第4話

 翌日。驚いたことに、朝からイリアが薬草店にやってきた。

「【ガメッシュ】の奴らに会いに行くんだろう? 当事者の私も行った方が話が早いからな、私も行こう」

 扉の前。ノックに対応したティオを見て開口一番、有無を言わせぬ口調で彼女は言い放った。面食らうティオをその勢いで押し流して拒否する暇を与えない。

「いやイリアが行ってくれるなら逆に僕が行く必要なくなるんだけど……」

「私に一人で行けと? 私に? 一人で?」

 凄い剣幕だった。

「わかったわかった。悪かったよ……」

 降参するようにティオは両手を挙げ、踵を返す。

「じゃあ準備してくるよ。全く、朝早いなぁ」

 文句を言いながらティオは部屋に戻って支度をする。と、ぴったり後ろについてくる気配があった。

「なんで、入ってくるんだ」

「野暮なことを聞くなよティオ」

「昨日から思ってたけど絡み方が力強すぎるでしょ……」

「ソロ冒険者だからな」

 ふんすと鼻を鳴らすイリアにティオは抵抗を諦めた。好きなようにさせてやることにしたのだ。だって意味が分からない。

 イリアを引き連れて店の奥に入る。とは言え必要な荷物はそう多くなかった。【ガメッシュ】――ノイトワやシャーラの所属する冒険者パーティ――に会いに行くなら、ギルドカードは持っていくべきかと思った程度なのだ。

 遠征帰りらしいので常備薬の補充はした方が良いかもしれないが、あのパーティには回復魔法を扱える者が居る。それも"した方が良い"程度のものだろう。持ち金にかなりの余裕があれば、という条件が付くに違いない。

 しかし、悩んだ結果、結局いくつかの薬草を持っていくことにした。

 どうせ店は潰れるのだ。在庫の大半は処分するしかない。となると捨てるよりは友人に使ってもらった方が嬉しいに決まっている。嫌がられても押し付けてやるつもりで籠に薬草の束を纏めて詰めていく。

 もののついでだ。ほいほいとついてきたイリアにも、ティオはいくつか薬草を見繕って積んでいく。

 手持ち無沙汰にしていたイリアは眼前に積み上がっていくそれを見ながらぱたぱたと瞬きをした。

「ん。なんだ?」

「薬草のプレゼント。貰ってくれる?」

「またそうやって借金を増やそうとする……」

「無料だよ」

「頂こう」

 瞬時に手の平返しをしたイリアにティオは知らず知らず笑みを浮かべる。陰鬱な気分になる暇が無い。

 それはきっと、良いことなのだと思った。

 お礼代わりになるのだろうか、楽しくなってきたティオはイリアの手元に限界まで処分予定の薬草を積み上げていく。

「……多いな?」

「そう? 気のせいだよ。全然普通。それより準備済んだから行こう。予約は取ってないからすんなり会えるかは分からないけどね」

 自らも手土産を抱えて、ティオはイリアを促す。

 まだ朝だから外から聞こえてくる声は少ない。さて友人達は居るだろうかと考えながら、イリアを引き連れて外に出た。生憎の曇り空で、そこを突き抜けた朝の陽光がぼんやりと辺りを照らしている。

 なんとなく、今日は無駄足になりそうな予感があった。


 ☆


 冒険区画の比較的手前側に、その建物はある。

 組合所、ギルドと呼ばれるその建物は冒険者のための依頼斡旋所だ。遠出や旅というのは慣れていないものが急に思い立ってやれるはずも無い。そこで旅慣れたものに依頼して代わりにやってきて貰うための詰め所が作られたのだ。

 採取、配達、駆除、護衛、下見、設営。

 魔物は珍しいとは言えども、外に出掛けて何泊もするとなれば遭遇することもままある。当然問題はそれだけでは無く、整備された街中では縁の無い危険が至る所に存在していた。野営が必要な外の世界というのはそんな風に一般人にとっては厳しい場所なのだ。だから旅慣れた冒険者が必要になってくるのだろう。

 ずっと一所ひとところに留まり続ける冒険者というのはそう多くない。理由無く冒険者になるような人間など居ればまた話は違うのだろうが、実際冒険者にはそれぞれ冒険者になった理由を持っている。その道しか無かった、などということは無いのだ。

