第二章 世界の敵と御子の役目 1
あれだけ多いと感じていたものがレシティアの言った通り、あっさりと無くなった。
それだけでも驚いていたのに、その半分以上が自身の体の中に入っていったという事実はもはや驚嘆を神島真美花に与えていた。
それほどまでに美味しかったのだと言い訳をしてみる。
でもどちらかと言えばお腹の中にブラックホールがあるような、そんな感じだったというのは他でもない本人が一番わかっていた。
食事中、まるで自分が自分じゃないような、そんな違和感がずっと頭の中にあったのだ。
はあっと小さく息を吐く。
気持ちを支配するのは衝撃。体を支配するのは満たされたような心地よさ。
相反した気持ちを抱えながら真美花はやっとの思いで手を合わせた。
「……ごちそうさまでした」
短く、けれど目の前のレシティアに向けてそう唱える。
前を見ると彼女も同じように手を合わせて何事かを呟いていた。
それを不思議な気持ちで眺めているとこちらに視線が向く。
「どうかしたの?」
そんなに見つめて、とレシティアは首を傾げた。
途端に真美花の顔が朱色を帯びる。見ていたことに気付かれたことより、気付かれるほど見つめていたということが恥ずかしかった。
何か言わなければと慌てて口を開く。
「いや……その……」
しかし頭が混乱して言葉がうまく出てこない。何をどこから説明すれば良いのかと一瞬、口を閉じる。
すると今まで一切話さなかったファイクラルが不意に声を上げた。
「多分、真美花のいた世界と私達の世界が一部繋がっているからだと思う」
それは真美花の不思議な感覚に対する答えのようだ。
「繋がっている?」
けれどその意味が掴めず真美花は思わず呟いた。
同時に
「んー?」
とレシティアも首を捻って眉をひそめる。
「うん。真美花はレティのお祈りを見てた」
二人の視線を集めながらファイクラルは静かに言葉を零す。
「お祈りを?」
それに合わせてレシティアが先程と同じように手を合わせてみせた。
「その前に真美花も同じように手を合わせてた」
ブレスレットの彼女がどのように外の世界を捉えているかはわからない。しかし黙っている間、二人の姿をよく見ていたらしい。
「なんとなく、意味合いは違うように感じたんだけど、でも仕草は同じだからね。それが真美花には”不思議”だったんじゃないかなと思って」
そうだよね、真美花。言外にそう問われた気がして、真美花は小さく頷いた。
そしてその言葉に背中を押されるようにもう一度口を開いた。
「食べ物とか見たことない物ばっかりで、ここって全然違う世界なんだなって、食べながら改めて思ってたんです。実感した、というか……。それなのに食べ終わってみると、レシティアさんが手を合わせてて、私の世界にも同じような習慣があるから、なんでだろうなって思ってたんです」
そしてそう言葉を終えると、へえ、とレシティアは興味深そうに目を細めながら頬杖を突く。
「同じ習慣……。そっか。確かに、ファイクラルの言う通りかもしれないね」
やがて彼女は真剣な声音で頷くと顎にそっと親指を添えて考え込むように口を噤んだ。
「……?」
言葉の意味と黙ってしまった理由がわからず、真美花はじっとレシティアを見る。
するとファイクラルが呆れた様な声音で言った。
「レティ」
「ん。ああ、ごめん、ごめん」
それにレシティアはまるで窓辺に差し込む太陽の光のような柔らかく、暖かみのある笑みを浮かべる。
「いやあ、興味深いねー。世界の繋がりっていうのは」
先程、ファイクラルが言っていた言葉。何度も繰り返されるそれを、真美花は小さな声でなぞった。
「世界の、繋がり……」
「そうっ。世界の繋がり」
するとそれに答えるようにレシティアが弾んだ声を上げる。
そして一拍置くと矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出した。
「私達の世界はね、別の世界に支えられることで機能しているの。それが真美花達の世界なんだけど。だからこそ二つの世界は切っても切れない程、密接に繋がってるわけ。それが世界の繋がり」
それを受けてファイクラルが再び声を上げる。
「世界が繋がっているとそこから様々なものをこちらの世界に持ってきたり、あっちの世界に運んだりすることが出来るんだ。それは物だったり技術だったり文化だったりするんだけど、でも、実際にそれら自体を移動させたことはない」
「わたし達がこちらの世界に連れてきて、あちらの世界に渡すのは、ただ一つだけなの。それさえあれば技術も文化ももしかしたら物も、手に入れられる」
そして細められたレシティアの視線が真実花を射抜いた。
「わたし達がそうして移動させるのは――真美花。あなたみたいな、あちらの世界の人達」
「……!」
息を呑む。
「それは……」
真美花はふとあの白い世界を思い出した。あれが世界を繋ぐ道のようなものだったのだろうか。
そして自分は今、何かとんでもないものに巻き込まれている。今更ながらそんな気がして、真美花は思わず強く自分の手を握った。
ファイクラルの手を取ったこと、着いていくと決断したこと、その選択に後悔はない。
けれどふっと芽生えた不安は容赦なく真美花の頭を打ち付け、混乱へと導いていく。
「私、は」
無意識のうちに言葉が口から滑り落ちる。けれどその後が続かない。
そうして何も言えないでいると、レシティアがゆっくりと椅子から立ち上がった。
「軽く、散歩でもしよっか」
小さく呟くと同時に対面に座る真美花にも仕草で起立を促す。示されるまま真美花はゆっくりと椅子から腰を上げた。
そして立ち上がるのを見届けてからレシティアが静かに口を開く。
「見せたいものもあるんだ。それを見てから続きの話をさせてほしいな」
不安げに揺れる瞳。それでレシティアを見つめる真美花に彼女は男の子みたいな笑みを返す。
「大丈夫だよ。ちゃんと話すから。マミカが今ここに、この世界に居る、その理由を」
何もないこの空の下~そして世界は動き出す~ 七島さなり @nanato
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