mission 3 キャラクター、プレイヤー、そして第三者

mission 3-1

「おい支野、昨日のあれはどういうことだ」

俺は朝教室に着くや否や、真っ先に支野のところに向かっていた。

当の支野はというと、口にイカソーメンを咥えながら隠すことなく携帯ゲーム機でギャルゲーをやっている。こいつはオッサンか。

「なんだ城木、朝から騒がしいな。朝の挨拶は『おはよう』だ。さすがのツンデレクラスメートでもそれくらいの礼節は弁えているぞ」

「そんなことはどうでもいい。お前が昨日渡したものについて言いたいことがある」

そこまで聞くと、支野はようやく画面から目を離し、

「なんだなんだ、そういう話ならそうと早くいいたまえよ。しかし素晴らしい向上心だ、まさかもう感想を言いにくるとはな」

支野はおめでたい方向に勘違いをしているようだが、俺は他に言いたいことがあるのだった。

それは昨日のことである……。


「……そろそろ寝たほうがいいかな……」

天もあれからすぐに自分の部屋に帰り(顔は最後まで赤いままだったが)、そのまま攻略を続けていると、気がつけばもう夜中の2時だった。

「思ったより面白くて手が止まらなくなってしまった……」

何だか完全に支野の策にはまっているみたいで癪だが、面白いことには間違いないので仕方がない。

現在、ちょうど1人目のヒロインと主人公がとてもいい雰囲気なので、この一連の流れが終わったらさすがに一旦中断しよう……、

そう思ったその時、

『ふぁ……ぁあ……○○くん……切ないよ……』

濡 れ 場 が 始 ま っ た !

「エロゲーじゃねえか!!!」

さっき思いっきり天に「さすがに違うんじゃないか?」とか言っちゃったよ……俺の信用を返せ。

しかし、これが完全に支野のせいだとしても、天に見られたら一巻の終わりである。これがあと何回分あるかは分からないが、それを全て上手くやりすごさなければならない。

……それよりも、もっと問題なことがあるんじゃないか?

「……支野のやつ、ヒロイン役の3人にもエロゲーを渡したんじゃないだろうな……」

そういう面での良識はあると思っていたが、最早完全にその信用はなくなってしまっているので、むしろエロゲーを喜々として渡した可能性を大いに疑ってしまう。

……支野は、確か「実の関係性については一切関知はしない」と言っていたはずだ。そこは恐らく信用してもいいだろう。

しかし、その話をした時は俺と支野しかいなかったはずだ。つまり、他の3人はそう受け取らない可能性がある……というか高い。

「とりあえず明日支野に文句を言おう……」

……明日3人とどう顔を合わせればいいのか……せめて、まだ3人がクリアをしていないことを祈ろう……。

先輩はともかく、他の2人はとにかくひたすら気まずい空気になりかねない。

俺は天に祈ることしかできなかったのだった。

………………。


「そういうわけで確認だ。まずあれは間違いじゃなくて意図的にエロゲーを渡したってことでいいんだな?」

そう問うと、支野は何ら悪びれる様子もなく、

「そもそもパソコン媒体のギャルゲーは、エロゲーでないものの方が珍しいんだぞ?いいものを渡そうと思ったらエロゲーにするしかないだろう」

この言い方からすると、次の質問は確認するまでもない気がする……。

「……一応、最後の希望を込めて聞くんだが、ヒロイン役3人にもエロゲーを渡したのか?」

「そうに決まっているだろう」

俺は今度こそ頭を抱えた。

「お前なあ……いや、もう渡すことについては何も言わないけどさ……せめて事前に言っておくなりしてくれよな……」

「そんなことをしたら、何も事情を知らずにエロシーンに突入してしまって翌日ずっとあわあわしてしまうという図が見れないじゃないか」

そんなくだらない理由で重要な事実を隠すな!

