第13話「外来種」

 リゼルが入院している病院を後にして、事務所までの帰り道。

 正一の左肩でくつろいでいるマリモは、偽悪的な声色で語り掛けて来た。


「お前も人がいいな。あの娘をお前の奴隷として魔法で縛っても良かったんだぞ」

「それするメリット、お前になんかあんのか?」


 マリモは、ニタリと笑んで、耳元で囁いてくる。


「毎夜お前に犯され、泣き叫ぶ娘の様を見るのも、悪くない趣向だと思ってな」

「趣味悪っ」

「冗談だ。しかしそれぐらいしてもらってもまだ割に合わんのは事実だぞ。あの街に行くのは」


 やはり何かを隠している。割に合わないと言いつつ、アルバンへ行く事を積極的に止める訳でもない。

 予想として一番ベターなのは、マリモ自身がアルバンに行く必要があるという事だろう。

 目的を聞いたところで話すわけもない。何よりこのような考え全てがマリモに漏れている可能性もある。

 結局の所、マリモを相手にするなら頭の中で策を練り回すよりも、何もかもを口に出して正面から行くしかない。


「何か知ってんだろ。お前」


 正一の問いに、マリモは鼻を鳴らしてから答えた。


「まぁな。俺が封印される前からちょいと曰く付きでな。どうやらその曰くが悪さを働いたらしいな」


 やはり肝心な部分を隠している。

 しかし正一としては、これは想定内だ。


「一つ聞きたい」

「なんだ?」


 マリモに聞きたい事。正一の推測を確定させるために必要なパズルのピース。

 正一の置かれた異世界転移という状況。そしてこの世界で出会った数々の怪物達。これらを統合し、結び付けるための接着剤、正一の欲しい情報はその一点だ。


「お前の本当の姿、それに樹牙竜。それと比べてあの森の魔物達。とても同じ生物とは思えなかった」

「そりゃそうだろう。あれらと我らでは成り立ちが違う」

「新参者……だっけ?」


 これは、あの森で立ち憚ったウミウシ巨人にマリモが放った言葉だ。

 もしもあの巨人や煤に『若造』という意味で使うなら、マリモの言葉遣いにしては不適当である。

 それなら正一にするように『小僧』と呼ぶなりするはずだ。

 わざわざ『新参者』という単語をマリモが選んだならそれ相応の理由があるだろう。

 そんな正一の指摘に、マリモの表情からいつもの余裕が消え失せた。そしてこれこそが正一がしたある推測が正しい事を裏付ける最高のピースでもある。


「お前、あの巨人にそう言ってたよな。それに俺はこう思ってる。この世界の進化の成り立ちは、俺の住んでた世界とそこまで異質じゃない」

「と言うと?」

「居たんだよ。俺の住んでた世界にもドラゴンがな」


 そう、かつて地球上を支配していた生物。マリモのように巨大でまるで空想上の動物のような存在が地球にも存在する。

 子供の頃、叔母に飼ってもらった本で夢中になった、恐竜という存在が。


「恐竜って呼ばれててそいつは大半が絶滅して、生き残りは鳥になった」


 それでもマリモに近く見た眼をした生物が地球上に居た事自体は疑いようもない事実だ

 そしてこの世界には人間も存在している。もしもこの世界が恐竜が絶滅せず、環境に適応し、進化し続けたら?

 その中で人間という存在が同時発生したなら?

 そこに地球には存在しないレギュラー的要素、魔法という概念をプラスした場合に起きる進化の化学反応は?


「だからさ。マリモの本来の姿。もしも魔法と言う概念があって恐竜が現代まで生きていたら。こういう想定をするとマリモの存在は、俺達地球の人間にとってもそこまでの違和感がある存在じゃない。少なくともマリモを直に見て、魔法の存在を知っていれば納得は出来る」

「お前は何が言いたいんだ。敬意を払って頭の中を覗かないでおいてやってるんだ。要点を言え」


 正一自身、マリモの姿を見た時、一切の嫌悪感を覚えなかった。

 むしろ神々しさと美しさに見とれ、あの恐竜のような存在が間近に居る興奮と喜びに支配された位である。


「つまりドラゴンの存在は、この世界の成り立ちを考えると納得出来ない訳じゃない。でもあの森に居た怪物たちは納得出来ない」


 あの森に居たモノ達。

 触手キノコ、ナメクジ馬、ウミウシ巨人。

 確かに似たような生物は地球上にも存在している。

 この点は、恐竜とドラゴンの比較と差はない。


「あれと似たような生物は、確かに俺達の世界にもいる。だがな、それを考慮しても異質すぎるんだよ。あいつらの存在は」


 しかし正一にとっては、もしも恐竜が魔法によって知性を得たらとか、恐竜に偶発的に魔力が発生し、やがて魔法を使える固体が出てくる等といった想定は、頭の中に思い描ける。

