第37話 光

 あけぼしの上部垂直ミサイル発射管VLS、その中でも特に大きいハッチの一つから、噴煙とともにミサイルが飛び立った。

 長距離巡航ミサイル“ロングアロー”。その特殊弾頭仕様のガンマタイプ。

 発射されたミサイルはロケットエンジンで所定の高度まで到達したのち、内蔵されていた翼を広げジェットエンジンによる巡航飛行に移る。

 そうして巨大な鉄の柱は、ベファン山脈の上を亜音速で悠然と飛び越えていく。


「ロングアロー・ガンマ、着弾まで残り二百秒!」

 かげつの戦術管制室。第一大隊通信士の報告を聞きながら、和貴はただ地図上の光点を見る。

 管制室のメイングラフィックパネルに表示されたマップ上で、淡々と動く三角形。ミサイルの現在地を示す記号を。

 ……光の“盾”か。

 この一撃が、今後の侵攻を押しとどめる盾とならんことを。そういう屁理屈でつけられた作戦名を思う。

 上が本気でそう信じているのかは和貴にはわからない。だが仮に、ふるい歴史が語る倫理をねじ曲げたかっただけで――自分たちを納得させたかっただけなのであれば、和貴も同じ気持ちだった。

 もう、手はない。

 手持ちのカードで勝負をするには、いまここでジョーカーを切らねばならない。

 だから、これは防御なのだと。

 強大な敵をせき止める盾なのだと。

 政治家らしい、あるいは官僚らしい物言いになまじ呆れながら、けれどもどこか頷かざるをえない自分に諦めのような感情を得ながら。

「…………」

 視線だけを隣の少女に向けた。

 真剣で、どこか感情の読み取れない表情で真っ直ぐ正面の画面を見るティル。

 彼女はこの瞬間に、何を思っているのだろう。



『――? なんだこの音は』

 ゆっくりと進軍する一万五千の軍勢。

 主力の中央で歩を進める上級重竜ガウル・ゴルーンの背のかごの中にいたクメルは、どこか耳障りな高音がすることに気づいた。

 魔力で周囲を探れば、これといった気配はない。だが、よくよく音の方向を探れば、それは空の向こうから聞こえていた。

『まさか――』

 外へ飛び出し、より念入りに音の出所を魔力で探れば、まもなく遠く空の彼方から自分たちへと近づいてくる何かの存在を察知した。

 生物ではない。魔力を持たない石か鉄かの塊だ。報告にも空船の連中は魔力を持たないとあった。おそらくは先兵だろう。

『敵だ! 全隊、密集防御! 羽蛇隊、あの影へ攻撃を……!』

 直ちに全隊へ念令。クメルの合図に、すぐさま竜人の歩兵たちが互いの魔力を繋げ、全軍で一つの魔力盾として防御術を展開する。

『行くぞ、羽蛇隊、我に続け!』

 コウモリのような羽を持った蛇、羽蛇にまたがる竜人の騎士たち。隊長に続き、彼らが一斉に槍を構えその物体へ突撃をかける。

 まもなく、クメルの眼もその存在を確認するに至った。

 白い、空を飛ぶ柱のようなもの。

 先ほどの石柱と同じような板がせり出している、その姿を凝視し、


 ――クメルの視界は白く塗りつぶされた。



 I.D.E.A.のある研究者は、徹夜明けに友人にこう語ったという。

「魔力防御は、やはり物理的に突破できる。

 ぶっ壊すのに必要なエネルギーが馬鹿みたいに多いだけだ。

 それなら、馬鹿みたいなエネルギーをぶつけてやればいい」



 初めに、光が満ちた。

 それが爆炎だと認識できてようやく、轟音が来る。

 ベファン山脈越しにでも、その音は地を震わせ響き渡った。

 征伐軍の誰もが見たのは、山の背を超えて高く上ったキノコ雲。それははるか軌道上のかきつばたからですら視認できた。

 クメルの率いる軍勢の上空で人為的に引き起こされた対消滅反応。その全体のエネルギーはギガ、テラを超えてペタジュールに達した。その上、地面を往く軍勢を焼き払うためにその爆発反応は指向性すら持たされていた。

 至近に迫った羽蛇隊は文字通り蒸発。

 クメルの軍勢が展開した広域防御術は、全域を灼き尽くす衝撃波と熱線を前に飴細工の如く消し飛んだ。

 そうしてかげつのビーム砲など比べ物にならない極大の破壊は、おおよその算定に違うことなく、クメルたち一万五千を残らず消し炭と化した。



『なんだ……あの光……煙……? それに、この音は……』

 副軍の一つ。人類の引いた区分けではザッフェルバルへ侵攻せんとしている、北端に位置する竜人の軍団。

 光と轟音はそこにもはっきりと届いた。そして、クメル軍将、そして主力の気配が丸ごと掻き消えたことも。

『大地が炎を……まさか、火龍猊下が、この場に……?』

 兵の一人が怯えたように口にした言葉。裁きの火龍。それを聞いて副軍の指揮官ベタムスは嫌でも思い出す。罪人を裁く荒涼たる岩山を。朱き火龍の一声で山が震えて火を吐き出し、罪人のことごとくを呑み込んで行った様を。

 ……ありえぬ!

