第42話 ムンバイ脱出作戦
「宇垣が退いたか」
第一遊撃部隊の撤収を三川は砲撃の振動の中で聞いた。
三川の乗る「信濃」はムンバイ南部と東部に展開するドイツ軍やアラブ義勇軍の部隊を砲撃していた。
市川支隊に同行する加藤からの砲撃位置の報告に基づき、「信濃」は46センチ主砲で敵の地上部隊を叩いていた。
「海軍は何をしている!敵艦は撃ち続けているじゃないか」
市川支隊と交戦し、「信濃」に撃たれて退却したエルトルは海へ向かって怒鳴る。
再開された「信濃」の砲撃にエルトルは友軍たるドイツ海軍を罵る。
「信濃」の砲撃でエルトルの大隊はおろか、第21装甲師団や第18装甲軍団そのものが動けなくなっている。
その不自由さは海軍のせいだとエルトレは罵る。
「いいぞ、どんどん撃ち込め!」
一方で「信濃」の砲撃を喜ぶのがコーリだ。
ムンバイの港から撤収船団に乗り込む予定だった市民と将兵を連れてムンバイの南へ来ていた。
コーリっが元々率いていた歩兵連隊の残存に、他の散り散りになりかけた部隊を含めて三千人の戦闘集団
そして市民十万人がコーリに付いて来ていた。
この大集団でアラブ義勇軍とドイツ軍が並ぶ前線を突破する。
ムンバイ守備軍の司令部はコーリへ、この三千の兵と十万市民が自力で脱出する事を認めた。
司令部は今回が、日本軍が最後に差し伸べて来る手だと分かっていた。
最後の撤収船団がドイツ戦艦の接近で乗船を中断し、出港してしまった。残るは陸上での救援だけだ。
だが日本軍による陸の戦いも芳しくない、ムンバイの司令部でもそう判断していた。
「行ける者は行かせよう」
司令部はこう判断した。ムンバイ守備軍全てが突破を行うべきとも考えた。全てが退けば、「信濃」の砲撃を受けていないムンバイより北のアラブ義勇軍とドイツ軍がムンバイ市街へ入って来る。
そうなれば脱出作戦を展開中のムンバイ守備軍は挟み撃ちの形になり壊滅する。
だから突破へ自発的に動く部隊以外は守備配置に就かせたままだった。
しかし、コーリの部隊は戦車もなく火砲は最初の前進援護だけをしたら捨てて行く。軽装備の歩兵しかない戦闘集団で突破できるか?
夜陰に乗しての奇襲をまずコーリは考えたが、そこへ「信濃」の砲弾が降ってきた。
要請していた訳では無いが、この砲撃はコーリにとっては好機到来に他ならない。戦艦の砲撃はアラブ義勇軍もドイツ軍も動きを止められ損害を受けている。
「動くなら今だ!作戦開始!」
コーリの集団は動き出した。
砲兵に最後の砲撃させ、歩兵が敵陣に突撃する。
インド軍歩兵はアラブ義勇軍の前線をこじ開ける。
「みんな、行くぞ!」
こじ開けた細い突破口へ市民達を通す。
幼い子供から足腰が衰えた老人に、ふらつく病人や怪我人も混じる十万の群衆だ。ゆっくりと進む。
そこへアラブ軍かドイツ軍の銃撃や砲撃が見舞われる。
悲鳴がその度に上がり、泣き声が響く。
だが止まることはない。
傷ついたり、親族を亡くして泣く子を引っ張るか背負う事はするものの、瞬時に手を出して助けられる者だけが助けられた。
他は倒れても見向きもされずに置いて行かれた。
非情に見えるが仕方ない。
止まれば余計に撃たれる危険が長くなる。少しでも脱出へ向かうのだと。
そうした犠牲が出るのをコーリは承知の上だ。
歩いて行くのだから敵弾を浴びながら行くのだと既に腹を括っている。慎重になってやらないより、犠牲などの危険覚悟で実行を選んだのだ。
「日本軍の砲撃がいつまで続くか。その間に少しでも日本軍の部隊へ近づかねば」
犠牲覚悟とはいえコーリは焦りがある。
「信濃」がいつまで砲撃を続けてくれるのか?これは分からない。
「信濃」の砲撃が終わるとアラブ軍とドイツ軍は立ち直り、こちらを殲滅にかかるだろう。
時間が無いとコーリは焦りがある。
しかし、十万の群衆を急がせる術はない。
「シヴァ神の加護が我らにあらん事を」
コーリは神に祈らずにはいられない。
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