第28話 鉄火が爆ぜる
《こちらライトニング9。
《ライトニング1、了解。帰投を許可します。補給を済ませ甲板上で待機。――おつかれさま》
……向こうは片付いたか。
向こうは地上部隊が先に追いついていたから、やはり決着は早かったようだ。
だが、直哉の場合は事情が異なる。
「逃げんなよ……!」
無人機三機を率いて追うのは未だ地上部隊が到達しない敵主力。呼称はマイク1。
かげつからの対地ミサイルでの援護はあれど、敵将がいる部隊だ。動きがいい。敵群は確実に散開して相互の距離を離していく。
「くそ、このままじゃ……!」
視覚と自機のセンサーで捕捉できるのは、でかい恐竜に乗った指揮官と、小さいダチョウ型恐竜に乗った騎兵たちぐらい。
歩兵があと十匹ほどいるらしい。だが上空から視認はほぼ不可能。無人観測機で追従しているらしい地上の偵察部隊からのデータリンクを頼りきって撃っている状態だ。
さっさと地上部隊を降ろすなりしなければ取り逃がす。その焦燥感に追われながら直哉は敵群をマークし続けていたのだが、
《
村瀬少佐からの通信。それが告げるのは作戦計画の変更。それが示すところは、実験の中止と殲滅戦への切り替え。
《我々は敵への牽制射撃を中止、現時刻をもって殲滅戦に移行する。なお、敵の防御に対しては四十ミリが有効と判断された。実弾装備の集中運用で確実に撃破せよ。近接、精密攻撃が要求される。低空での対空攻撃、特に魔法には厳に注意――》
プランBは敵に有効な攻撃手段が判明した場合の速攻プランを指す。それ伴う装備交換、換装は任意の判断で認められる。
「――ライトニング5、了解!」
直哉は即座に村瀬少佐へ返信。次いでライトニング7を呼び出す。
「ライトニング7、装備交換だ。四十ミリをよこせ!」
〈L-7:了解〉
通知音とともに直哉のヘルメットのARウィンドウにAIの回答が文字で表示される。ライトニング7が接近。空中で二機は手持ちの火器を交換する。
直哉のプラズマビームカノンをライトニング7へ手渡し、代わりに電磁加速速射砲を受け取った。
機体の掌で砲のグリップを握りこみ、武装を接続。直哉は装備が正常に自機に登録されたことを確認し、残弾を確認。
八割。長期戦に備えてセーブさせていたから残りは多い。
……かげつは?
事前に説明された作戦通り、かげつはほぼ指定位置まで来ていた。
敵の頭上をフライパスした艦は減速しながらUターンのために転舵。下部ハッチから二つの降下重力グライダーを投下した。
新たな
《
「こちらライトニング5、了解。雑用係は引き受けた」
《頼んだぜ。何でも屋》
降下したのは二両の戦車のみ。二両とも四脚、大口径レールガン装備の実弾仕様。予定にあった歩兵部隊とバッタ部隊はまるまるキャンセルとなったようだ。
その分の仕事は全て自分に回ってきたということでもある。
「ライトニング8は
〈了解〉と二機のAIはテキストを返し、プラズマ砲装備のライトニング7と、電磁加速砲装備のライトニング8の無人
直哉もスロットルを上げ、低速で巡航していた自機を一気に加速させる。
上空、広域が見渡せる位置から一気に有効射程まで降下。僚機であるライトニング6も背後にピッタリついて続く。
敵将を中心に、幾つもの光点が広がっている。CGで描写された敵の位置情報。それが現実の風景に合成され表示されている。
「まずは外側から――」
敵の位置を示すシンボルのうち、最も左外縁、前方に突出した歩兵に照準を合わせる。データリンクで振られたコードはマイク1-8。
その真上を取り、速度を落として機体を安定させる。
間髪入れず、直哉は操縦桿のトリガーを引いた。
二秒間。初期設定最大時間まで連射。二十発以上のタングステン弾を叩き込んだ。
《着弾。敵兵の撃破を確認》
近くに追従していたのだろう。地上の偵察中隊から撃破判定が届く。
時間差でマイク1-8がデータリンクから削除。モニターに重ね合わされた光点が一つ消える。
「……一つ!」
次いで近くにいたもう一匹に照準。
と、その時、警報が直哉の耳を叩いた。
「ッ――!?」
敵からの攻撃を示すアラート。背後。下方からの飛来物だ。とっさに反転し、機を引き上げる。
視認した。何か長いもの。速度はせいぜい時速二百キロに届かない程度。
〈L-6:L-5を援護。
割りこむように警告音とメッセージが表示される。ライトニング6から。
直後に飛来物は炎上、溶解蒸発し空中で分解した。援護についていたライトニング6からの近接防御レーザーの照射だった。
……いい子だ!
