第39話 砲火よ踊れ

『どこから敵が来るかわからんぞ! 全周囲にくまなく意識と感覚を振り向けよ!』

 オベルム分団長は全軍に念押しをしながら、自身の乗った上級重竜も前進を開始させる。

 ……さあ、どう出る……?

 オベルム分団長は、これまでに得られた限定的な情報から、密集は危険と判断し広く歩兵を斜面に散開させていた。

 浅い積雪もある急な斜面だが、歩兵ならば問題はない。魔力消費がかさむのが難点だが、いざ戦闘が始まるとわかっていれば是非もない。

 峡谷の斜面に展開できない快速竜騎兵は前方へ先行させ、半数の歩兵を遊撃兵として追従させた。

 後方には魔力晶石や攻城・対大型獣兵器を積んだ重竜、上級重竜と分団長、その護衛を本隊として配置した。

 待ち伏せや不意打ちに警戒しつつ、念話が相互に届く範囲を維持しながら、索敵し進軍する。敵を発見すれば一気に付近の部隊が援護に入ることができる布陣だ。

 慎重に、しかし一歩ずつ歩みを進めれば、


『上空、敵です……!』


 兵士の誰かが警告を飛ばした。オベルム分団長も空を見上げる。

 魔力の気配。遠く、黒い影が八つ。それらが速度を上げて突っ込んでくる。

 ……魔力を込めた投石か?

 小さく、形も奇怪だがおそらく間違いない。

 何らかの魔術を仕込んである可能性もある。単に防御するだけでは危険だろう。

『重竜全速前進! 全歩兵隊、回避しつつ、解呪の矢を構え!』

 のろまな重竜は後退させるより前進の方が足が速い。わずかでも回避できる可能性に賭け、魔鞭を打ち走らせる。

 同時に弓を持つ歩兵に解呪の矢を構えさせる。

 視覚でその距離を測るのは難しいが、魔力でなら気配で大雑把な距離は掴める。味方の矢の射程と、投石の近付く速度を読み切り、

『……解呪の矢、放て!』

 命令と同時に、オベルム分団長の周囲を守る本隊、およそ二千五百の兵が一斉に矢を放った。

 一斉に魔力光を帯びた矢が撃ち上がり、

 命中。

 黒い塊に込められた魔力が解呪の力によって霧散。だが、魔力を失った石塊はそのままの勢いで落下してくる。

『防御術式展開。暴風の盾!』

 直後にオベルム分団長が自身の剣を抜き放ち、魔術を展開。

 魔力を込めた桁違いの暴風が障壁となり、石塊の前に立ちはだかる。

 接触した石塊は軽々と吹き飛ばされ――その途中で八発の塊は次々に炸裂した。

『これは……!?』

 それだけでもすさまじい衝撃だ。爆発の術式、と思ったが魔力は感じない。おそらくは何かのカラクリ仕掛けだろう。

 魔術でなくともその意図は明らかだ。

 ……魔力で障壁を無効化し、この爆発で傷を付ける算段か!

 なぜ爆発に魔術を用いないのかは疑問だったが、自動魔術の生成技術が未熟なのだろうと予測。

『しかし、この程度の数ならば――』



「弾着――初弾、防御されました!」

 かげつ戦術管制室で、弾着観測を行っていた偵察中隊から報告の声が上がる。

 第一大隊の面々にとってはある程度予想し得た結果とは言え、大隊の副官からはため息交じりの落胆が漏れる。

「対魔族榴弾とは言え、防がれてしまえば……」

「魔力を込めた攻撃への対応は、手慣れているということか……」

 大隊長の都築中佐もまた、ひとつため息をつく。

「諸刃の剣、というわけか。やはりな」

 敵の土俵に上がるならば、相応の洗礼は覚悟せねばならない、ということらしい。

 I.D.E.A.は未だ大地の御遣いなるものを機器で客観的に観測するに至っていない。その恩恵たる力もまた、一部の適合者を除いて、表出する物理現象でしか確認できていない。

