mission 1-4
生徒会室を後にして、元の部屋に戻ってきた。
……実は、生徒会室でのやり取りには少しだけ続きがあった。
「ところで」
支野は、先輩の参加を正式に取り付けた後、雅幸の方へと向き直った。
「君も面白い人物だな。どうやら城木の友人のようだが……どうだ、この企画に参加してみないか?」
支野は、雅幸を登場人物として勧誘しようとしたのだった。
もちろんヒロイン枠ではなく……、
「支野さんの中で、主人公は大地に決まっているようだし……俺は友人キャラとして誘われてるのかな?」
「察しが良くて助かる。君には"主人公の友人"キャラをやってもらいたい」
"主人公の友人"、というポジションの登場人物にどういう資質が求められるのか分からないが、支野の眼鏡に適ったらしい。
まあそもそも、"主人公"に求められる資質についても良く分かっていないわけだが。
「参考までに聞きたいんだけど、どうして俺がいいと思ったのかな?一応俺の記憶が確かなら、まともに話すのは今日が初めてだと思うんだけど」
確かに、雅幸とはそこそこ長い時間を一緒に過ごしているが、支野と会話しているシーンは見たことがない。
雅幸の問いに対して、支野は、
「君からは、私と似た匂いを感じた。しかし"似ている"だけであって、明確に異なる匂いだ」
こんなことを言い出した。
「どこが似てるんだよ……」
支野と似ている奴なんか見つける方が難しいだろう。
「人間性の話ではない。人間関係を考え、更に考えた上で行動する時の指針が恐らく似ているのだろうと感じたんだ」
しかし、俺の軽口に対して、支野は大真面目に返した。
「『行動の指針』?」
「そうだ。何となく感じているだけで明確な根拠はないが、彼は私と同じで裏方に回りたがるタイプの人間だ」
「しかし私と違うところは、私は完全に裏から傍観をしていたい性質なのに対して、きっと彼は実働派だろうということだ」
そこまで言われて、何となくだが支野の言いたいことが伝わってきた。
つまりは主人公とヒロインの恋愛を邪魔しないで、かつ話を進ませることのできるキャラクターが欲しいということだろう。
そうなると、さっき支野が言ったような人物が望ましいことになる……支野の推測が正しければ、まさに雅幸がそれに当てはまるわけだ。
「なるほど……さすがに才媛だね。概ね間違っていないよ。会ってすぐなのにそこまで見抜かれるとはね」
「お褒めにあずかり光栄だ。で、参加してくれるかな?」
口ぶりからすると、雅幸に対する分析は割と的を射ていたらしい。こいつ本当に怖いな……。
支野の直球な勧誘の言葉に対して、雅幸は、
「こっちとしても光栄だけど、俺は断らせてもらうよ」
意外とあっさり断ってきた。今までがおかしかっただけで、これが普通なのだろうけれど。
「何故だ?さっき言った私の考えが間違っていないのなら、君はこういう時には裏で動きたがる人間なはずなんだが……」
「どうしてそんなに会ったばかりの奴に対して自信満々になれるんだ……」
こいつの神経の図太さはどうかしてると思う。
「"概ね間違っていない"と言っただろう?大体は合ってたけど、一つだけ決定的に違うんだ。俺も参加しないで見ていたいタイプの裏方なのさ」
「ああ、なるほどね……」
それなら友人キャラは無理だ。プレイヤーと同じ立ち位置のキャラクターが物語にいても、毒にも薬にもならない。
……段々と、ギャルゲーに対して知識が深まってきている気がする……何とも言えない気持ちだ……。
「そうか……そこまでは読めていなかったな。まあ仕方ない。無理強いするつもりは元々ない。友人キャラは他に一応候補を用意してあるんだ」
支野はあっさりと引き下がった。というか友人キャラすら用意してあったのか……どんだけこの企画に執念を燃やしてるんだ……。
「話に付き合ってもらって感謝する。それと、いきなり訪ねてきて悪かったな。今日はこれで失礼する」
そう言うと支野は、会長に彩瀬川に言ったのと同様の待機指令を出して生徒会室を出て行った。
去り際に俺に、
「さっき言った友人キャラ候補の奴に一応声をかけてくるから、君は先にさっきの部屋に戻っててくれ。ああ、一応あの部屋は部室ということになっているからな」
そう言って先に行ってしまった。俺は生徒会室に取り残された格好になる。
「大地が主人公ね。やっぱりなかなか面白い展開じゃないか」
「だからまだ決めてないって……というか、お前が参加してくれたら少し気が楽だったのに……」
