mission 3-2

「ちょっと支野!昨日のあれはどういうことなのよ!」

放課後になり、昨日と同じように部室に来てしばらく待っていると、顔を真っ赤にした彩瀬川がいきなり怒鳴りこんできた。

ちなみに今日は昨日と違い、俺・支野・行宮のクラスメート3人で揃ってやって来ていた。

「『どういうこと』とは何だ。その様子だと、どうやらしっかりクリアしてきてくれたみたいだが、どうだった?中々心揺さぶる話だっただろう?」

「話は面白かったけど、後半で全部吹っ飛んだわよ!」

幸か不幸か、俺と行宮に続いて彩瀬川も、話自体は楽しんだようだった。悔しいが、その辺りの審美眼は認めざるを得ないのかもしれない。

「何も言わずにいかがわしいゲームやらせるなんて、どうかしてんじゃないの!?」

至極真っ当な意見だし、俺もどうかしてると思う。

「そうそう、その慌てっぷりが見たかったんだよ!いや~、彩瀬川、やっぱり君を選んで本当に正解だったな!金髪に赤面激怒顔は本当に映える!」

「……すっごく馬鹿にされてる気がするんだけれど、気のせいかしら?」

「諦めろ彩瀬川……支野は悪いことを言っているつもりがまるでないからな……」

その言葉に、彩瀬川はふぅ、と息を吐き出して椅子に座った。

……と思ったら、こちらをジッと見つめている。

「……どうしたんだ?」

「……あなた、やけに冷静ね……渡されたゲームがいかがわしいものだって知ってたの?」

「まさか……もう同じやり取りを朝こなしてただけだよ。ちなみに俺も行宮も被害者だ」

「被害者とは失礼な物言いだな」という支野の発言は無視する。

「……あなた、それが狙いでこの企画に入ったの?」

……どうやら彩瀬川は、まだ俺が邪な感情で主人公役を引き受けたという可能性を捨てきれていないようだ。

「違う違う……むしろ逆だ。支野に『そういうことを強制するつもりはない』って聞いたから、"それなら参加してもいいのかな?"って迷い始めたんだ」

支野の計画に濡れ場まで組み込まれていたら当然引き受けるつもりはなかったし、知らずに参加しているヒロイン役の子を諭すくらいのことはしていたと思う。

「そう……ならいいけど……私だって、そんなことまでするつもりはないから」

最後の言葉は、主に支野の方へと向けられていたように聞こえた。当の支野は全く意に介していない様子だったが。

と、その時、

ガチャッ

「……こんにちは」

先輩がやってきた。こちらはいつもと変わらず物静かなままだ。

この様子では、唯一先輩だけはエロシーン突入を回避できたのか?だとしたらこれ以上ややこしくならなくて済むのでとてもありがたい。

「……来て早々に悪いけど、一つだけ質問……」

「ん?どうした会長、私も聞きたいことがあるのだが、先に聞かれてしまっては仕方ない。そちらからどうぞ」

偉そうな態度は相変わらずだったが、珍しく支野が譲った。さすがに目上の人を敬う気持ちくらいはあるのだろうか。

それにしても先輩の質問って何だろう?

「……私、城木くんとえっちなこと、するの?」

「ぶーっ!!!!!!」

盛大に吹き出してしまった。

行宮も彩瀬川も、そして冷静に思い返せば支野すら直接的には言ってこなかったことを、この人は……、

「……先輩、まさかこの企画でそこまで再現はしませんし、質問にしてもそういうことはあんまり言わない方が……」

「……?」

首を傾げながらこちらを見つめてくる先輩。

……会った時から分かってはいたことだけど、改めて見ると本当に美人だなこの人……。

「………………」

「あ、あの……」

……ジッと見られていると顔が熱くなってくる……。

恋愛経験がないので、こうも間近に"異性"を感じる機会などなかったわけで、

……どうしたものか……、

「会長さん!会長さんも女の子なんですから、あんまりそういうことは直接口にしちゃダメですよ!」

膠着状態から救い出してくれたのは、意外にも行宮だった。

……よく見ると行宮も顔が赤くなっている。朝のことからも分かっていたが、こちらは予想通りというべきか、行宮はこういうことにあまり耐性がないようだった。

「……行宮、助かった、ありがとう」

俺は行宮に軽く礼を言う。

「………………」

行宮は、何故かちょっとだけ不機嫌そうな顔でこちらをチラっと見てきただけだった。

……え?俺何かしたっけ?