 対して敵は魔力、魔法技術について数百年のノウハウを積み重ねてきている。

 軽々とその差を破れるとは思っていない。だから、

 ……試せる手は、全て試させてもらうぞ。

「砲兵中隊は予定通り飽和攻撃へ移行せよ。状況により総督代行閣下にお出ましを願おう」



「祈りを聞き届けよ、我らを抱き包みたる母なる大樹」

「我らが願いは、我らが敵の盾を穿つ聖なる槍――」

 それは異様な光景だった。

 征伐軍の法官たちが、一つの巨体を遠くから囲んで舞を奉納している。

 中央に座する巨体は六本の足を持ち、その表面は鋼。顔も腕もなく、大きく長い鼻――155ミリ電磁誘導加速砲が空を仰ぐように高く天を向いている。

 その名は、八三式多脚自走砲という。

 周囲の法官が法儀仗を振り鳴らし呼ぶのは大地の御遣い。その力を、絶えず中央の自走砲に収束していく。

 そして力を得た自走砲は莫大な電力をレールへ流し、電磁誘導加速の轟音と衝撃波を伴って砲弾を天高く撃ち上げた。

 撃ち出された砲弾は、155ミリ対魔族榴弾。

 内蔵した爆薬で着弾時に炸裂する砲弾だが、そこに一つの改良が施されている。

 魔力だ。155ミリ対魔族榴弾は弾体そのものに大量の魔力を蓄えることを可能にした榴弾である。

 魔族相手に、通常の榴弾は十分な成果を発揮してこなかった。生半可な爆発では、ピンポイントにエネルギーを集中させることが難しく、魔力防壁を破壊するだけの瞬間エネルギーを叩きつけることができないからだ。

 だから、I.D.E.A.の装備開発研究所は考えた。榴弾に魔力を詰めれば、その破片は魔力障壁を切り裂く剣と同様の能力を発揮するのではないか、と。

 そして、開発された砲弾の一つが、この対魔族榴弾。

 敵から鹵獲した剣などの儀式紋様を参考に、砲弾に魔力を蓄える文様を刻み、砲弾そのものもザッフェルバルより採掘した金属を使用。

 そして、発射前に法官たちが五人がかりで祭祀を行い、大地の御遣いの力を限界まで込めて、撃ち出す。

 発射地点から敵まで大きなアーチを描き、敵の側に潜む超小型観測機の誘導のもと、二十キロ離れた魔族軍へと飛んでいく。

 着弾を待たず、多脚自走砲は次弾の装填と砲身の冷却を開始。五人の法官は、榴弾砲の発射に伴う衝撃波が届かない距離を保ちながら、砲弾に力を込め続ける。

 その間に、多脚自走砲は諸元を母艦であるかげつを経由して受け取り、その管制室のオペレーターの指示でもって、射角を微調整。コンマ一ミリ単位の要求にまで正確に応え、

 砲撃。

 砲身であるレールがプラズマ放電の光を放ちながら、対魔族榴弾は再び天へ飛ぶ。

 次なる装填、冷却、霊力補充、射角調整はわずか十秒のうちに終えられ、再び次弾が空へ送り出される。

 これが八ヶ所同時に行われ、対魔族榴弾は十秒間隔で八発づつ、次々に放たれていく。

 砲の向く先。敵がその膝をつくまで。延々と。



 次はまだ、解呪の矢を当てることができた。だが、その次は。

 飛んでくるそれが石ではなく鉄の塊だと解ったところで、打つべき手は同じであり、それは限界を迎えようとしていた。

 重竜たちを走らせても、まるでその先を読むように炸裂の鉄塊は飛んでくる。解呪の矢を放つもキリがなく、すでに何度目の飛来なのか、数えられなくなっていた。

『……ダメです! このままでは……!』

 矢が尽きるのも時間の問題。睨むように空を見ていたオベルム分団長の前で、ついに鉄塊がひとつ、解呪の矢の群れを抜けた。

 暴風の盾が鉄塊を阻み直撃を防ぐが、直後に鉄塊が爆砕。破片とともに撒き散らされた魔力と術式が防護術式に干渉する。

『暴風の盾では、ダメか……!?』

 その一発を皮切りに、鉄塊は次々に暴風の盾に接触し炸裂。鉄塊に込められていた術式が次々に暴風の盾の術式調和に干渉し、ついには防壁が消失する。

『分団長! 暴風の盾が……!』

『わかっている! ならば……!』

 相手が鉄塊に爆発のカラクリを仕込んでいるならば、打つべき次の手は。

 瞬間にオベルム分団長の頭脳の中にいくつもの選択肢が浮かんでは消える。

 ――凍結。魔力を保った対象への直接干渉は効率が悪く、鉄塊の落下速度には間に合わない。

 ――氷槍射撃。鉄塊に氷槍が砕かれるだけだ。

 ――火炎。凍結と同様、効果の発現まで間に合わない。

 ならば、

『大地の槍、用意!』

 一瞬で決断を下し、分団長は指示を飛ばす。次善の策は、

 ……岩石ならば、まだ……!

