第4話「武器屋にて」
まず正一が立ち寄ったのは服屋だ。制服姿という今の服装では、あまりに目立ちすぎる。
ミリタリージャケットに似た焦げ茶色の上着に、黒いカーゴパンツ。着替えに白いシャツを三着に、探偵を名乗るという事で黒いネクタイ――これは正一の勝手なイメージだが――を数本。それから、追手から逃げるにあたり、かなりの距離を歩いたり走ったりするだろうから軽めのレザーブーツを購入した。
店主は、気前の良さそうな恰幅の膨れた男性で、正一は、申し訳なさを感じつつも偽造金貨で支払って次に向かったのは装備用品店だ。
マリモ曰く、ギルド所属の開拓者がよく利用する有名店らしく、二百年前には『ライガス装備品店』として名の知られた店だったらしい。
内装は、ファンタジー小説の挿絵やテレビゲームに出てくるような武具屋とアイテム屋を合わせた様で、一階は武器屋となっており、剣や槍、弓矢など種類ごとにそれぞれ窓口が分かれており、担当者に欲しいモノやオススメを聞くと適当な物を見つくろってくれるようだ。
二階は防具と雑貨で、防具は武器同様、軽装・中装・重装で窓口が分かれており、飲み薬だけでも何色あるのか数えるのが馬鹿らしくなる各種アイテムは、戸棚に並べられている。
現在の正一は、リュベイルに着くまでは逃亡生活を強いられる身。だから鎧を買う気にはなれなかった。これはマリモも同様の意見だ。
相手が爪や牙を武器にする魔物ならともかく、人間の特に魔導師相手では軽装では役に立たず、中装や重装では逃走の時、完全なデッドウェイトになる。
傷薬もマリモが一通りの回復魔法は、今の状態でも使えるという事でこれも却下となった。これに関しては、ゲームのように飲むだけで傷が癒えるのか興味があったので残念に思ったが仕方がない。
結局正一は、一通り店を見て回った後に一階の刀剣類購入用窓口に並んでいた。
「次の方どうぞ」
正一の前に立っていた同じ年頃の男性客が買い物を終えたらしく、身の丈の倍はありそうな剣を息も絶え絶えに担ぎながら店を後にしていった。あれで扱えるのだろうか。
正一は、男を見送りながら一歩踏み出して、店員と向かい合った。正一よりも一回りほど年上に見える若い男性である。
「いらっしゃいませ。どんな刀剣をお探しで?」
「えっと。実は俺武器の事よくわかんなくて……」
「はい。かしこまりました」
店員が浮かべたのは明らかな営業スマイルだったが決して嫌悪感を抱かせない自然な物だった。
マリモ曰くこの店は開拓者や探偵の初心者もよく訪れるらしく、正一の様な手合いの扱いには慣れているらしい。
「まず刀剣には大別して二種類あります。刃渡りが三十五フィー以上の物をソード。それ未満をブレードと呼びます」
フィーとは、この世界の長さの単位の一つで、一フィーがセンチに直すと二センチ。つまり三十五フィーは、七十センチという事になる。
刃渡り七十センチ以上でソード。それ未満がブレード。日本刀で例えると太刀と脇差の関係に近いだろう。
正一が叔母に剣術も習っていたが持ち運びしやすいからと教えられたのは小太刀や警棒、短刀といった短めの獲物による物が中心だった。
「じゃあブレードの中でも短めで。あと片刃ってありますか?」
「ええ、ありますよ」
店員は、正一の要望をメモに取るとそのまま奥の倉庫に引っ込んでしまう。
そしてしばらくすると一本の短剣を持って窓口に帰ってきた。
「こちらはいかがでしょうか。刃渡り十四・二フィー。全長が二十一・五フィーのショートブレードです。刃の厚みは、三リラもあります」
リラは、フィーの十分の一の単位。ブレードの厚みが六ミリは相当頑丈だろう。全長もなるべく身軽で居たい正一にはちょうどいいサイズだ。
グリップは、ウッドグリップで指馴染みもよさそうである。
「持っていいですか?」
「どうぞ」
店員の許可を得てから正一はショートブレードを手にした。
重すぎず、しかし軽すぎない。ナイフとナタの中間のような持ち具合である。
刃物の目利きにはそれなりに自信のある正一だったが、上等な品であるのは均整のとれた直刃の刃紋を見れば一目で分かった。
