mission 2-4

「来たか。君で最後だ、城木」

放課後、一応急ぎはしたのだが、部室には既に俺以外の"登場人物"全員が揃っていた。

本当なら行宮は俺と同じクラスなので、ここに来るタイミングは同じになるはずなのだが、俺は片付けに手間取っていたのでその分の差が出たのだろう。

……というか、全員やる気ありすぎだろ……。

改めて全員揃ったことを確認した支野が、俺たちの方を向いて話し出す。

「昨日、君たちをこの企画に勧誘した。君たちは全員、私が相応しいと判断した逸材だ。私が言うのだから間違いない」

「君たちは間違いなく"ギャルゲーの登場人物"足り得る。そして、私の期待に応えるように君たちはこの企画に乗ってくれたわけだ」

別にお前の期待に応えるために乗ったわけじゃないんだけどな。

「昨日の今日で悪いが、早速活動を開始したいと思う。少し用意をするから待っていてくれ」

そう言うと、支野はちょうど起動が終わったパソコンを操作し始めた。何やら嫌な予感がする。

とは言え、「待っていてくれ」と言われてもやることがない。話す相手ならいるだろうが、正直今日会ったばかりの越智はまだ得体が知れないし、先輩は話しかけ辛い。それに……、

「………………」

俺がチラッ、と目をやると、行宮は若干緊張した面持ちで机を見ている。目が合わなかったことは幸いだった。

行宮は話しかけ辛い筆頭だ。昨日まともに会話したとは言え、俺たちの関係はあくまでも"告白をした側"と"それを断った側"なのだ。話せば思い出さずにはいられない。

(微妙な時間になっちまったな……)

いっそ、得体が知れないだけで恐らくは安牌であろう越智に話しかけようか。

……と、思ったところで、俺の隣に重苦しい空気が流れていることに気がついた。そうだ、こいつもいるじゃないか。

「……どうしたんだ、やたら元気がないな」

「……今になって思うけれど、昨日の私は冷静じゃなかったと思うの……」

俺の隣では彩瀬川が沈んだ様子で座っている。上手いこと支野の口車に乗せられたことには気がついたわけだ。

「別にやめてもいいんじゃないか?今ならまだ遅くないだろ」

「嫌よ……支野に借りを作りたくないし、そもそもここで逃げたら、それこそ自分の考えが足りなかったと言って回るようなものよ、それだけは嫌!」

俺の提案に対してそう言い切る彩瀬川。こいつの負けず嫌い―――と言うには若干語弊がありそうだが―――は、案外何か根の深いものなんじゃないかと思えてきた。

「しかし、結局俺も参加することにしてしまったし、説得力には欠けるか」

「そういえばあなた、昨日は迷ってるって言ってたのにどうしたのよ?やっぱり"ヒロイン役"を全員見て、心が動いたってことなの?」

彩瀬川がジトっとした目で追及してくる。

「……完全に間違いとは言い切れないな」

「何よその中途半端な言い方は……ひょっとして、私以外の2人のうちどっちかが関係してるの?」

「――――――」

……聞き方からして、別に実情が漏れているわけではないのだろうが、それにしてもヒヤッとしてしまう。

「……そうじゃないさ」

「ふうん……あんまり釈然としないけど」

「……これからそこそこの期間は顔を突き合わせるんだ。信頼できると分かったら、話すよ」

「……そう」

彩瀬川も察してくれたみたいだった。

俺が実情を話すのが先か、それとも俺なりの答えを見つけるのが先か……そこまでは分からないけれど、今はこれでいいだろう。

と、そこで丁度支野の準備が終わったようだった。

「待たせてしまったな。では、改めて話を始めたい」

支野が準備していたものが何なのかは分からないまま、話が始まった。

「君たちにやってもらいたいことは、昨日話した通りだ。私が現実でギャルゲーをプロデュースする。君たちにはその登場人物になってもらう」

「君たちもここにいるということは、どのような経緯があるにせよ、恋愛模様を体感することに多少なりとも興味があるのだろう?ここで『いいえ』とは言わせないぞ」

その言葉に反論する奴はいなかった。彩瀬川も先輩も何も言わない。

「……とは言え、私がいくら頭の中に存在する豊富なギャルゲーのプレイ経験をもってして環境を整えたとしても、君たちにそれを『さあこなしてみろ』と言ったところでできるとは思っていない」

