第40話 弾雨の中
本隊に先行して、快速竜騎兵隊の生き残りは峡谷の出口へとたどり着いた。
前進するたびに増す魔術妨害、撹乱の重さに耐えながら、慎重に周囲を見渡す。だが、
『……敵は、いないのか?』
繰り上げで臨時の隊長に任命された年若い快速竜騎兵、カンムはその不気味さに怖じ気づく。
峡谷を出たところでの待ち伏せ包囲は定石。オベルム分団長のその指示を信じ、こうして騎兵隊である自分たちと、斜面に潜む遊撃歩兵隊が本隊に先んじて前進してきたのだが、
……やはり、敵は見当たらない。
となれば、恐らくはどこかに隠れているはず。これだけ気配が撹乱されてしまえば、離れた場所から敵の魔力を読み取るのは困難だ。その状況を敵が作り上げたのならば、彼ら自身がそれを利用しないはずはない。オベルム分団長はそう言っていた。
……となれば、あの一帯の木々の中に隠れているはず……。
眼前に広がる緩やかな斜面には低木がひしめいている。その影に敵軍が潜んでいるとみるべきだろう。
カンムたち快速竜騎兵隊にオベルム分団長が下した指示は、突破だ。
敵による
……抜けるのは、左右どちらかの端。
中央では綺麗に囲まれて袋だたきに遭うだけ。だが、どちらかの端を狙えば、反対側の敵は自分たちを攻撃するまでに移動の時間を要する。
追いつかれる前に包囲を抜ければ、やりようはある。
カソムは、土地を見た直感で左手の突破を選んだ。
……行くしかない。
強力な魔術妨害は途切れる様子もない。ここまでくると、もうオベルム分団長との念話も通じないようだ。
カソムは腹をくくり、最寄りの歩兵部隊へ呼び掛ける。
『ディムー隊。これより我々は予定通り、敵を探しながら左翼への突撃を開始します。何か動きがあれば、対応を願います』
『了解――た。任せ――』
中距離の念話でも、妨害の影響ではっきりとした応答が難しい。その上、生半可な魔力での呼びかけでは爆音のごとき停戦要請にかき消される。
孤独と恐怖に呑まれそうになるが、カソムは勇気を振り絞って仲間へ命じる。
『魔力を高め、敵の不意打ちに備えよ。全隊、左前方へ転進!』
『おう……!』
自身の快速竜を含め、残った二十五騎が左前方へ。背後の斜面は味方の遊撃歩兵隊に任せ、ゆっくりと移動を開始した。
*
かげつ戦術管制室にて、騎兵隊の動きはつぶさにモニターされていた。
偵察無人機のカメラを通して、騎兵たちの姿は複数の方向から余さず捉えられ、グラフィックパネルに大映しになっている。
機甲小隊隊長、市川大尉は管制室の左端に配置された機甲小隊卓の前でそれを見ていた。
「来た来た。御一行様がゾロゾロと……」
前回は有人型の戦車に乗っていた市川大尉も、今は管制室の中に立っていた。今回の小隊は全車が無人運用だ。市川としては不満だったが、特殊装備を突貫作業で仕上げるには、有人仕様まで手が回らなかったので仕方がない。
「――
「動く様子、ありません」
横に控える千鳥中尉も同様に映像やデータリンクへ集中している。それら全てを確認した上で、彼女は首を横に振る。
「……動くならば、最寄りのベータ203群がおそらく最有力かと思いますが、まだなんとも」
千鳥中尉は一つの映像を指す。騎兵隊からディムー隊と呼ばれた歩兵小隊。映像の中のトカゲ人間たちは身じろぎ一つせず、舌をチロチロと出したり引っ込めたりするだけで騎兵隊の動きをひたすら目で追っているようだった。
おそらくは、かげつの側が仕掛けた場合、彼らがバックアップに入る算段なのだろう。
「ち……用心深い」
他の敵歩兵も同様に離れた場所から見ている。把握できる限りで八つの歩兵隊が騎兵隊の動向を注視しているようだ。
可能なら、騎兵隊と合流したところをまとめて狙いたかったが、どの歩兵隊も山を下りてくる様子はない。
「仕方ない。欲を出して面倒な騎兵を残すわけにはいかねえ」
敵の騎兵隊は扇状に展開した包囲の端を狙うような針路をとっている。下手に放置すれば反対側の車両の射程外に逃げられてしまう。
迷いの見える動き方から、車両の配置が露見したわけではないようだが、包囲されているという前提で動いているのかも知れない。
……どこの世界もセオリーは同じという訳か。
「大隊長、攻撃許可を」
管制室の右後方、大隊本部卓に振り向き、市川が許可を求める。そこに座った大隊長、都築中佐は即座に頷いた。
「許可する。一匹も残すな」
「了解。――機甲小隊、全車発砲!」
*
峡谷の出口を弧を描いて囲むように、五両の八六式汎用正規戦車が森の中に配置されていた。
