mission 1 主人公とヒロインの選抜

mission 1-1

「起きろ」

女子の声が聞こえて、俺は身体を起こす。時計を見ると、もう12時の半ばを過ぎたあたりのようだった。

えっ、もう昼休みなの?なのに誰も起こしてくれなかったの?寂しくない?

いや、彼女が起こしてくれたからギリセーフか。一体何がセーフなのかはよくわからないが。

そこで、俺のことを優しくも起こしてくれた女子の顔を拝見していなかったことに気づく。

初めて俺は、目線を前に向ける。

……って、

「お前は確か……支野、だっけ?」

「ああそうだぞ。私は支野だ」

良く知っているな、感心だ。という彼女の言葉に、俺は内心「当たり前だ」と返しておいた。

支野真夏という女は、奇抜すぎる言動とそれに似合った行動、そしてそれに似合わない美貌で、学年、どころか学内でも知名度は群を抜いている。

更に知名度に見合うだけの様々な能力を兼ね備えていることも、彼女のキャラクターを支えているもののうちの一つでもあった。

「それで、そんな支野がどうして俺を起こしてくれたんだ?」

寂しい状態にならなかったのはありがたいのだが、支野とは今までに何か接点があったわけでもない。正直なところ、話したこともあまりないくらいだ。

「正確に言うと、起こすことが目的じゃなかったのだがな」

ということは、俺に何か用事があったってことか。

「……何かすごく嫌な予感がするんだが」

「大丈夫、私はお前にいい話を持ちかけようとしているだけだからな」

それがすごく不安だということを、こいつは自覚しているのだろうか。

「まあついてこい。今から学食に行くのではまともな飯も買えんだろう」

「俺は弁当組だぞ」

「じゃあなおのこと都合がいいというものだろう」

支野は不敵に笑うと、特にこちらの反応を待たずに歩き出した。

「やれやれ……」

俺は内心呆れながら……、

ゴトッ、

机の上に弁当を取り出し、飲み物を買いに、支野が歩いて行った方と反対の扉から教室を出た。


「おいおいおいおいおいっ!」

猛烈な勢いで支野がこちらに迫ってきた。

「なんだ、気づきやがったのか」

「さっき思いっきり『やれやれ……』って言ってただろ!?納得した空気出してたじゃないか!」

「『やれやれ、あの程度の説得で俺が靡くと思うとはな』って意味だったんだけど」

「このひねくれ者……」

こめかみをピクピクとさせていた支野だったが、やがてやや不満気ではあるが元の表情に戻り、

「とにかく、もう絶対に逃がさんからな。意地でも話を聞いていってもらうぞ」

「仕方ねえな……」

さすがに逃げられそうもなかったので、渋々ついていくことにした。




「ここだ」

連れられてやってきたのは部室棟の一角にある部屋だった。

中に入ると、ごくごく普通の部室、といった感じで、椅子に机が数個ずつ、棚に書籍とよくわからない試料群があるのが見える。

しかし、それ以上にインパクトがあるのが……、

「この部屋にはなんでパソコンが一台置いてあるんだ?パソコン部には見えないんだが」

「そこに気づくとはなかなかだな」

「いや、誰でも気づくでしょ」

部屋のど真ん中に置いてあるのだから、気づかない奴は間抜けか近眼かのどちらかだ。

「まあ飯を食べながらでいいから見てくれ」

「言われんでも食べるけどな」

支野がパソコンを操作すると、画面には何やら一部界隈の人たちが喜びそうなキャラクターがいるウインドウが表示された。

「『俺の姉が友達にモテるのはどう考えてもお前らが間違っている』……?」

なんだこのどこかで見たことのありすぎるタイトルは。

「これはだな、空前絶後のスマッシュヒットをかますだろうと言われていたギャルゲーだ」

「はあ……ギャルゲーっていうのはなんだよ」

「端的に言えば、かわいい女の子とイチャイチャすることを目的とするゲームだ」

本当に端的な回答だったが、なんとなく理解できた気がした。

とりあえず色々と突っ込みたいところがあるのだが、一応一つずつ解決していこう。

「『スマッシュヒットをかますだろうと言われていた』ってなんだ」

小さいところから解決していった方がいいだろうと判断して、どうでもよさそうな質問をしてみた。

「それなんだがな、蓋を開けてみたらひどいゲームだったんだよ」

ひどいゲーム?そもそもこういうゲームで、前評判よりそんなに悪くなることってあるのか?

