mission 1-3
彩瀬川に"全ての主要な登場人物が確定するまで待機"と告げた支野は、善は急げとばかりに生徒会室へと歩を進めていた。
俺も、「ここまで来たら最後まで行ってやろう」と思い、支野の後を付いていくことにした。
「候補に挙げるくらいだし、一応会長と関わりはあるんだよな?」
檜ノ本先輩は別に取っ付きにくいという評判があるわけではなかったが、関わりがないので正直良く分からない。
俺の当然の疑問に対して支野は、
「何を言ってるんだ。そんなのないに決まってるだろう」
こう言い放ちやがった。
「何故そんなに偉そうなんだ……」
「別にいいじゃないか。話をつけるのは私だ。君は主人公らしくどっしり構えていたまえよ」
既に支野の頭の中では俺が主人公になることは確定しているらしい。もちろんそんなことはない。
「まあいいさ……とりあえずやってみるだけやってみようって話だったもんな」
「そうだ。それに、別にミステリアスな生徒会長キャラにこだわりがあるわけではないしな」
そのくせツンデレキャラはねじ込もうとしていたのだから、こいつの考えていることは分からない。
「なんなら、今日存在が明らかになった君の幼馴染を選抜してもいいぞ」
「………………」
それだけは、
それだけは、やめて欲しい。
「……幼馴染はもういるって話じゃなかったか?」
「む……そうだ、とっておきの幼馴染役を用意してるんだった」
しばらく悩んでいたようだったが、やがて、
「……さすがに、本物の幼馴染を幼馴染役と共存させるのは酷だな」
と言って諦めてくれた。
……本当に助かったと、心から思っている。
「まあ気を取り直して、生徒会室に乗り込もうじゃないか」
「乗り込むって……完全に悪役だな」
「失礼な事を言うな、君は……むしろ革命家の方が近いだろう」
どの道体制に害を与えているのでこの場合は大差がない。
と、アホなことを考えているうちに生徒会室にたどり着いた。
ちなみに俺は当然ながら、生徒会に馴染みがあるわけではない。
檜ノ本先輩はおろか、他の生徒会役員の顔すら一人も……、
……知っている奴が一人いることを思い出した。
「じゃあ早速行こうじゃないか」
しかし、それをここで言ったら、どう考えても俺の負担が増えるだけなので黙っておく。
ガラッ
「失礼する、檜ノ本悠会長はいるか?」
俺が会長ならこの時点で追い出してる。
続いて入室すると、まず整理整頓された棚とデスクが目に飛び込んできた。
支野の居た部屋も大概小奇麗にしてあったが、ここは部屋主の性格が反映されているような整いようだ。
そして、その部屋主と思われる女生徒が中央の椅子に座っていた。
檜ノ本悠生徒会長だ。
なるほど、評判通り綺麗な人だ。
加えて、ともすれば無礼ともとれる支野の突然の来室にも全く驚かずに書類に集中している。
落ち着いているという見方ができるが、この場合はこの後一筋縄ではいかない可能性が高まったことを危惧した方が良いだろう。
そして、この部屋にはもう一人の役員がいた。
「あれ……大地じゃないか。どうしたんだい、こんな所に来て」
秋島雅幸。俺の数少ない友人だ。
俺と同様取り立てて特徴のない人物ではあるが、こうして生徒会の役員を務めている時点でそうは言えないのかもしれない。
「自分が働いてるところを"こんな所"呼ばわりかよ……」
「いやあ、実際、役員じゃない人からすればつまらない所だろう?」
それもそうだが。
「今日は他の役員の人はいないんだな」
「まあ、毎日毎日激務ってわけでもないしね。今日は目を通さなきゃいけない書類があるくらいで……」
と、途中で言葉を区切ると、雅幸は檜ノ本先輩の方を向いた。
檜ノ本先輩はさっきから変わらず、手元の書類に集中している。
……さっきからページが動いていない?
「ほら会長、起きて下さいよ。良く分からないけどお客さんですよ」
「!」
雅幸が目の前で手をパンパン叩くと、跳ね上がるように檜ノ本先輩が反応した。
この人寝てただけかよ!
「………………」
完全に寝起きの顔のまま俺たちの方を向いた檜ノ本先輩は、
「……おはようございます」
ゆっくりと挨拶してきた。
「お、おはようございます」
釣られて返してしまった。いや、別に悪いことではないが。
「……はっ」
しばらくして目が覚めたのか、先ほどよりほんの少しだけ目が開いた状態になった。
「あなたは覚えている……2年の支野真夏……」
さすがに支野のことは知っているようだ。そりゃあ知名度だけは抜群だしな。
……というか、この人はデフォルトでこの喋り方なのか。
「ふむ、覚えていただいているようで光栄だ」
「……というか、あれで覚えるなという方が無理……」
お前はいったい何をしたんだ……。
「今日は"部として"生徒会に用があって来た」
"部"?