 命令からすぐに、兵たちは斜面の岩や足下の地面を削り取り、一斉に巨大な岩槍を生成。

 間をおかず次の鉄塊が来る。いくばくの時間もない。

『――鉄塊へ向け、放て!』

 そして、岩槍の群れが、一斉に天に向けて放たれる。

 岩の槍は空中で鉄塊と激突。次々に空中で鉄塊を爆発させ、双方ともに粉々に砕け散る。

 鉄片と岩石が竜人たちに降り注ぐが、岩槍を構成する魔力と鉄塊の魔力が双方に打ち消し合った結果、その全てを鱗の加護で防ぎきることができた。

 ……行けるか!

 オベルム分団長は、自分の採った戦術が成功を引き当てたことを確信し、改めて全軍に命じる。

『全軍、岩槍を放ちつつこのまま前進! 鉄塊の発射元へ殴り込む! 騎兵隊は場所を特定し、先行! 遊撃歩兵隊は騎兵隊に続け! 本隊は重竜を防御しつつ騎兵隊に続くぞ!』

『『『応ッ!』』』

 高々と岩槍を放ち続けるには多量の魔力を消耗するが、それを見越しただけの魔力晶石を重竜には積んできている。

 兵たちの携行魔力も先ほどの布陣時に万全のモノにしてある。まだまだ大丈夫だ。

 オベルム分団長は、ようやく確信に近い手応えを掴もうとしていた。

 ――その“声”が聞こえるまでは。



「――了解しました。作戦通り、儀式を開始します」

 和貴は、かげつからの通信を終え、ティルに向き直った。

 二人は未だフーダ城塞の屋上にいた。ティルは簡易祭壇の上で、法儀剣を携えたまま和貴に問う。

「……かげつから、ですか?」

「ええ。ティル様に、例の作戦をお願いしたいと。……できますか?」

「もちろんです。私がやると言い出したことですから」

 迷いないティルの答えに和貴も頷く。

 ティルの望んだこの作戦が、果たして彼女のためになることなのか、ここに至っても和貴には解らなかった。

 ……でも、今は。

 彼女は望んだ。自分たちはそれを受け入れた。

 ならば、あとは実行するのみ。

 ティルは祭壇の中心で目を閉じ、ゆっくりと剣を構える。

 彼女の尊きその力を、融和ではなく、戦いに用いるために。

「行きます。……大地の御遣いよ!」

 呼びかけとともに、ティルは法儀剣を構える。その柄に吊られた鈴がリン、と涼やかな音を立てた。



『どうか、戦いを止めてください。退いてください。我々はあなた方との戦いを望みません――』


 それは、誇り高き戦士にとって、まさに悪夢としか言いようのない戦場だった。

『うるさいうるさい……!』

『くそ、静かに――』

『やめてくれ! もうやめてくれ!』

 その声が聞こえる瞬間までは、そこは戦士としては望むべき戦場だった。

 姿すら見えない敵とはいえ、オベルム分団長を筆頭とする竜人兵たちは曲がりなりにも応戦し、それが成果を出していたのだから。

 だがここは、戦場と評することすら生ぬるい。もはやそれは、屠殺とさつ場だった。


『自分たちの家へお帰りください。我々は不幸な殺し合いを望みません。どうか戦いを止めてください――』


 気狂いを起こした病人のように果てしなく同じ文言で繰り返される停戦要請。それが防ぎようもない大魔力の念話で兵たちの脳髄に延々と叩きつけられている。

 その上、魔術妨害と精神汚染が解呪しても解呪しても重石のように圧しかかってくるのだ。

 魔力は必然、そちらの防御へ振り分けざるを得ない中、炸裂の鉄塊はまったく変わらず容赦なく降り注ぐ。

「クキャア!?」

「ギャオ!?」

 もともと精密に気配を読み、わずかな間隙を突いて、それでも数に任せる形でどうにか撃ち落としていたのだ。

 脳みそを引っかき回されながら同じ芸当ができる兵など十分の一にも届かない一握り。

 ……くそ、くそ、くそぉ……!

