第12話 その輪の中へ3

 この日のランチは“ベラクンゲフのムニエルのトマトソースがけ”だった。

 帝国語での呼び名をやや乱暴にカタカナ表記したその名前に、和貴は“アオヨロイウオ”とでも訳せばいいのに、と毎度思う。だが、どうもシェフのこだわりらしく変わる様子はない。

 八智は頭にはてなを浮かべていたが、ティルに「青い鎧をまとった魚という意味です」と言われると納得した様子だった。

 ――そう。いま皿の上に乗っている魚は、正真正銘、この星でとれた自然のものだ。

 なんでも早朝に航空隊が人型航空機“迅雷”で網を引いて漁をやっているらしい。提案したのは、例によってあの“魔女”だとか。

 獲り過ぎるといけないからと、日に出る量は限られている。だが、合成食料でない自然の食べ物が食べられるのは、和貴たち“あけぼし”クルーにとっては大きな感動であった。

 特にこの“ベラクンゲフ”は合成タラに近い白身で、生息数が多いのか良く獲れるらしく、ここのところ食堂では定番の人気メニューだ。

 だが、

「ああ、この甘辛さに絶妙な酸味……素敵です! 素晴らしすぎますっ!」

 ティルはもっぱらトマトソース風の合成調味料に夢中のようで「ありふれた魚がこんなに美味しくなるなんて」と繰り返し絶賛していた。

 ……ありふれた魚、か。

 和貴はごく自然にそう言ってのけたティルに、自分が嫉妬じみた感情を覚えたことに気づき、ひとり苦笑する。

 彼女にとっては当然のことだ。恵まれた大地、生命にあふれた土地。過酷なその場で生きる代償に、彼女らは莫大な恵みを、まったく自然に享受している。

 宇宙船の中で生まれた和貴は、自然の魚を食べたことがない。

 和貴だけではない。地球生まれの第一世代が既にいないこの調査船団には、誰一人として惑星の恵みを知るものはいない。

 贅沢品として、地球から積み込み、工場で“生産”している家畜や野菜を口にしたことはあるが、生育に多量の水が必要な魚は本当にごく一部の人間しか口にできない。

 だが、それはこの星ではありふれているもの。

 惑星中を覆った膨大な海水に思いを馳せるまでもなく、網を引けば魚が引っかかる。

 ここはそういう場所だ。

 ……そう。僕らは、そういう場所に来たんだ。

 かつて地球で生まれ育った先祖がそうであったように、和貴もまた惑星の上に立つことができた。

 暗黒の宇宙の中、鋼鉄のゆりかごの中で生まれた和貴が、ようやく、“在るべき場所”に。

 ……願わくは、ここに僕らの居場所ができますよう。

 祈り、またそれを為すための決意を新たに、和貴はゆっくりと口に広がる幸せと感動を飲み込んだ。

 そして、しばしの間、賑やかな食事の時間が続いた。



「じゃ、私はこのあと訓練があるんでここらでおいとまするね。――またね、ルヴィっち!」

 食事を終え、ヤチは自分の仕事に戻るということだった。

 満面の笑顔で手を振る彼女は結局、ティルと言う呼び名を知ってもなおそのあだ名で押し通すらしい。

 そんな個性的な女性にティルは苦笑いを浮かべながらも、

「はい。またお会いしましょう。ヤチさん」

 ……嫌な感じじゃ、ない。

 バイバイ、とやや過剰な身振りで足早に去っていった彼女に、どうしてか強く惹かれるものを感じていた。

 それはおそらく、先ほど聞いた言葉のせい。

 ……友達モーラですか。

 翻訳魔法を通した故に、ヤチの思いは表層的な言葉を飛び越えてティルの心に直接飛び込んでいた。

 今までの、巫女として、あるいは賓客としての扱いとは全く異なる関係のあり方。

 幼少より孤高な巫女として在った彼女にとっては、物語の上で聞き知っていただけの、概念上の存在。

「ふふっ……」 

 帝城にいた頃には想像もしなかったことの連続に、けれどもティルはむしろ心躍るものを感じていた。

 ……そう、なれればいい、なぁ……

 笑顔で去っていった女性にほのかな憧憬を抱きながら、“友達”という言葉とその意味を胸の中で反芻するのだった。

 