 単純に旅が好きだというもの。どこに行ったか分からない誰かを探しているもの。まだ見ぬ神秘に思いを馳せるもの。

 それは立ち止まっているものの持つ望みでは無い。冒険するからこその冒険者。であれば冒険者が拠点を移動するのは自然の摂理である。

 そういう意味では、ノイトワやシャーラの所属する【ガメッシュ】は異端と言って良い。

 彼らはこのローン街に三年滞在し続けている。遠征が多く常にこの街に居るわけでは無いと言っても、三年という月日は寿命の短い冒険者にとって字面以上に長かった。

 貧困区の発端となった災害も経験している。

 そこら辺の話をイリアに説明しながら、ティオは内心不思議に思っていた。

 冒険者同士は横の繋がりが強いと聞く。こんなことはイリアが冒険者なら知っていて当然なのではないか――、と。そもそもノイトワの話では【ガメッシュ】の二人、半分とは顔見知りのはずだ。どうにもしっくりとこない。

 しかしふんふんと頷くイリアの瞳には既知の色が見えず、新鮮な知識を取り入れているらしき気配があった。

「それで、ティオはどうしてそのパーティーと友達になったんだ?」

「ああ、それか。それはね」

 問われ、懐かしい思い出を引っ張り出す。薄い雲に覆われた空を遠い目で見上げて、ぽつりと一言。

「一年半ぐらい前かな。ちょうど外に出掛けていたときにたまたま偶然、夜盗に襲われている彼らに出会ってね。助太刀に入ったんだよ。それが切っ掛けだった」

「ほう」

「ま、僕の助けなんて要らなそうだったけど。夜盗が追い返したあと僕も逃げようとしたんだけど捕まっちゃってね。そのまま何か済し崩しに」

「逃げようとしたのか」

「うんまぁ無事そうだったし?」

「そうか流石だ。それでこそ」

「ね」

 満足げに頷き合う。同類同士特有の連帯感でそのまま手の甲を突き合わせ、そして二人して立ち止まった。

 目の前に、冒険者組合所が立ちはだかっている。入るのは自由だから何も問題は無いのだが、なんとなく緊張してしまう。

「ここは本当にいつも奇妙な威圧感があるなぁ」

 横で同意するよう頷くイリアを見て、いや現職冒険者がそれはダメだろうと思ったがそれは心に秘めておく。

 苦手であっても立ち尽くしてるわけにもいかない。二人は二度深呼吸すると、その中に入った。

 歓迎を示すような言葉は飛んでこない。ただ数人から一瞥を向けられ、それだけだ。フロアには話し声さえ無い。この雰囲気がどうしても苦手で、ティオはいつも尻込みするのだ。

 二階からは話し声も聞こえてくる。こんなピリピリした空気なのはフロアだけだ。それがどうしてなのかというと、さしたる理由は無いのだが。そういう慣習が出来てしまっているだけの話である。

 ノイトワ達が居るとしたら二階の方だろう。自分達を注視する受付とは視線を合わせないまま、ティオとイリアは階段を上がっていく。

 ――ふとティオは考える。

 【ガメッシュ】の面々と交流を得る切っ掛けは中々に衝撃的なものだった。野生の荒くれ者はどこにでも存在し得るけれども、冒険者という立場で遭遇することはそうそう無い。盗人はいつだってを狙うものだ。冒険者が居るだけでその対象からはたいてい外れる。それでも襲うのならば、前もって準備して狙い続けられている場合ぐらいだろう。

 だからあのときは結構なピンチでもあったのだ。【ガメッシュ】の対処力が高く結果的にティオの助けは要らなかったとしても、それは窮地に助けが現れたと言って良かったし、十分に劇的だった。

 だから仲良くなれた。

 その流れは自然だ。大きな切っ掛けがあったから交流を持つに至った。とは言えそれも長い時間を掛けての話だ。じわじわとティオと彼らは仲良くなれた。

 ――イリアと会ってからどれだけ経ったのか。

 どうしてこんなに気安いのだろう。お互いにお互いのことをほとんど何も知らないのに、沈黙が気まずくなかった。

 怪我していたから薬草を恵んだだけだ。少なくともティオの中ではそういう認識である。そして積み上げた時間も無い。なのにさして相手に不要な気遣いをしなくても過ごせていた。

 それはティオには不自然でならない。ティオはその友好関係の狭さからも分かり切っているように、社交性が足りない。イリアもソロ冒険者だ。つまり一人きりで活動している。それは社交性の無さの証明に他ならないのではないだろうか。