 しかし森の生物は違う。

 ナメクジが馬のような形態をとる事。

 キノコとイソギンチャクが合体した生き物の進化の過程と必然性。

 ウミウシが人間と全く同じような身体を手に入れながら頭の形状だけは進化しなかった理由。

 魔法の存在を考慮に入れても地球の生態系とは、あまりに異質すぎる存在だ。

 恐竜が魔法を得たらドラゴンになるという過程よりも、軟体生物が人間を上回る知性を手に入れ、あの形状に進化した過程が正一の中では成り立たないのだ。

 そしてこの推論を決定づけるのがマリモの言葉と正一が現在置かれている状況である。


「お前の言葉、そして森の生物達の異質さ。それに今の俺のこの状況。総合すると答えは一つだ」


 地球に存在するどの生物とも異なり、さらに正一が経験した異世界転移という現実。これらを総合した時に出る結論は、


「あれは、元々この世界に居た生物じゃないな」


 正一同様、別の世界からこの世界に来た異世界生物。そう結論付けるしかない。


「よく分かったな。意外と頭も回るようだ」


 正一の推理を聞かされたマリモは、決して嫌味などは含まずに健闘を称えてきた。


「そうだ、あれらは元々この世界に居たモノじゃない。もっともその事実は、大抵の人間には伏せられているがな」


 マリモから真実を聞く方法。それは自分で真実を導き出し、それが正解かを尋ねる事だ。

 作戦がうまく言った事を内心ほくそ笑みながらも、正一は平静を装うために、顎を撫でて気を紛らわせた。


「知っているのはリエラが言ってた街を封鎖した政府の高官たちとマリモみたいなドラゴンか」

「ああ。俺達は外来種と呼んでいる」

「外来種……」


 外来種といっても日本で言われるブラックバスなどとは規模が違う。何せあの異形の姿だ。

 あんな生物がもしも地球に現れたら宇宙人か怪獣騒ぎになって自衛隊でも出動しそうである。


「もっとも最初に確認されたのは九百年以上前だ。だから現代の人間にとっては他の魔物と同列の存在なんだろう」


 つまり異世界の存在を知っている人間が極少数という事になる。

 リエラと話す時も異世界から来たという話を意図的に伏せて来たがこれは功を奏したようだ。下手に真実を話せば信用を失っていただろう。


「では正一、俺の質問にも答えろ」


 正一は、マリモの意図を測り兼ねていた。

 マリモは、人の考えを読める。それがハッタリでない事は、マリモと出会ってからの短い時間で嫌になるぐらい思い知らされていた。

 許可など取らずとも、わざわざ口にしなくても、マリモは相手の頭の中を読める。質問し、それに答えさせるという行為自体がマリモという存在には不毛でしかない。

 どの道、正一側は策を巡らせたところで筒抜け。真意を聞いてみる以外にない。


「頭を覗かないのかよ」


 正一にマリモが返したのは、作意のない事を示す笑顔だった。


「言ったろ。敬意を払っていると。お前、外来種について知ってどうしたい?」


 マリモの顔を見れば分かる。マリモは正一がそうしたい理由を知っている。

 頭の中を覗いていたら具体的に指摘するはずだ。

 頭の中を覗いていないというのは事実、その上で正一のように推理して結論に至ったのだ。

 それなら隠しておく必要もない。

 正一とマリモの関係を解消する方法をようやく見つけたのだから。


「決まってるだろ。あれがもしも」

「やめておけ」


 マリモの言に正一が反論を唱えようとするが、それより速くマリモが口を開いた。


「確かにあれは別の次元から来た存在だ。だがな、その技術を得ようなんて考えない方がいいぞ」

「約束だったろ。俺が帰る方法を探すのを手伝うって」


 マリモは、稚児に手を焼く親のように息を漏らした。


「俺の力が戻ったらだ。さっきのを見て勘違いしてるんだろうが、今の俺では眷属を殺るのが精々だ。外来種の中でも特に強力な神格種となれば話は別だ」


 神格種。響きからしてまともな相手でない事は分かる。

 恐らく森に居た怪物の中でもウミウシ巨人やナメクジ馬などは眷属、森の主である煤が神格種といったところ。

 確かに煤は、強大な力を持っていた。封印されているせいか姿こそ現していないが、それでもマリモが居なければ森からの脱出は不可能だったろう。

 封印されて尚あの力、もしもこれが解かれた状態で戦っていたら。どんな武器を持っていてもどんな戦術を駆使しても人間が単独で倒せる相手じゃないのは想像に容易い。

 しかし全く同様のものを感じた存在がこの世界に一つだけ居る。全人類と戦い、封印された最強のドラゴンが。


「煤も神格種なんだろ。あれには喧嘩を売ってたじゃないか」


 マリモは、無謀な性格ではないはず。勝ち目のない戦いをする愚を犯すほど思慮が浅くは見えない。

勝てる公算があったからこそ、人類にも挑み、そして煤にも戦いを辞さない姿勢を見せたのだ。


「だったら今回もいけるだろ!」

「あれは奴が森に封印されていて、本領を発揮出来んからだ。だがアルバンは、恐らくドラグン地区に居るドラゴンも係わった上で街の隔離が決定されているんだ。森以上にやばいはず」


