第27話 光は奔り
「第一大隊、戦術管制室より入電。『嵐は呼ばれた』……以上です!」
かげつ艦橋。
艦長である高崎春美中佐は、そこで『すべての状況が整った』との符丁を聞いた。
「やっとですね……!」
小さく手を握るかげつ副長に、高崎艦長は静かにうなずいた。そしてマイクを手に、全艦に向けて言葉を発する。
「では、はじめましょう。――全艦に達します。これより、“炎熱の嵐”作戦を開始。下げ舵五、第一戦速。対地プラズマビーム砲、撃ち方用意」
「“炎熱の嵐”作戦開始! 兵装コンテナ一番開放。プラズマ砲、撃ち方用意!」
《下げ舵五、第一戦速!》
艦長が全艦にアナウンスし、副長が砲術士に指示を飛ばす。航海艦橋にいる航海長も応答。
漆黒の夜。二つ並んだ半月を背に、強襲揚陸艦かげつは徐々に高度を下げながら動き出した。
後方の推進機がプラズマの光を曳き、艦側面の重力制御機が僅かに空間を歪ませる。速度を上げ、かげつは艦首をやや下へ向けて高度を下げ始めた。
船体の下部に備えられた対地兵装コンテナが開放される。腹の中から伸びるのは、艦砲。
あけぼしほどの規模ではない。けれどもそれは紛れも無いプラズマ加速砲だ。
「二つにわかれた敵集団のうち、敵指揮官集団をマイク1、前進した歩兵集団をマイク2と呼称する。射撃方法を照射に設定。両群とも薙ぎ払いなさい」
「了解。プラズマビーム、照射設定二秒! マイク1、マイク2両群とも吹きとばせ!」
指示を受けて砲術士が諸元入力を行う。まもなく完了し、砲撃システム卓の主砲トリガーを構えた。「主砲、射撃準備よし!」の声が上がる。
高崎艦長は短く告げた。
「撃て」
*
プラズマ砲が光を放った。
かげつ下部から亜光速で奔ったプラズマビームは大気をイオン化させながら青白い光を引き、森のなかに飛び込んだ。
莫大な熱量に瞬時に周辺の森は炎上。着弾地点で法官たちの遺体を貪っていたトカゲ歩兵たちは瞬時に熱光に呑み込まれた。
火線はそのまま一直線に走る。森を舐めるように灼き、指揮官の乗った大型四足竜に直撃を浴びせ、光の柱は二秒と少しで姿を消した。
だが、計算ではこれで終わる相手ではない。
砲身から冷却の白煙を引きながら、かげつはさらに前進する。
「敵位置判明後、付近へ制圧射撃を行う。シュライク、エレファント用意」
「了解。二番、四番コンテナ開け!
かげつの胴が、一つ飛ばしで開いていく。顔を覗かせるのは大小のミサイルだ。
「偵察中隊より効果判定! 敵兵……全て健在! 位置判明、情報反映されます」
戦域図に再度敵の位置が表示される。
大きな変化はない。あの一撃が完全に防がれたことに、数人の驚きか落胆の吐息も漏れる。
だが、艦長は微動だにせず、全く変わらぬ調子で淡々と告げた。
「シュライク、エレファント、照準設定。急ぎなさい」
「は! 制圧射撃設定。
「設定完了、射撃用意!」
「撃ち方、はじめ」
*
突然に襲った光の一撃。
それはカルベット族長将軍たちを混乱に陥れるに十分だった。
竜人の中では弱小部族であるカルベット族。けれども、人間世界に足を踏み入れればその力は圧倒的。
現に今、貧弱な人間の戦士たちを前に、竜人の兵たちは捕食者として圧倒的な力を振るってみせた。
であるのに。
……一体どういうことだ!?