 オベルム分団長は、仮にもその一握りであるが、それでも自分の身を守るのが精一杯であった。

 自身の座乗する上級重竜を守ることも叶わなかった。飛び降りた直後に、オベルムが乗っていた上級重竜は立て続けに三発の鉄塊を浴び、肉片と体液をまき散らしながら爆圧ではじけ飛んだ。

 散開させていたのがせめてもの救いとは言え、兵たちは次々に原形も留めぬ挽肉ひきにくと化していく。

 運良くそこから逃げ出した者たちも、声と呪いに襲われ頭痛やめまい、吐き気で身動きも取れないものも多い。

『なるほど……あの言葉は、そういう意味か……』

 オベルム分団長は、追い詰められた頭で、不意に答えに至った。

 ――『我々は貴君らをなりません』

 エサの代表は、戦う、と言わなかった。

 既にそこから食い違っていたのだ。

 出立前、議場の使者からは『狩りのつもりでは痛い目を見る』と言われていた。だからこれは戦争だと、強行偵察だと覚悟して挑んだ。

 だが、違った。

 ……これは“駆除”だ。

 人間が家畜であるならば、これはそれを襲おうとする自分たち害獣の駆除なのだ、と。

 狩りのような獲物への敬意も、戦の礼儀も、心意気も、勇ましさも、駆け引きも介在する余地はない。

 ただ存在そのものを根絶やしにするための排除行為。


『どうか、戦いを止めてください。退いてください。我々はあなた方との戦いを望みません――』


 それはある面では発話者の本心だろう。

 花畑で妖精と戯れる幼い子どものような言葉。互いに退くことのできぬ状況で、激突を余儀なくされた状況ではただ空しいだけの言葉。

 だが、それを空しいと知りながら武器に使うなど、いったいどんな精神をしているのか。

 どんな悪魔が背後につけば、こんな悪辣な手を思いつくのか。ただ兵として敵を正面から打ち倒す戦いしか経験していなかったオベルム分団長には想像もできなかった。



「自分たちの家へお帰りください。我々は不幸な殺し合いを望みません。どうか戦いを止めてください――」


 ティルは、総督代行としてI.D.E.A.の駐在武官から戦術を学ぶ上で、この手段を知った。

 曰く、爆音の音楽で敵の戦意を削ぐ戦術。

 曰く、機械や電波を使えなくして敵の戦闘能力を削ぐ戦術。

 いわゆる非殺傷の攻撃手段だ。

 それぐらいなら、自分もできるかもしれない……と。心の隅に記憶していたもの。

 それを、この場で実践していた。

 ……私だって、戦える。

 ティルはかつて、巫女時代に謁見した者たちの怨嗟、悲嘆、絶望をその身で受け止めてきた。

 征伐軍として戦い、魔の者に足ごと霊力を喰らわれた者。

 仲間を救うため奮迅の活躍を為し死んでいった男の物語を伝え、彼への弔いを求める者。

 大規模な侵攻がないからと、人員の補充が為されぬまま朽ち果てるしかない最前線の様子。

 どうしようもならない、嘆きと苦しみと、救いを求める言葉。

 そして、総督代行を任じられてから、初めての遭遇戦で斃れた法官たち。

 彼らの合同葬で悲嘆に暮れる親族たちの姿、言葉。

 ティルはそれらをすべて背負ってきた。

 そして今も、背後にザッフェルバルの民を――ひいては帝国臣民全てを背負っている。

 だからこそ、できた。

 カズキの言葉はわかっている。戦わずに越したことはない。戦わなければ味方が死ぬこともない。

 魔の者どもが人間を喰うことを止めると言えば、かつての魔龍のようにぶつかることなく別れる道もあったはず。

 だからあえて、この言葉を選び、投げ続ける。


