐ大地を連れ帰って問いただしたいけど……みんながちゃんと考えてのことならいいかなって思う」
意外にも、響はさっぱりとした口調で言い切った。
……ほんの少し、苦い表情なのは、やはり現状を受け入れている俺への不満があるのだろう。
そりゃそうだ。見る人が見ればハーレムにしか見えない今の状態を、幼馴染が受け入れているのを良くは思わないだろう。
「でも、1つだけ聞きたいの……蓮華。本当に、いいの?」
突然向けられた問いかけに、行宮が跳ね上がるような勢いで反応する。
「……どういうこと、かな?」
「誤魔化さないで、ちゃんと答えて」
響の目は真剣だった。まるで、行宮が逃げることを許さないと言わんばかりの勢いだ。
……ひょっとして、響は行宮の俺に対する気持ちを知っているのだろうか?
……だとしても、何も変わらないだろうと思う。
行宮も響も、その気持ちをここで明らかにすることはできないし、俺は響への不確かな想いを明かすことはできない。
変わるとすれば、それは俺たち3人の間の関係性だけなのかもしれない。
「……これが、遠回りかもしれないけど、一番いいことだと思うの」
行宮がゆっくりと口を開く。
「私は、後悔はしたくないし、するつもりもないから―――だから、大丈夫だよ、響ちゃん」
確かな口調でそう言い切る行宮。
さすがにそうまで言われて、続ける言葉もないようで、
「……うん、なら、いいんだ」
響は渋々、と言った感じで引き下がった。
すると、今度は俺の方を向き、
「大地も……いい加減な気持ちじゃないって、何となく分かるから、私は何も言わないよ」
それだけ伝えてきた。
「……分かってくれるんだな」
「伊達に、長い付き合いじゃないしね……だけど約束して。絶対蓮華を傷つけないでね」
「………………」
「蓮華だけじゃないよ。彩瀬川さんも、会長さんも、だよ……支野さん、あなたも約束してくれる?」
響は口調こそ変わらないままだが、言葉に込められた気持ちの強さが痛いほど伝わってくるようだった。
「……俺の行動が、最終的にどう行宮に影響を与えるか、までは保証できない……でも、傷つけるつもりなんて、ない」
「だから、傷つけないように努力はするさ……そんなの、当たり前だ」
俺は、こんな曖昧な返事しか出来ない自分を呪った。
俺を問い詰める目の前の彼女に対する気持ちをはっきりとさせることが、もしかしたら彼女の望まない未来を実現させてしまうかもしれない。
でも、それはどっちが正しいのだろう?
自分の気持ちに正直になることが正しいのか?それとも正直な気持ちを先に伝えてきた行宮に誠意を尽くすことが正しいのか?
……もういい加減に、"分からない"を繰り返すこの状態から抜け出したい。
だから、結局今は目の前のことに取り組むしかないのだ。
行宮の言う通り、それが「遠回りかも知れないけど一番いい」ことなのだと思う。
「私も無論だ。確かに私は常識外れの人間だという自負はあるが、良識はある。人を傷つけてまで自分が楽しもうという気はないよ」
支野はそう言い切る。そのやはりそこは俺の予想していた通りらしい。
その言葉にようやく安心したのか、
「……うん、ならもう何もないや!ごめんね?ちょっと湿っぽくしちゃって」
一転明るくなる響。こういうところはこいつのいいところだと思う。
「いや、当然の疑問だろう。君はなかなかに友達想いなんだな」
支野が響を評価する。ん?何か雲行きが怪しいな?