模造の枝葉を取り付け、藪の一部と誤認しかねない巧妙なカモフラージュを施されていた車体は、それ以上に前回の戦闘とは大きく異なっていた。
足回りは四脚から
三十ミリ六連レールガトリング砲と、その反動に耐えうるだけの強化フレームと装甲。その上に対弾性はほぼ無視されたような外付けの巨大なドラムマガジンが載っている。人間が乗る空間は考慮されていない無人仕様の急造パーツだ。
その用途は極めてシンプル。三十ミリ対魔力防御貫徹弾を、短時間に広域かつ大量に叩き込む――そんなオーダーに応えることのみに特化された姿。
そして、その力を振るえとの命令は下された。
〈E-1:攻撃命令了解。射撃開始〉
直後、六連の砲身がスピンアップ。回転と同時にドラムマガジンからチェンバー内に砲弾が流し込まれる。
そして合計十基のガトリング砲は一斉に火を噴いた。
回転するレール砲身が間断なく砲弾を吐き出し続け、たっぷり三秒間。一万発を超える重三十ミリ弾が戦場を薙ぎ払った。
*
『何だ……何が起こったんだ、アレは……!?』
斜面の中に隠れていた、ディムー隊と呼ばれた歩兵小隊。その中でも最も騎兵隊に近い位置にいた竜人族の一人が思わず念を漏らした。
轟音と、土煙と、血飛沫。
勇壮を誇る快速竜騎兵隊は、瞬きの間に一人残らず快速竜もろともバラバラに刻まれていた。
彼ら歩兵の誰もが一度は憧れ、しかしその力及ばぬが故に断念せざるを得なかった戦場の花形、快速竜騎兵。それがたった二度の瞬きの間に赤茶色の泥濘へと変えられていた。
何が起こったか認識できて死んだものは、おそらく誰一人いなかっただろう。見ていた側ですら、理解が追いついていないのだから。
『貴様ら! 今の攻撃が、どこから飛んで来たものか見たものはいるか!?』
小隊長を任じられたもっとも古参の兵が全員を見回して問う。
ほとんどが黙るか、否認を示す中、
『お、俺……』
一人の若い竜人が手を挙げる。
『なんだ?』
『あっちの木の陰で、何かが光って揺れてるの、見た……』
指差したのは、やはり包囲が想定された森の中。何者かが潜んでいるのは間違いないのだろう。
『よし。なら我々はそれを確認し、可能ならばその何者かの首を獲りに行く。騎兵隊の敵討ちだ』
この場所から魔術で撃つ、という選択肢はこの状況下では採れない。莫大な魔術妨害が空間に満ちる中で有効な威力を発揮できる兵は多くないからだ。
ならば、危険を承知でも、慎重にその首を狙える至近まで迫るのが次善の手だ。
自身の身体に近ければ近いほど魔力の制御は容易く、他者の介入は受けにくい。白兵戦は接近する危険を負う代わりに、最も確実で強力な打撃を発揮することができる。
『覚悟はいいな? 行くぞ……!』
*
〈E-1:動体反応なし。射撃停止〉
〈E-3:動体反応なし。射撃停止〉
そうして、市川にすればノコノコと射程に飛び込んできたトカゲたちは、まとめて三十ミリの暴風に刻まれた。
偵察中隊の無人機が、ベータ203群だった竜人歩兵の全てが死体に変わったことを確認し、市川は一つ安堵の吐息。
「さて、残りはどう出てくる……か」
トカゲどもが八六式を発見し、こうして仕掛けてくるのならば応戦の準備は十分に整っている。だが、先ほどのバカどもと同様、上手く誘いだされてくれるかどうか。
……だが、もし動く気がないようならば。
その時は、他の奴らが別の手を打つだけだ。機甲小隊としては、甚だ不本意だが。
例えば、今まさに動き出した、歩兵第四中隊のように。
*
『分団長! 後方、魔力の気配です!』
『何だと!?』
オベルム分団長が他の仲間とともに上級重竜の死骸に隠れ、空からの次の攻撃に一矢報いんと備えていた時だった。
魔術妨害と無意味な念話の嵐が吹き荒れる中、一人の部下が遠方の敵を捉えた。
オベルムが魔力とともに目を凝らせば、逃した負傷兵たちを無視し、一直線に突っ込んでくる存在を視認することができた。それは、
『魔獣……?』
オベルムが見たものが果たして何なのか、彼自身の知識に該当する生物は皆無だった。だから、知性ある存在とはかけ離れたその姿から、そう推測したに過ぎない。
首と腕のない胴体から、一本の長い角を生やし、二本の鳥のような足を持つ化物。背の高い全身に、魔術刻印らしき文様を施した甲冑を施したような角ばったそれが四体。人間の兵隊たちを従え、地を滑るように迫るその存在は、快速竜にも似ていた。
『まさか、いつの間に背後に……!?』
『この雑音下ではすり抜け放題ということだろう。ここから気付けた方が幸運というべきだ』
慌てる部下をたしなめつつも、オベルムは内心で悔しさに歯がみする。
……餌の王め、これも狙ってのことか!