 それから、ティルたち一行は“えれべーたー”で、もう一度下層へと向かう。

 右に曲がり左に曲がり、迷宮のような艦内を歩き到着した場所は、

「ここが売店です。いわゆる商店ですね。この一店舗で生活雑貨や嗜好品などが一通り揃います」

 カズキがそう言って紹介してみせたのは、廊下に一際明るく光を放つ大きめの部屋。

 中には棚の上に、ところ狭しと商品らしきものが並んでいる。

「基本的には個人的な嗜好品などが主に置いてあります。お菓子や服、その他消耗品なんかはここで揃えます」

 つま先で立ち、ティルが中を覗けば、数人が何かしらの商品を手にとって物色している様子だった。

 だが、一見してそれらの商品が一体どういうものなのか、ティルにはわからない。

 この船特有の物品だろうか、と思い、ティルはふと気づく。

 ……そういえば、城下町にすら、ろくに出たことはありませんでした。

 ティルが得た知識は、ほとんどが書物と伝聞によるものだ。曰く、民草の街には“市場”というものがある、そこで貨幣を通じて物のやりとりがされている、ということも、そう。

 帝国にもあるものなのか、ここにしかないものなのかすら判別がつかないことに、少しの悔しさを覚える。

 同時に、どんなものが置いてあるのだろう、という好奇心がさらに増し、中に入ってみたいという欲求のままに入り口に足を向けると、

「あら。可愛らしいお客さんですね」

 たおやかな声。

 そこに、白い制服を着た女性が立っていた。



 和貴はその女性に見覚えがあった。

 というよりも、この艦において彼女の姿に見覚えのない人間のほうが少ないだろう。

 名前を知らない者は、皆無と言っていい。

 降下軍航空隊の正装である白い軍服、肩章が示す階級は少佐。

 気品あふれる立ち居振る舞いに、艶やかな長い黒髪を背に流す彼女こそ、

 ……村瀬弓香少佐……!

