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 日本最古のひきこもりをご存知だろうか。

 最近でこそ、もはや常識となった社会問題であるが、その起源は想像よりはるかに古い。例えばフィクションではあるが、三国志などにおいても英雄は現実に思い通りにならないことがあると、すぐ家にひきこもって思うがままにふさぎ込んだし、職場や俗世を嫌って解脱する平安時代の貴族なども、これはひとつのひきこもりの形であろう。

 しかしその先駆け。流行りの最先端を突っ走り誰にも理解されなかった挙句、部下の企みにまんまとハマって外に引きずり出された太陽神がいる。

 ヒルメのことである。

 のちに天の岩戸開きとして黒歴史がリアル神話になってしまったあげく後世にまで語り継がれるその恥ずかしい思い出に、しかしヒルメはめげなかった。

 未だ臣下に毎朝おだてられながらその一日の役割を務めている彼女は、少し機嫌を損ねると簡単に部屋から出てこなくなる。下手すると家出する。

 普段からの苦労が忍ばれる下々の神々が、代わりに業務をこなしたり、なかには気紛れに一緒に遊んでくれたりする妖怪の類いもいたりするので、どうにかこうにか今日までやってこれたが。

「もうやだ」

 その一言を紙切れ一枚に残したヒルメは昔取った杵柄とばかりにひきこもりを再開することにした。とはいえ前回の失敗から学ばないヒルメではない。

 結界を張る手間を惜しんでそこら辺の洞窟に閉じ籠もろうというお手軽精神が良くないのだ。それではひきこもり界随一の古参を名乗れまいというものだ。もっとも昔使っていた天の岩戸は封印されているし、ちょうど良い感じの似たような場所も何故か天の岩戸候補地として人間らに奉られてるから使えないのだけど。

 そこで今回は空間的に少しおかしい森を作って、神秘的にもちょっと狂ってる、見る人が見れば才能の無駄遣いと嘆かわしく思うほどの完成度の結界を張った。今風に言えば、ぷち天地創造。なんと外で核戦争が起きようとも気付かないほどの防音機能付き。しかも電波が届く青空の下への吹き抜けなので、神通力的なあれこれもしっかり送れて、太陽が外界からなくなることもない。

 名付けて『ヒルメ空間』。

 何だかんだで八百万最高の神。本気を出すとこんなもんなのですよ、と自惚れつつ。完璧なひきこもり態勢を整えたところで、ひきこもり特有の避けられない問題に行き当たった。

「……ちょっとこれ、暇過ぎるのです」

 とはいえまだテレビもないし、ネットやオンゲもない時代のこと。流石のヒルメちゃんといえども、未来の道具を一から製造するのはめんどくさ過ぎますです、なんてことを思っていたから。

「……」

 考えないようにしていたそれを、彼女は思い出してしまった。ひきこもるほど、嫌になってしまった理由を。

 ふるふると頭を振って、忘れることにする。

「前の時と違って今度は森の中なのですし、遊ぶ材料は多いのです!」

 そう一声、まだ天高く日が昇る誰にも見つからない森のなかを探検し始める。

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