俺が恨み節を口にすると、雅幸は、
「さっき誘いを断った時の話なんだけど、本当は別な理由があったんだよね」
こんなことを言い出した。
「支野さんの言っていたことは本当に間違っていないよ。俺はどちらかというと恋愛の表舞台に立ちたいタイプじゃない。裏で見ていたいタイプだ」
「しかも、さっき俺は嘘を吐いたんだ。彼女の言う通り、俺は見ているだけじゃなくて、裏で色々と当人達のために動きたい性質だよ」
「お前……涼しい顔でしれっと嘘吐いてたのかよ……」
「あはは、まあ許してくれよ。と言っても、別に支野さんに言ったりはしないだろう?」
「まあそうだけどさ……」
今更ながら我が友人が怖い。
「というか、言わない方が彼女のためかもね」
と思ったら、急に意味深なことを言い出した。
「どういうことだ?」
俺の問いかけに対して、雅幸が語りだす。
「彼女は『傍観者でありたい』と言った。だから裏から、いわゆるギャルゲーのワンシーンのような出来事を観察したいということだ」
「そして、彼女はそれに裏から"干渉"し、自らの企画で、自らの選んだ登場人物の恋愛模様を見たい、こう望んでいる」
「でも、それは最早"傍観者"じゃない、だから根本から間違ってるのさ、こういうことは、あんまり本人には言うべきじゃないだろう?」
「――――――」
「俺が勧誘に乗らなかったのはそういうことさ。乗ってしまった時点で、完全な傍観者になるのは無理だよ」
「そして、裏方として動くにしても、"登場人物"として出てしまったら、それはもう裏方ではない、ということさ」
「彼女、企画について話してくれているときにも何か引っかかるものを感じたんだけど……こっちはちょっと読み取れなかったな」
雅幸はそう締めくくった。観察眼の鋭さが光っている。この点では支野は先んじられているようだ。
……ん?ちょっと待ってくれ?
「……つまり、俺らを観察する気は満々ってことかよ……」
「あ、気づいちゃった?」
雅幸はニヤリと笑った。しかし俺にそれを止める術はない。
……まあ、まだ俺が主人公とは決まってないんだけれど。
「はあ……まあいいさ。俺がどうなるか分からねえけど、見る分には面白いだろうし、いいんじゃねえかな」
「そうだね、そう思ったから断ったんだしね」
これ以上話していても疲れるだけだし、支野の用事がそこまで時間がかかるものでもないだろうということで、さすがにそろそろ戻る事にした。
部室に戻る途中、雅幸との会話を思い出していた。
『でも、それは最早"傍観者"じゃない』
「矛盾してるってことか……」
傍観者であろうとしながら、そのために奔走することそのものが、傍観者であることを放棄していることになる、ということらしい。
言われてみればなるほど、理屈は通っている。
でも、理由は分からない。単に気がついていないだけなのか?
それとも……、
「本当は、登場人物になりたいのか……?」
しかしだとすると、今度は支野の頑ななまでの裏方意識と相容れない。
……考えても、今はまだ答えの出ない問いなのかもしれない。
俺はまだ支野のことを知らなすぎる。こんな踏み込んだ内容を考えること自体がナンセンスなのだろう。
そんなことを考えている内に、映像研究部の部室に戻ってきた。
中に入ると、予想に反して支野が1人で座っている。
「あれ?友人キャラ候補はどうしたんだ?まさかそっちにも断られたのか?」
そう聞くと、支野は「まさか」と首を振り、
「ポジションに関しては不満そうな様子を見せていたが、こっちが『可愛い女の子と合法的に近づけるぞ』と唆したら一発だった」
こう笑ってのけた。どうやら勧誘はうまくいったようだが……、
「随分軽薄そうな奴に聞こえるんだが……」
「いいんだ、軽薄で。友人キャラが主人公より魅力的に映ってしまう場合もあるが……それで負けないような主人公ならともかく、相対的に主人公がショボく見えては元も子もない」
「だから友人キャラには、"魅力的なんだけれども表舞台に積極的に出てこない"か、"いい奴だけれども恋愛関係に発展することはまずなさそう"というような人物を選定したいと考えていた。そういう意味ではあいつは後者に相応しい」
まだ会ったことはないが、その友人キャラ候補の人物に同情を禁じえない。
「ここに居ないのは、別に今日中に君に会わせる必要がないと考えたからだ。今までのヒロイン候補と同様、待機するように言っておいたのさ」
「ああ、そういうことか」
しかし、それだと再度ここに俺を誘導した意味がないのではないか?