AIの的確な援護に直哉の口角が僅かに緩む。
直哉は即座に飛来物の推定発射地点に目を向けた。そこにも光点。偵察中隊が捕捉した敵の歩兵。マイク1-9。
自機のレールガンを構え直す。照準。重力制御はコンマ数秒で姿勢を安定させる。
「くたばれ……!」
トリガーを引き絞り、たっぷり二秒間、砲弾を叩き込んだ。
木々ごとなぎ払うように徹甲弾の群れが地面に殺到。曳光弾混じりの火線は、敵を徹底的に叩きのめしただろう。
「……二つ!」
やがて光点は消えた。次いで先に目をつけた目標に照準を戻す。マイク1-7。動きを止めたようだ。諦めたのか、攻撃の用意をしているのか。
……魔法を撃たれたら厄介だ。
直哉は後者を想定。速度を上げ、敵の周囲を円を描いて飛ぶ。
動きを止めないまま発砲。周回しながら二秒の連射を二度撃ち込んだ。
着弾はやや乱れていたが、それでも十分。数でカバーできたようだ。時間差で反応が消失する。
「……次!」
動きは止めず、直哉はさらに次の獲物へ目をやった。
*
……なんということだ……!
族長将軍は追い込まれていた。
中型竜はサイズがかさばる。森では動きづらく狙いをつけられやすい。
木をなぎ倒して強引に進む姿は、上空からはさぞ目立つことだろう。先程から光の柱よりも一回り小さな、光の槍を先程から立て続けに受けている。
同時に、散開させた身軽な歩兵への攻撃も全く手抜かりなく、
『将軍! 翼人が……人間と手を組んだのですか!?』
『上だ! あいつ、そんな、あいつらが……うわぁあああ!?』
絶叫、悲鳴、断末魔。
部下であり代々家に使えてきた下郎たち。あるいは血を分けた親戚の若者たち。
そんな彼らが、次々と言葉を残して消えていく。
……翼人が、なぜ我らを――
天上の人影。月光を背に見えたその姿は、たしかに翼を持つヒトだった。
それは、竜人と並び大陸を支配する天鱗同盟の首魁。
対等の同盟と言いながら、実質的に竜人の頭を抑え、この世界の頂点に立っている種族。
それがなぜ。
……なぜ、我らを殺す!?
理由などない、そう言いそうな連中だ。だが、利のないことに手を染めるほど酔狂でもないことは族長将軍も知っていた。
密猟の禁に触れたからか。だが、その程度で人間界まで足を伸ばす連中だろうか。
さらに疑問なのは、魔力を感じないことだ。圧倒的な、禍々しいまでのあの威圧感をなぜ感じないのか?
