mission 2-5

部屋を出てから、俺たちはまず生徒会室に向かう先輩を見送った。

こっちの活動のせいで、生徒会の仕事に支障が出ないかと心配したが、

「……大丈夫、ちょっと頑張ればいいだけ」

と言うだけだった。さっきまでの天然な印象とは打って変わって頼もしく見える。

支野は色々やることがあるらしく部室に残っていたので、帰りは必然的に俺と行宮、彩瀬川の3人になる。

「そういえば……」

並んで歩いていると、おもむろに彩瀬川が口を開いた。

「主人公役の城木くんはともかく、行宮さんはどうして参加しようと思ったの?」

……それを聞いてしまうのか……。

もっとも、行宮が素直に事実を述べるはずもない。

「……わ、私は、その、支野さんの言う"恋愛模様の体験"に興味があって……」

「そ、そうなの……ちょっとだけだけど意外ね……」

「私も、彩瀬川さんがこういう所に参加してるのは、ちょっと意外かな……」

「そ、そうかしら……」

「………………」

「………………」

なんだか2人の間に微妙な空気が流れてしまったので、俺が助け舟を出す。

「……というか、"俺はともかく"ってどういうことなんだよ……何度も言ったけど、俺はヒロイン役で参加を決めたんじゃないからな」

ここで会話に加わることは若干のリスクを伴うが、何とも言えない空気のまま歩き続けるよりはマシだろう。

「だって、あなたがイマイチ釈然としないことしか言わないんだもの……普通だったら、最初の言い訳を疑うところから始めるわよ……そうだ」

そこで何かに気づいたように、彩瀬川が言う。

「行宮さん、あなたって、城木くんと同じクラスなのよね?彼って、普段どういう人なの?」

俺は一瞬頭を抱えそうになった。

さっきから彩瀬川は、こっちが踏み抜いて欲しくないところを狙って踏みにいっているような発言ばかりしている。

……もっとも、会話の流れ的に不自然ではないし、彩瀬川自身に意図的に言っている様子が見えないので、彼女のことは責められないのだが……。

綾瀬川の質問を聞いた行宮は、少し考えるような顔をして、

「城木くんって、普段は冷静で、あんまり人に興味があるようには見えないけど、実はすごく周りに気を配ってるの」

話すことを決めたのか、ゆっくりと語りだした。

……というか、行宮は俺のことをそう見ていたのか。

「確かに、あんまりそういう風には見えないわね」

「……実は、私も気づくまでに時間がかかったんだけど、ある出来事があって気がついたの」

行宮が思い出すように話す。

「城木くんって、実は私の親友と幼馴染なの。池垣響ちゃんって知ってる?」

「ああ、知ってるわ。私のクラスだもの。明るくて人当たりのすごくいい人よね」

「うん、私もそう思う。その響ちゃんと私とお買い物に行ったときに、響ちゃんが城木くんを連れてきたの」

そこまで言われて、俺はあの時のことを思い出す。

確か、響とゲームをしていて、負けた罰として荷物持ちに駆り出されたのだった。

………………。


「もう、大地遅いよ!約束の時間からもう10分も経ってるじゃん!」

「すまんすまん、本当は自転車で来る予定だったんだけど、チェーン外れちまって仕方なく徒歩で来たんだよ……って、あれ?」

そこで俺は、響の横にもう1人、見たことのある顔がいることに気がついた。

「えーっと、こんにちは。確か、城木くん?だよね?同じクラスの」

「ああ、そうだけど……行宮、でいいんだよな?」

「うん。響ちゃんの幼馴染って城木くんのことだったんだね」

「あれ、2人は同じクラスなんだ?じゃあ紹介しなくてもいいね」

「一応して欲しいんだけど……俺は行宮のことあんまり知らないし、行宮だってそうだろ?」

「え、う、うん……」

急に話を振られたからか、少し戸惑っているように見える行宮。そりゃあ、親友の幼馴染とはいえまともに話したこともないしなあ。

「同じクラスなんだし、もう話したことあるのかなって思ったんだけど、違うの?」

「さっきのやり取りで察して欲しかったな、そこは」

「もう、仕方ないなあ。じゃあまずは大地からね」

………………。


「今年の春の話で、まだ良く知らない頃だったから、最初はちょっとだけ戸惑ってたんだ」

「言われてみればそんな感じだったな。響が自分の基準で判断するから、同じクラスならもうそれだけで仲良くなってると思い込んでたんだよな」

「確かに、池垣さんって誰とでも仲が良いイメージがあるわね」

そのイメージは間違っていない。響は人と仲良くなることにいつでも全力投球なので、自然と友達が増えていくのだ。

「それで、最初の方は私も城木くんも、響ちゃんを挟んで会話するみたいな感じだったんだ」

「だけど、途中で響ちゃんが用事があって少しだけいなくなっちゃう時があって、私と城木くんの2人になっちゃったの」

「そこで……ちょっと、困ったことが起きちゃったんだけど、城木くんが助けてくれたんだ」

「………………」