 ぼっち同士気が合って仲良くなる、なんてそんな簡単な話が通るのならば交友関係の狭い人間は存在し得ない。性質が似通っているから、社交性の無い二人が一同に会しても一言たりとも交わすこと無くその場を過ごすのがぼっちである。

 ティオには得心いかないが、実際二人には余計な緊張が無かった。当然のように並んで歩けている。

 あるいはこれはイリアにそういう力があるのかもしれない、と。そんな奇妙な考えさえ頭を過ぎった。思えばノイトワも言っていた。『人柄は好評な人物』と。それでソロなんて奇妙な話だが、がイリア=ヨークスなのだろうか。

 そんな益体の無い考えを、一先ずティオは切り捨てる。

 階段が終わった。

 組合所の二階は冒険者達が主に情報交換に用いる場所で、至って平々凡々な空間だ。あるのは少し何組かの椅子と机。本当にただそれだけである。一応、名目としては持ち出し不可の書類を読む、あるいは許可の下りるものなら書き写すためのブースなのだが、大抵依頼の無い冒険者がたむろして雑談を交わしている。

 果たして、そこに彼らは居た。

 最初に気付いたのはシャーラだった。

「……ティオさん?」

 半信半疑、といった風に恐る恐る問い掛けてくるシャーラに、てくてくとティオは近寄る。

「やあ」ティオは片手を挙げて、「急にごめん。ちょっと話があってね」

 挨拶をすると、席についていた面々の視線がティオに集まる。

 ノイトワとシャーラと、他二人。

 パーティーのリーダーで短槍と丸盾をテーブルに立てかけているのがアーサー。金髪の青年で、衣服越しには細身に見える体躯だが、筋肉が引き締まっているからだ。中には鍛え抜かれた肉体がある。

 もう一人、波打つようにひらひらした髪を垂らしている女性がフォア=クルールー。出るところの出た女性的な肉体が視線を惹き付ける。およそ冒険者らしくない外見をしていて、無手の上に至る所にアクセサリを付けているのだ。一見して貴種の御令嬢といった風情の彼女はしかし、冒険者で間違いない。アクセサリの全てが、フォア=クルールーの役目を補助するための装飾具だった。

 そのメンバーが揃うテーブルにまで、ティオとイリアが歩み寄る。

 やあやあと手を挙げて軽く挨拶を交わす中、シャーラの様子だけがおかしかった。どこか怯えるように見上げる彼女は、ティオと目が合うと問い掛けた。

「そ、それは私に、ですか……?」

 話があると言ったティオへの反応だろう。シャーラの視線を正面から受け止めたティオは思い出す。

 昨日、シャーラと交わした会話は最悪だった。内容も雰囲気も、気分もだ。それが尾を引いているのだろう、この怯え方を見るとシャーラはかなり引き摺っていたのかもしれない。

 ティオの方は物理的に鬱憤をぶつける相手が得られたおかげか、いくらか晴れやかにもなっているのだが。

 昨日の話は誰にも喋っていないらしく、シャーラ以外の全員がきょとんとしている。

「あの。昨日は、身勝手な理想を押し付けてしまって。その、ですね……」

「その話じゃないよ」

 ちょっとした間を肯定と受け取ったのか、はやとちりし始めたシャーラの勘違いを正す。

「ごめんな……、え? ちが、違うんですかぁ?」

 てっきりそうだとばかり思っていたのだろう、眉尻を下げていたシャーラが驚いて顔を上げる。代わりに暗くなりそうな空気が一気に霧散して、発言を控えようとしていた【ガメッシュ】の面々もにわかに活気づいた。

「お? ティオさん、シャーラと何かあったんすか?」

「儂は気付いておったけどな。何があったかは知らんが、何かはあったんだろうとの。ほれ昨日、儂がティオの店に行くと言っとったろ。そのあとシャーラも行ったわけだ。それから様子が変での」

