第一章 あなたの呼ぶ声 4
信じられないと言った表情で真実花を見る女性。
しかし、しばらくするとゆっくりと手を降ろして小さく首を横に振った。
そして真美花の方を向いてゆっくりと微笑んでみせる。見てる人を落ち着かせる、そんな笑みだ。
彼女は祈るように胸の前で手を組むと、ゆっくりと真美花の前にひざまずく。
今度は真美花が目を瞠る番だった。
顔を伏せる彼女にその顔は見えないようだが。
そうして静かな声音が呟く。
「”
それは真美花の言葉に対する返しのようだ。
そう理解したところで、どこからか目が眩むほどの光が溢れてきた。
「!!?」
同時に胸がぐっと詰まる。突然の痛みに真美花は声を出すことが出来ない。
痛みの原因を探すために光の中で目を凝らす。
光は自分の胸から溢れているようだった。胸から光る何かが飛び出そうとしているのだ。
「っ、う……!」
歯を噛み締めると不意に体を抱きしめられた。遅れてそれが先程の女性であることに気づく。
「体の力を抜いて。大丈夫だから。ゆっくり息を吐いて」
耳元で声が囁く。
痛みで霞む意識がその声に引き寄せられた。言われた通りにゆっくりと息を吐く。すると体の力が抜けたのか、光が僅かに動いた。
「うう……!」
呻く真美花。女性は背中を撫でながら優しく声をかけ続ける。
「そう。吸って、吐いて。上手よ。ゆっくりで良いから」
落ち着かせるようにと何度も何度も呟く声に合わせて呼吸を繰り返す。その度に光は真美花の胸から抜け出そうとする。動くたびに真美花の口から呻き声が漏れた。
「うああっ!」
そうしてひと際大きく真美花が叫んだ時、光が胸から吐き出された。
「はっ、はっ……」
荒く細かい呼吸を繰り返しながら真美花の体から力が抜けていく。その体を女性はゆっくりとベットに寝かせた。
胸から飛び出した光は丸い形を保ちながら二人の間をうろうろと飛んでいる。
しかし真美花が完全に横になったのを確認するとその目の前へと近付いて行った。
つん、と光が頬を撫でる。むずがゆさに真美花は口元を笑みの形に持ち上げた。そして、光へと手を伸ばす。
真美花が触れると光はその球体を輪の形に変えた。そうして手首のあたりで眩く輝いて光を収束させる。
姿を見せたのは赤い石の付いた銀のブレスレット。
真美花がぼんやりとした顔でそれを眺めていると、女性が小さく呟いた。
「これは……」
二人が見つめる中、ブレスレットについた石が明滅を始めた。中心から光が点ったり消えたりを繰り返す。
やがて、その光が今までで一番強い輝きを放つと
「聞こえてる!?」
という悲鳴のような声が赤い宝石から響いた。
「!?」
どこかで聞いたことのある声に真美花はブレスレットを見つめながらびくっと震える。
反して、女性は額に浮かぶ汗を拭いながら安堵の息をを吐いた。
「聞こえてるよ。ファイクラル」
そうしてブレスレットにそう声を掛ける。
「良かったぁ……」
するとファイクラルと呼ばれたブレスレットは嬉しそうな声をあげた。声に合わせて宝石が光る。それはまさに宝石が話しているようで。
「どういう、こと?」
話にまるでついていくことが出来ない真美花は体を起こしながらそうブレスレットに問い掛けた。
「ああ、真美花! 痛かったよね? ごめん。
……中にはこれに耐えられなくて儀式を最後まで出来ない人もいるんだけど、大丈夫そうでよかった!」
しかしその声はこちらの話も聞かずに早口に捲し立てる。自分に似た顔の少女が目の前に居るような気がして、真美花は思わずブレスレットから身を引いた。
けれどそれと同時に確信する。このブレスレットは彼女であると。
「あの、ファイクラル? 私、状況が……」
わからないんだけど。そう言おうとした時、真美花の腹部が小さく唸った。
女性と、目はないけれどファイクラル、二人の視線が真実花を捉える。
「………………ひゃー……」
顔が熱い。慌てて顔を俯け、頭を押さえて小さく小さく悲鳴を上げる。
しばらくすると呆けていた二人から忍び笑いが響いてきた。
「ううっ」
恥ずかしさのあまり小さく唸る。するとその声は次第に大きくなり、やがて目の前の女性は背を向けてしきりに体を揺らし始めた。
その間、真美花は居心地が悪くてずっと俯いていた。同時にまたお腹が鳴らないように力強く体を抱き締める。
そうしているとひとしきり笑った二人がまだ震えの残る声で言った。
「儀式は体力を使うから。仕方ないよ」
それはファイクラルの言葉だ。
それに答えるように
「そうだよ。私、食事の用意が出来たから呼びに来たんだもの」
と女性が言う。そうして一拍呼吸を置くと
「話はそのあとにでも」
と真実花に手を差し出した。
「あ、ありがとう……ございます」
恐る恐るその手を握ると「敬語じゃなくて良いよ」と人懐こそうな笑顔を浮かべる。
そして手を引いて真実花を立たせると不意に
「あ、そうそう。お互い名乗ってなかったよね?」
と呟いた。
「わたし、レシティア・エインセル。よろしくね」
「か、神島真美花です。お願いします」
「マミカ……マミカね。ようこそ異世界へ! わたしはあなたを歓迎するから!」
そう言って彼女は握った手を軽く揺すりながら片目を瞑った。
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