第41話 終焉アラビア海海戦

 「敵艦に4本命中!」

 「愛宕」を雷撃したのはドイツ海軍のUボートU-1512であった。

 以前、ムンバイからの復路を航行していた駆逐艦「桃」と輸送船「第三金剛丸」を撃沈したUボートである。

 「艦長、これで魚雷は撃ち尽くしました」

 U-1512の水雷長が念押しに報告する。

 「水雷長、良い雷撃だった。敵艦に全て命中だ」

 艦長のクライバーは水雷長が良い仕事をしたと労う。

 「よし、トゥアマシナに戻ろう」

 日本軍のインド戦線を支える輸送船団を攻撃していたU-1512は食料と魚雷を補給すべくマダガスカル島東部にあるUボート基地トゥアマシナに戻る途中であった。

 そこにインド洋第1艦隊と第二艦隊第一遊撃部隊との海戦に遭遇

 クライバーは最後に残った魚雷4本で援護をする事にした。

 その4本が「愛宕」へ全て命中した。

 「横槍を入れられて、敵は怒り心頭だろうな」

クライバーは敵将の心理を想像する。戦艦同士の海戦がいかに海軍将校にとって熱狂させているかは潜水艦乗りでも分かる。

だから潜水艦がいきなり横槍を入れれば、戦いに水を差したとして怒るだろうなと。

「敵の駆逐艦が集まって来る前に離脱する」

 クライバーは「愛宕」が撃沈できたかどうかの確認をする前にこの海域から離脱する事を決めた。

 潜望鏡を収め、U-1512は日本軍駆逐艦の探知をされまいと微速で去って行く。


 「敵潜水艦だと?本当か?」

 宇垣は「愛宕」の被害を聞いて眉間の皺を深くさせた。

 「はい、<高雄>からの報告では敵潜水艦らしきとありますが」

 参謀の答えは宇垣の棘が生じた宇垣の感情をより刺々しくさせた。

 (まったく、せっかくの艦隊決戦に潜水艦が来るとは…!)

 クライバーの思った通りにUボートの参戦は宇垣を怒らせていた。

 (だが、無視はできんな)

 怒る宇垣も提督としての冷静さ、鉄仮面と呼ばれる冷めた性分がある。

 それで状況を俯瞰する事が出来た宇垣はUボートの脅威を測る。

 「大和」型戦艦は水中に落下しても進む砲弾、水中弾が船体の喫水線より下に命中しても防御できるように作られている。

 しかし、魚雷の命中に対してはどうか?と言う疑念があった。

 疑念があるとはいえ、「大和」型に沈没の危機まで追い込むには10本は必要であろう。

問題視されているのは修理が必要な被害が生じるかどうかになる。

修理となれば月単位で戦列から退かせるのだから。

 「…二水戦を呼び戻せ、敵潜水艦の探索と攻撃をさせよ」

 宇垣は意に反する思いで命じた。

 水雷戦隊に獲物を取られそうな気がする一方で、逃げるインド洋第1艦隊の足を止めるには致し方ないと納得できる。

 しかし潜水艦への対応で水雷戦隊を呼び戻すとなると、インド洋第1艦隊を「大和」と「武蔵」だけで追わねばならない。

 それでは距離の縮まらない追いかけっこを再開する事となる。

 (第二遊撃部隊が来れればこんな悩む事はないのだが)

 宇垣は戦艦「阿蘇」と「羅臼」の第二遊撃部隊が来ない事を恨んだ。

 それを決めた三川へではなく、いきなり現れたシュナイダー部隊なる敵の存在だった。

あれさえ出て来なければ予定通り第二遊撃部隊と合流して敵艦隊に止めを刺す事ができたであろうにと。


 「はあ?戻れと!?」

 宇垣からの命令が届くと二水戦司令の宇田川は落胆した。

 ようやく巡って来た敵戦艦への雷撃を止められたからだ。

 「命令とあれば仕方なし、反転せよ」

 宇田川は第二水雷戦隊を引き返させる。

 この瞬間、日本軍はインド洋第1艦隊へ手を伸ばせなくなった事が確定する。

 引き続き追撃をする「大和」と「武蔵」は途上で「潜望鏡らしき物を発見」と言う「武蔵」の見張りの誤認が発生した。

 もはやU-1512は離脱中であり、他のUボートはいない。

 だが、そんな事を宇垣ら日本軍側が知る由も無い。

 居ると信じるUボートを警戒して「大和」と「武蔵」はジグザグ航行に入った。

 これでまともな砲撃が出来なくなり、ドイツ艦隊との距離は開くばかりとなってしまった。

 「追撃中止、艦隊主力に合流する」

 午前3時、宇垣はもはやインド洋第1艦隊との距離が大きく開き、少しも近づけないと分かり追撃中止を決断した。

 ここにアラビア海海戦は終了する。

 戦艦「ヴィルヘルム」が撃沈、「フリードリヒ」が大破、「バルバロッサ」が中破に対して日本側が戦艦「大和」が中破し、「武蔵」が損害軽微

 この結果を見ると日本軍が勝ったように思える。

 しかし、「ヴィルヘルム」撃沈こそ確認できたものの、他の戦艦の損害がどの程度が知らない日本軍側にとっては他を逃がしてしまった竜頭蛇尾な戦いになったと悔やんだ。

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