「……リアちゃん? リアちゃんだ。久しぶりだねー」

 話の流れと全く無関係に、フォアはそう手を挙げた。挨拶の相手はイリアだ。イリア=ヨークスに対してフォアが微笑みかける。

 それが切っ掛けとなってイリアに注目が集まった。顔見知りのアーサーとフォアは普通に挨拶をし、ノイトワはティオから事情を聞いているから頷くに留める。

 が、一人だけ、分かっていない者が居た。

「え、誰ですかぁ……?」

 シャーラの声の音程は耳に馴染む。今日は他に酔っ払いの冒険者も居ないようで、普段よりも静かなその空間に彼女の声は良く通った。

 『あっ』と、小さく、小さくアーサーは声を上げる。その直後、ノイトワとフォアもハッとした表情をする。こっそりと顔を見合わせた三人の間には何らかの共通認識があるらしかった。

 アイコンタクトをさっと交わすと、アーサーが言う。

「同業のイリア=ヨークスさんすよ。ほら去年、洞窟の」

「……フォアと一緒に行ったやつですか。でもそれがなんでティオさんと一緒に?」

 純粋に不思議だったのだろう、疑問を零すシャーラに答えたのはティオだった。示し合わせていた上で割り込もうとしたノイトワの努力を無駄にして、自然体でティオが一言。

「いろいろあってね」

「……へぇ。

 同じ言葉を復唱する。

 同じ言葉だ。なのにシャーラが言ったそれにはティオと別の響きがあった。

んですか。へぇ。ふーん。何、紹介ですか? そーですか。昨日とは顔色も違うし、さぞ私達が遠征している間にいろいろあったんでしょうね」

「勘違いしているようだが、私は噂になっているらしい火の玉の正体について話をしに来ただけだぞ」

「またそんなことを――」

「はーいシャーラちゃん、どうどう」

 聞く耳持たず噛み付こうとしたシャーラを、隣のフォアが脇から抱え上げて膝に抱き込む。『何するんですかぁ!』と叫ぶシャーラを乗せてフォアは御満悦だ。にこにこしながら膝の上で喚くシャーラを無視している。

 イリアは目をぱちぱちとさせて、ふむ、と腕を組んだ。

「というか初対面が二人か。挨拶が遅れてすまない。イリア=ヨークス、ソロの冒険者だ。そこのティオから街中の火の玉についての話を聞いてな、私はその正体を知っている。それでここに来たんだ」

「へーっすか。……いや、ま、話聞く前に。お久しぶりすねイリアさん。メンバー全員揃ってるときに会うのは初めてすよね? ここに居るのが俺のパーティー全員すよー以後お見知りおきを」

 腕を広げてぐるりと見渡すアーサーに、首肯で応じるイリア。その視線の動きに合わせて、それぞれが思い思いの反応を返す。

「ノイトワ=アマだ。よろしくのう」とノイトワ。

「フォア=クルールーだよ、覚えてる? それでこっちがシャーラちゃん」とフォア。

「ふん。……シャーラ=ネフィルアイス、です」とシャーラ。

「ああ、ありがとう。よろしく頼む」

 これ僕は何か言わなくて良いんだろうか、なんてティオが悩んでいる間に話が纏まってしまう。名前を確認し合ったところでアーサーがイリアに水を向けたのだ。

「それで火の玉の正体って?」

 火の玉。

 夜のローン街を漂うと噂のそれについて、アーサー達は調査を行なう予定を立てていた。その正体を知っているというイリアにずっと興味はあったのだろう。身を乗り出しはしなかったが、真剣に話を聞く姿勢が表情からも窺える。

「それはな――、」

 だからイリアは説明した。先日スリに遭ったところから順に、関係無さそうなことも含めて一連の出来事を。

 特にラグナシア=ウルティナについては詳しく、戦った経験を踏まえて出来る限りのことを語った。ソロ冒険者イリア=ヨークスをして逃げ帰るしか無かった貧困区の人間。その危険性も含めて。

「だから、火の玉というのはそのラグナシアで間違いないと思う。あの女は常に火球を背負っていたからな、いっそ灯り代わりに用いている可能性もある。あるいは奴の口ぶりからして、強い奴と見れば襲いかかっていた嫌いがあるからな。火の玉が目撃されたとき、それは誰かがと戦っていたのかもしれない」