『助け――』
また一人の魂が霧散した。これで、歩兵は全て敵の前に散ってしまった。
『将軍……! こうなれば次は我々です!』
『解っている!』
どうにか逃げ切らねばならない。だが、貯蔵した魔力を全力で使っても木々をなぎ倒す分速度は落ちてしまう。
その上、光の槍への防御のため“鱗の加護”も全力で使わねばならない。あの猛烈な熱量に加護なしで晒されれば間違いなく即死だ。
必死で駆け、しかし狙いは付けられたまま、逃げきれない。
歩兵へ向かっていた翼人らしき“影”は、すぐにも戻ってくる。
急ぐほかない。間に合わぬとしても。
『走れ! とにかく全力で、走るのだ!』
最短距離で拠点まで戻る。その意志を込め、木々をなぎ倒して、山の麓へ向かう。天鱗同盟の領地と人間界を隔てる、山の麓へ。
そして、最後の低木を踏み折り、族長将軍の乗った
*
「ようこそいらっしゃいませ、だ」
エルフ1――機甲小隊一号車。
その車長席で、
背中に巨大なクリスタルを背負い、他よりも豪華な鎧を身に着けたトカゲ人間を乗せていた。
「
《エルフヘッド了解。残敵は敵将軍と騎兵を合わせた計六体。敵の魔法攻撃に留意しつつ、全て撃破せよ》
市川の報告に指示で返すのは管制室に詰める副官、千鳥中尉の声。
「エルフ1了解。そう固くなんなよ、中尉。いつも通りでいいんだ」
《しかし大尉…………第二中隊の件もあります。細心の注意を願います》
先の戦闘は市川も承知している。第二歩兵中隊がまたも貧乏くじを引いて、今回は派手に装備を損壊したという。
だが、魔法使い相手の作戦だ。危険は作戦立案時から承知の上。それでもなお、前線で敵を見なければならないと判断したのは市川自身だ。
「心配すんな。隊長を信じろ。……仕掛けるぞ!」
市川は景気づけを込めて、自車、僚車ともに音声入力で指示を出す。
「
市川が装填を命じた
榴弾と違って爆発で敵を危害するものではない。杭のような細身で、単純な加速による運動エネルギーを敵の一点に叩きこむ。火薬砲よりも圧倒的な発射初速を誇る、
「――新木、真正面に回り込むぞ。光学迷彩解除、前進。エルフ2も続け!」
「了解。迷彩解除、前進します!」
前席、操縦席に座った新木少尉がボタンを押し込み、アクセルを踏む。
四つの駆動脚の先端が地面をとらえ、前進。
カメレオンのごとく灰褐色の岩肌と同化していた車体が、本来の黒鉄色を取り戻す。
八六式汎用正規戦車。
あけぼしの保有する陸戦兵器の中で最も強力な中央突破能力を持つ車輌だ。
続いて無人型であるエルフ2も光学迷彩を解除。エルフ1に追従する。
土煙を上げ、二両の四脚戦車は岩肌の下り坂を滑るように移動を開始した。
跳躍を交えながら突進する二体の化物――敵からはそれが、突然何もない斜面から現れたように見えたことだろう。
進路を妨害するように前方に飛び込んできた“ソレ”に、将軍の乗った四足恐竜は驚き足を止める。二足恐竜に乗った騎兵たちが槍を構えて庇うように展開した。
だが、その判断は、全くの命取りだった。
「バカが。足を止めやがった。――エルフ2、
市川大尉は随伴する二号車に指示を出し、自車も同様の目標に照準。トリガーを引く。
レールからの電磁誘導を受け砲弾が加速。二両の戦車から
三号車が牽制に使っていた榴弾とはケタ違いの初速で砲弾が飛び出す。すると、レールから加速を受けるために備え付けられていた
その中から姿を表したのは杭のような砲弾。さしずめダーツの矢のような、羽根の付いた杭だった。
カバーが外れて飛び出した
戦車戦では至近距離と呼べるほどの距離からの砲弾は命中までに一秒も要しなかった。
魔法防壁は、おそらく発動したのだろう。
だが、極超音速の鉄塊を防ぎきるだけの瞬間魔力は、将軍には発揮できなかった。
砲弾が二本とも巨体に突き刺さる。瞬間に四足竜は衝撃波とともに肉塊となって飛び散った。
