第40話 アラビア海海戦(9)

 「敵艦、依然として追って来ます」

 「大和」と「武蔵」の追撃はレーダーも判明したし、「大和」と「武蔵」が発砲する閃光が遠ざからないのを見ても分かった。

 (このままでは追いつかれる)

 マテウスはいよいよ打てる手が無くなりつつあった。

 戦艦「阿蘇」と「羅臼」の第二遊撃部隊を偽電文で来ないように出来たが、目の前で追い続ける「大和」と「武蔵」をどうにかする手立てが無い。

 「フリードリヒ」は離脱をするべく先行させている。

 「バルバロッサ」は「大和」の砲撃が命中しながらも、主要防護区画の装甲がしっかりと機関部を守り、速力は落ちていない。

だが、甲板上の機銃や高角砲は壊滅状態になり火災が発生していた。いつまで持つだろうか。

 「カール」は「武蔵」と撃ち合っていたが、幸いにも命中弾は無い。

 無事な戦艦は「カール」だけだ。

 「カール」を反転させて「大和」と「武蔵」と戦わせ、残る艦艇を逃がすかと考えた。だが、いかに無事な「カール」とはいえ「大和」と「武蔵」の餌食にされるのが想像できる。

 (このまま進むしか無いか)

 マテウスの考えはこのまま退却を続けるべきとした。

 さすがに日本艦隊がマダガスカルまで追いかけるような事はしないだろう。


 「焦れるな」

 宇垣はなかなかこれ以上の戦果が挙がらない事に苛立つ。追いかけながらの砲撃は思ったよりも当たらないからだ。

 「水雷戦隊の集合が出来たようです。水雷戦隊を先行させ、雷撃で足止めをしてみては?」

 インド洋第1艦隊が退却に移った事で、第一遊撃部隊の水雷戦隊はドイツ軍の巡洋艦と駆逐艦の戦いから解放され、再集結ができていた。

 「そうしよう」

 宇垣は水雷戦隊が戦艦撃沈の戦果を挙げるのではと思えたが、今のまま追いかけながら撃っても埒が明かない。

 宇垣は水雷戦隊を先行させる事にした。


 「司令、<大和>より我が戦隊へ「突撃セヨ」です」

 第二水雷戦隊旗艦である軽巡洋艦「矢矧」へ「大和」から発信された突撃命令が届いた。

 「集合したばかりと言うのに、人使いが荒いな」

 戦隊司令の宇田川少将はそう言うものの、敵戦艦へ雷撃できる機会が巡った事を喜んだ。

 「やはり二水戦が行くか」

 重巡洋艦「高雄」の艦長は二水戦が突撃して、自分達の出番無しを悔やんだ。

 第一遊撃部隊の重巡洋艦はこれまでの戦闘で「羽黒」が大破し、航行不能に陥っていた。「那智」による曳航で離脱の準備をしていた。

 残る「高雄」と「愛宕」は「大和」と「武蔵」の直衛をせよと命じられていた。

 「艦長、この<高雄>と<愛宕>があるから戦艦が存分に戦えるんだ。堪えてくれ」

 第五戦隊司令の広沢少将は艦長の気持ちを汲みながら言った。

 艦長は「確かに、その通りです」と返した。

 だが広沢は不満が無い訳では無い。駆逐艦を全て行かせてしまって良いのかと心配ではあった。

 敵艦隊が退却行動をしているとはいえ、伏兵たる未発見の敵が居ないとは限らない。

 「警戒を厳に、戦艦を守るのは俺達だけだからな」

 広沢は強く命じる。

 主砲が発砲する閃光と敵艦の火災しか灯りの無い夜のインド洋、何処から別の敵が来てもおかしくない。

 電探が何も探知していなくても何かが来ているのではないか?戦場であるからこの警戒心は当然であると広沢は思っていた。

 悪い予感は感じてはいなかった。

 そこへ爆発が近くに起きた大音響を広沢は聞いた。

 「<愛宕>が!<愛宕>で爆発!」

 見張りの第一報は「愛宕」の異常を伝えた。

 「敵戦艦の砲撃か?」

 広沢はまず目の前に居る敵からの攻撃を疑う。

 「大和」か「武蔵」を狙った砲撃が外れて当たったのではと。

 「いえ、魚雷が当たったようだと」

 見張りの報告を更に聞いた参謀が広沢へ伝える。

 その見張りは「愛宕」の右舷に大きな水柱が立った後で「愛宕」で爆発が起きたと述べた。

 「魚雷だと、潜水艦か!」

 広沢が新たな敵の断定をした。一方で「愛宕」は魚雷攻撃を受け、急速に沈みつつあった。

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