「じゃあ、何で俺をまたここに呼び戻したんだ?今後について具体的な話とかか?」
それをしようと言うのなら、俺は今度こそはっきりと自分の今のスタンスを支野に話そうと思っている。
あくまでも俺は支野の話を"聞いてみる"だけだ。それを全て聞き終えて、それから"主人公役"を引き受けるかどうかは別の話だ。
……というか、普通に考えれば受ける方がおかしい。ヒロイン候補を2人勧誘する場面を目の前で見てもなお、その感性はありがたいことに俺の中に残っている。
それに、やはり頭を掠める事実が1つ。
(今の俺がこの企画に乗ることは、彼女への裏切りになるんじゃないか……?)
俺に告白してくれた彼女。
そして、それを"断った"俺が、果たして恋愛の真似事を進んでしようとしていいのだろうか?
………………、
「城木くんのことが好きです」
彼女からそう告げられた時、俺は文字通り頭が真っ白になっていた。
彼女の気持ちにどう答えればいいのか分からない。
安易に受け入れるのが正しいのか、すっぱりと断るのが正しくないのか。
そして、自分の気持ちも分からない。
告白された自分が、どう考えているのかが、何も分からなかった。
だけど、何とか考えをまとめようとしていた自分の頭の中にまず浮かんできたのは、彼女のことでも、自分のことでもなく―――
『大地』
―――なぜか、この場において全く関係のない、幼馴染の顔だった。
ここであいつのことが浮かぶということは、俺はあいつのことが好きなんだろうか?
でも、それは違うのではないか。
俺は恋愛が分からない。分からないけれど―――少なくとも、この感情がそういう類のものとは違うんじゃないか―――なんとなくそんな気がしている。
今あいつのことを考えている。というか、事前に頭が真っ白になっていたせいで、ほぼあいつのことしか考えていない。
でも、胸の高鳴りとか、高揚するような感覚はない。
だけども、それは俺が"知らなすぎる"だけなのかもしれない。散々考えても、結局分からないままだった。自分のことすら分からないのだ。
「あの……迷惑、でしたか?」
彼女の声に、ハッと我に返る。
返事をしなければならない。
自分なりに考えて、返事を―――
「……俺は、恋愛っていうものが良く分からないんだ」
「………………」
「今君に告白されて、本当なら"嬉しい"だとか、"悪いけど他に好きな人がいるんだ"とか、そういうことを思うはずなんだと思う」
「だけど、今の俺には戸惑いしかないんだ。それはいきなり君に告白された、っていうことが原因じゃない。もっと土台の問題なんだ」
俺が、恋愛というものについてしっかりと考えられていない。
周りにいる、「可愛い子と付き合いたい」とか、「彼女はこういう人がいい」とか軽く語り合っている奴らよりも、きっと考えられていない。
つまりは―――
「俺は、恋愛に対して"幼稚"なんだ」
「人を好きになることが良く分からない……このまま人と付き合ったら、きっとその人を傷つけてしまうことになる」
「だから、こんな状態では、君と付き合うことはできない、って思う」
「………………」
「だけど、」
俺の言葉を聞いて、より俯き度合いを深めてしまっている彼女に対して、俺は続けた。
「こんな状態だから、俺は多分他の奴と当分恋愛はできない」
「もし少し経って、俺が恋愛っていうものを少しは理解できて―――その時君が、まだ俺のことを好きでいてくれたら……ちゃんと返事をする」
さすがにその時の俺の気持ちまで保証はできない。けれど、その時が来たら、俺はちゃんと彼女の気持ちに対して答えを出さなければならない。
「もちろん、それまでに気持ちが薄れたなら、他の人を好きになってくれても構わない。というか、そうなるのが普通な気がするよ」
そして、もし仮に俺がその時になって彼女の気持ちを貴重なものとして受け止め始めたとしても、彼女次第でそれは無かったものにすることができるということを補足しておいた。
しかし、綺麗な言葉で繕ってみても、そのメッキを剥がしてみれば何のことはない。
俺は"保留"して、"逃げた"だけだ。
自分の未熟さを理由にして、答えを出せない問題から逃げ出しただけだった。
しかも逃げ出しただけではない。一時的にだが、答えの責任を彼女に押し付けて逃げたのだ。
最低だった。
だけど、これしかできなかった。
そんなことしかできなかったなら、そうなりにできることをしていかなければならないし、言葉の責任を取らなければいけないはずだ。
それは、彼女の気持ちを受け止めることを選ばなかった、俺の負う義務のようなものだった。
そんな義務を果たす中で、この企画に乗るという事実は許されることなのか?