一瞬の出来事だった。“鱗の加護”は正しく発動し彼らを護ったが、上限に迫る威力にわずかに意識がクラつく。
そしてその出処を探り、愕然とする。ありえない。これほどの威力を放つだけの魔術源が特定できないのだ。
『火を消せ! 消さんか!』
二足の
過剰な熱を受けていれば加護により魔力を無用に消耗する。だが、歩兵たちは呆然として腰を抜かしてしまっているものも多かった。
騎兵たちの奔走により、どうにか周辺の火の勢いがおさまった、その時だった。
風切り音。
聞き慣れないそれに、なんだ、と族長が疑問を浮かべた直後だ。
大地がはじけ飛んだ。
『なぁ……ッ!?』
襲い来る衝撃に加護が発動。中型四足の
続いてさらに爆裂の衝撃。間断なく風切り音と爆発が続く。
『なんだ……一体何なのだ、これは!?』
火矢、ではなかった。
三度目の風切り音に、魔力で底上げした反射神経がようやくその存在を一瞬捉える。眼前に“羽根の付いた柱のようなもの”が迫っていた。
……は……?
理解が及ばない。が、加護に全力をそそぐ。どうあがいても直撃だったからだ。
ぶつかる。と思った同時にその柱は破裂した。爆圧でぶん殴られる。魔力がまた削られた。
『
理解を超える事態に族長は人間を示す俗語を吐き捨てる。
奴らの仕業だということは解っている。だが、どこからどうやっているのが全くわからない。
激しい爆風は地面ごとえぐり飛ばし、族長たちを襲う。にも関わらず、加護を破壊する魔術が掛けられた様子がない。
人間の戦士ですら、加護破壊の術を使ってくるというのに。
自分たちが用いたような魔術破りのための魔力を込めた作為の様子もない。まるで、力ずくで加護を圧し潰そうとするように。
……引き際か。
致命的な被害はないとはいえ、魔力は着々と削られていっている。
魔力は竜人族にとって、武器であると同時に生命の維持に不可欠なエネルギーである。
一部の物理法則を捻じ曲げて存在する竜人たちは、魔力を失っては自身の肉体を正常に保つこともままならない。体温の維持、高度に発達した脳機能、直立歩行を支える脚部などがそれにあたる。完全に消耗してしまえば魔力欠乏症を起こし、最悪は死に至るのだ。
それに、あまりに奇妙な攻撃に兵士たちは不安がっている。精神の乱れから加護を維持できずに死ぬ兵士すら出かねない。
『全員聞け! 拠点まで戻る! このままでは全員焼き殺されるぞ!』
強力な念話で、同行してきた兵たち全員に指示を伝える。
了解の返答が大半だったが、一部からは反論も出た。
『冗談じゃありませんぜ! むしろ多少なりと食って帰らねぇと……』
その意見は確かにもっともだった。現在のままなら今回の“狩り”の収支は赤字。魔力を無駄に消耗して帰るだけになる。
だが、この攻撃がいつまで続くかわからない以上、その選択肢を採ることはできない。
『お前はここで姿焼きにでもなりたいのか? 周囲にもう食える
『わ、わかりやした』
全員の了承を得て、族長は命じる。
『総員撤収! 自身の防御に集中し、拠点まで全力で逃げ帰る!』
*
「敵群、移動を開始。
船務長が戦域モニタを見て告げる。その言葉に高崎艦長はすかさず指示を飛ばした。
「逃げる気ね。主砲、冷却が完了次第マイク1、2ともに薙ぎ払って」
「シュライク、エレファント、撃ち方止め! ……主砲プラズマビーム照射二秒――照準!」
「照準完了。……主砲、冷却完了。撃てます!」
「撃て」
高崎艦長が命じ、かげつは主砲からプラズマビームを放つ。光条が再度森を焼いた。二つの敵群の間を結ぶ一直線に森が燃え上がる。