「どうか、戦いを止めてください。退いてください。我々はあなた方との戦いを望みません――」


 魔の者どもが聞くとも思えぬ言葉を、ただ暴力的な打撃として。

 戦いを望まぬ心と、相反するようにティルの心の隅でくすぶっていたもの。

 これは、それらが為させたわずかばかりの仇討ちだった。



「砲兵中隊、射撃終了まで残り百二十秒!」

 都築大隊長の指揮の下、第一大隊は着々と作戦を進行していた。

 ザッフェルバル総督代行たるティルヴィシェーナの大規模な魔力ジャミングにより、対魔族榴弾がまともに威力を発揮し始めた。

 はじめに、トリケラトプスにも似た大型の四足竜に直撃弾が入り、ほとんどが擱座かくざ、横転し動かなくなった。

 続けて大将周辺にある程度集まっていた歩兵群へも砲撃を加え、今は薄く広くばらけた歩兵をまんべんなく吹き飛ばすように着弾させている。

 ここまででかなりの数を削れたはずだが、弾にも限りがある。

 砲弾一発で無力化できる数にも限度があり、今の推移では予定の全弾を叩き込んでも敵の殲滅には至らないだろう。

 次の手を打つ必要がある。その準備は、既にできている。

「よし。――ライトニング9、こちら第一大隊司令部1LMHQ

 都築大隊長は予定の時刻になったタイミングで通信を飛ばす。相手先は第二〇一揚陸飛行隊の結城遼太少尉。

《ライトニング9です。現在、ポイント四三・八九を通過。どうぞ》

「了解。砲兵隊は予定通り射撃中。終了まで残り一〇五秒。先行する騎兵隊は一定の速度でなおも前進中」

《確認しました。予定通り、砲撃終了にあわせて突入します》

「騎兵隊は未だ魔法を射つ余力があると思われる。対空攻撃には厳に注意せよ。以上、1LMHQ」



 そして、砲撃は止んだ。

 竜人たちに砲弾の雨を降らせ続けた八門の自走砲は、全ての対魔族榴弾を撃ち尽くした。

 だが、敵はまだ残っている。

 ティルの魔力ジャミングが続く中、頭痛と吐き気に耐えながら前進する騎兵隊と遊撃歩兵。そして自走砲が撃ち漏らした満身創痍の本隊の歩兵たち。

 そこに空から飛び込む影があった。

 ……くそったれ……ッ!

 三十ミリガトリング砲を両腕で抱えた迅雷を全力で加速しながら、結城は乗機を峡谷へと突っ込ませた。

 追って、僚機である三機の無人型迅雷が同型のガトリング砲を抱えて続く。

 全天を映すモニターの風景に大きく山々が映り、足元の地面が流れ、地面への接近警報がうるさく鳴り響く。

 ……うるさいうるさいうるさい!

 機体に言われずとも、結城も無茶をやっているのは解っている。クソ重い強化型ガトリング砲とその弾を抱えて、身軽な時ですら飛びたくないような障害物だらけの低空に飛び込んでいるのだ。

 一歩間違えれば山肌に激突死。速度を緩めれば魔法に撃墜される。

 だが、今の結城は不思議と悪い気分ではなかった。

 なぜなら、

 ……やってやるぞ、見てろよ畜生……!

 目の前の大軍が防衛線を抜ければ、おそらくルタンに暮らす人々が真っ先に餌食になる。

 他の住人がどうなろうが知ったことではない。けれど、たった一人だけ、知り合いができてしまった。

 ぼーっとしていて、アホそうな顔で、美味そうにアップルパイを食べていた赤毛の少女。

 自分を“星のかみさま”と呼んだ、初めての“信者”。

 コックピットに吊られて揺れる、不格好なお守りをくれた、あの子。

 ……あいつのお守り分ぐらいの仕事はしないと、格好つかないんだよ……!