正一は、一旦ブレードを店員に返すと真っ直ぐ見据えて言う。
「これください」
「二十ゴールドになりますがよろしいでしょうか」
この世界の貨幣は、プラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズとなっており、一ブロンズの百倍が一シルバーになっている。
ちなみに貨幣価値は、感覚的に日本とさほど変わらないらしく二階のアイテムショップで売っていた緊急経口保水液、地球で言うところのスポーツドリンクが一瓶一・五シルバーで売られていた。
つまりこのショートブレードは、日本円に直すと二十万円。かなり高額商品である。初心者のエントリーモデルには相当に値が張る代物だ。
しかしその価値は間違いなくある。正一の目利きの感覚がそう告げていた。
「二十ゴールドね」
偽造金貨二十枚を店員に渡してから正一は、ショートブレードを手に取った。改めて持ってみると分かる。適度な重みのある良い品物だ。
「丁度いただきます。ありがとうございました」
偽造金貨でごめんなさい。
心の中で謝罪しながら正一は右に四つ隣りの弓矢の窓口に向かった。幸い客は誰も並んでおらず、濃い口髭と腕毛が印象的な熊のような男性が窓口に立っている。
「いらっしゃい。どんなのをお探し?」
この世界の飛び道具というと弓とボウガンしかなく、銃は存在していないらしい。
店に来るまでの道すがら、マリモに銃の存在を教えてみたが、その程度の武器なら魔法で替えが利くため、恐らく誕生しないか、しても発展はしないだろうとの見解だった。
現にこの世界には、大砲や火薬自体はあるらしい。
魔法の存在でそれを小型化して携行しようという発想には至らないのだろうか。
なんにせよ魔法を覚えるまでの間のつなぎとしても飛び道具は欲しかったので弓矢かボウガンを手に入れようと正一は決めていたのだ。
「んー弓で。持ち運びしやすい奴ありますか?」
弓もボウガンも一通り扱った経験のある正一だったが、ボウガンは狙いやすいが再装填がかなり大変だ。地球のハンティング用クロスボウに使われるような素材や技術があるわけでもなさそうだからその苦労は余計だろう。
そうなると装填のし易さで圧倒的に弓矢に軍配が上がる。
しかしこちらはこちらで持ち運びに難があるのだが。
「これなんかどうだい。金属製の最新式だ」
そう言って店員が取り出した物は、明らかに弓ではなかった。
例えようのない形状をしているが敢えて近い物を上げるとすればナックルダスターか。それが巨大になった様に見える。
「弓に見えないだろうが。こうすると」
得体のしれない何かとしか言えない代物が突如ジャンプ傘のように展開し、コンパクトなリカーヴボウの形状を取ったのだ。
「ここのトリガーを引くと自動で開くんだよ。最近人気の品だ」
「かっこいい……」
要正一、十七歳。
こんな物を見せられて燃えなければ男ではない。
購入意欲をくすぐられなければ人ではない。
「これください」
「五十ゴールドね。あとちょっと値は張るんだけど矢も伸縮式のがあるんだ」
「それください」
「矢筒も伸縮式のがね」
「それでお願いします」
「セットで五十五ゴールドね」
まんまと乗せられた気はするが、どうせ払うのは偽造金貨だ。明日の朝には売上金が消失している。
そんな様を見て困惑するだろう店員二人に申し訳なさを感じつつも、店を出る事には正一の表情は、ほくほくとしていた。
正一の腰には、一ゴールドで購入した革製のベルトが巻かれており、ここに先程購入した装備品が取り付けられている。
まずベルトの右側には、利き手ですぐ抜けるようにショートブレードを。
背部には折り畳んだ状態の弓と矢筒。
矢筒には、伸縮式の矢が計二十本収められている。矢の長さは、折り畳んだ状態で二十五センチ程しかなく、通常の矢よりも携行性は抜群だ。
「これでひとまずの準備はOKかな」
「後こいつも持っておけ」
そう言ってマリモが差し出して来たのは、冒険映画に出てきそうな革製の水筒と焼き鳥缶と同じ大きさの缶詰だ。