その間にもゆるやかに高度を下げながら敵に向かうかげつ。まもなく敵が潜む森の上空へさしかかろうとしていた。
《間もなく陸戦部隊の投下予定ポイントです》
航海長が告げる。高崎艦長は淡々と命じた。
「降下ハッチ開放。陸上戦闘部隊の発艦を許可します」
*
かげつの下部。前後を兵装コンテナに挟まれた中央ハッチが大きく口を開いた。
まもなく、艦の陸戦兵器が満載された下部格納庫に直結したその口から、大きな“エイ”が飛び出す。
空力と重力制御で積み荷を降下させるグライダーユニットだ。パラシュートだけでは速度を殺しきれない大型の装甲車輌を高高度から放り出すための装備。
数々の装甲車輌がそこに固定され、“エイ”は悠々と指定された地面に向かって泳ぎだした。コンピューターによる自動制御で翼を制御し風を切る。
やがて指定のポイントの、規定の高度まで降りるとパラシュートを展開。同時に内蔵バッテリーで斥力場を発生。減速し、パラシュートを切り離すと強引に平地に着陸した。
「機甲小隊、
最初に着地したのは一両の戦車。
複合装甲と大口径の電磁加速砲を備える、単体ではあけぼし最大の地上兵器だ。
この車輌は荒れ地対応のために
「
次いで降下したのは五機の二脚無人装甲機。“背高バッタ”の異名を持つ無人陸戦機だ。
足は二本だが、異名が示す通りその姿は人型とは大きくかけ離れていた。
特徴的な脚は人型機械とは異なり、異名の通りバッタや鳥のような逆向きに折れ曲がるもの。
首や腕はない。車輌のような胴体には直接火器が据え付けられている。その小ぶりな機体は人間を搭載する余地はない。当初から無人運用のみを考えて制作された中型無人機だ。
第四歩兵中隊の機械歩兵との連携運用が想定された機だが、今回はその速力と機動力を最大限まで活かすために第四中隊は歩兵を随伴していない。
「第二小隊、全車着陸確認。固定具、排除確認。装甲車エンジン始動……」
続いて降りたのは、第二中隊の歩兵を収めた十五両の装輪装甲輸送車。
八智たち小隊長が自身の小隊の降下完了を確認、報告。それをすべて確認した浜崎中隊長が宣言した。
「
これをもって一次降下部隊は全戦力の降下が完了した。
その間にも状況は動き続けていた。大隊長補佐が母艦の様子をモニターしながら報告する。
「かげつ、爆撃を継続中。道を拓いてくれています。間もなく敵群上空へ到達」
母艦かげつはミサイルでの爆撃を継続しつつ、森林への爆撃を開始。
降下地点から敵部隊にまで続く木々を絨毯爆撃で吹き飛ばし、車輌群の道を拓いていく。
「かげつ、マイク2上空を通過。
艦載航空隊、ライトニングスもかげつが敵群上空を通過する際に発艦したようだ。
拡張人型戦闘機“迅雷”。背に四枚の羽根を持つ人型の航空機は、手に携行プラズマビーム砲と電磁加速速射砲を持ち、攻撃を開始していた。
「遅れるな。降下各隊、敵の追撃を開始せよ」
都築中佐が命ずる。だが、言われるまでもなく、大隊各員は自身の統制下にある無人兵器群へ指示を飛ばしていた。
まもなく、各車輌は事前の打ち合わせ通りの順で、かげつが爆撃で拓いた道へ突っ込んでいく。
*
「エルフ3、威嚇射撃を開始します!」
最初に宣言したのは女性の声。機甲小隊の小隊長補佐を務める千鳥中尉だ。
敵の歩兵集団に追いついたらしい。先頭を走っていた戦車が電磁加速砲から砲弾を発射。三キロほどの距離を開けて数度の砲撃。
敵の至近で起爆する砲弾――対人榴弾が敵集団の前後左右に相次いで着弾。爆発とともに金属片を撒き散らす。