「……ところで、まだヒロイン枠は空きが作れないこともないんだが……どうかな?幼馴染枠は作れないが、親しいクラスメート枠としてでも?」
やはりそういう意図だったか……正直行宮以上に止めてほしい人物だが……。
……しかし、俺の考えが合っているならば……、
「……む、無理無理!そんな!遊びみたいに恋愛なんて無理!」
顔を真っ赤にして響が拒否をする。
こいつは旧時代的な恋愛観の持ち主で、「付き合う人は将来結婚を前提にしている人だけ」とか本気で考えているタイプだ。
そんな奴だから、この企画に入ることはポリシー的に許さないだろう。
「それに……」
響はそう言うと俺の方を向く。
……やっぱりリアル幼馴染が相手ではやり辛いんだろうなあ……。
「………………」
気まずそうにしている行宮。恐らく幼馴染キャラとクラスメートキャラがちょうど逆転してしまう状況なのも話をややこしくしているのだろう。
「……と、とにかく私は無理だよ!」
結局、響の考えは変わらないようだった。
そう見るや否や、支野は今度は天の方を向く。
「残念だが、強制するつもりはない。ところで……えーっと、君の名前は聞いてなかったな……葵ちゃん?」
「それはお前が貸したギャルゲーのヒロインの名前だろ!」
素で言っているあたりが救いようがなかった。
「私は"葵"じゃないです!"城木天"っていう名前です!」
天も必死に否定する。そりゃそうなるわ。
「ああすまなかった。あまりにも似ているからな……って、"城木"?」
「天ちゃんは大地の妹だよ」
「………………」
支野が穏やかな顔でこっちを見てくる。
「……城木……お前って奴は……本当に図ったかのように主人公だな……最高だよ……」
「その生暖かい目をやめろ!別に望んでこういう立ち位置にいるんじゃねえ!」
女の幼馴染と妹がいる奴くらい掃いて捨てるほどいるだろうに……。
「天くん……ちょうど妹だということで頼みがあるんだが……」
「ちょうど"妹"って何だよ……」
そんな"ちょうど"はいらない。
「君もヒロイン役にならないか?君は池垣と違って分かりやすいぞ。そのまま妹キャラになれるからな!」
本人は至って真面目なのだろうが、それが勧誘の決め台詞になると思ってるとしたら相当おめでたい奴だと思う。いや、知ってたけど。
「私もなりません!大地くんと恋愛なんて……あ、ああああり得ないです!」
天も天でまともに付き合う必要はないのに……あとあり得ないまで言われると少し傷つく。いや、兄妹だし当然と言えば当然なのだけど。
「なんだつまらん……妹なんて欲しくて欲しくてたまらないところだというのに……まあいい、城木には、リアルに妹がいるというところで旨みを覚えてもらいたいものだな」
「恋愛関係でそれはねえよ」
可愛いと思うことこそあれ、さすがにそこまではいかないな。
「………………」
その言葉を聞いた天は、俺の足を軽く踏んできた。
体重が軽いので大したことはないのだが、少し痛い。ひょっとして拗ねてる?
「そもそも、私は大地くんがこの企画にいることもちょっと納得してないんだよ?」
天はその流れのまま怒りをぶつけてきた。
「昨日ちゃんと『あんまり節操のないことは止めな』って言ったよね?早速破ってるじゃん!」
正確にはもう昨日の時点で企画は始まっていたので、昨日のあのやり取りの時点で既に破っていたことになるが、そんなことを言えば火に油を注ぐだけなのは分かりきっている。
……しかし、俺もここは譲れないのだ。
「……だけどな、天。俺は真剣なんだ。俺は今まで恋愛が分からなすぎたんだ。今までそういうことから目を背けてばっかりで―――」
「でも、それじゃダメだって思い始めたんだ。このまま恋愛を知らないままだと、立ち行かないんだって」
答えを出さなければならないから。
思いを受け止めなければならないから。
「だから天、分かって欲しい。その代わり、ちゃんとみんなとのことは真面目に考えるって約束するから」
気持ちをしっかりと伝えるため、天の目をジッと見て話す。
「……わ、分かったよ、もう……」
天は顔を背けながらもそう言ってくれた。……よく見ると顔が赤い。
この時になってようやく、顔を近づけ過ぎていたことに気がついた。
「最初の日から思っていたが、城木、君はナチュラルに主人公の資質を持っているよな……」
支野がそうしみじみと呟く。やめてくれ……。
「さて、話も片付いたところだし、ここで会ったのも何かの縁だ。君たちも含めてお茶会と行こうじゃないか」
支野のその一言で、俺たちはようやく重苦しい雰囲気から解放されたのだった。
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