「さて、全員揃ったようだし、共通の話題で和やかな雰囲気になってくれたようで丁度いいな」

「どこが和やかな雰囲気なのよ!」

むしろ、ギスギスしているとまでは言わないまでも、微妙な空気であることには間違いなかった。

……と、そこで俺は支野の言葉から感じた違和感に気づく。

「"全員"って……越智は?」

ここにはまだヒロイン役の3人と支野、そして俺しかいない。クラスが違うので、越智とは当然朝から一度も会っていないのだった。

「ああ、いい忘れていたな。越智は今日の予定に必要がなかったから、攻略に専念させることにしたんだ」

俺の問いかけに対して支野はあっさりと答える。あくまでも彼女の中では越智と俺たちとの間で扱いの差を作るつもりのようだ。

"今日の予定"というと確か……、

「『今後こなしていこうかと考えているイベントの話』をするって言ってたっけか」

「よく覚えていたな、その通り。それももちろんしようと考えている」

覚えていた理由は簡単だ。昨日支野に渡されたギャルゲー……まあエロゲーだったわけだが、それを読み進めていくと、いくつかイベントがあったのだ。

海水浴、お祭り、林間学校、体育祭……、

俺は詳しくないので良くは分からないが、そこで何かしら物語が動いたことを考えると、そういう効果を狙って配置されているイベントであることは間違いないだろう。

なので、今後企画に参加するにあたって、俺が実際どのようなイベントをこなしていくのかについては多少、いや、かなり興味があるのだった。

……それにしても今、支野は「それも」と言ったか?