 その姿からは想像もできない、破天荒にして劇的にして超人的な航空機操縦技術を持ち、“旋風の魔女”やら“流星の淑女”やら広報部に好き勝手に書かれた異名は数知れず。

 事実それを裏付けるような苛烈な戦技は、先日の魔竜戦でも遺憾なく発揮され、この艦の窮地を鮮やかに救ってみせたという。

 ……そんな有名人が――

 アカリたちもおそらく気づいて固まってしまっているのだろう。

「こんにちは、皆さん。ご見学ですか?」

 視線が自分に向けられていることに気づき、和貴は慌てて応える。

「え、ええ。こちらの――ティルヴィシェーナ様のご案内を。……村瀬少佐は、どういった御用で?」

「ふふふ。お恥ずかしながら、どうしても小さなお客様が気になってしまって」

 ね、と彼女が視線を向けるのは当のティル。少し緊張した様子で村瀬少佐に小さく頭を下げ、会釈を返す。

 村瀬少佐もそれに対して嬉しそうにひらひらと手を振ってみせる。

 そこへ後ろから歩み寄ってきた青年が横槍を入れた。

「この人ここで待ち伏せてたんッスよ……野次馬根性丸出しで」

 少佐を指さして隣でため息を付くのは、同様に白い制服を着た青年。肩章が示すのは中尉の階級。

 細いががっしりとした身体は、彼もまたパイロットであるということが見て取れる。

 そして、和貴には見覚えのある顔でもあった。

 ……速水直哉……か。

 知らぬ顔でもないが、職務中に無駄話をするような相手でもない。

 そんな直哉の軽口に、村瀬少佐は大真面目な顔をして冗談を返す。

「人聞きの悪い。ちゃんと買い物を装って待っていましたから」

「装ってって自分で言うし……二時間立ちっぱなしで暇すぎて死ぬかと思いましたよ俺」

「生きてるので問題なしですね。頑丈な直哉くんは好きですよ」

「へいへい」

 それが二人のいつものやりとりなのだろう。応酬を一通り済ませると、

「――それで、この見学の責任者さんはどなたです?」

 そう言って村瀬少佐は和貴たちを見回す。

 視線が和貴、明里、ルコと向き、すぐに手を挙げた満葉に留まった。

「私です。外交部大陸南西課、帝国政務係、係長の三條満葉と申します」

「三條……あら、じゃああなたは支局長の?」

「姪にあたりますが、何か」

 支局長、とは第一降下支局……いわゆるこの“あけぼし”における事務方の、トップを指す言葉。

 そこに立つのは他でもない、三條満葉の伯父、三條俊輔なのであるが、満葉は「親戚以上のものではないよ」とどこか突き放した言葉で語っていたのを、和貴はぼんやりと記憶していた。

「ふふ。支局長とは一度お食事をご一緒したことがあるんです。世の中は狭いものですね――」

 村瀬少佐も何かを察したのか、あるいは詮索するほどの興味が無いのか、それ以上その話題に触れようとはしなかった。

「私もお客様とお話をしてみたいんですけれど、よろしければ通訳をお願いしてもいいでしょうか?」

「……解りました。ではまず、翻訳魔法が通るかどうか――」

 その後、先ほどの食堂の一件と同様、一通りの翻訳魔法の検証を済ませる。

 結果は、村瀬少佐及び直哉には、どちらも適正がないことが判明した。

 村瀬少佐は残念そうな様子だったが、すぐに気を取り直したらしく、早速ティルを餌付けにかかっていた。

「はい、これはお近づきの印です」

 そう言って村瀬少佐がティルに差し出したのは“しゅがぽてスティック”。

 合成じゃがいも風ペーストを焼き固め、やたらと甘いコーティングを施したわりに低カロリーという、売店では定番のスナック菓子である。

 黄色いスティック状の見た目にティルも戸惑っていたようだったが、口に入れた瞬間にみるみるうちに幸せそうな表情になっていった。どうやら彼女もスナック菓子の魔力に囚われてしまったらしい。