「そもそも、攻略できる……イチャイチャできる女の子の数に偽りがあったり、

 ところどころゲームがいきなり止まったりするバグもあったな。

 しかも、話が凄まじく面白くないのだ」

段々と言っている支野のテンションが下がってきた。こんな面倒なことになるとは……。

「そして極めつけに、主人公が当然いるのだが……」

そこまで来ると、こらえきれなかったようで、支野は机をバンバンと叩き始めた。

「そいつがゴミなんだ!こんな男が存在している世界に住んでいるだけで価値が下がるレベルで虫唾が走るくらいだったんだ!」

「やめろやめろ!事情は理解できなくても気持ちはわかるが、今のお前は最高に気持ち悪い!」

残念極まりない顔で発狂している支野をなんとかなだめ、俺は次の質問をすることにした。

「そもそもギャルゲーってどういう需要があるんだ?」

「いや、かわいい女の子とイチャイチャできるって言ったじゃないか」

そうでしたね。

「なんだその真顔は!他にも色々と語るべき点はあるんだが、一番分かりやすいのがいいだろうと思ってそれを出してるんだぞ」

「"分かりやすい"と"分かる"が同列だと思わない方がいいぞ」

「悟ったような顔で言うな腹が立つ!」

支野はどうやら相当なギャルゲー好きらしく、この短期間で熱の入り様が伝わってくるようだった。暑苦しい。

「まあいいや。そのゲームがガッカリゲーだった話はいい」

「それで?それと俺を連れてきたことと何の関係がある?」

そう俺が言うと、支野は不敵な笑みを浮かべた。

「さっき『主人公がゴミだった』と言っただろう?」

確かに言っていた。現実に存在していたら一発殴るくらいでは済まないくらいの怒りっぷりだった。

「私はだな……別にギャルゲーじゃなくてもいいんだ。自分を三人称視点に置いて、他人の恋愛している様を眺めたいんだよ」

「随分歪んでるな」

「そうは言うがな、誰しもそういう感情はあるはずだぞ?そうでなければ、ラブコメ漫画やラブロマンス映画が売れたりはしないだろう?」

言われてみれば確かに。

「私はついでに、可愛い女の子も沢山眺めたかったからこういう媒体を選んでいるわけだが……まあこれは一般的とは言えないだろうな」

「ともかく、私は恋愛模様を見たいんだ。しかしこの男も含めて、最近肝心の主人公がパッとしない奴が多い」

どうやら支野的にはそこが気に食わないようだ。

「だからどうしたんだよ。まさかゲーム作るとか言わないよな?」

こいつの多才っぷりを鑑みれば、絵を描く・脚本を書く・プログラムを組むのどれか、あるいはどれもをこなしても不思議ではないが……。

「そんなことはしない。私はそれよりも身近に視点を置くことにしたんだ」

「………………」

俺はここに来て、当初感じた嫌な予感が正しかったのだと思い始めた。

「私は身近に、こういうギャルゲーのような恋愛模様を発生させることにした」

滅茶苦茶なこと言い出したぞこいつ!

「時に城木。ギャルゲーに必要な登場人物として、必要不可欠な存在は2種類いるわけだが……分かるかな?」

俺はもう、こいつが何を言いたいのか分かった気がしている。

「……主人公とヒロインだろ」

「まあさすがに分かるか。どっちも話の展開と舞台設定次第で色々なタイプがいるわけだが……」

「今から私が作りたいような"学園が舞台のギャルゲー"にとって、相応しい主人公像というものがどういうものか、分かるかな?」

「……イケメンか?」

「違うね、顔が格好いい方がいいのは間違いないが、かっこよければいいという訳ではない」

当然、知ってて言ったに決まっている。これから言われるだろうことを先延ばしにしたいがための方便だった。

「……じゃあ、単純に女の子にモテる」

この前の光景が浮かんできて、自分で言っておきながら自己嫌悪になってしまう。

「違うな。それは結果として『そうなっている』だけに過ぎない。"主人公はモテる"のではなく、"モテるのが主人公"なだけだ」

「……じゃあなんだってんだ」

いよいよ俺は諦めた。

正解を言うことではなく、俺の思っていること以外の答えを引き出すことを、だ。

「簡単だ。主人公は"普通"でなければならない」

「これは"普遍的"だとか"平凡"という意味じゃない。別に突出した何かを持っててもいい。ただ枠から外れていちゃダメだ」

正解を言い終わると、支野はジッと俺の方を見つめてきた。

「……私はこの計画を考え出してから、ずっとこの条件に最適な男が学園にいないかと、目を皿のようにして探してきた」

「お前さっきから普通に気持ち悪いよな」

「何とでも言え……ともかく、そうしてようやく、主人公に相応しい"普通な"男を見つけたのだ」

「……それが俺だってか?」

「なんだ、分かっていたのか。そうだとも。城木、君こそが主人公の器だ」

バカなことを言う。

本当にそんな話をして人がついてくると思っているのだろうか?

ギャルゲーの主人公が気に食わないから現実で似たようなものを見たい?

普通に考えれば正気の沙汰ではない。そんな頭のおかしい提案についていく奴は、同じく頭のおかしい奴か、ものすごいもの好きだろう。

ましてや正面きって"普通"だの"平凡"だのと言われて「そうかやった!俺こそが主人公に相応しいんだ!」などと喜ぶやつはアホだ。

……いや、違うな。

確かにそこも突っ込みどころだが、俺が引っかかっているのはそこではない。

「俺が"主人公"だって……?」

だとしたら、俺はあまりにも恋愛を知らなさすぎる。

初心者とかそういう域ですらない。恋愛がどういうものなのか、そういう感覚すら掴めていない段階だ。

そんな俺に主人公?無理に決まっている。

……おかげでまた、あの時のことを思い出してしまう。

「無理強いするつもりはないよ。私は自分が外れている人間だと自覚はしているが、良識を持ち合わせていないわけではないつもりだ」

「だけれども城木、私が君を選んだのはさっき言った理由だけではないんだ」

「……他の何が、お前をそうさせたんだよ」

そこで支野は一息を吐くと、少しだけ寂しげな表情で続けた。

「私と同じ匂いがしなかったから、選んだんだ」

「君からは"恋愛ができない奴"の匂いがしなかったからな」

「………………」

何も、言い出せない。

さっきまで真逆の思いを抱いていたはずなのに、言い返す言葉が見つからない。

きっと今の支野に、何を言っても届かないような気がしたから、俺は無意識に口を噤んでしまっていたのだろう。

「まあ」

支野の顔はもう、元の不敵な顔に戻っていた。

「単なる勘だと思ってくれればいい」

「さっきも言ったが、無理強いはしない。だが少しでも興味があるのなら、放課後また来るといい」

そこで支野は、これまでで一番楽しげな顔をして言った。

「決めるのは、私が選んだヒロインを、見てからでも遅くはないと思わないか?」

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