それはそうだろう。彩瀬川や先輩は知らないが、少なくとも俺は経験がなさすぎて無理だし、行宮は相手が俺という点で難易度が上がっている気がする。

……何やら嫌な予感がしてきた。

「……時に君たち、家に自分用のパソコンはあるか?……ああ、越智はいい、知っている。アホみたいなスペックのが3台もあるんだよな」

予想していた質問が飛んできた。……というか、越智の奴は何者なんだ一体……。

運がいいのか悪いのかは分からないが、俺はある。周りを見渡すと、どうやら他の奴も全員持っているようだ。

「君たちは逸材だと思っている。だが、今から私が設定する環境で動く上では圧倒的に足りないものがある。それは"ギャルゲーの経験"だ」

アホなことを言い出した!正直予想できていた自分が恥ずかしくてたまらない。

しかし内容の非常識さを抜きにすれば、言いたいことの筋は通っている。ギャルゲーをなぞろうとしているのに、それを知らないのは確かに問題だ。

「そこで、君たちにはまず"課題"をこなしてもらおうと思う」

そう言うと支野は、DVD-ROMの入ったケースを4つ取り出した。

中に入っているCDには「これぞ!」という感じの可愛らしい女の子のイラストと、ポップな字体のタイトルが描かれている。

要はギャルゲーのROMだ。

「私としても手放すのは惜しいが、それを君たちにやろう。君たちはそれをクリアしてきてくれ」

「クリアと言っても、アクションゲームやRPGのように難しくはない。特に今回は、城木以外の3人―――つまりヒロイン役の3人―――は、特定のキャラのルートしかクリアしなくていい」

「ははあ、なるほどね」

そこまで聞いて、越智が頷いた。

「タイトルを見てからその話を聞いて理解したぜ。要はヒロイン役の人は、『自分と似た立ち位置のキャラのルートだけやれ』ってことだな?」

「さすがに越智はギャルゲーのことばかり考えて脳みそがとろけているだけある。察しがいいなその通りだ」

「今の前半の台詞いらなくない!?」

支野の言うことに頷けてしまうが、そう言う支野もおそらく大概ギャルゲーのことばかり考えていると思う。

「越智が今言った通り、行宮には"幼馴染キャラ"を、彩瀬川には"ツンデレお嬢様キャラ"を、会長には"ミステリアスな生徒会長キャラ"を攻略してもらう」

「そもそも全キャラ分攻略していたのでは時間がかかる。私なら寝ずにやれば1日だが、君たちに徹夜を強いるわけにはいかないからな。だから物語を読むのは1キャラ分だけでいい」

「しかし、ただ物語を読むんじゃだめだ。いい雰囲気の時に、主人公が、そしてヒロインがどういう行動や言動をしているのかを考えながら楽しんで欲しい」

どうやら支野は、企画を始めるにあたってかなり入念に事を運ぼうと色々考えてきたようだ。計画がやけにきっちりしているのはそれが理由だろう。

とは言え、計画がしっかりしていることと、それをちゃんと遂行できるかは別な問題なわけで……、

「"考えながら楽しむ"って……あんた無茶なこと言うわね」

もっともらしいことを彩瀬川が言う。そりゃあ、そもそも未知の領域のものをやらされるのに、キャラの行動の仔細を考えながら楽しむなんて、かなりの無理難題に聞こえる。

しかし、彩瀬川の文句に支野は臆するどころか、むしろニヤリと笑い、

「安心しろ。今渡したものは全て名作の中の名作に値するものばかりだ。そんな難しいことを考える余裕などなく、自然とキャラクターのことを考えるようになるさ。だから"必ず"楽しめる……そう保証しよう」