「なんだこれ」
「お前が武器を買ってる間に盗んだ」
「おい!?」
「気にするな。どうせその武器の支払いに使った金も翌日にはチリと化すんだ」
何時の間に盗んだのか。マリモはずっと肩に乗っていると思っていたのに。正一は、彼の移動をまったく察知出来なかったのである。
マリモの行動には、ある程度注意を払っているつもりだった。
それは彼を信用し切れておらず、何か仕掛けてくる可能性を考慮してだったが、手癖を見抜けない様では警戒も何の意味もない。
もしも彼が気配を殺して手を伸ばしたのが缶詰ではなく、正一の頸動脈だったら。そんな空想が正一の肌を粟立たせる。
「どうかしたか?」
笑顔で語り掛けてくるマリモだったが、それが考えを読んでの事か、それとも純粋な物か正一には区別がつかない。
だがここでぐだぐだと考えていても埒が開かない。
それよりも水筒と缶詰の正体を聞く方が先だろう。マリモが持ってきたのだからただの日用品という事はあり得まい。
「これはなんなんだよ」
「ああ。携帯食料と湧水岩の欠片が入った水筒だ」
「湧水岩?」
正一の疑問にマリモは、嫌な顔をする事無く饒舌に語り出した。
「自然魔石の一種でな。本来は水属性の魔法媒介に使われるんだが、滲み出すほどの水気の魔力を多量に含んでいるから水筒に入れておくと勝手に水が湧くんだ」
「自然魔石?」
「自然に存在する魔力を吸収した石の事さ。人工魔石は言わずもがなよ」
水の確保は、正一にとっても死活問題のはずだったが完全に意識から抜け落ちていた。
やはり実感させられるのは経験の差である。長く生きているだけあってマリモは、人間以上に博識だ。
正一が一人でこの世界に放り出されたら、二十四時間生きられるかどうかも怪しいだろう。
未知の存在としてマリモを恐れるばかりではなく、彼から授けられる知識は、むしろ貪欲に吸収すべきなのだ。
認識を改めた正一が水筒の蓋を外して中を覗き込んでみると、たっぷりの水の中、青鈍色に光る石が水筒の底に沈んでいる。
正一は、封筒に蓋をすると左肩に居るマリモを見やった。
「冒険の出需品ってところか」
「そのせいでこいつはとにかく値が張るんだ。こいつも一個辺り百ゴールドはする」
「百ゴールド!? ぼったくりじゃねぇか」
確かにすごい代物だが日本円換算で百万円というのは、足元を見過ぎである。
「さすがに金貨を何百枚も偽造したら長時間維持出来んからな。盗んだってわけさ」
「こっちの缶詰は」
「干し肉と野菜を練り込んだ乾燥パンだよ。その缶一つで一週間分だ」
「ほんとに?」
成人男性では、一食分でも足りなそうな焼き鳥缶と同じ大きさの乾パンが一週間分と言うのは、にわかに信じがたい。
「嘘を付いてどうする。バルーンウィートという一度焼くと水気で過剰膨張する性質に変わる特殊な小麦が使われとるんだ。ちなみにこいつも五十シルバーはする」
「いちいち高い……!?」
正一の首筋を気配が刺した。振り返ると白い軽装鎧を身につけた集団が早足で街中を見回している。
身なりから察するに正一とマリモを追っていると判断してよい。
走り出してしまいたい衝動を殺して正一は、人込みを盾にしながらいつも通りの歩調で歩き、近くにあった路地に入り込んだ。
「さぁて。どう包囲網を突破する? 小僧」
こういう時、マリモはやたらと楽しそうに煽って来る。
確かに知識量には一目置けるがこの底意地の悪さは、どうにも憎たらしい。
「誰のせいだ」
「お前のせいだな」
確かに不可抗力とは言え、自称最強にして人類を滅ぼそうとしたドラゴンの封印は解くし、兵士二人を叩きのめしたし、さらに自分の意志で偽造通貨を使って買い物をした。
犯罪者と言われても、お前のせいだと言われても、上手い反論や切り返しが浮かぶわけもなく、
「覚えとけよ。このマリモ野郎」
拳を震わせながら悪態を付く以外に出来なかった。
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