着弾で敵の速度は僅かに落ちるが落伍したトカゲは出ない。やはり魔法で防がれたらしい。
「イェンキー・アルファ、散開し攻撃を開始。敵を広場に追い込む」
続いて第四中隊の男性オペレーター、高戸中尉の声。
背高バッタの五機が一斉に散開する。二脚の逆関節を一気に縮め、スラスターの噴射とともに大跳躍。重量で木々をなぎ倒して着地し、再度跳躍。
そうして射程に捉えた敵歩兵を両翼から追い込むようにランチャーからロケット弾を撃ち、爆炎が上がる。
両側面からバッタに急襲され、同時に背後から戦車に追われるトカゲたちは固まったまま前進するほかなく、戦車も砲撃とともに敵を追ってさらに直進。
やがて奥部の広場まで到着した。
特に集中してミサイルが撃ち込まれたのだろう。大小の
「敵、目標地点に到達!」
トカゲたちが広場の中央まで到達したのを確認し、バッタが動いた。
「イェンキー・アルファ、敵の頭を押さえる……!」
左右に分かれて追撃していたバッタのうち、三機がスラスターを吹かし跳躍。敵群の前に立ちはだかり、頭部に固定された機関銃を乱射する。
十二.七ミリの対人機関銃。魔法防壁に対してはやはり豆鉄砲であるが、トカゲたちは驚き足を止めた。そこに併せてロケット弾を叩き込む。
噴煙とともに着弾。ロケット弾をすべて撃ち尽くすと、バッタたちはレーザーを照射。熱量でさらに防御を強いる。
背後からは継続して戦車が榴弾を叩き込み、上空からは迅雷がプラズマビームを降らせる。
それらの猛攻で、トカゲたちは完全にその場に釘付けとなった。
「第二中隊、急げ!」
第四歩兵中隊オペレーター、高戸中尉と、
「お願いします!」
機甲小隊副長、千鳥中尉が管制卓越しに揃って声を上げる。
浜崎大尉、第二歩兵中隊隊長はそれに頷き、
「――第二中隊全小隊、直ちに展開。敵群を包囲、攻撃を開始せよ!」
「はい!」「了解です!」「やってますよ!」「展開します!」《まもなく現着》
八智、三宅、谷町、熊野、それに現地の竹橋が声で答える。
十五両の装甲車が壁を作るようにトカゲ軍を中心に半円になって展開。
装甲車の上部に備え付けられた複合兵装システムからロケット弾をありったけ撃ちこみ、レーザーを照射。魔力防壁を削りながら、その間に百九十機にも及ぶ機械歩兵が完全武装で展開した。
*
『なんだありゃあ!? 人間がうじゃうじゃ湧いて出てきたぞ!』
キュウ! と驚きを示す鳴き声とともにその念話が届いてすぐ、竜人マルベットは自分たちの身にふりかかる打撃がさらに激しさを増したのを感じた。
先程からずっと大小の弾ける鉄弾と不可視の熱量が自分たちに一斉に浴びせかけられているのだ。特に広場に追い込まれて以降は、“二本足”と“四本足”の猛攻でマルベットたちは足を止めることを余儀なくされていた。
『んだよ、これは!?』
『くそ、体が重い……!』
間断ない打撃に集団は混乱のさなかにあった。鉄弾は衝撃で動きを奪い、熱量は確実に魔力を奪う。
どうにか一矢報いんと構えた弓から放った矢は敵に届く前に撃ち落とされるか虚しく弾かれる。
天から降り注ぐ光といい、自分たちを追い立てた巨大生物たちといい、マルベットたちは未知の敵に対してどうすれば良いのか、全くわからずにいた。
なにより恐ろしいのは、それらから魔力を感じない点だ。
魔力を帯びた生き物ならば喉元を食いちぎり、自身の力としようという気力も起こる。
あるいは傀儡であればその魔力を奪い操者をたどって殺すという手も思いつく。
だが、目の前にいるのは空虚の塊。どこから来た、何者か、全くわからない未知の存在。