 村瀬少佐はそれを見ながらふわふわとした笑みを浮かべていたが、ややあって満葉に、

「皆さんはこれからどちらに?」

「あとは図書室でしょうか。基本的には夕方の“イベント”までの物見遊山のようなものなので細かく決めているわけではありません」

「じゃあお時間ありますね」

 そう言って、村瀬少佐は肩にかけたポーチから携帯端末を取り出すと、ホログラフィックモニターにデータを呼び出し、満葉たちに向ける。

「――せっかくですから、格納庫まで足を伸ばしてみませんか?」

 少佐が見せたのは、艦長の決裁が下りた、格納庫の見学許可証だった。



「わぁ……」

 和貴達が航空格納庫に足を踏み入れると、途端にティルが感嘆の声をあげた。

 航空甲板の下、縦四階層分をぶち抜き、同時にその階層における艦のほとんどの面積を専有するそれは、巨大な箱だ。

 そこへ入っているのは、人型の巨人や、翼を持った航空機、宇宙船に似た重力制御で飛行する大型の輸送機や連絡機など。

 十メートルを超えるそれらにとっては窮屈ですらある空間を、人間やそれ以外の形をした機械がせわしなく縦横無尽に動き回り、修理やメンテナンスを行っていた。

 最上層のキャットウォークから見れば、巨人と船の群れの中を小人たちが駆け回っているようにも見える、雄大な光景だ。

「どう? すごいでしょう?」

「はいっ! ありがとうございます、弓香さん!」

 餌付けの甲斐もあったのか、二人は道中ですっかり打ち解けたようで、明里を挟んでのやりとりも不自由しないようだった。

 ……やっぱり、ティルが日本語を理解できるというのは、大きな進歩だな。

 片方に通訳が不要というだけで、やりとりはずっと密にできる。

 さらに、異世界に放り込まれたような状況だったティルにとって“言葉がわかる”というのは、大きな進歩だっただろう。

 全く言葉の通じない人間は化け物と大差ない。身振り手振りすら、多くのルールが異なる彼女にとって、ここはまさに異世界同然だ。

 そんな状況下では心細さを感じないはずはない。芯は強いところがあるとは言え、ずっと気が張っていれば当然それも折れてしまう。

 だからこそ、

 ……こうやって、少しでも気の許せる相手が増えれば……

「なんだお前、えらくしんみりした顔して」

 はしゃぐティルを見守っていると、不意に横から声をかけられた。暇を持て余していたらしい直哉だ。

 ……と言うか貴重な休みを潰してこいつは何をしに来たんだ。

 訝しみながらも、知らぬ相手ではない直哉に、和貴はいつかの距離感を思い出しながら答える。

「しんみりというか、まあ子守をしている親みたいな気分だよ。あの子は大事なお客様だし」

「結構入れ込んでんのな。ま、外交ってのはなんだ、そういう人間同士の付き合いがモロに出るところでもあるんだっけか?」

「ガサツな直哉にはまず無理だね」

「ガサツで悪うござんした。――ま、お前も元気そうにしててよかったさ」

「何だそれ気持ち悪い。まるで心配してるみたいな言い方を」

「いや心配してたんだよ一応。パイロット養成コースから外交部へ編入するなんてウルトラCをやって大丈夫かと。……ここにいるってことはマジに降りれたみたいだが、大丈夫なのか?」

 その言葉に、和貴の胸に鈍い痛みが走った。

 ……パイロット、か。

 村瀬少佐を見た時も、直哉の顔を見た時も、小さく得ていた痛みだ。

 ――かつて、伏原和貴はパイロット候補生だった。

 座学を受け、月面や宇宙空間での訓練を経て、降下部隊に入れるかどうかというところまで上り詰め、

 ……そして、事故に遭った。

 月面基地に飛来した大型デブリ。宇宙軍が軌道変更作業に失敗したそれが、近くで実機演習を行っていた訓練生たちへ向かい、回避しきれなかった数機が巻き込まれた。

 死者三名、重傷一名。その重傷者が、他でもない和貴だった。

 デブリの破片のうち、特に大きなものに激突し、ひしゃげた機体のフレームに押しつぶされて両足を失った。医師によれば失血死をしていてもおかしくない状況だったという。

 だが不幸中の幸いが幾重にも重なり、パイロットスーツの生命維持装置の助けもあって脳に障害は残らず、発達した医療技術は和貴の細胞から足そのものを再生し、神経を繋ぎ、“元通り”にしてみせた。

 ――しかし、第一次降下隊への参加は絶望的となった。

 繋ぎ直した足のリハビリに要する時間は、致命的な遅れとなる。

 もとより適正の低さを努力で補っていた和貴にとって、それは絶望的な遅れだった。

 時計の針は戻せない。しかし和貴はなんとしてもあの蒼い惑星に、誰よりも早く降りたかった。

 だから、次善の策をとった。

「大丈夫だったさ。言語はもともと子供の頃から馴染みがあったし、僕もバカじゃないから。入院中に猛勉強して追いついた」

 直哉に答えながら和貴は思い出す。

 パイロットへの夢が絶たれたとはいえ、まだ可能性はある。

 空を飛びたいという夢は叶わなかったが、第一次降下隊に参加するという夢にはまだ可能性があった。

 だから入院直後、和貴は、頭が正常に動くことを自覚してまもなく勉強を始め、先に降下隊メンバーに選ばれていた満葉の協力もあり、退院時には外交員養成課程に追いついてみせた。