 機体は亜音速に達した。

《ライトニング9。こちら第一航空隊司令部イエローフラッグ。予定ポイントまで残り十五秒。攻撃態勢に入れ》

「了解……!」

 かげつの航空隊司令部のオペレーターがカウントダウンを告げる。

 データリンク上の敵の現在地点と、予測位置がほぼ重なる。ここまでくれば誤差だ。機体のガトリング砲を構える。

 予定ポイントまで、

「突入まで三秒! 全機――」

 通信を開き、結城は叫ぶ。デジタル時計のカウントで、きっちり三秒後、

「――攻撃!」

 無人機のAIに指令。同時にトリガーを引く。

 直後に四機のガトリング砲は三十ミリ対魔力防御貫徹弾をぶちまけた。



 瞬間、地面を這うように四本の土煙の列が走った。

 毎分六千発という猛烈な速度で吐き出された、重質量タングステン弾の着弾の軌跡だ。

 それは蛇のように快速竜騎兵を、歩兵をあっという間に呑み込み、通り過ぎる。

 二秒間にも満たない掃射。

 その後には、三十ミリ弾に耕された地面と挽肉だけが残った。



「イエローフラッグ。こちらライトニング9。攻撃プラン01を終了、このままプラン02へ移行する」

 結城たち四機はそのまま峡谷を直進し、次の目標である本隊へ向かう。

《イエローフラッグ了解。プラン02を更新した。確認せよ》

 到達まで十秒足らず。その間に航空隊司令部からは攻撃プランが再度送信されてくる。

 観測された敵兵の位置が移動したのだ。

「了解。確認した。突入まで……五秒」

 最適な侵入経路と攻撃タイミングを示したプラン。受信されたデータは機体の全天周モニターにも推奨経路のガイドがCGで表示される。

 結城はそれを丁寧になぞりながら飛び、明示されるタイミングを待つ。

 敵の視認は必要ない。そんなことができる速度ではない。ただ地上からのデータを信じるだけ。

 カウントがゼロに、モニターに発砲指示が表示される。

「……ファイア!」

 トリガー。六門のレール砲身を束ねた強化型電磁加速ガトリング砲がスピンアップ。

 通常弾の倍近い質量を与えられた三十ミリ弾は、しかし砲身の回転と共に土砂降りの雨の如く敵へ殺到した。



 オベルム分団長が無傷で済んだのは、ただの奇跡に過ぎない。

 少なくとも、側に控えていた十年来の部下に突き飛ばされねば、二人ともども肉塊となっていただろう。

 ……まさか……。

 炸裂する鉄塊に味方が徹底的に叩きのめされ、わずかに残った戦意で辛うじて立っていた兵たち。そこに襲い来た

 轟音と土煙をまき散らしたの後には、もうわずかな兵しか残っていなかった。

 本隊およそ二千五百のうち、無傷の兵はもう五百にも届かない。

 炸裂した鉄塊に多くの兵が命や四肢を失い、あるいは土煙に呑み込まれて刻まれていったのだ。

『上空に留意しつつ、動ける兵はけがをした者を回収し、後方へ集めよ!』

 視線を絶えず上へ向けながら、オベルム分団長も一カ所に留まらぬよう動き回りながら、指示を出す。

 固まったところを狙い撃ちに合わないよう、残った兵は数人づつの小隊を組ませ、離れた位置から念話でその状況を把握、部隊の再編を行っていく。

 比較的軽傷のけが人は重竜の死骸の陰に隠し、集める。

 自力で動けなくなった重傷者の回収は不可能だ。諦めさせ、遺言や遺品の回収を徹底させる。

 攻撃が来ないうちにと急いで部隊の状況を再度確認し、オベルム分団長は確信した。

 ……これでは、任務の達成は無理だな。

 空から魔力を込めた爆発する鉄塊が降ってきた。はっきりと視認できなかったが、何かが通り過ぎると途端に兵たちが吹き飛ばされた……。

 こんな曖昧な情報では、オベルム分団長の軍人としての誇りにかけて、帰還はできない。

 せめて、未知の騎竜や牛馬の一頭でも視認し、首を獲って帰らねば。

『分団長、けが人の把握、完了しました!』

『ご苦労。……動ける者は、これで全部か?』

『は、クルフト族やナメン族は独自に動くとのことで、けが人も連れて先行しましたが……』

『ああ、それは聞いている。彼らは彼らの判断に任せた。この状況だ。密集していた方が危険でもある』

 もともと寄せ集めの軍なのだ。一糸乱れぬ戦いなど期待していなかったし、このような状況になってしまえば、むしろ頼もしい。

 彼らが運良く何かの情報を手にし、臆病にも逃げ帰ってくれればまた後続の兵が楽になるだろう。

 自分もそうすればいいと理性がささやくが、残念ながらオベルム分団長はそれを選ぶことのできない生粋の武人だった。

『よし。けがをした者たちは黒旗を上げ、このまま本国へ戻れ』

『しかし……! けが人だけでは!』

『どのみち、我々とて自身の身すら危うい相手だ。守り抜ける自信はない。ならば、この声の主に期待させてもらおう』

 オベルム分団長は、繰り返し『帰れ』と告げる爆音を指して言う。この言葉を信じるならば、撤退する者まで追いはしまい。

 そうでなくとも、これだけのけが人を守り戦うのは、今の人数では不可能だ。ならば、一縷の望みに賭けるほかない。

『これだけ“退がれ”と騒いでいるのだ。そしてこの敵はそれを守る。……敵の代表と話した我を信じろ』

『わかりました。分団長は?』

『我は進む。これでも、敵の首をあげずには戻れぬ性分でな。無傷である幸運を引き当てながら、我と共に死にたい愚か者はおるか』

 問う。魔力の気配を探れば本隊には五百と少し。騎兵隊は二十五、遊撃歩兵隊は先行した二部族の者を除くと八百というところ。

『おお……!』

 それらが一斉に念で応え、鬨の声を上げ、剣を、槍を挙げて打ち鳴らす。

 つくづく愚かな仲間たちだ。だが、武将冥利には尽きるというもの。敵にはともかく、少なくとも味方には恵まれた戦場のようだった。

『ならば共に往こうぞ。敵の化けの皮を剥がしに……!』

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