魔力を持った軍隊を動かすには、双方とも自らの位置を相手に晒す事を覚悟しなくてはならない。
高度な隠蔽術式はあるにはあるが、それも手練れや特殊な才能を持つ者を前に完全に隠しきることは不可能だ。
しかし、今の状況はそれらの常識が全てをひっくり返されるほどの雑音に満ちている。奴はそれを利用して挟み撃ちを仕掛けてきたのだ。
だが、この絶望的状況は、しかしオベルムにとって好機とも言えた。ここに来て初めて、敵の姿が見えたのだから。
どうにか先手を取らんと、部下に命令を出そうとした、その時。
『分団長! 上、何かの影が――』
部下の警告に、オベルム分団長は反射的に上を見る。いた。影だ。板のような翼を背負った、人影が四つ。
……あれが、先の土煙の嵐を起こした敵か!?
瞬間にオベルムの脳裏に仲間たちが打ち刻まれた光景がよぎる。だが、その推測が当たっていようが、外れていようが、どのみちできることは一つだ。
『重竜や岩の陰に隠れろ! 早く!』
自身が愛竜の死骸の影に再び身を隠した直後、またも轟音と打撃の嵐が降り注いだ。
『くっ……!』
打撃は思いの外鋭く、死骸を貫通してまでオベルムまで届いた。
だが、死骸の肉で減衰した打撃は、間一髪で鱗の加護が防ぎ切ってくれた。
どうにか攻撃を受け切ったオベルムは、自らを殴りつけた存在――塊を手に取る。
……これは、熱した鉄の塊か?
炸裂する鉄塊によく似ていたが、これは細く小さく、炸裂する様子も魔力も感じない。手で持てば、馬鹿げたほどの重みを感じる。
オベルムには、これがなぜ魔力防壁を無効化できるのかという点まで考え及ばなかった。
しかし、どんな仕組みであろうと、一つの経験は得た。上級重竜の死骸は、盾に使えるのだと。
翼の影を目で追えば、もう弓の届かぬ空の高みへ逃げていた。翼人にも似た、甲冑の騎士。魔力を感じないその存在。
……あれには、手が出せんか。
軍団の長たるクメルと羽蛇隊を失った今のオベルムたちに空飛ぶ敵に抗う術はない。翼人と竜人が、同盟の理念として対等でありながら、現実では決して対等とは成り得ない理由もそこにある。
……今はもう、勝てない敵を追っている余裕はない。
負け戦だからといって、手ぶらで死んでやるわけにはいかない。空の敵相手には、殺されぬように逃げ回るしかないだろう。
改めて、背後から迫る“二本足”を見る。今、オベルムたちの剣が届く相手はアレを置いて他にない。
『諸君、生きているな!?』
念で問えば、各々から肯定の応答が返る。
今の攻撃から逃げ切れなかったものもいたようだが、まだ大半は無事だ。
『我々は運がいい。空の敵のツラも拝めた。あとは敵の魔獣の首を取って帰れば凱旋だぞ。気合いを入れろ!』
死骸の陰から見れば、なおも敵の魔獣と兵士はオベルムたちに向かい距離を詰めてきている。
『大地の槍、魔獣狩りの術弓、投射用意!』
*
「第四中隊全機停止、A10、B13、C17、射撃体勢!」
中隊を預かる
四機のうち、三機の背高バッタは射撃体勢に移る。逆関節の両足を開き、腕と首のない胴体に背負った長砲――三十ミリ単装
だが、砲の先に立つ敵は、ほとんどが巨大な四足竜の死骸に隠れている。第三小隊を預かる川口少尉が毒づいた。
「クソ、デカブツを盾にしてやがる……どうします、中隊長!?」
三十ミリの貫通力は、魔力防御に対しての貫通力は正直ギリギリだ。携行数を稼ぐため、威力と重量、体積の均衡点をとっている。有効射程は一キロにも届かない。
倒した大型の四足竜の死骸は巨大な質量だ。そこで威力を削がれては、魔力防御を貫徹する威力を保てまい。
「積んできた以上は予定通り三十ミリをぶつけます。牽制ぐらいにはなるはず。A10、B13、C17、照準。対歩兵殲滅モード。射撃管制を三機で
「了解! 対歩兵殲滅モード。射撃管制をオートリンク」
玉川中隊長の指示に、小隊長たちは手早く指示を無人機に飛ばす。タッチパネルとスタイラスペンを駆使し、目標を指示。A10、B13、C17のコードを与えられた背高バッタのAIがそれを受け取り、電磁加速砲に大電流を流し込む。
「A10、射撃用意完了!」「B13、完了です」「C17、完了っす!」
各小隊長の完了報告と同時、偵察中隊のオペレーターから警告が飛ぶ。
「第四中隊! 敵ベータ101から108群が弓を構えています。魔法によると思しき石の浮遊現象も確認。投射体勢!」
「了解!」
四中隊もそれは認識していた。自分たちが狙う敵が、障害物からわずかに顔を出し、背高バッタを狙っているところを。
だから、玉川大尉はすぐさま命じた。
「――撃て!」
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