 しかしマリモは、言葉とは裏腹にアルバンに行こうと提案しているのだ。

 ここが正一にとっての気掛かり。一番不気味に感じている部分である。


「その街に行くんだろ? だったら」


 マリモの提案と言葉の矛盾を突くと、マリモは気怠そうに溜息を吐いた。


「今行くとは言っとらんぞ。街から出るなと言われたばかりだろ。数日は様子を見てからだ」


 確かに今すぐ行くメリットはあまりない。リゼルの症状は、確かに気の毒だが今すぐ命に聞きがあるという風には見えない。事情を話せばリエラも分かってくれるだろう。

 それにアルバンがあるのはヒュマン地区ではないと言え、フェアリ地区は二百年前のマリモ討伐作戦にも参加している。

 自然信仰が強く、ドラゴンにも尊崇の念を抱いているという面を鑑みても、正体がばれた際見逃してくれるかは五分五分。

 樹牙竜が政府と話を付けてくれるのを待っていれば、事はより安全に運ぶ。


「それにリエラの妹を助ける方法を探すのと、奴らの次元跳躍術を探すのとでは危険度が違い過ぎる。俺は自殺願望のある奴を守るつもりはない」


 これもきっと真実だ。外来種がこの世界に来た術は、連中にとっても最大級の極秘情報だと見ていい。

 それを手に入れるとなれば、あの森に居た化け物以上の脅威と相対する事になる。

 正一一人では勝ち目がないし、マリモが居ても相手が束で来れば――。

 どう考えても今動くのは得策ではない。だが正一には待っている事が耐えがたかった。


「俺は帰りてぇんだよ!」


 いつ見つかるとも分からず、途方に暮れていた正一の手の届く位置に、元の世界へ帰れる希望が現れた。

 それならどうしてこんな所で待っていられるだろうか。

 あると分かったなら今すぐにでも、どんな無謀でもそこへ行きたい。

 正一がこちらに来てから二日。叔母がどれほど心配しているだろうか。放任主義に見えてその実、過保護な性格で、恐らくもう警察に捜索願を出しているはずだ。

 それでも今ならまだ友達の家に居た、学校で嫌な事があって遊び歩いていた、好きな子に振られて自暴自棄等々、言い訳のしようもあるし、正一が怒られればそれで済む話だ。

 これ以上失踪が長引けば、どれほどの迷惑をかけてしまうのか、想像に難しくない。


「こんな世界になんか居たくねぇんだ!」


 魔法の力なんか得ても嬉しくはなかった。この世界の魔法は所詮戦闘術の一つに過ぎない。

 どうせ得るなら戦う為だけの力ではなく、元の世界に帰れるぐらいの軌跡の力があればよかった。

 怪物が跋扈する世界に放り出され、唯一頼れるのもまた怪物。こんな所に居続ければきっと心が壊れてしまう。


「そんなに帰りたいのか?」

「当たり前だ!」

「どうせ帰ったところで叔母さんとやらしかお前を待ってる者は、居らんだろうに」


 この二日間、耐えてきたモノがぷつりと切れ、正一は左肩に座り込んでいるマリモを鷲掴むと、ブレードの切っ先をマリモに突き付けた。


「頭の中覗いたぐらいでいい気になってんじゃねぇぞ、化け物」


 マリモという存在に懐疑的な印象を覚える事は今までにもあった。それでも明確な殺意を剥き出しにするのは、今日この時が初めてである。


「言っとくが、本気でやり合ったらお前は俺に勝てんぞ」


 言われなくても分かっている。それでもそうせずにはいられない。

 自らを侮辱されて、それは育ててくれた叔母すらも卑下にされたようで、それなら相手がどれほど強大であろうと牙を剥かずに居られようか。


「うるせぇよ……」


 ――違う。

 自分の中でどれだけ理由を付けようと結局の所、これは八つ当たりだ。

 化け物なんて罵倒を浴びせてもマリモは怒らない。

 どんなわがままを言っても受け流してくれる。

 そんな相手だからこそ正一は、感情を溢れるままにぶつけているだけだ。


「アルバンに行く事を提案したのはてめぇだ。どうせてめぇにも思惑はあるんだろ」

「ふん。俺の目的をいちいちお前に言うつもりはない。離せ」

「離さなきゃ殺すってか?」

「そうだ。しかし俺はお前を気に入っている。その才覚殺すには惜しい」


 マリモからは殺気、殺意、敵意の類は一切感じられない。

 これでは父親に駄々をこねているだけの子供だ。


「どうだかな」


 こんな事をし続けるだけ不毛だ。ようやく頭内の熱が冷めた正一は、ブレードを鞘に収めた。


「妙な真似をしたら俺はお前を殺す。いいなマリモ」

「出来るんなら好きにしろ。俺は妙な真似をするつもりはないがな」


 正一が手を開いてマリモを解放するとマリモは、いつも通り正一の左肩に乗ろうとする。

 だが正一がそれを許す事はなく、マリモを手で払い除け、地面に落とした。

 こうなってしまった以上、どれほど子供じみていようと正一にも正一なりの意地という物がある。


「一人で歩けよ」


 そう言って立ち去る正一の後に、マリモはただ無言で付いて行った。

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