近くでそれを見た騎兵たちの『キィ』という悲鳴のような合唱が響いたが、マイクを切っていた市川たちが聞くことはなかった。
「うし、まずは大将首、と。エルフ2、攻撃を継続。機銃と車載レーザーで牽制しつつ、主砲で残敵を掃討する」
〈E-2:了解。自動照準による殲滅を継続。
二号車のAIは文字応答の後、天頂部に装備された制圧光学銃を照射。主砲脇に装備された軽機関銃を発砲。
市川の一号車も同様に残った騎兵へレーザーと機銃を撃ち、敵の動きを止める。
再装填と冷却におよそ二秒。そして、二両の電磁加速砲は再び火を噴いた。
*
重竜は砕かれ、しかし族長将軍は生きていた。
重竜は守れないと悟った将軍は、直前で魔力を自身に集中。衝撃波と重竜の破片を浴び、大地に叩きつけられたものの、致命傷だけは避けることができた。
『……ギィィ……』
だが、魔力はぎりぎりまで使用してしまった。
地面に伏せながら、瞬間的な大消費に将軍は激しい頭痛に襲われていた。
『ギィァ!?』
『ゴェ――』
その間にも響く轟音と、断末魔。
二頭の黒い化物から立て続けに撃ち放たれた物体によって、快速竜騎兵たちは為す術もなく文字通りに粉砕されていった。
逃げようとしたものは真っ先に狙われ肉片と化した。
抵抗しようとした者も、鉄弾と熱線で動きを封じられ、やがてその大筒に吹き飛ばされる。
『せめて一撃……』
最後の一人が魔力を込めて槍を投げる。だが、とっさのことで十分な威力を持たせられなかったのだろう。あえなく頑強な表皮に弾かれ、それが騎兵部隊の最初で最後の抵抗となった。
『アギャ――』
言葉にならない断末魔とともに、快速竜に乗った騎兵の、最後の一人が砕かれた。
べちゃ、という音とともに将軍の前に腕が転がった。見知った戦士の、革の腕あてをつけた腕。
……ああ、ブルド。ザケッテ、ネイムン……
弱小と侮られながら、なおカルベット族を支えてきてくれた彼ら。気性は荒いが、忠義に厚い戦士たち。
父の代から仕えた者や、ともに育った者たち。それが今や、すべて愛竜と混ざり血海と肉片となって族長将軍の周囲を濡らしていた。
かつて愛する臣下だったその光景を見渡し、将軍は立ち上がった。
……ああ。
振り向けば、二頭の化物は目のない顔でこちらを見ていた。
表情などわからぬ顔。けれども火を噴く長い鼻は、ピッタリと族長将軍へ向けられていた。
『ケアアア……』
もはや恐怖はなかった。死ぬ覚悟は、もはやできていた。
……彼らが何者であろうと、もうどうでもいい。この化物は、どうあっても自分を逃がす気はないのだ。
ならば、と剣を抜き魔力を込める。あの硬さだ。生半可のものでは通じない。神竜を砕く程の意思を込めた一撃を――
そして、化物の長く伸びた鼻が火を噴いた。
魔力で強化した意識で引き伸ばされた時間の中、族長将軍は同時にその剣を投げ放った。
空中で交差する剣と鋼矢。
敵へ飛ぶその剣が、確かに一矢報いたという確信の笑みとともに。
……くたばれ。
族長将軍は鉄杭に砕かれ、その命を終えた。
*
「マイク1-1の撃破を確認。……全敵兵の殲滅を確認しました!」
偵察中隊の報告に、戦術管制室内がおお、という声とともにざわめきに満たされる。安堵と喜びが混じった声。
「作戦目標達成! 各隊は損害を報告。速やかに回収地点まで移動せよ!」
それを引き締めるように都築中佐の指示が続く。少しだけほぐれた空気のまま、各隊のオペレーターたちが活発なやり取りを再開した。
「エルフ1、無事ですか!?」
《問題ない。正面装甲がなんとか弾いてくれた。……けっこう揺れたけどな》
「了解。機甲小隊は損害なしと確認。全車、所定の回収ポイントへ向かってください」
《エルフ1、了解。エルフ2を連れて直ちに回収ポイントへ向かう》
機甲小隊の千鳥中尉は、市川小隊長の無事を聞いて安堵の表情を浮かべ、