「まあいい、結局3人がまだクリアしていなければいいだけの話だ。今日登校してきた行宮の様子を確認すれば分かることだ」

と、そう俺が言ったところで、支野が何かに気がついたような顔をする。

「……君、エロシーンのところまで読みすすめたということか」

その言葉を聞いて、俺は内心「しまった」と思った。

案の定、支野は"してやったり"という顔でニヤニヤし出している。こいつの手の平の上で踊らされているみたいで甚だ不満だ。

「やはり素晴らしい向上心じゃないか!私が『時間はかかってもいい』と言ったにも関わらずそのスピード!恐れ入るよ!」

「そんなやる気満々みたいに取るな!面白かったからつい読み進めちまっただけだ!それに俺は……」

「『行宮のために、恋愛を理解しなければならない』?」

俺は息を呑んだ。

さっきまで冗談めかして笑いながら話していたはずの支野は、顔こそにこやかなままだが、今は別人のように鋭くなった目線でこちらを見つめていた。

「……君と行宮の間に何があったかまでは知らないし、詮索する気もない。"本物の恋愛"なら、それは私の管轄外だし、そうでなくとも私が関わるべき位置にはいない事柄だ」

「君がどんな形であるにせよ、やる気になってくれるなら私は何も言うことはない。私は登場人物に興味があるだけさ。"誰がそれを演じているか"までは興味がないのだよ」

そう言い切る支野の目線は、どことなく不思議な温度を持っているように見えた。

冷たくも熱くもない―――むしろ、温度という概念を感じないような―――、

「―――まあ、元より私の立ち位置から、君たち主要人物に物申すのもおかしな話だな」

一転、声色と共に元通りの調子に戻る支野。

……どうにも、知り合ってから数日の間で支野の暗い部分を見る機会が多いような気がする……。

しかし、俺には踏み込むことができない。余裕もなければ、そんな気概もない。

何より、支野自身に明かそうとする意思がない―――なら、俺にはできることはない……はずだ。

「……っと、噂をすれば行宮じゃないか」

支野の視線の先を見ると、確かにそこには、登校したばかりの行宮がいた。

そして、キョロキョロと辺りを見渡して―――こちらに視線が止まった。

「――――――!」

瞬間、顔が赤くなる行宮。

……ああ、神様。あなたは最近本当に無慈悲ですね。

行宮はそんな状態になりながらも、なんとか話をしようとこちらに近づいてきてくれた。

「……お、おはよう2人とも……」

「お、おはよう……」

当然、様子のおかしさに突っ込むような真似はしない。

「おはよう行宮!ところでいきなりで申し訳ないんだが、昨日渡したあのエロ」

「わーわーわー!!!」

……1人空気が読めない奴がいるのを忘れていた。いや、空気を読まないだけか?