『火龍猊下がこんな辺境まで来られるはずはない! それに、彼の地への禁足は先日解かれた! 我々にやましいことなどあるものか!』

 そう。あり得るはずがないのだ。かの神聖なる火の龍は、はるか東の奥まった火の山に居を構えているはず。天鱗同盟が成立してよりこれまで、そこから動いたことなど決してないのだから。

『行くぞ皆の者! あんなものは人間どもの見せかけだ!』

 念話で五千の兵に奮起を促す。

 威勢のいいときの叫びが返ったことにわずかな安堵を得て、彼らはさらに歩を進める。

 人類の支配地。自分たちの獲物が暮らす、狩猟場へと。



 領国ザッフェルバル上空。航空揚陸艦かげつ、第一大隊戦術管制室。

 神田八智のARグラスに重要情報の通知が入るとほぼ同時に、大隊本部席の通信士がひときわ大きく声を張り上げた。

「あけぼし作戦司令部より入電! 本部偵察隊より反応弾の効果判定、敵主力に――」

 文面を確認するように通信士はそこで一息置き、

「――残存兵力は認められず! 反応弾により、敵主力は壊滅した模様!」

 その報告に管制室内に一斉に安堵の吐息が満ちた。

 これで生きていたら、という不安がようやく降りたような声。

 小型とはいえ艦載ビーム砲を防ぐような化物だ。理屈の上では、と聞かされても一度目にしたものを容易に忘れられるものでもない。

 特に、実際の遭遇戦を経た八智たち、かげつと第一大隊にとっては。

 だが主力が消えたとしても、化物はまだ残っている。

「副軍、一斉に進軍を再開!」

「ベータ群も進軍止まりません。先頭集団が暫定境界線を越境……!」

 軌道上のかきつばたからリアルタイムで送られる情報。それを通信士たちが相次いで報告として飛ばす。

 管制卓に座った八智は、それを聞きながら「あー、やっぱり……」と嘆息交じりにつぶやいた。

「逃げるわけないよね。そりゃね。あっちも軍隊だもんね……」

「あはは……。かしこい軍隊だと、またちがったかもだけどね」

 隣の熊野が苦笑しながら相槌を打つ。

「トカゲさんに知性を求める方が無理筋だろ。というか、人間だって何も情報がなけりゃきっと半々ぐらいの確率で突っ込んでくる」

 と三宅。

「でも動物なら普通は逃げるだろ。逃げねーってことは、やっぱ脳みそついてんだぜきっと」

 谷町の言葉に、八智も「だよね……」と同意する。そこが問題なのだ。

 知的生命体。本来はI.D.E.A.が対話を試みるべき相手。

 だが、これまで帝国から伝え聞き、また実際に目の当たりにした彼らの行動は捕食者そのものだった。

 捕食者は、獲物との対話を必要としない。そこをこじ開けるためには相当な試行錯誤が必要なはずだ。

 おそらく向こうの方が大変な仕事だろう、と八智は内心で友人やその弟分たちの苦労を思う。

 八智たちは極論、上の言う通りに化物退治をすればいいが、向こうはできるかどうかもわからない捕食者との共存の道を探さなくてはならないのだから。

 ……うん。私も頑張ろう。

 今回はそのための端緒を得る戦いでもある。

 話すには、とりあえずぶん殴って、“食えない”相手だとわからせるしかない。その象徴となる狼煙はすでに上がった。

 あの特大の花火をダシに使って、きっと彼らはうまくやるだろう

 自分たちは、それを信じて守り、戦うほかない。

「これより作戦は第三フェイズへ移行。プランA。かげつ、ならびに第一揚陸大隊は予定通り任務を遂行せよ、です!」

 あけぼし作戦司令部からの電文を読み上げる声が聞こえると、後ろにいたティルと和貴が急ぎ足で管制室から出て行くのが見えた。

 ……頑張れ二人とも……!

 心中でエールを送り、八智は正面を見据える。

 見慣れたグラフィックパネルに映るのは訓練で徹底して頭に叩き込んだ地形図。

 そこに表示された、敵と味方を示す記号。

 五千の敵と、二百に届かぬ味方。

 その差を覆すだけの準備を、八智たちは整えた。

 お偉方の立てた作戦も、八智の理解する範囲で無茶な点はない。

 あとは、与えられた装備と自分と仲間を信じて実行するのみ。

「いよっし!」

 自分に言い聞かせるように両手で頰を叩くと、八智はまた長い待ち時間に入る。

 状況が動くまで。自分たちが必要となるその瞬間まで。

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