「へえ、城木くんもなかなかやるわね」

彩瀬川が少しだけ呆れたような目でこっちを見てくる。昨日今日でもう彩瀬川の中では俺はナチュラル八方美人キャラになってしまっているのかもしれない。

一方俺はというと、その詳細について思い出していた……そう、行宮が話さなかった部分についてだ。

………………。


「……暇だなあ」

「……そうだね」

「………………」

「………………」

行宮といざ2人になってみると、やはり予想した通り会話が続かない。

友達の友達みたいな関係性で2人きりになると大体こんなものだろう。

「響もなあ、女の子を連れてくるなら、せめて俺じゃなくて天にすれば良かったのに……ああ、天っていうのは妹なんだけどな」

「妹さんがいるんだ。でも、私は気にしてないよ?」

「俺が気にするんだ」とは言えなかった。

「女同士でないとできないこととかもあるだろうし、やっぱりその方が良かったと思うんだよな」

「でも響ちゃん、今日は服とかじゃなくて『新作デザートを見にきたんだー!』って言ってたよ?」

「そりゃあそういうの買いに来たんだったらさすがに俺を呼ばないだろうしね」

アクセサリー類とかならまだマシだが、下着とかを買いに行くのに俺を連れてきたのだとしたら、響を一生恨むだろう。

しかし会話が繋がってくれたのは幸いだった。

「それでもやっぱり色々とやりやすいだろう。例えば……思いつかないけど」

「ふふ、さすがに思いつかないことはないんじゃない?」

今日初めて行宮の笑顔をまともに見た気がする。単に直接会話する機会が今までなかっただけなわけだが。

「それこそ……ほら、恋の話とか……」

「ああ、そういえばそういうのもあったね」

俺は興味がなさそうな声を作って言う。

……響がいない時で良かったのかもしれない。

俺は、十数年以上の時を共に過ごしてきてなお、響へのこの形容しがたい思いを掴みきれていないままなのだった。

恋かどうか分からない。愛かどうかも分からない―――当たり前だ、そのどちらについても、それがどういう気持ちかがそもそも分かっていない。

だから、俺には参加資格のない話だった。

「言い出すくらいだし、行宮はそういう話をしたいの?ああ、あるにしても相手とかは言わなくてもいいけど」

俺は気持ちをごまかすため、行宮の方に話題を返した。

「うーん、私も今はそういう話はないかなあ。他の人の話を聞くだけでいいかなって」

どうやら行宮は浮いた話はないようだ。しかし、話し方から察するに、恋愛をする気がないわけではないようだ。

「そういう城木くんは―――」

その当たり前の返しに、どう応えたものかと身構えようとしたのだが、

「あれぇ、君めっちゃ可愛くない?」

「そこの冴えねー男なんかと一緒にいねーでさ、俺たちと遊ぼーぜ!」

絵に描いたようなチャラい男2人組が、行宮に声をかけてきた。

休日のショッピングモールにこうもあからさまに迷惑な奴がいることが許されるのか。正直かなり驚いている。

「………………」

……こうも落ち着いていられるのは、当の行宮が可哀想なくらい萎縮してしまっている様子を見ているからだろう。

しかし、さすがに放っておくわけにはいかない。このままだと行宮に何があるか分かったものではない。

「その辺にしとけよ。まさか彼女がいい気分をしていないことが分からないほど頭が足りてないわけじゃないだろ?」

敢えて挑発的に言葉を発する。これで矛先がこっちに向くだろう。

予想通り、俺に半ば馬鹿にされた格好の2人組は、分かりやすいくらいの憎悪の感情をこっちに向けてきた。

「なんだテメエ、調子乗ってんじゃねーぞ!」

「おめーみてーな野郎といるより、俺たちといる方が楽しいに決まってんだろ?分かったらとっととどっか行けよ!」

「調子に乗ってもいないし、どっかに行くわけないだろアホか。あと誤解があるようだから彼女の名誉のために言っとくけど、俺は単にクラスメートで別に何もないよ」

丁寧に言葉を返してみると、いよいよ言うことがなくなってきたのか、感情に任せた暴言を言い始めた。まあ最初から理性的でなどなかったが。

「馬鹿にしてんじゃねーぞオラ!」

「てめえさっきから喧嘩売ってんのか?舐めてんじゃねーぞ!」

……いい加減に鬱陶しくなってきたな。

これ以上騒がせると周りにも迷惑だし、行宮はますます萎縮してしまうだろうしで良いことがない。

俺は片方の男の腕を思いっきり力を入れて掴んだ。

「んだてめえ何触ってんだ……あだだだだだだだだ!!!」

元々体を鍛えていただけあって、単純な力には少し自信があったが、こんなに簡単に音を上げるとは思わなかった。

「……馬鹿にしてもいないし、喧嘩売ってきたのはむしろそっちだろ?別に買ってもいいぞ?」

「分かった!分かったから!離してくれ!」

問題ないだろうと思って離してやると、2人組は逃げるようにその場を後にした。

……と、思ったらすぐに警備員に捕まっていた。さすがに騒ぎ過ぎたのか?

