mission 3-3
場所は変わって、郊外の喫茶店の一角。
街の中心部からは少しだけ外れたところにあるが、平日の夕方という時間にも関わらず店内はそこそこの賑わいを見せていた。
おそらく店構えの綺麗さと、店頭でテイクアウト用に販売しているケーキなどの見栄えの良さが相まって、良く店のことを知らない人でも入ろうという気にさせるのだろう。
そんな喫茶店の席に、俺たち4人は座っていた。
……そう、"4人"である。
「支野さんも、こっちにくれば良かったのに……」
行宮が呟く。
支野は、店に入るや否や、知り合いと思われる店主に話しかけ。そのまま1人でカウンター席に座ってしまった。
俺たちもそれに続こうとすると、
「君たちはテーブル席に座ればいい」
と言い出した。理由を問うと、
「今日のこの場は、君たち同士で親交を深め合うのが目的だ。全員と接点がある立ち位置の私は、その場にいなくてもいいのだよ」
「私はあくまでプレイヤーサイドなのだよ」
などと言い切りやがった。
「お前……本当に徹底してるんだな……」
俺が呆れ半分、感心半分の声でそう言うと、支野は一瞬顔を曇らせる。
「……徹底していなければ、ダメなのさ、私の場合は……」
『私と同じ匂いがしなかったから、選んだんだ』
その顔は、あの時の寂しげな表情にどことなく似ているような気がした。
「それに、こういう言わば場外戦でも、眺めていれば面白いことが起きるかもしれない」
「その可能性を考えれば、のんきに混ざってはいられないだろう?」
……しかし支野の顔は、すぐに元通りの表情に戻っていた。
言葉はいつもの調子なのだけれど、俺にはどうも、支野が必死なように感じられてしまうのだった。
思えばこの数日、俺は支野から違和感を覚えっぱなしだ。
それが、単に支野の頑ななまでの"傍観者願望"に対する違和感なのか、
それとも、その奥にもっと根本的な何かを感じているのか……そこまでは、さすがに読み取れない。
……今はまだ、きっと踏み込んではいけないのだろう。
支野も、俺を受け入れはしないだろうし。
「ヒロインに意識を向けろ」という表向きの言葉以上に、根元から他人の干渉を拒絶しているように感じられる。
それに、俺は俺で、集中しなければならないことがある。
支野のことは、これからお互いを知り合う中でゆっくりと踏み込んでいけばいいのだろうと思う。
だから、今は目の前のことだ。
「……肝心の支野が向こうに行っちゃってるのだけれど、どうしようかしら?」
彩瀬川がブラックのコーヒーを啜りながら言う。中々に様になっている。
「……支野さんは、確か『親睦を深める』って言っていたはず」
先輩はホットココアにミルクをたっぷりと入れて飲んでいる。入れすぎてほぼ牛乳みたいな色になっているが。
「……何か、話題を決めて話した方がいいのかな?」
行宮はオレンジジュースだった。小柄なのでストローを使っている様子が似合っているが、そんなことを口に出したら怒られそうなので黙っておく。
……補足すると、支野は飲み物も頼まずに馬鹿でかいハニートーストと格闘しているようだった。喫茶店に来た意味はなんなのか……。
俺も何か妙案があるかと言われればそんなわけもなく、水出しのアイスティーのグラスを弄んでいると、
「……ご趣味は何ですか?」
盛大にずっこけてしまった。
「先輩……お見合いじゃないんですから……」
それにこの話題はやめて欲しい。何せ俺は無趣味なのだ。話が展開できなくて気まずい思いをするのは御免だった。
「……むー」
先輩は少し不満そうな顔をしている。他に趣味の話題に合わせてくる人が出たら諦めて乗っかろうと思っていたが、誰もいなくて良かったと思う。
「じゃ、じゃあ恋愛経験、なんてどうかしら?」
続いて彩瀬川が話題を提供する。
「そういえば彩瀬川はプレイガールって言ってたな」
「えっ」
……今こいつ「えっ」って言わなかったか?