「第二中隊、装備の回収急ぎなさい。一機も残して帰ることは許されませんよ」
「了解です! ……あああもう三十一番機、どこいったー!?」
「八智ちゃん八智ちゃん。ひょっとしてこの半分にちぎれたやつ、八智ちゃんとこのじゃない……?」
「くまちゃんナイス……って、下半身どこよ!?」
「ごめん、そこまでは……」
「第一小隊、全機、全装備回収完了」
「あ、三宅おまっ、ずりぃぞ!?」
「なにがズルいかバカ谷町。さっさとお前も片付け済ませろよ」
「だって、レールガンが二丁足りねぇんだって……ちくしょうどこだおーい!?」
《……第五小隊、回収完了》
「竹橋てめえも――……手伝ってくださいお願いします」
《……了解した。第二小隊の不明機と合わせて捜索する》
八智たち、第二歩兵中隊の面々は、深刻な損害を受けた部隊をまとめ直すのにてんてこ舞いのようだ。
「第四中隊、損害なし。――目標地点に全機集結完了。全周警戒」
第四中隊は淡々と機体をまとめて早々に移動を完了していた。
高戸中尉を始めとしたオペレーターたちは現場を無人機に任せ、互いに談笑を始めている。
そんな賑やかな撤収作業を、明里は遠目に眺めて一つため息を付いた。
……よかった。無事に勝てて。
てんてこ舞いな八智の方を見て御愁傷様です先輩、と心ばかり手を合わせる。大変そうだけれど傍から見るとコントに見えるのが本当に面白い人だ。
それから明里は、少年、ルバスに目をやった。
「終わったよ。どうだった?」
彼はまだ呆然としている様子で明里の声にゆっくり目を戻す。
「すご、かった……」
目にしたものは、全くはじめてのものばかりで、ルバスの理解を超えたものばかりのはずだ。
それ以上の感想は持ちようはないだろう。
明里は静かに頷き、少年の頭を一つなでてやる。
「それがわかればよろしい。……これ以上は邪魔になるね。ティル様のお見舞いに行こっか」
*
ティルは、自分が見知らぬ場所で目覚めたことに気づいた。
混濁した記憶がまとまり始め、ようやくここが強襲揚陸航空艦かげつの上だということを思い出す。
「……お目覚めになりましたか。ティル様」
「ユズホ、さん……?」
隣に座っていたのはユズホ。仏頂面が常の彼女には珍しい、安堵の笑みを浮かべていた。
「戦いは、どうなりましたか……?」
「さきほど艦内放送がありました。I.D.E.A.が――第一大隊が勝ったと」
「そう、ですか……」
安心、と言えるのだろうか。けれどもティルの体が緩んだのは確かだった。
ひとまず、迫り来た脅威が取り除かれたことは間違いないのだから。
「や。ティル様。起きてたんだ」
「明里さん……と、ルバスくんも」
その後ろにいたのはアカリと、少年の姿。
「閣下、その……」
申し訳無さそうに肩を落とす少年に、心配させてしまったのだろうか、と慌てて笑顔を作る。
「ごめんさい。心配をお掛けしましたでしょうか。……もう、大丈夫ですから」
その言葉に少年の顔に少し笑顔が戻る。臣民からこんな表情を向けられたことはなかったのでティルは少し不思議な気持ちだ。
「大事ないならよかった。こっちはちゃんと見てきたよ。この子にバッチリ見届けさせたから」
「ありがとう、ございます。アカリさん」
こんな時でもアカリは頼もしい。自分が願っていたことを、しっかり汲んでくれる。
そこがどこかカズキを思い出させ、ふとティル胸が締め付けられる感覚を覚えた。
……あれ。
どうしてここにカズキがいてくれないのか。
何故かそんな不満を覚えた自分に違和感を抱いたが、ひとまずもやもやした感情は脇においてティルは少年に向き直る。
「ルバスくん。一部始終をご覧になって、どうでしたか?」
「え、あのっ」
話を振られるとは思わなかったのだろう。うろたえるルバスに、悪いことをしたかなとティルは思う。
けれどルバスは絞りだすように、ゆっくりと語り始めた。