それが淡々と自分たちを殺しに来る。肉感も感じない外見とあいまって、その不気味さは皆の戦意を著しく低下させていた。
『うろたえるな! 意志を強く持ち加護を強化せよ! この程度では我々は倒せん。このまま突っ込むぞ!』
そんな状況をどうにかしようとしたのだろう。歩兵隊最年長のゲルビクが立ち上がる。彼は片手剣“刻印の牙”を抜き、まっすぐ敵の正面へ走りだした。
『そ、そうだ! 行くぞオメェら!』
続いて若手のまとめ役ハンドレがどうにか立ち上がり、後に続く。マルベットたちも後に続こうと集中力を高め、加護へつぎ込む魔力を増そうとした。その時だった。
爆風と粉塵。一歩遅れて衝撃波がマルベットたちを叩いた。
『なん――』
『ひ、うぁ――』
何が起こったのかはマルベットにはわからなかった。だが、結果は明らかだった。
二人のいた場所には新たな窪地が深々と生まれ、そこからは土煙がもうもうと立ち上るのみ。
『ゲルビクさん!』『返事をしろ、ハンドレ!?』
二人の名を呼ぶ声に、答えが返ることはなかった。
*
「ああもうめっちゃカタぁ……!」
八智は思わず眉間にシワを寄せて不平を漏らす。視界の隅、ARグラスに表示された時間はまだ攻撃開始から十分も経っていなかった。
《……
八智の部隊ステータスも似たり寄ったりだ。
なるべく魔力を消費させるよう、レーザーは出力いっぱいまで上げて、分隊を交代させながら間断なく照射を継続。電磁加速銃も交代射撃で弾薬を節約しつつ最大初速での発砲を続けていた。
装甲車の上にはレーザー狙撃銃“エンジェルラダー”、大口径実弾狙撃銃“七九式
だが、敵はなかなか折れない。
包囲初期に剣を抜いて格闘戦を挑んだトカゲ二匹がライトニングスからの集中砲火に消し飛ばされて以降、貧血で倒れたような反応を見せたのはわずか三匹。
足を止めたままなお弓を射ようとしたり、剣を構えたままこちらを睨むのはまだ十匹もいる。
「くまちゃん、これあと何分ぐらいだっけ?」
「あと十分ぐらい、かな? ダメそうなら、かげつが落としてくれた補給コンテナひろいにいかなきゃね……」
推定ではそれくらい撃ち続けたら相手の集中力に限界が来るという話だ。
というかどれだけ節約しても持ってこれる弾薬がさすがにそこら辺で限界となるのだが。
……むちゃくちゃまどろっこしい……
八智の性格には合わない。まるで罰ゲームの単純労働だ、と口をとがらせる。
時間は経たず、残弾はどんどん減っていく。一部の機体でコンテナの回収に向かわせるべきだろうか。
データリンクの情報を見れば第四中隊の“背高バッタ”たちは既にロケットランチャーと機関銃を撃ち尽くしていた。
二機が弾薬の補充にコンテナの元へ向かい、残りはレーザー照射でしのいでいる。
「忍耐勝負っつったってこれじゃ弾が保たねぇよ! なあ、みぃちゃん。もうアレふっ飛ばしていいんじゃねぇの?」
「個人的には頷きたいところだが、軍人としては同意しかねるな。――あと作戦終わったら捻り潰すぞお前」
谷町がバカなのはいつもどおりだが、ああ見えてよく本質をつくようなことを言う。
たしかに中隊の小隊長全員が敵の頑丈さに弱気になり始めていた。
三宅もそれを悟ったのか、中隊長に進言する。
「中隊長。弾薬が尽きれば補給に戻らねばなりません。レーザーだけではおそらく抑えきれない。動きを封じられている今のうちに、一気に叩くべきでは?」
「いえ。補給をしてでも実験を続けます。三宅、熊野小隊は分隊の半数をコンテナへ向かわせなさい」
「く……三宅了解!」「熊野、了解です!」