「そっちは確かに重要な内容ではあるんだが、それよりももう片方の予定の方に私は重きを置いている」

どうやら支野は、イベントのこと以外にやりたいことがあるようだった。

「昨日顔合わせをして、特に突っ込んだ紹介もせずに課題だけ渡して『さあ今後はこうするぞ』と言って終わりにしてしまったからな」

「やはりここは親睦を深める目的で、キックオフミーティングという名前のお茶会でも開こうと思ってな」

言われてみれば、俺たちはこの無茶苦茶な企画に乗せられたこともあってそちらにばかり気がいっていて、お互いのことを良く知らなすぎる節があるように感じられる。

……だとしたら、余計越智の奴は呼んでやれば良かったのにとも思う。男1人が居辛いとかそういう理由抜きに。

「というわけで、話が終われば喫茶店へGOの予定だ。異論がある人はいるか?」

突然の立案だったので、誰かしら文句の1つでも言う人が出そうなものだが、今回は全員が賛同しているようだった。

何も言わないところを見るに、どうやら先輩も今日は予定が詰まっているわけではないらしい。

「どうやら異論はないようだな。それじゃあ後の予定は決まったとして、とっとと話を終えてしまうか」

そう言うと、支野は早口で説明を始めた。まさか一番行きたがってるのこいつじゃないだろうな……。

………………。

その後の支野の説明をざっくりと要約すると、イベントの予定としては、

・季節的に海水浴が無理なので隣町の温水プール付きのテーマパーク

・来月にある祭り

・文化祭は部としては特に何もしないので、俺とヒロインの誰かで適当に周る

・あとは日常

ということだった。ざっくりとしすぎていて不安になってしまう。

支野曰く、

「こういう風にイベントの見通しを立ててはいるが、それが一番重要なのではない」

「日常の積み重ねが、たまたまこういう大きなイベントで恋愛に繋がるだけの話だ。だから、重視すべきは日常なのだよ」

ということだった。一応やることだけ頭に留めておけばいい、程度のものなのだろう。

「このイベントについて質問のある人はいるか?」

"一応聞いとくか"みたいな顔で言う支野に対し、彩瀬川が手を挙げた。

「どうした?」

「至極単純な疑問なのだけど……季節的に無理だから海水浴を諦めるのはいいとして、なんで隣町に行ってまでプールにこだわるの?」

言っていることはもっともなのだが……悔しい話ではあるが、俺には支野の意図が読めるし、この後支野が言うであろう言葉も読めてしまう。

「そりゃあそんなの、水着シーンがないと彩りが足りないからに決まっているだろう」

「くだらないわよ!」

支野の肩を持つつもりはないが、いい加減彩瀬川は支野の性格を理解して諦めるべきだと思う。

「くだらなくはないぞ、主人公役の城木のモチベーションにもなるだろう」

「飛び火させるんじゃねえ!」

水着が見れるからという理由だけでこんな企画に参加するほど頭がおめでたいとは思われたくはなかった。

しかし、彩瀬川と先輩はスタイルがかなり良さそうなので、全体的に小柄な行宮あたりは気後れしてしまったりしないだろうか。

そんないらない心配をしていたことが伝わったのか、

「……城木くん?何か言いたいことがあるなら言ったほうがいいよ?」

「……何もないです」

行宮に釘を刺されてしまった。顔だけ笑っていて目が冷えているのが怖い。

「……私も、質問」

「何かな会長?」

場が落ち着いたと見たのか(実際には全然落ち着いてはいないが)、今度は先輩が質問をする。

「……文化祭は、城木くんが誰かと周るって……そう言ってたはず……」

「そうだな。この部で何か出し物をしようというのも考えたが、それよりは学生らしく2人で好きなように周る方が発展性があるだろう?」

珍しく建設的な意見だった。俺としては文化祭で余計な手間をかけたくないので、その考え方は非常にありがたい。

しかし、先輩が聞きたいところは別のところらしい。

「……誰と周るかは、城木くんが選ぶの?」

………………。

考えもしなかった問題だった。

―――いや、考えないようにしていただけかもしれないが。

「……そもそも、誰と恋に落ちるかは、城木くんが選ぶんだよね……?」

「……本気で支野さんの企画に参加するなら……私は城木くんに選んでもらえるようにしなきゃ……」

「「………………」」

先輩の発言に、行宮と彩瀬川は黙ってしまった。同じ立ち位置にいるはずの先輩の思わぬやる気を見せられて、少し困惑しているのだろう。

それにしても、今日の先輩はやけに積極的だ。その姿は、今も含めた普段の様子からは想像がつかないくらいだ。

一体どうしたのだろうか……そこまで考えて、俺は先輩が企画に参加してくれた時の言葉を思い出した。

『……本当は、もっとみんなと話したい……だけど、それがうまくできない……』

『……そこは……努力する……』

先輩は自分の目標のために、この企画に全力で取り組むつもりなのだ。それは、最初から一貫していることだった。

……そして、今の先輩の発言で、俺ははっきりと自覚しなければならないことができた。

(……この企画の中で、俺は誰かを選ばなければならないのか……)

別に期限を決められたわけではない。義務が課せられているわけでもない。

まして、俺の"本気"は別なところにあるべきだ―――それでも、俺は選ばなければならない、と思う。

何故ならば、選ぶことができなければ、その先の"本気"にたどり着けないだろうから―――。

「素晴らしい精神だ。やる気があることは喜ばしい」

支野は満足したように笑う。

「だがな会長、君たちヒロインが"選ばせる"のではない。あくまで城木という主人公が"選ぶ"のだよ」

「『恋愛で女性が主体になるな』と言うわけではない。今回私が見たいのが、主人公という"主体"を通して見る恋愛というだけの話だからな」

そこまで言うと、支野は今度は行宮と彩瀬川の方を向く。

「君たちには城木との恋愛模様を大いに楽しみ、恋愛というものを体感して欲しい」

「そこにあるのは楽しさ、ある時には嫉妬心……更に詰めて言えば、好意の情だけでいい」

「君たちには、"自分が選ばれますよう"などという余計な感情を持たずに、恋愛模様をシミュレートして欲しいのだ」

「だが」と、支野は区切り、今度は俺の方を向く。

「君には責任が生じる。"設定の上で"とは言え、君は3人に好意を寄せられる立場だ」

「その選択は"責任"だ……別にプレッシャーをかけたいわけじゃない。感情に基づいた、しっかりとした理由付けをして"選んで"くれたまえ……そう言いたいだけだ」

「もちろん、君も恋愛模様を楽しんで欲しいのだけどね」

無茶を言ってくれる。

だけど、支野から突きつけられた言葉は、今回は自然と胸に入っていった。

「……他には質問はないな?」

「……では、今日は早々に解散だ。お楽しみのキックオフティーパーティーと行こうじゃないか」

支野の言葉に、各々が考えるような顔をしながら立ち上がる。

行宮は、さっきの支野の言葉を聞いてなお、このシミュレーションを現実の舞台と捉えて動くのだろうか?

彩瀬川は、企画自体をどう捉えて行動するのだろう……そもそも、結局何をモチベーションにして動くのだろうか?

先輩は、自分の据えた目標のために、どう積極的に動くのだろうか?

俺は―――誰を選ぶんだ?

何も分からない―――でも、それでいいのかもしれない。

選ぶためには、分からなければならない。分かるためには、恋を知らなければならない。そして、知るためには―――まずは、考えるところからだ。

恋を考えよう―――それをしなければ、始まらない。

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