「追いつくってのがまず尋常じゃねぇよ……どういう執念だ。それに追いついたっても、周りのやつはいい顔しなかったろうに」

「降りちゃえばそれまでさ。妬むのは宇宙に残った奴らだけ。選抜メンバーはいい人ばっかりだしね」

「お前そういうとこ地味にこすいよな……」

「ちなみに三條係長は幼なじみの姉貴分だから選抜の時にそこで口利いてもらったところは少しある」

「いやお前ホントそういうとこ狡いな!?」

 だが、必要な能力を持っているのは確かだ。

 後追いとはいえ、幼少の頃から母親に叩きこまれ、妹のマニアックな勉強に付き合わされた和貴の帝国語スキルは今の外交部でも上から数えたほうが早い。

 元来から高いその言語能力と合わせて、満葉から情報を得て、他の優秀な候補生と被らないように能力を伸ばし、必要とされるポジションを手に入れてまんまと入ってみせた。

 多少のショートカットをしたとはいえ、追いつくだけでなく、追い抜いたからこそ、和貴はここにいる。

「でも、彼女の翻訳魔法でその有利も揺らいでるし――また、立ち回り方も考えないとね」

 だからこそ自分の魔法適性を上手く活かさないといけない、と和貴は考えている。

 自らを価値のある存在として示さなければ、いずれ身動きがとれなくなる。それは価値が目に見えづらい“外交”と言う場であれば、なおさらだ。

「何だ……その、まあ色々安心した。案外逞しいのな、お前」

「保身なら任せろ」

「嫌な自信だな……」

 呆れる直哉を尻目に、ティルへ視線を向ける。

 そこでは村瀬少佐の無駄に専門用語の飛び交う解説を前に、ハテナマークを浮かべながらもティルは楽しそうにしていた。

 和貴は、彼女のことを可愛らしく、守りたい女の子と感じている一方で、

 ……保身のための手段として見ている自分もいる。

 ここへ来るまでに冷め切った心が、おそらく無意識のうちにそうしてしまっている。

 手に入れたかったはずの輝きすらも――そのことを自覚する度に、和貴は自分に嫌気が差すのだ。

 ……手段と目的が――そうはなりたくないけれど。

 未だ誰にも明かしていない、そんな本心を内に秘めながらティルたちを見守っていると、

「――じゃあ下に降りてみましょうか。ティルちゃん、こっちに来てください」

「はい!」

 村瀬少佐が自然にティルの手を引いていく。彼女たちはどうやら下に移動するようだ。

 整備員や機械類が蠢く格納庫にド素人を連れて降りてもいいのだろうか、と和貴は疑問に思うが、

「……下に降りる許可も出てるのか?」

「バッチリな」

 さすが“魔女”少佐は抜かりないようだった。

 それにしても、と和貴はふと疑問に思い、直哉に問うてみる。

「ちなみにだけど、あの許可証どうやって持ってきたんだ?」

「ん? 隊長の旦那に直にせびったら貰ったそうだ」

「……ああ、なるほど」

 そういえばあの人の旦那は艦長だった、と今更ながらに和貴は思い出す。

 あちらはあちらで若くして(やや強引に)あの地位にのし上がったやり手らしいとも聞いたことがあった。

「よくよく考えれば艦長が旦那ってのもまたすごいよな……」

「しかもお互い相当惚れ込んでる感じらしい。許可のこと聞いたら三十分弱延々とノロケられたから」

「……ご愁傷様」

 意外にそういう超人は超人と惹かれ合うものなのだろう、と和貴は余計な思考を巡らせる。自分のような凡俗には縁のない話だ、とも。

「しかし……あの人はどうしてそこまでしてティルに会いに? 何か思い入れでも?」

「ほら、あの子をここまで運んだの、隊長だろ?」

「ああ、そういえば――」

 しっちゃかめっちゃかな騒ぎの中で、ろくな打ち合わせもなく顔も合わせていなかったので和貴はすっかり忘れていたが、

 ……ティルを連れてきたあの機体を、遠隔操縦していたのは、村瀬少佐だった。

 通信でやりとりしていたのは満葉だったので、和貴は特に意識することもなかったのだ。

「だから、あの人も気にしてたんだよ。あの子がどうなったんだろう、ってな」

「おかげさまであの通り、元気にやってるよ」

「ああ。あの人もすっかり安心したみたいだな」

 意外にそういうところもあるのか、と、和貴はすこしばかり不思議な感覚だった。

 和貴にとってはパイロット時代の憧れであり、雲の上の超人――あるいは化け物じみた何か――であったからだ。

「なんだかこう、村瀬少佐が普通の人間みたいな行動をしてると変な違和感があるのは何でだろう……」

「あ、俺もまだたまになるわそれ。あの人はパイロットやってる時が異常すぎてなぁ」

 そんな妙な共感を確認し合いながら、和貴はふと思い出す。

 ……そういやこいつとはこんな感じだったっけ。

 友人というには距離はあるが少なからず気安い会話が出来る相手だった。そんな昔の情景が視界にダブり、和貴は少しだけ笑みを浮かべるのだった。

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