「敵は、すごかった。けど、この、空飛ぶ船の奴らは、もっとすごくって……」
たどたどしい言葉で、見たものをなんとか伝えようとする。
陸と空からたくさん攻撃をしたこと。
陸の軍隊が負けそうになったら、すぐに空からの攻撃でやっつけたこと。
逃げる敵を、一匹も逃さなかったこと――
ティルも、要領を得ない彼の言葉を、一字一句聞き逃さないように頷きながら聞く。
「それで、四本足の、が、全部やっつけたんだ。……それで、戦いは、終わった。あの部屋の人達は片付けみたいなことをはじめて、それから、ここに来た」
「そうだったんですね。見届けていただき、ありがとうございます」
最後まで聴き終え、ティルは小さく笑みを向ける。
それから、彼に聞こうと思っていた問いを投げかけた。
「ルバスくんは、今回の私達の働きに、満足していただけましたか?」
それもまた予想外の言葉だったのだろう。言葉に詰まるルバス。
けれども、しばらくの時間を置いて少年は答えた。
「……うん。ばあちゃんの予言を、ちゃんと聞いてくれ……くださっ、て。ありがとう、ございました。おかげで、村のみんなも救われ……ました」
ティルに、そしてアカリたちにも頭を下げる。
最初の態度からすっかり変わって、殊勝になった少年にティルは思わず苦笑いする。
自分が総督代行であったことで、彼を随分とびっくりさせてしまったな、と。
「ふふ。それはよかったです。……無理をして、敬語を使う必要はありませんよ」
「そうは、いか――いきません。俺も将来、法官になるから」
「あら……」
そうか、とティルは思い至る。
予言ができる……つまり、法儀を扱える祖母を持つということは、彼もまたその血筋であるということに。
「……おれ、ばあちゃんも父ちゃんも法官なんだ」
そして、少年は語り始めた。ティルは黙って耳を傾ける。
「だから、俺も父ちゃんから訓練を受けてる。まだ、一人前には遠いけど……絶対法官になる、って決めてる」
「うん」
「あんなトカゲ共やっつけられるくらい。はじめに負けた、あんなやつらより、もっと強く」
「……うん」
そのことを言われるとティルの胸は小さく痛む。けれど、少年から目はそらさない。
「ここの船の人たちみたいに、敵を討てるくらい。そしたら……」
そしたら。そこで少年は言葉に詰まる。目線が泳ぎ、言うか言うまいか迷っているようにモゴモゴと口ごもる。
だが、意を決したように息を吸い込み、そして思い切って、言った。
「俺が絶対、か、閣下を、守ってみせますから!」
「……うん。うん」
その言葉に込められた勇気に気づき、ティルはじんわりとした暖かさを感じた。少し、瞳の端に熱いものがにじむ。
「閣下のために、頑張り、ます、からっ。……そこで待ってて、ください。閣下!」
「うん。……うん。頑張れ。わたしも応援してるから」
彼の手を握り、ティルは彼に微笑みかける。
顔を真っ赤にした少年は、流石にもう耐え切れなくなって目をそらし、
「ご、ごめんなさっ――失礼しますっ」
それでも駄目だったのか、ついに走って逃げてしまった。
「おー、純情少年」
「ほほえま、です」
横で見ていたアカリとユズホがニマニマと笑うのを見て、ティルも苦笑。
「可愛いですよね。一生懸命で」
そうして彼のぬくもりの残った手を握り――ティルは改めて自らの罪を知る。
自分は、彼のような人間たちを、大勢見殺しにしたのだ、と。
お昼に会った三等法官。決意を語ってくれた西門の警備責任者。偽門を案内してくれた一等法官。彼らの姿と声もまた、脳裏によぎる。
駒でもなく、戦闘単位でもない。想いを持った人間たち。
……ああ。
そうしてまた、忘れられないものをティルの胸に刻みつけ、この視察は――戦いは、終わりを告げたのだった。
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