二人は射撃ローテーションを組み直し、部隊の一部を投下された補給コンテナへ向かわせる。
それが終われば八智たちの番だろう。いよいよ長期戦の構えになってきたようだ。
「さあて、後何分撃ってりゃ倒れるのかな……って、お、やっと一匹」
狙撃を集中させていたトカゲの一匹がふらつき、ついに泡を吹いた。同時に魔法が解除されたのだろう。即座に頭部を吹っ飛ばされ、残った胴体も弾雨に晒されずたずたになる。
八智の担当範囲でも、これでようやく一匹だ。
気の長い話だなぁ、と気が緩んだその時だった。
「敵に動きあり……? なんだこれ」
谷町の声に八智もモニターに意識を戻した。第一分隊長機からの主観カメラからもはっきり見て取れた。
敵は密集して円陣を組み始めていた。銃撃に晒されながらもやがて六匹で円を組み直立。その中に隠れるように、二匹が膝をついてかがんだ。
何を、という問いに答えを察したのは、浜崎中隊長だった。
「……盾になる気ですか! 各小隊長、狙撃で隠れた二匹を狙いなさい! アレに魔法を使わせ――」
中隊長の指示は的確だったのだろう。だが僅かに間に合わなかった。
八智はその指示を聞き終わる前に、自分の小隊機が火炎の波に襲われたのを見た。
「攻撃魔法!?」
敵が防御魔法に魔力を割いているうちは、大掛かりな攻撃魔法は使ってこない。
なぜなら同時に運用できる魔力量には限界があると考えられるから――その仮説は正しかったのだろう。
だから彼らは六匹で円陣を組んで盾を作ったのだ。陰に二匹を隠し、矛とするために。
「全機装甲車の影に!」
機械歩兵のステータスに異常熱量の警告。八智たちは即座に装甲車の影に隠れるよう指示を出した。
「んだよこのデタラメな温度!? 逃げろポンコツども、ぶっ壊れんぞ!」
谷町の叫びも虚しく、前に出ていた機は高温に晒され各部が溶解。関節の破損で退避が間に合わず回路が焼き切れ行動不能に陥る。
輸送装甲車も火焔を受け、装甲が焼けただれ、強化ゴムタイヤが溶解していた。
「この炎じゃ迂闊に前に――」
どうすればいい、と八智が考える間もなく、敵の攻撃は続いた。
各小隊が壁とした装甲車の真下から、勢いよく巨大な岩壁が屹立したのだ。
「――うわったぁ!? 何コレ!?」
装甲車は岩に突き飛ばされるように吹っ飛び、同様に小隊機も“生えた”岩に蜘蛛の子のように散らされる。
「岩の魔法!?」
「トカゲもどきめ!」
熊野も驚き、三宅は吐き捨てる。
部隊を再展開させるが、熱でジャイロが破損した機も多く、まともに着地と再展開ができた機はおよそ三分の二。
「イクスレイ・エコー、無事ですか!?」
《こちらエコー、機体に軽微な損傷。作戦の継続に問題なし》
幸い、竹橋は無事だったようだ。だが、
「物理的な盾で時間を稼ぐ気か……!」
三宅の言葉通り、この巨岩の壁を前にしては流石にどうしようもない。もはや実験どうこうと言っていられる状況ではなくなった。
「大隊長、これ以上の実験継続は困難と判断します。速やかな火力制圧を!」
浜崎中隊長も即座に大隊長に意見具申。大隊長もうなずいた。
「ライトニングスに制圧を要請。第二中隊は残存機をまとめ後退。機甲小隊三号車、及び第四中隊三小隊はマイク2に攻撃を継続!」
了解、と各隊から一斉に返答。八智たちも自小隊をまとめて後退に移る。
そこへ、通信が飛び込んでいた。
《
*
「……無茶苦茶なんだよ、何もかも!」
通信を終えた結城遼太少尉は、コックピット内でひとり吐き捨てた。
あの日も