だがすぐに気を取り直したようで、
「……そ、そうよ!私は恋愛経験豊富だから!男を斬っては捨て斬っては捨てしてたわ!」
汗ダラダラになりながらまくしたてる彩瀬川。
当初の予想通り彼女は恋愛経験が少ないようだ。この様子だとゼロの可能性すらもあり得る。
「……私は、ない。だから、彩瀬川さんのことは……ちょっと尊敬する」
先輩はないようだ。何となく大切に育てられている感じがするし、ここも意外ではない。
……というか、この話題になってから俺が気にしているのは、残り1人の答えだ。
「……私は……あるよ」
ゆっくりと、しかしはっきりと、行宮は言い切った。
その言葉に、彩瀬川が目を輝かせる。
「へえ!行宮さんは……あ、違った、行宮さん"も"あるのね!」
「……ひょっとして、今も付き合っているの?……行宮さん、とても可愛いし……」
残る2人が分かりやすく食いついてきた。
先輩は―――恐らく彩瀬川もだろうが―――行宮が振られた可能性など微塵も考えていないようだ。
当たり前の話だ。行宮はとても可愛い。そこは疑いようがない。彩瀬川や先輩が"美人"なら、こちらは"可愛い"という言葉がぴったりだと言えるだろう。
まして彼女は性格も良い。長く見てきたわけではないが、行宮のことを良く思わない人物を俺は見たことがない。
……だから、行宮が告白をされて断ることはあっても、行宮に告白をされて断る人間がいるなんて、考えもしないだろう。
それが普通だ。
だから―――俺がおかしいだけなのだ。
先輩の問いかけに対し、行宮は、
「……今は、付き合っていないの」
「だけど、諦めたわけじゃないから……だから私は、その人を振り向かせることができるようになるために、ここに参加してるの」
「………………」
俺にとっては二度目となる、行宮の決意表明。
俺はこの強い気持ちを動かすことはできない。
できるのは、受け止め方を考えることだけだ。
「行宮さんも……かなり本気で、この企画に臨んでいるのね……」
彩瀬川が驚いたように言う。結局、彼女の意思は掴みきれていないままだが……。
「……城木くんは、どう?」
「どう、って……恋愛経験のことですか?」
「……うん」
……そうだった、当然の流れで、俺にもその質問が回ってくるに決まっているのだった。
ここで自分を偽ることに意味はないだろう……俺は、ありのままに語ることにした。
「……俺は、分からないんです」
「分からないって、どういうこと?」
当然の疑問を、彩瀬川が口にする。
「……告白をされたことは、あるんです。でも、それだけじゃ恋愛経験にはならないでしょう」
「……なら、"経験はない"ってことになるんじゃ……?」
「……その時、俺は恋愛について、心を動かすことができなかったんです」
行宮は、少しだけ苦しそうな表情でこちらを見ている。残りの2人はこちらを見ているので、その表情に気がつくことはないのだが……、
……頼むから、そんな目で見ないで欲しい。
再び、あの時の罪深さを突きつけられたような気分になってしまう。
「だから、ひょっとしたら、俺は今までに恋愛をしていたのかもしれない―――でも、それに気がつけなかっただけかもしれない」
「恋愛が、分からないんです―――誰も答えなんて持ってないものだとは思うけど、自分は解き方や公式以前に、四則演算が出来ないんです……」
基本が分かっていない。だから、応用も出来るわけがない。
経験があるのかを判断することさえも出来ない―――それが、俺の現状だった。
「でも……さすがに"これだ!"っていう気持ちくらいは分かるんじゃない?」
「他の誰にもない、特別な気持ちを抱く誰かがいるなら、それが恋愛なんじゃないのかしら?」
彩瀬川が踏み込んでくる。恋愛経験がおそらくないとは思えないくらい、しっかりとした考えに基づく意見に聞こえた。
……俺は、行宮に言うかどうかを躊躇っていた事実を言うことにした。
「それが分かれば、苦労はしない」
「現実に、分からないことがあるんだ。その証拠に、俺は10数年をかけても気持ちの正体の掴めない相手がいる」
「……?それって……」
「……ひょっとして、今も……?」
「………………」
彩瀬川と先輩が俺の現状を何となく理解して短く言葉を紡ぎ、行宮が俺の気持ちを察して口を噤んでグラスに目線を落とす。
その時だった。
カランカラン
俺たちの空気と―――そして、これからを大きく変えることになる、ドアベルの音が響き渡った。
入口の方に目をやると、2人組の女の子が入ってくるのが見えた。
そして―――そのうちの片方と、目が合った。
「――――――」
「……って、えっ?大地?大地もここに来てたんだ?」
よりによってその女の子は、まさに今俺が話をしていた人物―――すなわち、池垣響その人なのだった。
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