自信満々に言い切った。

「わ、分かったわよ……」

そうまで言われては仕方ないと思ったのか、彩瀬川もあっさり引き下がる。ひょっとすると意外とこいつもやる気なのかもしれない。

「……質問」

今までじっとROMを見つめていた先輩が初めて口を開いた。

「……私、ミステリアスなの?」

「え、それ今聞くんですか?」

生徒会で支野が先輩を勧誘する時も、散々ミステリアスミステリアス言っていたというのに……。

「というか会長、あなたがミステリアスでなかったのなら私は誰を勧誘すれば良かったんだ……」

珍しく支野が呆れていた。天然気味な会長とは若干相性が悪いのかもしれない。

「……あ、思い出した……そういえばミステリアスって言われてた……」

「あ、やっぱり言われたことあるんですね」

今日ここに来て初めて行宮の声を聞いた。というか行宮も先輩のことはミステリアスだと思っていたらしい。

「ちなみにどこで言われたんです?」

「……昨日、生徒会室で」

「私じゃないか!」

何の裏付けにもならなかった!

「……あと、美人とも言われた気がする……そうなの?」

「さすがにそれは間違いないんじゃ……」

自分で口にしてから、俺は昨日と同じ過ちを繰り返したことに気づいた。

……俺は別に歯が浮くような台詞を言うような人間じゃなかったはずなんだがなあ……。

「………………」

「………………」

そして行宮の何とも言えない目線が痛い。

彩瀬川に至っては完全に呆れた目でこちらを見ている。

幸いなことに会長自身はあまり気にしていないようだった。

「……ま、まあとにかく、今の流れで分かった通り、あなたはミステリアスなのだよ、会長」

「……分かった。私はミステリアス」

最早その印象は少しずつ崩れ始めているのだが、突っ込んでいても話が進まないので流すことにする。

「他に質問がある人は?」

「あるよ。さっき『城木以外』って言ってたろ。俺はどうなんだ」

「ああ、忘れていたな」

そう言うと、支野は残った最後のROMを俺に渡してきた。

「君はそれをコンプリートしてきてくれ。少しくらい時間がかかってもいい。あとは他の3人と同じだ」

「……それはまた、随分と無茶を要求するな……」

そりゃまあ、一応主人公をやるのだし、話の流れとしてはそうなるだろうけれど……。

「一応配慮はしているんだぞ?ヒロイン役3人に渡したやつは、それぞれコンプリートしようと思うとかなり時間を食うやつだが、君のそれは若干ボリュームを抑えたやつにしてある」

「それはありがたいけどなあ……」

まあ、俺に限っては時間にゆとりを持たせてもらえているようだし、これ以上は文句を言っても仕方がないか……。

「そういえば俺は?」

ここまで何も言われていない越智が口を開く。

「お前はサブポジションなんだからさっきまで言ってたような課題は必要ないし……じゃあ……」

そこから先は何を言っているのか良く分からなかった。分かる奴同士で専門的な用語を使っているからだろう。

「……をやってきてくれ」

「丁度俺が持っているけどやってないやつばかりだな。分かった、早速やってくるぜ!」

「今日はやることもあまりないし、そんなにやりたければ帰ってやっててもいいぞ」

「マジか!」

支野の言葉を聞いた越智は、荷物をまとめると、挨拶もそこそこに部屋を飛び出していった。

「あいつ何しに来たんだ……」

「ちなみに、彼にはどういうのをやらせることにしたのよ?」

彩瀬川が聞いたことは、俺も興味があることだった。

「簡単だ、全部友人キャラが出しゃばったせいで主人公やヒロインがロクな目に合わないやつばかりだ」

「ああ、そういう……」

あれだけ主人公役を狙っていた越智には効果覿面だとは思うが、こいつは鬼だと思う。

「ヒロイン役の3人はともかく、どうせ城木は明日にはコンプリートできないだろう。でもそれでいい。ちょうどいいことに明後日から連休だ」

「明日もここに集まってくれ。明日は一応今後こなしていこうかと考えているイベントの話とかをしようと思っている」

「連休が明けたら、君たちに実際に動いてもらおうじゃないか。では今日は早いが、解散としよう」

初日だからなのか、あっさりとお開きになった。しかし、今後のことを考えると既に若干気が重くなっている自分がいる。

俺は手元のROMを見つめる。

たった1枚のROMが、今は非常に重たく感じられるのだった。

(連休、あんまり潰したくないなあ……)

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