実験がどうのこうのと小うるさい話で作戦時間は伸びるわ、ビームを撃っても効かないわ、理不尽まみれの状況に結城はうんざりしていた。
「ライトニング11、12、障害物排除。攻撃開始!」
結城の部隊の無人機、ライトニング11と12の二機に砲撃を指示。
プラズマビームカノンを手にした二機は、敵を岩壁ごと狙い撃つ。
魔法の岩壁はプラズマの着弾で即座に赤熱。何度かの砲撃で溶解。プラズマビームは貫通し、敵を襲う。
同時に結城は自身の僚機であるライトニング10を連れて敵の真上を取る。環状の岩楯も、上空まではカバーできていない。
照準。溶解し開いた隙間から四脚戦車が砲撃を加えていた。攻撃を受けて右往左往しながらも、四匹が連れ立って逃げ出す。その姿は、トカゲというよりも巣穴をつつかれたアリのようだ。
結城はふと、幼少時に“ゆりかご”艦内の自然公園で意味もなく蟻の巣をほじくり返したことを思い出す。テンション上げてプチプチ潰していたら親に叱られた。地球から持ってきた貴重な自然資源がどうのこうのと。
「……ライトニング11、12、射撃停止」
嘆息。今はそんなことはどうでもいい。重要なのは、
「僕は、帰って寝たい、ん――だ!」
敵を見据え、トリガー。自機と、連動設定されたライトニング10が手にした二本の長銃が火を噴いた。
最初に二匹を打ち倒した極超音速の徹甲弾。それらが群れとなって残るトカゲ共に襲いかかった。
*
……なんて、ことだ。
マルベットは先までとは段違いの光の槍を浴びながら呪った。
神を、運命を、天鱗同盟を、族長を――そして自分自身を。
正面にいた敵は、恐らく囮。あるいは自分たちを消耗させるための捨て駒だったのだろう。
あの瞬間、確かに突破口を拓いたかのように思えた。だが違った。
本命は空の上にあった。マルベットたちはそれに気づくことができなかった。
……ああ、くそ……!
ようやく解った。
はじめに森を焼き、いま岩をも溶かし自分たちを串刺しにする、豪熱の光の槍。
宵闇に紛れるように飛ぶ豆粒のような黒点こそが、自分たちを貫く真なる敵だったのだと。
『が、熱――』
『メルヴァ――』
攻撃に魔力を回していた二人は、岩を貫通した光に呑み込まれ、一瞬のうちに跡形も残さず焼き払われた。
『四本足が……!』
その陰、溶け落ちた岩の陰から“四本足”が鼻だけの顔を見せた。
爆音。直後に“何か”が空を切って飛んできた。
『あ……?』
それに触れたらしい彼の上半身は、一瞬のうちに粉々に飛び散った。
『もうイヤだ! 家に帰してくれ――』
その光景に錯乱し、加護を維持できなくなった者も、また天から注がれた光の中に消えていった。
意思を強く持ち、魔力晶石を多めに持っていた残り四人――マルベットたちは、“四本足”から逃げるべく、自分たちが作った岩壁を飛び越えて走りだした。
生きて帰りたい。それだけを願って。
…………?
不意に、周囲が静寂に満ちる。
光の猛攻が止んでいた。どうして、という疑問とともに天を仰ぐ。
黒点は変わらずそこにある。だがゆったりと空を泳ぎながら、しかし光の槍は放たれない。
見逃してくれるのだろうか。そう甘い希望を抱いた瞬間だった。
……あ――?
痛みは感じなかった。
ただ、全身をひっくり返されるような衝撃。“鱗の加護”ごとぶん殴られたように視界が揺さぶられ、マルベットの意識は瞬時に暗転した。
マッハ七の砲弾に真上から刻み潰されて最期を迎えたなど、マルベット自身は知る由もなかった。
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