そう思ったその時、

「蓮華!大地!大丈夫!?」

顔を真っ青にした響が走ってきた。どうやら響が警備員を呼んでくれたらしい。

俺も言われて行宮の方を見ると、放心したように座ってしまっている。

顔も若干赤い。ひょっとしたらショックで体調を崩しかけているのか?

「俺は大丈夫だよ。むしろ行宮が心配だ……行宮、大丈夫か?」

俺が声をかけると、行宮はハッとなって、

「……うん、大丈夫だよ、ちょっとびっくりしちゃっただけだから」

そう言って笑ってみせた。少しだけぎこちないが、大丈夫そうで何よりだ。

「蓮華、無理しなくても大丈夫だよ?今日はもう帰る?」

「大丈夫だって……城木くんが、追い払ってくれたから」

「そう……蓮華が大丈夫なら、いいけど……」

………………。


……ひょっとして、これが理由なのか?

思い返してみると、確かにあの時の行宮の様子は不自然だったと言える。まさかその時から感情に変化があったとは……。

とは言え疑問も残っている。俺のこの時の行動のどこに「すごく周りに気を配ってる」と判断できる要素があったのだろうか?

……考えても仕方がないのかもしれない。そこが例えば勘違いだったとしても、あの時の俺の行動が、行宮の感情を動かした事実に変わりはない。

俺は改めて、あの日響に着いていったことを後悔した。彼女の気持ちを否定するつもりはないが、今の状況に至る原因とも言えるこの出来事を恨まずにはいられない。

しかし、行宮が危険に晒された時にしっかり守れたことを考えれば、行って良かったとも言える。

……こうなることは必然だった、とは思いたくないものだ。

「それじゃあ、私はこっちだから……お互い、あんまり支野に振り回されないように頑張りましょうね」

門を出てすぐの分かれ道で、俺と行宮は彩瀬川と別れた。

どうやら彼女は、なんだかんだで真面目に企画をこなすつもりらしい。こういうところに性格が出ているなと思う。

彩瀬川の後ろ姿を見送りながら、俺は改めて胸を撫で下ろした。

彩瀬川を信用していないわけではないのだが、さっきの話から行宮の好意が透けることは避けたかったのだ。

俺にとってももちろん良くないのだが、何よりそれは、行宮にとって望ましくないことだろうから。

「………………」

「………………」

そして、また俺たちはあの時のように2人きりになってしまう。

あの時とは違う理由で、俺たちは言葉を交わし辛い。

「私は、」

そして、あの時と違い、口を開いたのは行宮だった。

「私は、あの日から、城木くんが好きでした……今も、もちろん好きなままです」

やはりか、という気持ちもあるが、それよりも行宮の声色に気がいってしまう。

覚悟を決めたように聞こえるその声は、あの日俺に気持ちを伝えてきた時とは違う、落ち着いた声だった。

「……間違いだった、なんて思っていません。今でも、この気持ちは正しいって、胸を張って言えます」

だから、と彼女は続ける。

「城木くんも……自分が『正しい』って思える気持ちを見つけて欲しいの」

「私も、城木くんに、自分の気持ちに応えてもらえるように―――答えを出してもらえるように、頑張るつもりだから……」

「だから、城木くんも、今回の支野さんの企画で、"答え"を見つけてね?」

そう言った行宮の顔は、笑顔だった。

眩しくはないけれど、暖かい笑顔だった。

瞬間、息が詰まりそうになる。

俺は、この気持ちを裏切ることになるのだろうか?

気持ちに答えを出すのだとしても、その先が怖かった。

「それじゃあ、また明日」

行宮は、そのまま先を歩いていってしまった。

行宮の気持ちの深さまで、俺は読み取れなくなってしまった。

あの出来事が、それほどまでに行宮の心を動かしたのか?

―――そんなわけがない、とは言い切れなかった。

というか、言い切ることはできないのだ。俺は行宮ではないのだから。

ただ一つ分かったのは―――行宮の気持ちは、しっかりとした理由の元に成り立っているもので、それはもう行宮の中では簡単には揺るがないものであるということだ。

だから、俺の責任は対応するように重くなる。

恋だの愛だのは分からない……分からないから、分からないなりに誠実に対応しなければならない。

前までの俺なら、ただ思い悩むだけだったかもしれない。

でも、今の俺には"手段"がある。

俺は、カバンの中に意識をやった。

そこには、支野から受け取ったROMが入っている。

「……本気で、取り組んでみるか」

馬鹿らしいと思っていたが、何のことはない、俺は俺で、目的のために踏み台にしてやるだけだ。

支野も、俺たちに他意があることは見抜いているような発言をしていたはずだ。

向こうがそのつもりでいるのなら、何も臆することはない。

「……まずは、勉強しろってことか……」

俺は、俺のため―――そして行宮のために頑張ろう。そう、決意を新たにした。

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