第一章 あなたの呼ぶ声 5

 レシティアに連れられるまま、部屋の外へ出る。

 その際、

「そのノートも持って行って」

 とファイクラルに言われたので真美花は見たことのない文字で日記と書かれたノートを抱きしめていた。

 歩きながらレシティアが指差しで部屋の中を教えてくれる。

「ここが二階のトイレ。そこが書庫であそこが衣装室。あっちにあるのが……」

 いくつ部屋があるのか。廊下には数えきれない程の扉が並んでいた。

 これが二階なのだから一階もあるはずだ。一階も同じなのだとしたら、迷子になるかもしれないという不安が胸に去来した。

 思わず視線を俯けるが、首を横に振って前を見る。

 すると突き当りの壁が見えた。それは遥か先にあって、否が応でもこの建物の広さを思い知らされる。

 現実から目を逸らすため、真美花は全体に目を向けることにした。

 部屋は左側に集中してあるようだ。右側には窓が並んでいる。そこからふんだんに光が取り入れられ、廊下は全体的に明るい。だから今は朝か昼のどちらかだろう。

 少しでも今の状況を知りたくて通り過ぎ様に外を見る。

 そうして見えた景色に思わず息を呑んだ。

「――雪……?」

 窓いっぱいに広がる広大な銀世界の森。外に出ることさえ躊躇われる様な吹雪。木々を覆い隠してその輝きを殺し尽す、ずっしりとした残酷な白。

「今は冬だから」

 思わず足を止めた真実花にファイクラルが告げた。

「私達の村では冬になるとこうして森の奥の山小屋に避難して過ごすんだ。雪で村が埋まっちゃうから、春になって雪が溶けるまではずっとここにいる」

「そう、なんだ」

 声に思わず顔を上げる。するとブレスレットの彼女がそこに居て、こちらを見て微笑んだような錯覚に襲われた。

「まあ、それも五年前までの話だけど」

 彼女の幻覚はその微笑を悲しげなものに変えて、冷えた眼差しで前を睨む。

「え……?」

 それに思わず疑問を唱えようとしたところで

「ちょっとー? 早くしないとごはん冷めちゃうんだけど?」

 とレシティアの声が響いた。

 途端に目の前のファイクラルは夢のように消える。

 レシティアは廊下の少し先であきれたようにこちらを見ていた。

「ごめんなさい!」

 弾かれたように飛び出して駆け足で近寄る。すると彼女は少年のように歯を見せて笑い、また真実花に背を向けて歩き出した。

「しばらくはここに籠ることになるから窮屈に感じるかもしれないけど、すぐに慣れるから安心して!」

 そして軽い口調でそう言ってみせる。そして続けざまに無邪気に笑って言った。

「それにまるっきり外に出ないってわけでもないからねっ」

「……?」

 それに真美花は首を傾げる。

「階段、急だから気を付けてー」

 しかしそれ以上のことを言うつもりはないらしい。手すりに掴まりながら階段を降り始める。

 確かに階段は急だった。

「こっちこっち」

 やっとの思いで階段を下り切った真美花。それを手招きをするレシティア。

 彼女に誘われるまま廊下を進む。一階は二階とは違って廊下が短く、突き当りにドアが見えた。しかし両脇に部屋があるからだろう。やはり部屋数は多いように見える。

「ここが一階のトイレね。そこが浴室で、掃除道具はその部屋に……」

 けれど二階よりは日常的に使う場所が集中しているようだ。

 建物内を知れば知る程に迷子になる心配は増すばかりだが、少しずつ慣れていこうと真美花は静かに決意する。

「ここが大広間」

 そして最後にレシティアは廊下の突き当りにある部屋で立ち止まった。

「食事はほとんどここでするよ。さ、入って」

 リビングのような部屋なのだろう。レシティアに案内されるまま、真美花も中に足を踏み入れた。

 部屋に入って真っ先に見えたのはやや大きめの四角いテーブルと、そこに整然と並ぶ六脚の椅子。視線を少し左に移すとそこには頑丈そうな鉄色の壁とドアがある。

「左側にあるのはが食糧の保管庫。だからこっちに台所と見た通り食事用のテーブルがありまーす」

 部屋の中を細かく説明してくれるレシティア。

 そして手近な椅子を引くと

「温めてくるから座って待ってて」

 と真実花を促した。

「あ、手伝います、よ?」

 それに咄嗟に声を上げる。

 するとレシティアは半身だけを真実花に向けて手を振った。

「今は良いよー。また教えるから、その時にお願いっ」

 そう言われてしまうともう引き下がるしかない。

 真美花は小さく頷く。

「……はい。じゃあ、あの、失礼します」

「はいはーい」

 軽やかに答えてレシティアは奥に引っ込んで行った。

 その姿を椅子に座りながら追いかける。

 消えた姿が戻ってくるのを静かにじっと待っていると、ほどなくして湯気の立つ食器を四つ、両手に携えたレシティアが現れた。

 それを真美花は受け取り、テーブルに並べていく。

 数回それを繰り返して、全てを並べ終える。その頃にはテーブルはいっぱいで、

「多い、ですね」

 と真美花は思わず呟いた。

「かもねー。でも、多分すぐなくなるよ」

 するとレシティアがふふっと意味ありげに笑う。

 そして話を遮るようにぱんっと手を叩いた。

「では、どうぞ召し上がれ!」

 そんな声が今日の晩餐会の始りを告げる。

 それに釣られるように真美花も両手を合わせた。

「いただきます……」

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