今、分からないなりに俺が真摯に向き合わなければいけないはずの相手は、1人―――あるいは多くても、もう1人―――ではないのか?
そう考えれば、支野が俺を主人公役と決めつけて話を進めているのだとしたら、早く是正しなければならない。
しかし支野は、
「何のことはない。ヒロイン候補のうち、"幼馴染キャラ"は最後に、と言っていたはずだな。その人物がもうすぐここに来る」
「………………」
そうか、そういえばそんな話だった。
「言ってあったと思うが、メインとなるその人物はまさしく"幼馴染キャラ"として相応しい適正を持っている。私が保証しよう」
「お前の保証がどれだけ信頼性があるかは分からないけどな……」
確かに支野は言っていた。どうやらそのメインとなる人物は、彼女が相当自信を持ってヒロインとして推している人物のようだ。
会ってその日にこういった感想を抱くのもなんだが、彩瀬川も檜ノ本先輩もとても尖った人物だった。そこから考えると、支野の言う"王道"とは、本当の意味でのそれなのだろうと思う。
しかし、最早そこに対して何も思うところはなかった。さっきまでは、少しは支野の話に興味を持って聞いていたはずだったのに。
一度、自分の置かれた立場を考えてみると、参加することはもう考えられないくらいの気持ちになっているのだった。
と、その時、
コンコン
「どうやらおでましのようだ」
支野が扉の方へと向かう。どうやらそのメインヒロイン候補の人物がこの部屋に到着したようだ。
部屋の外に出て、本人であることを確認した支野が戻ってくる。
「見て驚けよ城木。人当たりが良くて見た目も可愛らしい。その上お茶目さ穏やかさ色々兼ね備えた人物だぞ」
「幼馴染役では勿体無い、学園のアイドル役なんかでも十分通用するくらいの逸材だ」
自信満々に言う支野。自分のことでもないのになんでこんなに誇らしげに言えるのだろうか……。
……まあ、いい。
そのメインヒロイン候補を見届けて、俺は正式にこの場から立ち去ろう。
それが、彼女への礼儀だろう。
「よし、では入ってくれたまえ」
「"行宮蓮華"くん」
そう、それが行宮蓮華への―――
「えっ?」
「し、失礼します。私、行宮蓮華といいますっ、よろしくお願いします!」
「あ、あの、まだ私詳しい話は聞いてないんですけど―――」
目が合って、彼女の時が止まった。
俺の時は、彼女が部屋に入ってくる前から止まっていた。
行宮蓮華。俺のクラスメート。
支野ほどではないが長めの茶髪に、小柄な体格、それに見合った大人しそうな雰囲気の女の子。
彩瀬川は気の強そうな釣り目気味の目をしていたが、彼女の場合は逆に少しタレ目気味の目をしている。
総じて、全身から友好的な雰囲気を感じさせる人物だ。
そして―――俺が、告白された人物でもある。
「彼女が"メインヒロイン"にして、"幼馴染キャラ"候補だ」
「見たまえよ、このほんわかした雰囲気と、明らかに平均を上回る容姿、しかし常識のレベルから逸脱はしきっていないという絶妙さだろう!」
「この、"多数から好意を受けやすく、そして多数に好意を与えやすい"キャラクターに目をつけたわけだよ!」
支野が熱く語っているが、そんなことは全く耳に入ってこない。
一方の行宮も、部屋に入ってきた時の緊張感が、別な意味のそれに変換されているようだった。
「し、城木くんも、もしかして支野さんに誘われて……?」
「あ、ああ、そうなんだ……行宮も、なのか?というか、今支野が言ってたか……」
「う、うん……私も詳しくは聞いていないんだけど……」
「なんだ、2人とも既に知り合いなのか?」
そりゃクラスメートなんだからそうに決まってるだろう。そもそもが支野ともクラスメートなのだから、こいつが知らないわけがない。
しかし、さっきまでなら軽く突っ込みを入れていたはずだが、そんな言葉すら喉の奥に引っかかってしまっている。
「というか、支野……行宮はよく経緯をしらないらしいじゃないか……説明しとけよ……」
しかし、やっとの思いでこの場の展開を進める言葉を捻り出した。
「ふむ、そういえば説明していなかったか。じゃあ簡単に話そう」
そう言うと支野は説明を始めた。
彩瀬川の時のようにふざけた説明の仕方でなかったことだけは感謝したい。
しかし、支野が詳細を説明するということは、すなわち俺が受け入れるかを迷っているこの企画の詳細を行宮が知ることになるということだ。
それを知ったとき、行宮はどう思うんだろうか……。
「……あの、聞きたいことがあるんです」
「ん、どうした?」
全てを聞き終えた後、行宮は支野に質問をした。
「いえ、支野さんにじゃなくて……」
……と、思ったら違うようだ。
……俺に?