そして残念なことに、今の一連の流れで行宮が昨日エロシーンまで行ったことが確定してしまった。本当に心から残念だ。

「支野さんも女の子なんだし、そういうことは大きな声で言わないの!」

小さい声で、しかしはっきりとした口調で諭す行宮。ちなみに顔は以前として赤いままだ。

「私は確かに肉体も精神もれっきとした女だが、そういうことに恥じらいはないぞ?」

「恥じらいがないのが問題だと言いたいんじゃないのか……」

俺の呆れ半分の突っ込みにしっかりと首を縦に振る行宮。少しは落ち着いてきてくれたようで何よりだ。

「それで行宮、肝心の話自体は面白かったかな?ちなみに城木は面白いと言ってくれたぞ。まあ君とは違うゲームだがね」

絶妙なタイミング、と言うべきか、支野が鋭い切り口の質問を飛ばしていく。

その問いかけに対し、行宮は、

「……うん、面白かった、すごく」

思い出すようにゆっくりと、感想を述べた。

「それだけじゃないの。読んでてすごくあったかい気分になれたっていうか……そうだなあ……多分、"羨ましいな"って思ったんだ」

「"羨ましい"?」

俺の言葉に、行宮は静かに頷く。

「ヒロインの子が、私とすごく似ている気がしたからかもしれないけど……『私も、こんな風に恋愛してみたいな』って」

その端的な言葉が、今の俺にとっては鋭利な刃物となって突き刺さってくるように感じられた。

行宮はそんなことを意図しているようには見えない。見えないけれど―――いや、見えないからこそ―――俺の頭を、彼女の言葉が埋め尽くす。

俺は今、果たさなければならない責務が倍になってしまっているのだ。

1つは、俺に告白してくれた行宮に対して、自分なりの回答で"答える"こと。

もう1つは、俺と恋愛をする一候補として存在する行宮と、自分なりの価値観で"恋愛を模倣する"こと。

片方だけではダメだ。もう片方のことも、並行して考えなければならない。

今の俺には、それがとてつもなく重いことのように感じられるのだった。

「そう、思ったの……だけど、その……やっぱり、ああいうことは……」

行宮の消え入りそうな声に我に返る。

行宮は、やはりエロシーンの再現をしなければならないかどうかが気がかりで仕方がないようだ。

そりゃあそうだ。まともな奴なら誰だって不安になるに決まっている。おかしいのは支野だけで十分だ。

「……あー、行宮、安心していいぞ。支野は俺に『実の関係性については一切関知はしない』と言っていたし、そこまで再現させようだなんて思ってはいないはずだ」

俺は、自分に漂う重苦しい空気と共に行宮の不安も払拭しようと、フォローをすることにした。

ここで「はずだ」とぼかさなければならない辺り、支野への信用度の落ち方の度合いが伺えるというものだ。

「……別に心配してるからこういう状態になってるわけじゃないのに……」

「ん?何だって?」

「な、何でもないよ?!」

そういうと行宮は、結局顔が赤いのは変わらないまま席に戻ってしまった。

何を言ったかは良く聞き取れなかったが、言いたいことは伝わっていると信じたい。

「おい、城木」

ここで、妙に強めの声で支野が口を開いた。

……ひょっとして、ネタばらしをしたことを怒っていたりするのか?さすがに筋違いだろう。

「……何だ、別に言ったって良かっただろう?お前のさっきの言い分では、慌てる様子が見られれば十分なんじゃなかったのか?」

俺は引かずに言う。さすがにこの件に関してはこちらに理があると思いたい。

しかし、支野は予想外の反応を返してきた。

「別に私は怒っていない。むしろ褒めようと思っていたんだ」

「……は?」

褒める?今の流れでどこを?

「主人公の必須クラスのスキルである"難聴"、昨日君に渡したエロゲーの主人公もそうだったが、君は早速実践してきたわけだ!」

「難聴?どういうことだそりゃ?」

「もしかして素でやっていたのか?なら尚更すごい!」

そう言うと支野は、見るからに高いテンションで説明を始めた。

「主人公はヒロインの言った都合の悪いことや、はっきりと伝わってしまってはまずいポジティブな感情をピンポイントで聞き取れないという特性があるんだ」

「そんな特性は海に投げ捨ててしまえばいい……なんでそんなのが必要なんだよ」

「そりゃあ、例えば"ツンデレヒロインが主人公のことを実は憎からず想っている旨の呟き"とかが、全部主人公の耳に届いていたら話の盛り上がりに欠けるだろう」

一理はあるのかもしれないが、主人公って現実にいたら面倒な奴なんじゃないのかと思えてくる。

……それを俺はやらなきゃいけないのかな……再び気が重くなってきた。

「それで、だ。今行宮と君とでまさにそういう状況だったわけだよ」

「んん?さっきの話の流れでなんでそういう話題が出てくるんだ?」

俺にとって都合の悪い話は分からないが、俺にとって好意的な話題が出てくることは少なくともないように感じる。

しかし、俺の疑問に対して支野は答えることなく、

「そこは教える必要はない。感情は物語が進む上で勝手にキャラクターに積み重なるが、その理由は別に全てキャラクター自身に明かされている必要はないからな」

つまり言うつもりはないわけね。

「はぁ……まあいいけどさ」

どのみち、他人から教えてもらっていてばかりではいけないのだ。

この企画を利用してやろうと思ったのは、他でもない俺自身なのだから、自発的に動かなければならない。

そのための考える機会が増えたと思うことにしよう……そう俺は前向きに捉えることにした。


………………。

「"そういうことを再現させられるか心配になった"からじゃないんだよ……」

「"城木くんとそういうことになるかも"って想像しちゃった"から、恥ずかしかっただけなんだよ……」

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