 その話を聞いた【ガメッシュ】は、揃いも揃って難しい表情をした。火の玉の正体が判明したというのに、そこに喜びは無い。

 それが、厄介な事実だったからだ。

「貧困区の人間すか。いやー魔物かと思ってたんすけど。そうなると、冒険者には手を出せないすかねぇ」

「調査は中止になるかの。ま、原因が分かっただけでもかなり違うか」

「皆、今日は予定あるんだっけー。私も夕方はアレだけど、昼の内にギルググさんに伝言しとこっかー?」

「儂は鍛錬以外に予定は無いの。付き合おう。というか任せて貰っても構わんぞ?」

「私も予定は無いですよ」

「シャーラちゃんは、ねー? アマ君と私で行こっか」

「おう」

「なんで仲間外れにするんですかぁ? 酷いですよ。この、このっ」

 シャーラが背中のフォアにぐりぐりと体重を掛ける。じゃれつく姿はなんと微笑ましいことだろう、全員が笑ってそれを見ていた。

 イリアだけが戦慄した表情で『これがパーティー冒険者……』とそれを眺めている。そんなことは無い。

「しかし貧困区だと冒険者には手を出せないって、やっぱりそんなに厄介なところなの?」

「というか頼まれてんすよね。ギルググさん、貧困区をどうにかするつもりらしくて、出来るだけ刺激しないでほしいと」

 ギルググ。

 最近の印象のせいで脳に強烈に響く名前で、ティオは一瞬言葉を失った。なるほどしかし、それは納得できる理由だ。あのギルググ=ブルオルビスなら、例え困難であろうと貧困区をどうにかしようとするのだろう。理想の街の姿があると言い切った彼ならば確実だ。

「そっか。なるほどね。領主のお達しか」

 声に影が差したことに気付いたものは居るのだろうか。そっとティオはそっと目を閉じた。暗闇の中に感情は埋没する。ただ、続く会話が鼓膜を震わせた。

「領主といえば、どこかの有名な騎士を雇い入れたという噂が昔ありましたね」

「ディックとかいう家の倅という話か。確か……だったか。あったの。実際見たことは無いが」

「それが噂でも事実でも、つまりそれほどにギルググさんが本気だってことすよ。火のない所に煙は立たない。だったら貧困区に手を出すわけにはいかない。火の玉の、その女性の件も、報告だけして任せるしかないっすね」

「んーでもイリアさ、お金取り返せてないんだよね? それでもいい?」

「構うが、領主命令なら仕方あるまい。私もあの人には世話になっているからな」

 苦々しげな表情だが、諦めはついているようだ。あるいは不幸に慣れているのかもしれない。イリアにはそういう気配がある。

「返済が遅れるのは申し訳ないがな。まぁ、許せ」

 あっけらかんと快活な笑みを見せられれば余計な言葉も舌に乗らないというもの。苦笑一つを答えとして、それでおしまいだった。

「じゃあとりあえず、予定してた調査は取り下げないとすね。誰に声かけてたっけ……」

「それはリーダーに任せるねー」

「応援しとるぞ」

「手伝いましょうか?」

「シャーラちゃんすぐ喧嘩するからダメだよー」

「――は?」

「ほらもう怒るー」

 席を立ち辺りを見回すアーサーが、さっそく誰かを見つけたのか、「お、一組居た。仕方ない、行ってくるっすね。受付にも行かないと。適当に誰か捕まえて昼飯をーって話してたすけど、それは後日。また夜、宿で」と。そう口早に告げて去って行く。

「相変わらず慌ただしいね」

 結局椅子に座ることも無くそれを見届けたティオがぽつりと零すと、ノイトワが立ち上がり、フォアもシャーラを隣の席に戻し、それに続く。

「二人ももう行くの?」

「おう」「ギルググさん捕まえるの難しいから早めに行かなきゃねー」

 言うが早いか、二人は階段を下りていく。ちゃらちゃらとアクセサリの金物の音を鳴らしながら歩く女性と筋骨隆々の巨漢を見送り、視線を戻すと。

 ――たった一人席についているシャーラと二人の目が合った。

「……」

 その表情をどう表現すれば良いだろうか。首元に巻いたもふもふを手慰みに触りながら、何とも言えない顔で沈黙している。

 と、階下に消えかけたフォアが振り返り、

「あ、シャーラちゃん。ティオさんにお土産話してあげてー! せっかく探求都市行ってきたんだし、お願いねーっ!」

 そう言い捨てて、今度こそフォアは消えた。

「……」

 未だ沈黙を保つシャーラを前に、たっぷり二秒悩んでからティオは空いた席に座る。

 背後のイリアは半歩退き、しかし帰るまではいかない。シャーラは手遊びに忙しい。

 ――完全にどうしようもないぼっちの集団が場に残されてしまった。

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