「城木くんは、"まだ参加するかどうか迷っている"って聞いたんですけど……」
そう。一応、俺の無言の圧力の結果、支野が俺の現状についてそう説明してくれていた。
「城木くんは……これで、参加する、所謂"ヒロイン役"の人について、全部分かったと思うんです」
「その上で……城木くんは、この企画に参加するんですか?」
そう、聞いてきた。これならば、ある意味詰問される方がマシだったかもしれない。
―――なぜこんな企画に参加しようとしているのか。
―――恋愛が分からないなんて、嘘だったんじゃないか。
そんな風に問い詰められれば、まだ弁解することくらいはできた。
でも、この単純な問いは―――
さっきまで、参加しない方向にシフトしていた俺の気持ちは、こうも簡単に揺らいでいる。
"メインヒロインが行宮だと判明したから"―――それが理由に決まっている。
行宮に惹かれているから?そんな"答え"が出ているなら、こんなに苦労はしていない。
ここで迷っていた俺が「参加しない」と決断を下すこと―――それは、行宮を傷つけることに他ならないのではないか?
俺から間接的に拒否されたと感じるとしたら、一度猶予をもらったと考えていたはずの行宮はどうなる?
そう、考えた俺は―――、
「……受けるよ」
「ヒロイン役が誰だ、とか、そういうのは関係ないけど、俺も、支野の勧誘を受ける」
そう、絞り出すように、しかし絞り出したことは悟られないように口にした。
結局俺は、また逃げた。
"行宮を傷つけるから"という大義名分で、本来の"行宮の想いを裏切るかもしれないから"という理由を上書きしたのだ。
「そうか、ようやく引き受けるようになってくれたみたいだな、口では違うと言ってはいるが、私の選んだヒロインの人選が心を動かしたということか」
そんな軽口を言っている支野を睨んでやろうかと目線を向けて、
「――――――」
俺は息を呑んだ。
軽口を叩く支野がこちらに向ける目は、厳しくはなかったが、全てを見透かしているような目だった。
……恐らく、詳細までは伝わってはいないだろうが、俺が"行宮に対して何かしら配慮をしたことで"この企画に参加することにした、というところを見透かされたのだろう。
そんな俺の考えなど知らないだろう支野は、俺の方から視線を外すと、行宮に改めて向き直った。
「質問が終わったのなら、改めて聞こうじゃないか。行宮、君はこの企画に参加してくれるかな?」
意外にも、行宮に対しては今日初めてになる質問をする。
そのシンプルな―――しかし、今後を左右する問いに対して、行宮は、
「……私が務まるかは分からないですけど、よろしくお願いしますっ」
そう、少しだけまた緊張したように答えた。
……普通の人が聞けば、十中八九「馬鹿らしい」と一笑に付されて終わりのこの勧誘が、上手くいったのは……、
(自惚れかもしれないけど、俺が"主人公"になることを決めたから、なのかもしれないな……)
もう、決まってしまったことだ。
こうなれば、この"主人公とヒロイン"という立場と上手く付き合いながら、彼女とのことを考えていくしかない。
プラスに考えることにしよう。そうすれば、一見馬鹿らしく見えるこの企画も、少しくらいは楽しめるかもしれない。
そうすれば……、
(そうすれば、俺も少しは恋愛のことが、分かったりするのかな……)
少しだけ、そう期待できたりもした。
「大変嬉しいよ、城木、そして行宮」
支野は、三度同じセリフを繰り返す。
「君たちの恋愛模様を見ることができるのを非常に楽しみにしているよ」
「明日から早速始動になる、また放課後はここに集まってくれ。今日は解散だ」
俺は、恋愛が分からない。
分からないけれど―――どうやら無理やりその"恋愛"をさせられることになるらしい。
俺はその"恋愛ごっこ"を通して、本物を理解することができるようになるんだろうか―――
それとも、その偽物が、本物になるんだろうか―――
今の俺には、まだ何も分からない。
その状態だけが、変わらずに残り続けていた。
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