「なんだい大地?今更部活に入ったのかい?」
「いや、そんな覚えはないが……」
その言葉を聞くと、支野は俺の方を振り返って言った。
「ああ、言い忘れていたが、私達はこれから映像研究部として活動していくことになる」
「別に予算を請求しようとは思っていないし、映像研究をする気もないが、活動する上で正式な所属があった方が色々やりやすい。ぶっちゃけ隠れ蓑だな」
生徒会を目の前にこうも本音をべらべら喋るこいつは本当に大物だと思う。
"さすがにまずいのでは"……と思い生徒会サイドの方を見ると、雅幸は苦笑いしていた。
「驚く気持ちは分かるけど、こっちはもう慣れてるんだよね」
どうやら以前もこういうことをやっていたらしい。大物というより命知らずなだけのようだ。
「……どうせ、不許可にして締め付けようとしても、のらりくらりとかわしてくるだけ……」
「……それだけならいいけど……単純に再提出してくるだけじゃなくて……段々と指摘箇所がなくなってくる……」
「……そうやって手続きの回数を増やして負担を増やすくらいなら、早めに諦めて認可する方が賢い……」
ゆったりとしたトーンで語ってくれた先輩。支野を相手にしなくてはならないという点で非常に気の毒なわけだが、その前提から考えるととても賢い対応に感じる。
どうやら支野と生徒会の間に過去あったこととはそういうことのようだ。
「話の分かる生徒会で、私も大いに感謝しているところだ」
皮肉にしか聞こえないが、本人にはそんな気は全くなさそうに見えるし、生徒会側も不快に感じている様子はない。
恐らく迷惑になる一線は越えないように立ち回っているのだろう。その器用さには恐れ入る。
「というわけで、課外活動の申請に来た」
支野が先輩に申請書を渡す前に、一応確認をしておいた。
さすがに申請書に堂々と"恋愛模様を観察するためにギャルゲーの真似事を課外で行う為"とは書いてなかった。
そりゃあ教員も見る書類だし当然だろう。俺が気になっていたのはそこではない。
俺の扱いのところを見ると、仮入部という扱いになっていた。
できれば未所属にしておいて欲しかったが、とりあえず心の中で支野に感謝しておくことにする。
支野から渡された書類に一通り目を通した会長は、
「……うん、いいよ。特に問題もないし……」
許可を出してくれた。まあここは問題ない。
さて、次がある意味では本題なわけだが……。
「……さて、会長。今回課外活動の許可を通してもらったわけだが……その活動について少し個人的に頼みたいことがある」
「……個人的?」
ゆっくりと首を傾げる先輩。可愛らしい所作だった。
隣の雅幸も何のことやら、といった様子だったので、支野は企画の詳細について説明をした。
……書類に許可印をもらってから内容を話し出したのは意図的なものだろう。
「……と、いうわけで、会長には是非ともヒロイン候補の一人となってもらいたい」
「美人だし、一作品に一人はいそうなミステリアスキャラにもぴったりだし、美人だし、黒髪ロングは一人いると映えるし、あと美人というのも大きい」
こいつ今美人って3回言ったぞ。まあ重要なのは分かるし、事実なのでしょうがないか。
「知らない間に随分と面白そうなことになっているんだね」
雅幸は興味深そうな顔をしている。
「俺もまだ決めた訳じゃないんだが……話くらいは最後まで聞いてみようと思ってな」
「確かに、話だけ聞けばとても面白そうだしね」
「それに……こういう形でもいいから、他人と向き合ってみるのもいいんじゃないかって」
恋愛が分からない。
他人のことが分からない。
ましてや、自分のことも分からない―――それなら、こういう機会を使ってみてもいいのかもしれない。
完全に気持ちが傾いたわけではないが、色々と考えてみた上で、少なくとも最初よりは「やってみてもいいかもしれない」と思い始めている。
「………………」
当の先輩はしばらく、じっとこちらを見ていた。
……俺の方?
「………………」
目を閉じ、考え込むようなポーズを取る先輩。
そして、
「……わかった、いいよ。参加する」
「うむ、そういうとは思っていた。やはり一筋縄ではいかないか。しかしもう一度考え直して……っていいのか!?」
「ほら見ろ、いくらなんでも非常識な頼みすぎたんだよ……っていいんですか!?」
あまりに驚きすぎて支野と二人でコントみたいな驚き方をしてしまった。
しかし先輩は至って真面目なようだった。
「……さっき、あなたはいいことを言った……」
そう言うと、俺の方を指差した。
「俺……ですか?何か言いましたっけ?」
「……あなたはさっき……『こういう形でもいいから、他人と向き合ってみるのもいいんじゃないか』と、そう言ったはず……」
確かに言った。あの言葉に込めた意味まではさすがに口にしていないはずだが。
「……私、生徒会長なのに、人と話すのがあまり得意じゃない……」
「……というより、役職とかは関係なしに、人とうまく話せないのは問題……」
「……本当は、もっとみんなと話したい……だけど、それがうまくできない……」
なるほど、どうやら先輩は人付き合いの苦手さを克服するために企画に乗ろうと考えているみたいだ。
「理由はどうあれ、私の企画に乗ってくれるのは非常に喜ばしいことだ。大変ありがたい」
「ただ、できることなら恋愛に乗り気になって参加して欲しいところではある……」
支野は珍しく神妙な顔で言う。こいつの意図するもの的には確かにそうなるだろう。
「……そこは……努力する……」
「主人公役が気に食わないなら変えるから」
「まだ決めてないし、そこまで言われる筋合いもないわ!」
「冗談だ」
そう言うと支野は再び先輩の方に向き直り、
「安心して欲しい。会長に限った話ではないが、私はこの企画に参加させる以上、全員に本気で恋愛を意識させるつもりだ」
「でなければ、恋愛模様を本当の意味で"見る"ことができない。本物を発生させられるかどうかは登場人物次第だが、そこに近づけることはできる」
「もちろん会長たちが努力してくれるのが望ましいが、私は私で裏で精一杯動かせてもらうよ……もちろん、恋愛模様を見ながらというのが望ましいけどね」
やはり、支野の傍観者意識は本物のようだった。
だからこそ、頑なに自分を物語に入れようとしない行動が目立つのだが。
「だから会長」
支野は彩瀬川に言った時と同じセリフを繰り返す。
「あなたの恋愛模様を見ることができるのを非常に楽しみにしているよ」
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